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得体の知れない何かがそこにいる。いきなり俺の体が吹き飛ばされたのも、あのモヤモヤした物体が関係しているのだろうか。状況は全く理解できないが、対象に触れることなく宙に持ち上げるなんて芸当……普通の人間には不可能だ。目的や仕組みは分からずとも、こんな超常現象を起こせるものなんてひとつしかない。
「幻獣だ……」
犯人の目星がついたのなら、俺のやる事は決まっている。意識を集中させて気配を探った。スティースが今この場にいるのなら、俺にだってその存在を感じ取ることくらいは出来るのだ。
そうやって周辺の様子を調べていると案の定だった。あのモヤモヤの発生している辺りからスティースの気配がする。しかもだ……俺が今までに遭遇したことがない強い力を感じた。地元の川や橋にいたものとは比較にならない存在感と圧迫感。
基本スティースは人間に対して友好的なはずだ。それなのに今あの場にいるスティースからは近寄りがたい空気が漂っていた。威嚇されているのだろうか。初対面のスティースに敵対心を持たれる謂れはないが、いきなり壁に叩き付けられたのだ。交渉ができるような相手でないのは間違いない。日雷にはこんなランクの高そうなのがその辺をうろうろしてるのか。いや、ここが学苑の敷地内だから……? もしかしたら、このスティースは学苑の誰かと契約を交わして……
「河合!!」
「小夜子……今ここにスティースが……って、お前は平気か? 怪我とかしてない?」
「人の心配してる余裕があるなら大丈夫そうね。ボーっとしてるとまたアイツに吹っ飛ばされるよ」
小夜子はあのモヤモヤした物体……スティースがいるであろう方向を睨み付けていた。彼女も俺が投げ飛ばされたのはスティースの能力であるのに気付いていた。
「小夜子ちゃん、透!!」
小夜子に続いて真昼も俺の元へ駆けつけてくれた。彼女の手には布袋に包まれた長い棒状の物体が握られている。何だろう……百瀬の車に積んであったのか。
「美作さんと百瀬さんには先に校舎の中に避難して貰ったよ」
「OK。アレも中にまでは入って来ないだろうしね。というか……明らかに河合が狙いだもんね。しかもそれを隠そうともしてない。どういうつもりなんだろ」
「そういえば……あの人と会合中に衝突したって美作さんたちが言ってたよね。それならただの八つ当たりの可能性も……物凄く迷惑な話だけど……」
「そんな理由で河合に手を出したっていうなら軽率過ぎて呆れるわよ。校舎の中にはまだあの人も榛名先生もいるっていうのに……そういうの考えつかないのかな」
「ねぇー、こんな事したら余計に嫌われちゃうだけなのに」
「そこまで愚かじゃないだろうけど……やりかねないと思えちゃうのが嫌よね」
「……ふたり共、あのスティースの正体を知ってるのか?」
会話の雰囲気からしてそうとしか思えなかった。しかも、俺を狙っているのだと……
俺は日雷に着いたばかりだ。誰かに恨まれる覚えはないし、あんなスティースに心当たりもない。
「まあね。とある魔道士が契約してるやつなんだけど……その人がちょーっと面倒くさい人なのよ」
「私たちの想像通りだとしたら、透は全然悪くないからね。悪かったのは運というか……巻き込まれちゃっただけだと思う」
小夜子と真昼はあのスティースの正体も、契約している魔道士が誰なのかも分かっている。俺が襲われた理由にも目星がついているようだ。詳しく説明して欲しいが、今はふたりの話をゆっくりと聞けるような状況ではなかった。
「強いていうなら、責任は透の推薦人にあるわ。今頃血相変えてこっちに向かってるんじゃない。美作さんたちが報告しに行っただろうからね」
小夜子は俺と会話をしながら真昼から何かを受け取っていた。慣れた仕草で両手に嵌められたそれは、黒いグローブだった。オープンフィンガータイプの……恐らく格闘技用。小夜子の着ている可愛らしいワンピースにはそぐわない小物だろう。でも小夜子が身に付けていると妙に様になっているというか……凛とした出で立ちがかっこいいと思った。
「じゃあ、これから私たちはあの人が来るまでの時間稼ぎだね」
「そうだね。私は河合を守るから、真昼はアイツの足止め任せていい?」
「了解!!」
ふたりの少女の間でどんどん話が進んでいく。守る? 足止め? あのスティースに狙われているのは俺だと聞いた。つまり……俺を守りながらスティースと戦うと言っているのか。あんな強い力を持っているスティースに魔道士見習いであろうふたりが?
「真昼も小夜子も待って!! あのスティースかなりヤバい奴なんだろ。手を出さない方がいいよ。俺のせいでふたりが怪我なんてしたら……」
こちらの心配など意に介さず、ふたりはヤル気満々といった感じだ。俺は彼女たちを思いとどまらせようと必死に説得したけど、効果は全く無かった。
「大丈夫だよ、透。私も小夜子ちゃんも闇雲に突っ込んでいったりはしないから」
真昼はにっこりと微笑んだ。心配することなど何もないとでもいうように……
ふたりの中でしっかりとした作戦があるのだろうか。勝算も無く無謀なことはしないと念を押された。
「そもそも倒すことが目的じゃないからね。河合は黙ってじっとしてなさい。真昼……お願いね」
小夜子の言葉に真昼が頷く。彼女は先ほどから手にしていた棒状のそれを布袋から取り出していった。そこから出てきたものは――――
「刀……?」
真昼が持っていたのは日本刀だ。精巧で重みのありそうなそれは、素人目に見ても本物だと分かった。彼女はこの日本刀を武器にスティースと立ち合うつもりなのか。
「よしっ!! それじゃあ、いっちょ頑張りますか」
本当に俺の心配なんてどこ吹く風だな。恐れや緊張などは皆無。真昼は呑気なセリフを口にしながらスティースに向かっていったのだった。