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#御曹司
うめぼっち

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鷹槻れん/鷹槻うなの

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#白い結婚
夕凪ゆな
373
うめぼっち

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「同伴は、わたしの客として扱われるの。催事部の娘さんは、口を出せないわ」
絹江の電話は、金曜の昼に来た。
「二十一日、十一時。本店の玄関で待ってる。花びら餅を、箱で持ってきなさい。わたしの持ち込みにする」
「……持ち込み、ですか」
「古い客は、自分の菓子を持ち込んで、社長に食べさせていいの。会長の時代からの決まり。催事部が決めたんじゃないから、娘さんは止められない」
ことはは、受話器を握った。
呼ばれていない会。春の看板が決まった会。そこに、絹江の客として、花びら餅を持って行く。麗華は、それを乱入と呼ぶだろう。社長は、写真を見た。遼は、止められないと言った。
「行きます」
声が、はっきり出た。店のことだからだ。それだけではなかった。
「十一時に、本店の玄関で」
電話を切った。源さんが、工房の戸口に立っていた。聞いていた顔だった。
「花びら餅、何個だ」
「……二十。試食用に、切り分けられる形で。餡は、十一月の試作のまま。柚子の皮を、少し」
「正月の分には入れなかった柚子だな」
「はい。試作の味で、持っていきます。うちの店の花びら餅と、同じ顔で、違う味で」
「餡は、今日から炊く」
源さんは、鍋に戻った。
父が、椅子から言った。
「本店の社長に、食わせるのか」
「久我さんの持ち込みで。うちの名前で」
父は、椀を拭く手を止めた。止めて、工房の壁を見た。倒れる前、父が催事の手紙を何度も読み返していた病室のことを、ことはは思った。
「おれが作った味で、行け」
「お父さんの味は、わたしの味だから」
父は、何も言わなかった。言わないで、椀を拭いた。
ことはは、帳場の引き出しを開けた。契約書の封筒は、もうない。遼が持っている。空いた場所に、帳面を置いた。帳面の表紙に、花びら餅、二十、と書いた。その下に、柚子、と小さく。
◇
夜、屋敷。
玄関で、遼が待っていた。コートを脱いでいない。立ったまま、ことはを見た。
「久我から、電話があった。叔父のところに。同伴を連れて行く、と」
「……はい」
「お前か」
「はい」
遼は、ことはの顔を見た。見て、短く言った。
「行くな」
ことはは、靴を脱ぐ手を止めた。
「叔父の前で、俺はお前を守れない。催事部はもう、俺の管轄じゃない。あの会で麗華が何をしても、俺には止められない。叔父は写真を見た。お前が乱入すれば、麗華はそれを使う」
一度に、こんなに長く話す遼を、ことはは初めて聞いた。
「分かっています」
「分かっていて、行くのか」
「守ってもらうために、行くんじゃありません」
ことはは、靴を脱いだ。脱いで、遼の前に立った。背の高い人を、見上げた。
「店のことです。わたしの店です。松月堂がうちの試作で春の看板になるなら、うちの花びら餅を、社長の前に置きます。それだけです」
「それだけ、で済むと思うか」
「済まなくても、行きます」
遼の顔が、動いた。
「七条を、忘れたのか」
低い声だった。
ことはは、息を止めた。
七条。妻は、夫に恋をしないこと。遼が、それを口にした。店に行くか行かないかの話で。
「忘れていません」
声が、掠れた。掠れた声で、言った。
「忘れていません。だから、店のことで行くんです」
店のことで。
遼は、何も言わなかった。
長く、何も言わなかった。玄関の灯りの下で、二人は立っていた。
それから、遼が、コートを脱いだ。
「……行くなら」
腕にコートを掛けながら、言った。
「俺の名を使うな。お前の名で行け」
階段を上がった。
ことはは、玄関に立っていた。俺の名を使うな。お前の名で。それは、行け、と言ったのと同じだった。行くな、と言ったあとで。
この人は、いつも、そうだ。
階段の上で、足音が止まった。止まって、しばらく、動かなかった。それから、扉の音がした。
手が、震えていた。震えている手で、ことはは、自分の店の名を、頭の中で一度言った。柊屋。
◇
土曜の朝、母が寝込んだ。
熱。咳。父が二階から降りてきて、「無理をするな」と言い、源さんが「正市さんも無理をするな」と言った。工房で、三人が立っていた。立っているのは父だけだった。
「店番は、おれがやる」
「お父さん」
「立ってるだけだ」
「立つなって、源さんが」
父は、椅子に座った。座って、文句を言った。
ことはは、帳面を見た。花びら餅の餡。試作。明日は日曜。月曜は休み。火曜が、二十日。二十一日が、会。
「明日と火曜は、わたしが店番をする。工房は源さんと、お父さんが座って見てる」
「六時半からか」
「六時半から」
母の声が、二階から降りてきた。咳の間で。
「ことは。あんたが店番なら」
咳。
「朝一さん、見られるわよ。六時半に。――顔、見てきなさい」
ことはは、帳面を閉じた。
六時半。店先。帽子の常連。一度も顔を見たことのない、二百三十円の人。
母の咳が、二階で続いた。
ことはは、工房のガラス窓を見た。窓の向こうの、誰もいない店先。十月に一度立ったときは、来なかった。母が店にいる朝は、毎朝来る。それを、たまたまだと思ってきた。
明日の朝、あの台の内側に立つ。
コメント
1件
うわああ第29話読み終えたよ〜!!😭💕 ことはが「行きます」ってはっきり言ったシーン、マジでかっこよすぎた…!遼との玄関での「行くな」→「お前の名で行け」の流れ、感情がぐちゃぐちゃになったよ…七条の話出てきたときは息止まった💦 「守ってもらうために行くんじゃない」ってことばの強さ、胸にくるなあ。 それに明日の朝、六時半に店に立つって…常連さんと初めて会うのか〜!ドキドキする展開すぎる!!続きが気になりすぎて今夜眠れそうにないよ⋆⁺₊