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「羽理ちゃーん、食べられないものあるー?」
「何でも食べられます! アレルギーもありません!」
「そう。それは幸せなことね?」
「はい、幸せです!」
のほほんとした調子で色々聞いてくる美魔女の問い掛けに応じながら、羽理は内心ざわざわして落ち着かない。
(何でこんなことになってるのー?)
本当なら大葉との電話を切った後、羽理はすぐにでも柚子に自宅まで送り届けてもらうつもりだったのだ。
(今頃お風呂上がりのイチゴミルクを飲みながら、Web小説にモヤモヤをぶつけてる予定だったのよぅ!)
大葉が仕事をしている間に入浴を済ませて、〝猫神様のお導き〟もシャットアウトした状態で、このどうしようもない気持ちをバネに、小説を書くつもりだった。
なのにお暇しようとした矢先、多忙なはずの屋久蓑果恵が帰宅してきて、庭先――例の家庭菜園が見える辺り――で鉢合わせしてしまったのは一体何の因果だろう?
一瞬柚子お義姉さまの仕業かと疑った羽理だったけれど、柚子も驚いた顔をしていたので、彼女が呼び寄せたわけでもないらしい。
でも――。
「ふふっ。そう、貴女がたいちゃんのぉー♪ やーん、話に聞いてたより断然可愛いじゃなーい! あ。私、屋久蓑果恵。そこにいる柚子と、大葉、それからもう一人しっかり者の娘の母親なんてやらせてもらってるわ。よろしくね。――えっと、羽理ちゃんだっけ? せっかく会えたんですもの。夕飯でも食べながらお話しましょう?」
「え、え、あのっ、私……」
本当はプンスカして帰路に就くところだったはずなのに、すっかり果恵のペースに巻き込まれた羽理は、果恵にギュッと腕を掴まれながら「あ、あの、柚子お義姉さま……!」と、すぐ横に立つ柚子へ助けを求めたのだけれど――。
柚子は「ごめんね、羽理ちゃん」と苦笑して、アッサリと敗北宣言をしてしまった。
そんなわけで、何故か何の説明もしていないのに「羽理」という名前はおろか、目の前の小娘が息子とお付き合いしていることも知っているといった口振りの、超ご機嫌な果恵に家の中へ引き戻されて――。
気が付けば、羽理は股関節などの痛みすら感じる隙も与えられないぐらいに、義母(予定)からの怒涛の質問攻めに晒されている。
***
「で? 付き合おうってアプローチしたのはやっぱりうちの子から?」
「あ、いえ」
「なぁに? あの子、もしかして羽理ちゃんに告白させたの?」
「あ、いえ、……あの、そうじゃなくて」
「あのね、お母さん、たいちゃんったら『俺と付き合って下さい!』をすっ飛ばしていきなりプロポーズしたみたいなの」
羽理が答えに詰まってオロオロと柚子を見つめたら、冷凍室から見慣れた容器を取り出した柚子が、苦笑まじりに助け舟を出してくれた。
容器の中身は、恐らく大葉が作り置きしているというおかずが入っているんだろう。
「えっ!? あの子、お見合いでもないのにいきなり結婚を申し込んだの!?」
目を真ん丸に見開いた母親の反応が楽しくてたまらないみたいにクスクス笑うと、「ね? どんだけ羽理ちゃんが好きなのって感じでしょう? テンパり過ぎてて逆に可愛いんだけど」と、柚子が羽理に意味深な視線を投げかけてくる。
きっと、期せずして果恵の口から〝お見合い〟の文言が出たことで、大葉がそれを黙っていたことも、羽理が思っているほど悪意あってのことじゃないと思うのよ? とでも言いたいんだろう。そんな柚子からの眼差しに、羽理は心の中で『でも……』と唇をとがらせた。
「やだぁ! お兄ちゃん、そんな突飛な言い方しなかったから知らなかったぁ!」
実際は〝お兄ちゃん〟こと〝土井恵介〟自身がそのことを知らなかったのだから仕方ないのだが、言いながら盛大に溜め息をついた果恵に、柚子が冷凍庫から取り出した容器を電子レンジへ入れながら「お母さん、恵介伯父さんからの連絡で帰って来たの?」と小首をかしげた。
「ううん、違うわ。お兄ちゃんからは『たいちゃん、結婚を前提に付き合ってる子がいるぞ』って聞いただけ。土恵の社員さんだって言うからお相手の方のお名前と、いくつぐらいのお嬢さんかをちらりと教えてもらったけど、そのまま仕事はこなすつもりだったのよ。だって……そんなに急がなくても結婚する気だっていうなら、いずれ紹介はしてもらえるでしょう? その時を楽しみにしようと思っていたの」
「だったら何で……」
――早退してきたの?と言外に含ませた柚子へ、果恵が小さく吐息を落とした。
「その後に七味ちゃんから『柚子と、たいちゃんの彼女が実家に来てるはずだから、出来れば足止めしてあげて?』って連絡があったからよ」
「ああ、ななちゃんから……」
納得したように柚子がつぶやいたのを聞いて、羽理は思わず口を挟まずにはいられなかった。
「あ、あのっ、私とここにいること、七味さんに伝えたのは……。柚子お義姉さま……?」
柚子はずっと大葉に連絡を取りたがっていた。だから羽理は警戒していたのだけれど、いつの間に?と思って。
「ごめんね、羽理ちゃん。実はトイレへ行ったときにこっそり」
そこで申し訳なさそうに一呼吸置くと、「だって……私のせいで羽理ちゃんとたいちゃんが喧嘩しちゃったから」と眉根を寄せる。確かに羽理が怒りと悲しみでほろほろと泣きながら自宅へ連れ帰って欲しいと頼んだとき、柚子は「分かった。けどごめんね。先にトイレへ行かせてね」とちょっとだけ羽理の傍を離れた。きっとあの時のことを言っているんだろう。
その後も片付けをするとか何とか言われて結構待たされたのだけれど、今思えばあれも計画的な時間稼ぎだったのかも知れない。
「嘘……」
それにしたってトイレ自体にはそんなに時間を掛けてはいなかったはずなのに……と思いながらちょっぴり非難がましく羽理がつぶやいたと同時、電子レンジが温め終了の音楽を鳴らして、柚子はそちらへ向き直ってしまった。それで、羽理はそれ以上柚子にそのことを問いただせなかったのだけれど――。
「ねぇ、羽理ちゃん。うちの子とどんな理由で喧嘩してるのか……聞いてもいい?」
代わりとでも言わんばかりにこちらの様子を窺うみたいに果恵が話に入ってきて、羽理は何だかとっても気まずくなってうつむいた。
どうやら果恵、各方面から羽理の引き留めは頼まれたものの、その経緯までは詳しく聞かされていないらしい。
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