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小夜子が俺に施した魔法のおかげで幻獣の姿が見えるようになった。訳もわからず怯えるだけという状況からは脱したけれど、相変わらず俺自身にできることは何もない。スティースに立ち向かうふたりの少女の無事をただ祈るのみだった。
「真昼すげぇ……あれって魔法のおかげなのかな」
スティースから放たれる蔓による激しい攻撃。真昼はそれを難なく回避し、時には刀で切り落とす。俺には早過ぎる蔓の動きを正確に捉えることすら出来ないというのに。
「まあね。真昼が今使っている魔法は、私がさっき河合にしたやつの強化版ってとこかしら。私たちは同じスティースと契約しているの」
俺のひとり言とも取れる言葉に、小夜子は律儀に答えを返してくれた。しかし、それと同時にブチっと何かが千切れるような音が耳に飛び込んできたため、俺の意識はそちらの方に吸い寄せられてしまう。
音の正体。それは、小夜子が自身に絡み付いていた無数の蔓を力尽くで引き裂いている音だった。蔓はそれなりに太い。目測だけど3センチは絶対ある。そんなものを軽々と……
ここまで散々驚かされてきて、これ以上はないだろうと思っていたのに……やすやすと更新してきやがった。小夜子にしろ真昼にしろ……俺と比較したら失礼になるくらいの実力者ではないのか。こんなふたりが同級生になるかもしれないなんて。
「真昼がやる気になったから、こちらにまで構う余裕がなくなったみたい。締め付ける力が緩んだおかげで簡単に振り解けちゃった」
身軽になったのをアピールするためか、小夜子はその場で小さくジャンプをしてみせた。彼女の体に巻き付いていた蔓は綺麗さっぱり無くなっていた。
「あのさ……さっき、ふたりは同じスティースと契約してるって……」
小夜子は間違いなくそう言った。真昼が使っている魔法は、先ほど小夜子が俺に対して使った魔法と同種のものであるらしい。
魔法を受けた直後にスティースの姿が見えるようになった。そう考えると……瞳に何らかの効果をもたらす魔法なのだろうか。
「その辺りの話はまた後で教えてあげる。それよりほら、真昼の方を見てよ。あの子頑張ってるから」
真昼はいつの間にか、スティース本体に目と鼻の先まで距離を詰めていた。スティースは彼女を近づけさせないために大量の蔓で妨害していたけれど、全く無意味だったのだ。迫り来る蔓を軽やかに避け、真昼はとうとうスティースに刀が届く距離まで到達した。そして――――
「や、やった……!?」
スティースの本体が勢いよく切り裂かれた。更に間をおかずニ撃目、三撃目と真昼は畳み掛けていく。激しい斬撃により、幾重にも重なり本体を守っていた蔓の束が解けていく。ついに……隠されていたスティース本来の姿を拝めるのか。俺は固唾を呑んでその時を待った。
切られた蔓の隙間から僅かに中身が見えた。薄暗い。中でうごうごと何かが蠢いている。まるで吸い寄せられるかのごとく、そこから目が逸らせなくなってしまう。瞬きすらも忘れて……
頭の片隅でこれはヤバいと分かっているのに体がいうことをきかない。周囲の音までもが遠くなっていく。俺に向かって小夜子が呼びかけているのが聞こえるけど、内容が理解できない。
「あれは、なんだろう……?」
一瞬だけど中が光った気がした。俺はますますスティースに釘付けになっていく。ゆっくりと……蔓に守られていたモノの一部が俺たちの前に現れた。
巨大な目玉だ。
金色に輝く虹彩。俺はこの目とずっと見つめ合っていたのか。ダメだ……本当にマズい。頭がくらくらしてきた。足から力が抜けていく……
このまま意識を失って倒れるのだと思っていたが、すんでの所で踏み止まった。視界が鮮やかな赤色に染まり、あの目玉はどこかに消えてしまったのだ。ぼんやりとしていた意識がはっきりとしてくる。周囲の音も戻ってきた。俺は今どうなっているのだろうか。
「河合!! しっかりして」
「小夜子……?」
小夜子が俺の両肩を掴んで勢いよく揺さぶった。おかしくなっていた俺を心配しての行動なのだろうけど、治りかけていた頭がまた少しくらくらしてきてしまう。
「ごめん、もう大丈夫だよ。俺ちょっと変になってたね」
俺がしっかりと受け答えをしたので安心したのか、小夜子は肩を掴んでいた手の力を緩めてくれた。
「こっちこそごめん。まさかアイツがあんな事までしてくるとは思ってなくて……油断してた」
あんな事……さっき俺が倒れそうになった原因はやはりスティースの力によるものだったのか。蔓の中から出てきた、あの金色の目玉。あれを見てからおかしくなったのだ。でも、いきなり目の前が真っ赤になったと思ったら、目玉は消えていて――――
「そうだ、真昼!! スティースはどうなった?」
真昼は無事だろうか。彼女もあの目玉にやられてはいないよな。焦りと不安が一気に押し寄せてくる。俺は真昼とスティースがいた方へと視線を向けた。
「えっ……」
間の抜けた声が口から溢れだしてしまう。それほどまでに目の前の光景が衝撃的だったからだ。まだ頭がしっかりと働いていないのだろうか……それとも、今度は幻覚でも見せられているのか。
結論から言うと真昼は無事だった。怪我をした風でもなく、自分の足でしっかりと地面に立っている。俺が驚いたのは真昼以外の要素だ。
鮮やかな赤色。スティースの目玉に囚われていた俺の意識を取り戻すきっかけとなったそれ……正体が分かったのだ。
「赤い……炎」
轟々と燃える赤い炎……その中心にいるのはあのスティースだった。蔓も本体も全て炎に包み込まれている。ああなってはもうどうすることもできないだろう。最初は真昼がやったのかと思ったが、それは違う。彼女と小夜子以外の別の人間がこの場にいたのだ。スティースを火だるまにしたのはこいつだろうと直感的に感じた。
俺に対して背を向けているので顔はわからないが、体格からして多分男。もうほとんど動けなくなっているスティースを、男は黙って見つめていた。