アパートには、また新しい住人が引っ越してきた。
小さな荷物を抱え、古びた廊下を歩く青年。壁の隙間に目をやると、微かに風が漏れているようで、呼吸のリズムがかすかに感じられた。
カサ……カサ……
耳に届くのは、悠真の囁きか、それとも前住人たちの声か。
「……まだ、見てるよ」
青年は気味悪がって振り返るが、部屋には誰もいない。
それでも、壁の向こうから視線が自分を見つめているような感覚が胸に広がる。
不安と好奇心が入り混じる――その瞬間、壁の割れ目がわずかに揺れ、暗い奥の世界をちらりと覗かせた。
美咲は近くを通りかかる。
「……やっぱり、あのアパートは変だ」
しかし声に張りはなく、長年の経験で“触れない方がいい”と悟ったように足を止めるだけだった。
山本管理人は、微かに笑みを浮かべて廊下を歩く。
「ここには、誰かが必要としてる限り、ずっと続くんだ……」
管理人の視線は、壁の割れ目に吸い込まれるように止まる。隙間は今も、目に見えぬ囁きと視線を放ち、新しい“獲物”を待っていた。
夜が更けると、アパート全体が静かに呼吸するように揺れる。
壁の奥では悠真を含む過去の住人たちの声が重なり合い、次の住人に届く。
「……こっちに来て……」
アパートは今日も変わらない。
しかし、壁の隙間の奥では、確かに何かが生きていて、じっと“見ている”のだ。
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