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『犬猿営業マン、政略結婚はじめました』~m×k~
柔らかな陽だまりの中、野原の真ん中にぽつんと咲いた小さな花があった。
淡いクリーム色の花びらが、風に揺れるたびに陽の光を受けてきらきらと輝く。
二人の小さな男の子が、並んでその花を見下ろしていた。
「この花、何?」
少し背の低いほうの子が、首を傾げながら訊いた。
透き通るような声。まだ子どもらしい丸い手が、花に触れるか触れないかの距離で止まる。
「この花はね……」
隣にいる、背の高いほうの子が、少し考えるように目を細める。
そしてゆっくりと言葉を続けた。
「……とても強い花なんだ。小さくて見えにくいのに、どんなに風が吹いても折れないんだって。ひとりじゃなくて、いつもたくさんで寄り添って咲いてるから、守り合えるんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
小さいほうの子が、ぱっと笑った。
その笑顔は陽の光よりも明るくて、背の高い子が思わず目を見張るほどだった。
「なんだか僕たちみたいだね」
「僕たち?」
「うん。だって、僕たちずっと一緒でしょ?」
小さい子が、花のすぐ横にちょこんとしゃがみ込み、隣を見上げる。
真剣な瞳。幼いくせに、まっすぐすぎる瞳。
「ずっと一緒……?」
背の高い子が、小さく呟き返す。
その言葉を、確かめるみたいに。
「違う?」
「……ううん!そうだね!」
少し遅れて、でも強く頷いた。
顔をくしゃっと笑顔にして、胸を張る。
「ずっと一緒だね。僕、君のこと守るからね!一番大事にするからね!」
言葉の最後は、風に乗って広がっていく。
小さいほうの子の目が一瞬きらりと揺れて、頬がほんのり赤くなる。
そして――
「うん!じゃあ、僕も君のこと守る!」
二人は顔を見合わせて笑った。
花が、風に揺れながらその笑顔を祝福するかのように、陽の光を受けてふわりと輝いた。
―――――――――――――――――――
Side康二
俺の名前は向〇〇二。大手総合商社の営業マン。海外の食品ブランドを日本市場に導入する部署にいる。毎日、取引先に走り回って、笑って、謝って、提案して。気づけば朝から晩まで予定がびっしりだ。
「康二くん、次の会議、例の輸入チョコの件、頼むね」
「任せてください! 先方もいい感触ですよ。試食サンプルが社内で大好評で」
通路で課長に声をかけられても、笑顔で即答。
笑顔は武器だ。疲れてても、頭の中で「帰ったらビール」と唱えれば笑える。
――そんな俺を見て、「向井は社交的だな」「あいつと組むと楽だ」ってよく言われる。まあ悪い気はしない。けど、ただ愛想振りまいてるわけじゃない。
取引先の担当者が疲れてたらコーヒーを買って差し入れる。先方の部長の趣味がゴルフだと聞けば、一晩かけてルールを覚える。そういう“小さな積み重ね”で信頼を作るのが営業ってもんだ。俺にとって、相手の笑顔ほど価値のある数字はない。
――でも、最近、どうも社内じゃそのやり方が評価されにくい。
「根拠が薄い」「数字で証明しろ」「エビデンスを重視しろ」。
分かってる。分かってるけど、現場の空気も知らずに机上の空論ばかり押し付けられると、こっちだって苛立つ。
特に――
いや、名前は出すまい。まだ朝だし、気分を悪くしたくない。
「康二さん! こないだの商談、先方からお礼メールきてました! “向井さんの提案で、前向きに検討します”って」
「おっ、いいじゃん!やっぱ頑張った甲斐あったな~。チームで成果出せるのが一番や!」
後輩の佐藤が嬉しそうに報告してくれる。こういう瞬間が好きだ。自分のことより、チーム全体の成果が嬉しい。俺が前に立って喋り、後輩が資料を作って、皆で勝ち取る。――それが営業チームだ。
デスクに戻り、パソコンを立ち上げる。受信箱には、海外取引先とのメールがずらりと並ぶ。
英語は得意じゃないけど、毎晩単語帳を開いて、なんとか食らいついてる。努力が報われたのか、最近は「コージ、ユーアーアメイジング!」なんてメールをもらうことも増えた。単純に嬉しい。
ただ――そんな俺の努力を「感情論」と一蹴する人間がいる。
……ダメだ、朝から思い出してしまった。気持ちを切り替えろ。
