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翌日も、目を覚ましたときには妹の姿はなかった。
ここ最近、まともに顔を合わせていない気がする。
少し気になりながらも、俺はいつも通り急いで支度を整え、家を出た。
◇
今日は珍しく、いつもより十分ほど早く学校に着いた。
(さすがに、みやとは会わないか)
そう思いながら教室へ向かう。
扉の前で一度立ち止まる。
――昨日のことが頭をよぎった。
(また、何かやってるんじゃないだろうな……)
半ば警戒しながら教室に入る。
だが、そこにいた綾咲真乃は、拍子抜けするほど“普通”だった。
自分の席に座り、特に騒ぐ様子もない。
(……なんだ、今日は何もないのか)
少しだけ肩の力を抜きながら、俺は自分の席に向かう。
そして――違和感に気づいた。
(あれ……?)
いつもより、前が近い。
視界が、狭い。
よく見ると――
(……前の席、埋まってる!?)
昨日まで空席だったはずの席に、誰かが座っていた。
しかも、女子。
(今日から来たのか……)
挨拶するべきか、一瞬迷う。
だが結局、タイミングを逃したまま席に座った。
やがて先生が来て、ホームルームが始まる。
結局、綾咲も特に何もしてこなかった。
◇
一時間目は数学。
内心では、別のことを警戒していた。
(今日は……視線、来ないよな)
昨日のことがあるせいで、どうしても意識してしまう。
だが、授業が始まっても特に何も起こらない。
黒板の内容をノートに写しながら、少しずつ集中していく。
(このままなら、普通に受けられそうだな)
そう思ったときだった。
「あの……ここの解き方って、どうやるの?」
小さな声が、前から聞こえてきた。
顔を上げると、前の席の女子がこちらを振り返っている。
「えっと……」
少し戸惑う。
だがすぐに思い出した。
(この子、今日来たばかりか)
それなら、わからないのも無理はない。
後ろの席だし、教えるくらいなら問題ないか。
「ここは、この公式に代入して……こうすれば解ける」
できるだけ簡単に説明する。
ちゃんと伝わったか少し不安だったが――
「ありがとう」
彼女は素直にそう言って、前を向いた。
……と思ったら。
また、くるりと振り返ってくる。
「み、水瀬なゆ」
「……ん?」
「私の名前。これからよろしく」
どうやら自己紹介らしい。
「あぁ、よろしく。俺は水奈戸ゆうた」
そう名乗ると、彼女は一瞬だけ目を丸くした。
「……おなじ」
「おなじ?」
そう呟きながら、彼女はノートに何かを書き始める。
(……あぁ、そういうことか)
名字に同じ“水”が入っている。
「たしかに、おなじだな」
そう言うと、彼女はにこっと笑って前を向いた。
◇
その後も水瀬は、何度かこちらを振り返って質問してきた。
どうやら昨日休んでいた分、授業についていくのが大変らしい。
「この英文って、どういう意味?」
「えっと……たしか、こういう感じだったと思う」
正直、英語は得意じゃない。
今の範囲ならなんとかなるが、この先は厳しいかもしれない。
(そのうち、教えられなくなるな……)
そんなことを考えていた、そのとき。
俺は完全に忘れていた。
――隣にいる存在のことを。
◇
授業が終わり、昼休みになった。
教室が一気にざわつき始める。
そのタイミングで、不意に声がかかった。
「水奈戸」
横を見る。
綾咲真乃だった。
(……そういえばいたな)
「お昼って、どうしてる?」
「いつもは学食だけど」
そう答えると、彼女は少しだけ間を置いてから言った。
「今日、お弁当作ったんだけど。よかったら一緒に食べない?」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
さっきまで何もしてこなかったくせに、いきなりそれか。
(こいつ、本当に読めないな……)
「食べるわけないだろ。俺は学食行く」
即答する。
余計な誤解を招くわけにはいかない。
「水奈戸……」
何か言いたげな声。
だが、それ以上は聞かなかった。
俺はそのまま財布を持って立ち上がり、教室を出る。
◇
――逃げるように。
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