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空港内のカフェで昼食を取った後、俺たちは百瀬の運転する車で玖路斗学苑へ向かった。学苑は賑やかな町の中心部から少し離れた場所にあり、30分ほどで到着するとのことだ。
「出発する前に学苑に連絡を入れました。会合は終了したそうですよ。参加者の皆様も既に帰宅の途についておられますので安心して下さい」
学苑の偉い人たちが集まって話し合いをしている場所。そこに生徒でもない自分が足を踏み入れる。問題ないとは言われたものの……不安はなかなか消えてはくれなかった。美作から会合は終わったという知らせを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた気分だった。
「……えーと、今の時間は14時を過ぎたところか。案外早く終わったんですね」
「どこかだよ。本当なら午前で終わる予定だったんだぞ。詳細はまだ聞けていないが、千鶴さん絡みで揉めたらしいな」
「はい……実はそうなんです。だからもうちょっとずるずる引っ張られるかと予想していたんですけど……」
「業を煮やしたご主人様が強引に終わらせてしまったそうだ。これ以上付き合えないと……」
「なるほど。あーあ……せっかく最近は機嫌が良かったのに」
美作と百瀬の会話を聞いていると、会合で何か問題が起きたことが窺える。それに対して東野がキレたと……
美作たちが語る東野が俺の知っている東野と結構違う印象を受ける。俺は知り合ってまだ日が浅いから、知らない面があって当然か。
「河合様と再会すれば、その降下した機嫌はすぐに上昇するでしょう。そして、八名木さんと更級さん。榛名さんにおふたりが我々と一緒にいることは伝えてあります。ご主人様と学苑で待っていてくれるそうですよ」
「分かりました。ありがとうございます、美作さん」
「ということは……俺、小夜子と真昼の先生にも会えるのかな」
「そうだね。紹介してあげる。榛名先生は優しくて素敵な人だから、河合も絶対好きになるよ」
ふたりは嬉しそうに自分たちの先生について語っている。玖路斗学苑の講師というだけでも凄いと思うが、ふたりにこんなに慕われているのなら良い先生なんだろう。会うのが楽しみだ。
東野も前回会ってからそれほど時間は経っていないけど、場所が学苑だと思うと緊張する。こっちでもあのアニマルマスクを被ったままなんだろうか。小夜子と真昼の反応からして違うっぽいんだよな。彼が俺の前でマスクを外したことは一度もない。顔を隠していた理由は分からずじまいだった。そうなると、俺はここで初めて東野の素顔を見ることになるのか。
「河合、どうしたの? 黙っちゃって。もしかして緊張してる?」
「ちょっとだけね」
「我々もついておりますので大丈夫ですよ。何よりご主人様がおられますので、何も不安に思うことはございません」
「あの人が頼りになるのは否定しませんけどね……」
美作の表情からは主人に対する信頼が見て取れる。俺を安心させるために言ってくれているのだけど、そのご主人様自体も、俺を不安にさせている要因のひとつなのであった。小夜子の奥歯にものが挟まっているかのような物言いがやっぱり気になってしまう。本当に何者なんだよ、東野は――――
それから約30分後……俺たちは玖路斗学苑に到着した。雑談を交わしながらの移動だったので体感時間はかなり短く、あっという間に到着したように思えた。
「学苑案内に写真が載ってたから校舎の外観は知ってたけど、直接見るとやっぱり迫力が違うね」
「私気に入ってるんだ。雰囲気あっていかにも魔道士の学校って感じで素敵だよね」
俺も真昼と同じ感想だ。西洋風の赤い煉瓦造りの校舎はおしゃれで綺麗だと思う。まるで物語の舞台のようでわくわくする。
「3人とも来年から通うことになりますから楽しみですね。河合様は確か寮を希望しておられたと……」
「……はい。合格できればそうしたいと考えてます」
百瀬はもう俺が合格するものだと疑いもしていない。これで落ちたらキツいな。みんな口を揃えて大丈夫だと言ってくれるけど、本番では何が起こるか分からないじゃないか。試験内容だって不明だ。ぬか喜びしたくないから、気を抜かずに油断しないようにしよう。
「透は寮に入るつもりなんだね。私と小夜子ちゃんはこっちが地元だからバス通学する予定だよ」
「さすがに寮の方はまだ見学できないと思うから、それは入学してからのお楽しみね」
「そうだね。合格できれば……」
俺は言葉を最後まで言うことができなかった。突如体に形容し難い異変を感じたからだ。見えない何かに拘束されているような……金縛りにあったみたいな感覚に近いかもしれない。動揺しながらも自分に今何が起きているのか探ろうとした次の瞬間。俺の両足は地面から離れ、後方に勢いよく吹き飛ばされた。
「河合様!!!!」
美作の声が耳を掠める。その呼びかけに反応することは叶わず、ただこの状況に身を任せるしかできなかった。そして、ドンという鈍い音と共に背中に激しい痛みが走った。
「痛って……!?」
俺の体は校舎の壁に勢いよく叩きつけられた。得体の知れない力で吹き飛ばされた体は、そこでようやく動きを止める。打ちつけた箇所がじんじんと痛むが、幸い骨に異常はなさそうだ。ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。壁を取り囲むように配置された植え込み……ぶつかる直前ここに突っ込んだのが良かったのかもしれない。植え込みがクッション代わりになって衝撃を吸収してくれたようだ。これがなければ痛いだけではすまなかっただろう。
「透!! 大丈夫!?」
真昼と小夜子が俺に向かって叫んでいる。彼女たちの後ろには美作と百瀬もいる。吹き飛ばされたのは俺だけのようだ。とりあえず他のみんなが無事で良かった。そう安心したのだけど……
「なんだ……あれ……」
目の前の光景に違和感を覚える。真昼たちがいる場所から数メートルほど離れた場所。景色が一部歪んでいるのだ。真夏の暑い日に道路の表面がゆらゆらと揺れて見える……そう、陽炎のような感じ。でも、今は夏ではない。気温も高くないし、天気だって曇り空だ。陽炎現象ではないとすると、あのモヤモヤしたものはなんなのか。
注意深く観察していると、そのモヤモヤしたものが移動しているのに気付く。しかもそれはどんどんこちら側に向かってくるのだ。まるでそこに『何か』いるみたいに。
「みんな、逃げろ!!!!」
俺は無我夢中で叫んでいた。