今日も大事な会議がある。海外の大手チョコレートメーカーとの契約、最終提案前の社内レビュー。これを通せば、大型案件が動き出す。俺にとっても、チームにとっても大きなチャンスだ。
「よし……絶対に通す」
小さく呟いて、ネクタイを締め直す。
俺は明るく社交的な営業マン――それは間違いない。でも、それだけじゃない。
どれだけ冷たくされても、数字で証明してやる。現場の力を、俺自身の力を。
そう、今日は――負けない。
――――――――――――――――――
海外取引先との新商品導入プロジェクト。俺は営業チームの中心メンバーで、プレゼン資料を作り上げ、今日はその最終確認会議だった。正直、自信はある。数字の裏付けもあるし、先方との交渉だってスムーズにいってる。…ただ一つ、問題がある。
「それでは、本日の進行役、目黒くんお願いします」
部長の声に呼応するように、向かいに座る奴が顔を上げた。
〇〇蓮。海外事業部のエースと名高い。冷静沈着、完璧主義、俺とは何もかも真逆の男。
「まず、営業の向井さんの提案資料ですが――」
俺の名前が出た瞬間、嫌な予感がした。奴の低い声が会議室に響く。
「このコスト試算、甘すぎませんか?為替リスクを考慮していないようですが」
「……は?」
俺は思わず声を上げた。
「ちゃんと考慮してる。3ページ目の下段、見てないんですか?」
「見ました。ですが、根拠が薄い。想定レートの幅が狭すぎるんですよ。こんなものでは交渉に耐えられません」
奴の目は冷たい。まるで俺が初歩的なミスをしたかのような言い方。
「幅を広げすぎたら、逆に先方が納得しないでしょうが!」
「それを納得させるのが営業の役目です。あなたが“盛り上げ”るだけの人間なら、数字を扱う資格はありません」
ぐっ、と胸の奥が熱くなる。
「……言ったな」
会議室の空気がピリつくのが分かる。部長も秘書も目を伏せた。だが止まらない。
「じゃあ聞くけど、目黒さんよ。あんたが作ったこの契約書案、文言が固すぎる。先方の文化考えてる? あの国は遠回しな表現嫌うって、知ってますよね?」
「知ってます。しかし、法的リスクは?取引額はいくらです?一文の表現で数億の損失を生むかもしれないのに、“文化に合わせろ”とは軽率です」
「軽率じゃない! “信頼”を勝ち取るために必要なんだ!」
「信頼は“実績”で勝ち取るものです。“雰囲気”で取れると思ってるなら、あなたはまだ甘い」
頭に血がのぼる。何度も同じことを繰り返してる。会えば必ずこうだ。
俺の意見は「軽い」、俺の努力は「足りない」。
こっちはどれだけ現場で泥をかぶってると思ってんだ。
「……分かりました。じゃあ、俺の提案が通らなかった場合、契約成立率が落ちる責任、取ってくれるんですよね?」
「ええ。私は常に結果に責任を持っていますので」
即答。俺を睨み返すでもなく、淡々と。
それがまた癇に障る。どうしてこの男は、こうまで俺を苛立たせるのか。
「じゃあ、そこまで言うなら次の会議までに“完璧な”契約書案とリスク試算を作ってくださいよ。俺もそれに合わせて営業戦略立て直しますんで」
「承知しました。――向井さんこそ、次回までに“感情論抜き”の提案をお願いします」
「……っ!」
喉まで出かかった悪態を飲み込んだ。
感情論抜き、だと? このプロジェクトに命かけてる俺の気持ちを「感情」で片付けるのか。
会議室の時計がやけにうるさく秒を刻む。
「……以上です。解散しましょう」
目黒が淡々と締めると、全員が慌てて席を立つ。
俺は最後まで座ったまま、机の下で拳を握りしめた。
会議後、廊下を歩いていたら、同僚の佐藤が声をかけてきた。
「なあ向井、お前らほんと仲悪いよなぁ。社内じゃ有名だぞ、“犬猿コンビ”って」
「……知ってるよ」
ため息が漏れる。
そう、俺とあいつは水と油。価値観も仕事観も正反対。
なのに――なぜか、目が離せない。
奴の冷たい瞳の奥に、何か揺れるものが見える気がして。
俺のことを嫌っているはずなのに、時折ふっと向けられる視線が、どうしてか胸をざわつかせる。
――クソ。
俺は目黒が嫌いだ。
大嫌いだ。
一体なんなんやアイツ。
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