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#御曹司
うめぼっち

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鷹槻れん/鷹槻うなの

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#白い結婚
夕凪ゆな
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うめぼっち

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蓮田から会いたいと言われたのは、一月十三日だった。
「郊外の店から、本店に書類を届ける用で、近くまで来ます。十分だけ」
喫茶店『ひばり』。奥の席を選んだ。達也の言葉を、覚えていた。奥の席にも、窓はあった。蓮田は、以前より顔の色がよかった。鞄は、まだ両手で抱えていた。
「春の催事の看板、松月堂で、正式に決まりました。内定の書類が、郊外店にも回ってきたので」
蓮田は、紙を一枚、机の上に出した。ことはは、受け取って、読んだ。春の催事。看板、松月堂。出店者の一覧に、柊屋の名はなかった。
「それと」
蓮田は、声を低くした。低くして、机の上に身を乗り出した。頭が、近づいた。
「下町豆大福。あれ、十一月の打ち合わせの試作が、松月堂に渡っています。僕が、部屋の隅に置いた箱を、課長があとで持ち出しました。見ました」
ことはは、紙から顔を上げた。
「……見た」
「はい。証人になります。必要なら」
蓮田の目は、まっすぐだった。鞄を抱える手は、震えていなかった。
「蓮田さん、あなた、郊外店に――」
「大丈夫です。もう、課長の下じゃないので」
蓮田は、少し笑った。
その時、店の窓の外で、何かが光った。
ことはは、顔を上げた。窓の向こう、商店街の道に、人が一人立っていた。スマホを、こちらに向けて。
目が合うと、その人は、スマホを下ろして、歩いて行った。
達也の言葉が、頭の中で鳴った。おれじゃない誰かと、おまえが二人でいるところを。
蓮田は、気づいていなかった。
◇
夜、書斎の扉が開いていた。
ことはが廊下を通ると、中から、遼の声がした。
「入れ」
初めてだった。この部屋に、入れと言われたのは。
遼は、机の前に立っていた。机の上に、一枚の写真。印刷されたもの。
喫茶店の窓。奥の席。向かい合う男と女。女の顔は、はっきり写っていた。男は、身を乗り出して、頭が近い。
ことはと、蓮田。
「本家に、届いた」
遼は、写真を見ていなかった。ことはを見ていた。
「お前と、催事部の男。叔父から、今日の午後に回ってきた。――麗華が持ち込んだのは、言わなくても分かる」
ことはは、写真を見た。見て、口を開いた。
「それは」
「説明は、要らない」
遼は、短く言った。
「写真は写真だ。何が写っていようが、俺は、お前の説明を聞く必要はない」
聞く必要はない。
ことはは、その言葉を、頭の中で二度聞いた。信じている、とは言わなかった。関心がない、とも言わなかった。聞く必要はない。
「します」
声が、出た。
「説明、します。聞く必要がなくても」
遼は、何も言わなかった。
ことはは、立ったまま、話した。
喫茶店で会ったのは蓮田で、春の催事の内定と、松月堂の試作のことを知らせに来たこと。試作は、十一月の打ち合わせで麗華の部屋に置いてきたもので、蓮田が持ち出すのを見たと言ったこと。
話しながら、分かった。それだけでは、終わらないことが。
「それから」
ことはは、息を吸った。店のことを言うときとは、違う息だった。
「十二月に、契約書の控えを撮られたのは、わたしが店の帳場に置いたからです。氷川の家に置きたくなかったので。蓮田さんが撮って、表紙だけ麗華さんに送って、残りは消しました。わたしは、それを、あなたに言いませんでした。自分で収めようとして、収まりませんでした」
遼の顔は、動かなかった。
「それから、新年会の帰りに、ありません、と言ったのは、嘘でした。麗華さんは、一年のあとは本家で決めてある、と言いました。あなたの隣に、誰が座るか」
全部、言った。
言い終えて、ことはは、立っていた。足が、震えていた。向かいに座らないと決めた食堂のことが、浮かんだ。それでも、口を閉じなかった。店のことではないことを、こんなに長く話したのは、初めてだった。
遼は、長く黙っていた。
「……なぜ、俺に言わなかった」
「あなたの時間を、使わせたくなかったので」
「俺の時間」
「はい。わたしの店のことで、あなたの」
「俺の妻の時間だ」
遼は、言った。
ことはは、顔を上げた。
「お前が店に置いたのも、撮られたのも、麗華に何を言われたのも、全部、俺の妻の時間に起きたことだ。――俺の時間だ」
声は、いつもと同じだ。短くて、低くて、理由を言わない声で、理由を言った。
ことはは、何も言えない。言えないで、立っている。
遼は、写真を取った。取って、二つに折った。
「撮らせたのが誰かは、分かっている」
「……はい」
「だが、今回は、俺には止められない。催事部は俺の手を離れた。叔父は、写真を見た」
遼は、折った写真を、引き出しに入れた。左の引き出し。右の、藍色の束のある引き出しには、入れなかった。
「新春銘菓の会は、二十一日だ」
「……はい」
「柊屋は、呼ばれていない。春の看板は、松月堂で決まっている」
遼は、ことはを見た。
「お前に、できることはない」
ことはは、遼を見た。
できることはない、と言った。この人が。
「それは、わたしが決めます」
言う。言って、書斎を出る。
扉を閉める前に、遼の顔を見た。動いていない。動いていない顔が、何かを言いかけているように見える。見えるだけだ。
扉を閉めた。閉めた扉の向こうで、紙をめくる音は、しなかった。
コメント
1件
第28話、読み終えました……。 蓮田さんが証人になるって言ったところ、震えた。 遼さんの「俺の妻の時間だ」が重すぎて、その一言に全部詰まってた。 ことはさんが自分から話したのも、もう戻れない覚悟みたいで。 「できますよ」「それはわたしが決めます」のやりとり、同じ台詞なのに、意味がぜんぜん違うんだよね。 写真一枚で終わらない話を、こうやって紡いでくれるのが、すごく、心臓にくる。 連載、ずっと追いかけます🖤