テラーノベル
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――なんで、あいつはあんなことを平気でできるんだ。
学食へ向かいながら、俺はさっきのやり取りを思い返していた。
どう考えてもおかしい。
急に弁当を作ってきて、一緒に食べようなんて――怪しすぎる。
……それなのに。
(あいつ、最初の日以外ずっと一人だよな)
ふと、そんなことに気づく。
あれだけ目立つ存在で、人気もあるはずなのに。
話している相手を、ほとんど見たことがない。
考えながら歩いているうちに、気づけば足が止まっていた。
いや――
止まったんじゃない。
ゆっくりと、引き返していた。
(……なんで戻ってんだ、俺)
自分でもわからない。
あいつは、変なやつだ。
何か企んでいる可能性だってある。
それでも――
昨日、ペンダントを一緒に探してくれたあの姿が、どうしても頭から離れなかった。
あれが嘘には、見えなかった。
(……あれが、“本当のあいつ”なんじゃないか)
気づけば、俺は走り出していた。
◇
バダンッ!!
勢いよく教室の扉を開ける。
一瞬で、クラス中の視線が集まった。
――最悪だ。
こんな状況で言うことじゃないのに。
それでも、もう止まれなかった。
「綾咲! やっぱり一緒にご飯食べよう!」
廊下にまで響くくらいの声だった。
……完全に公開処刑だな、これ。
自分でも笑えてくる。
「えっ……なっ、なんで」
綾咲は明らかに動揺していた。
「お前の弁当、食べに戻ってきた」
もういい。
変な噂が立っても構わない。
俺は――こいつを放っておけなかった。
数秒の沈黙のあと。
「……じゃあ、一緒に食べよ」
そう言って、彼女は小さく笑った。
その笑顔が嘘だと言うなら、俺はもう何も信じられない。
だから今は――
騙されているとしても、信じてみたいと思った。
◇
思っていたよりも、昼の時間は普通だった。
もっとこう、変なことをしてくると思っていたが、そんな様子は一切ない。
ただ隣で、静かに弁当を食べているだけ。
「水奈戸、どう? おいしい?」
どこか不安そうに聞いてくる。
(……あれ?)
なんだ、この感じ。
まるで――普通の女の子みたいじゃないか。
いや、普通なんだけど。
でも、今までの印象と違いすぎる。
「うまいよ。料理上手なんだな」
素直にそう言うと――
なぜか、彼女の表情が少し険しくなった。
「水奈戸。昨日から思ってたんだけど」
「……?」
「私は“お前”じゃないよ」
「……あ」
「ちゃんと名前で呼んで」
思わず言葉に詰まる。
(名前で……?)
急にハードル上げてくるな。
「ま……真乃」
ぎこちなく呼ぶ。
「うん」
それだけで、彼女は満足そうにうなずいた。
……なんだこれ。
変な感じだ。
まるで、本当に付き合ってるみたいじゃないか。
(いや、なんで俺なんだよ……)
◇
放課後。
今日も綾咲に呼び出され、校門で待ち合わせることになった。
……もう慣れてきてる自分が怖い。
「お待たせ」
「ちょっとだけ待ったかな」
いや、時間決めてないだろ。
心の中でツッコミを入れつつ、俺は歩き出した。
「行こうぜ」
この場に長くいるのは、いろいろとしんどい。
◇
しばらく無言で歩いたあと、俺は口を開いた。
「綾咲、前に――」
「名前で呼んでほしいな」
すかさず遮られる。
しかも、少し意地悪そうな笑み付きで。
(……めんどくさいやつだな)
「……真乃」
言い直す。
「前にさ、付き合ってくれって言ったとき。なんで“一週間だけ”だったんだ?」
その瞬間だった。
空気が、変わった。
彼女の表情がわずかに硬くなる。
そして、しばらくの沈黙のあと――
大きく息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「私ね、中学校のときから友達がいないの」
静かな声だった。
「小学校までは普通にいた。でも、中学に入ってから急にできなくなった」
淡々と語られる言葉。
でも、その奥には確かな痛みがあった。
「周りから“可愛い”って言われるようになって……最初は嬉しかった。でも気づいたら、“真乃”じゃなくて“綾咲真乃”として見られるようになってた」
高嶺の花。
そんな言葉で、距離を置かれる存在。
「誰も話しかけてこなくなって……話しかけてくれても、どう返していいかわからなくて」
視線を落とす。
「気づいたら、一人ぼっちだった」
胸が、少し痛んだ。
「だから思ったの。自分を変えればいいって」
彼女は自分の手をぎゅっと握る。
「普通の男の子と付き合えば、“高嶺の花”なんて言われなくなるかもしれないって」
でも――
「告白してくる人は、みんな下心ばっかりで……怖くて」
小さく、震える声。
「結局、中学はそのまま終わった」
そして――
「高校でも、何も変わらなかった」
一年、一人ぼっちのまま過ごした時間。
「……そんなときに、水奈戸に会った」
ゆっくりと顔を上げる。
「最初は他の人と同じだと思った。でも――」
一瞬、間を置く。
「水奈戸くんは、私に全く興味がなかった」
「それ、普通嫌だろ」
思わずツッコむ。
「ううん。それがよかったの」
「それが、私が欲しかった関係だった」
胸の奥が、少しだけざわついた。
「だから……付き合ってほしいって言ったの。一週間でもいいから、何か変わるかもしれないって思って」
沈黙。風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
そして――
「ごめんね」
彼女は自分の服を強く握りしめながら言った。
「私、あなたを利用してただけだった」
苦しそうな表情でそう言った。
「告白のことは忘れて。明日、嘘だってみんなに言うから」
その言葉を最後に。
彼女は顔を押さえたまま、走り去っていった。
夕焼けの中に消えていく背中。
――涙が、見えた気がした。
俺は、何も言えなかった。
引き止めることも。
声をかけることも。
ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
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