テラーノベル
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注意
この物語にはキャラクターの死や心情の揺らぎを含む描写があります。読まれる際はご自身の心の状態にご配慮ください
ーー現代。
遠くでサイレンが鳴っていた。
騒がしいはずなのに、どこかぼんやりとしたその音は、夜の街をすり抜けていく。
ここは、死に魅入られた街ーーハクシラ市。
高層ビルと人工の灯で溢れたこの都市では、最近、死が重なる不可解な事故が相次いでいた。
一週間前には殺人事件が起き、小さな子供と、
その子供の母親らしき女性が、永遠の眠りについてしまった。
警察は事件を調査するも、現場となった家に凶器となった刃物もなく、犯人の指紋もなかった。
ただ分かるのは、死ぬ間際まで「生きたい」と足掻いた跡があること。
二日前には車が家に突っ込むという、不可解な事故も起きた。運転手はそのまま息を引き取った。
人々は、それをただの偶然だと片付けた。
だが、桜月(おうづき)イロハだけは感じ取っていた。
ーーこの街に、因果の歪みがあると。
だから、彼女はこの街に足を踏み入れた。
使命を果たすために……。
「……はぁ……。」
俺は、深いため息をつく。
夜の風は、俺を慰めるために、優しく吹いているような気がした。
でも、そんなので、変わるわけねぇ。
俺の名前は篠塚レン。今年で十七歳のただの子供。
多分この世で一番影が薄い人だと思う。
死んでも誰にも悲しまれることもないだろうし、かといって喜ばれることもない、と、勝手に思う。
実は一ヶ月前に、最愛の妹のミヨが、原因不明の事故で死んだ。
もう、なんのために生きていればいいんだよ……
と呟いたあと、また、大きなため息をつく。
俺はベランダに立って、ただ、ずうっと空を眺めるだけ。
ミヨの死から一ヶ月は経ったというのに、ずっとこの過去の’’後悔’’という感情から、抜け出せずにいた。
ここ最近、元々仲がそんなに良くない母さんとも、もっと仲が悪くなった気がする。
まぁ、そりゃそうだ。
だって俺のせいでミヨが消えたんだから。
どす黒い闇に呑まれてくミヨを、俺が弱いせいで守れなかったんだから。
俺に……力があれば……守れただろうに、
結局、あの’’闇’’はなんだったんだろ?
まあ、考えたって仕方ない。答えは出てこないから。
でもなんで、俺の周りはどんどん消えていくんだ?
だって前も近所で事故が起きたし、その次も殺人事件が起きた。この街は治安が悪いのか?
また、サァ〜……と、優しいそよ風が俺の黒髪を撫でる。
ふと、ベランダから街の景色を見下ろすと、仕事を終えたと思われる黒いスーツを着たおじさん達が歩いている。
でも。
その中には一人、異質な空気を放つ少女がいた。
いや、少女って呼んでいいのか?
その少女と思われる人は、白くて美しい髪をなびかせいて、服は洋と和が合わさったような服。
ふわり、ふわり。
少女が身に付けている群青のスカートと、腰に結ばれた帯のリボンが、足を動かす度揺れる。
白い羽織を身に纏うその姿に、俺は目を奪われる。
頭の両サイドには、赤いリボンが付いていて、少女は、静かに、アスファルトを足で撫でていた。
「……あの子……なにか、違う。」
俺はそう呟いた。少女を目から離せなくなる。
何が違うのか全くわかんねぇけど、その子の周りだけ、ほんの少しだけ、時間が遅れている、そんな気がした。
「……変な人。」
その時、空が悲鳴をあげるように、歪んだ。
地面を揺らすくらい、大きく、低い音。
いや、何かが咆哮してるみたいな、声?
その音が俺の耳を刺激する、鼓膜が破れそう。
うるせぇ……。
「……っ、なんだ……?」
ベランダから、外の方に目をやると、ビルの隙間、闇の裂け目から、形を持たぬ何かが這い出てくる。
黒く、のたうちまわって、道行く人達のそばを通り過ぎてく。
俺はその黒い物体に、見覚えがあった。
「……あの黒いヤツ……どっかで……」
そうだ……アレは、ミヨを消した黒いヤツだ。
そう俺は確信した。その時。
どす黒い’’ヤツ’’が、俺に襲いかかる。
「……えっ!?ちょ……!」
ーー『お兄ちゃん……』
亡くなったはずのミヨの声が、脳内に直接響く。
「……っ! ……ミヨ……!」
俺の視界が揺れ始める。
身体が、勝手に動き出す。
黒いヤツは、俺の身体に憑依したかのように、俺の傍から離れない。
「……くそ……離せ!」
そうやって暴れる俺に構うことなく、ヤツは俺の身体を操る。
俺が気づいたその時には、信じたくもない光景が広がっていた。
俺は、ベランダの手すりの上に、立っていた。
ベランダの下にいる人達が、俺の事をじーっと見ている。みんな焦った様子で、なにか俺に言っていた。でも、その声も、聞こえない。
「……は?」
なんで?何が起こった?
俺まさか、このまま落ちる?自殺……的な?
いやいや、待て待て!俺まだ死にたくないんだけど!
そう俺は心の中で訴えているのに、身体は言うことを聞かない。
ヤツはうねり、俺の足を勝手に動かした。
俺の身体が、地面にへと吸い込まれる。
ああ、俺。死ぬな……。
死を覚悟して俺は目を瞑る。その時ほんの少しだけ、楽な気持ちになった気もした。
その時だった。
ーーシュン。
空間が凍りついた。
音が消えて、世界のすべてが一瞬、静寂に包まれたような気がした。
そして、地面に吸い込まれそうになった俺の首根っこを、誰かが力強く引っ張った。
「え?ちょ……!うわぁあああ!!」
俺はベランダに引き戻された。なんとか、死なずに済んだ……。
……けど。
力任せに引っ張られたもんだから、ベランダの床に勢いよくダイブ。
文字通り、顔面から。
おかげで、めっちゃ痛い……もう、なんなんだよ今日。
黒いヤツは、振り返る暇もなく、断ち切られていた。
光でも炎でもない、静けさだけがそこに残る。
「…あなたの因果、ここで終わりです。」
静かな声だった。
どう言えばいいか分からないけど、透明で、すごく神秘的な声。
「……くそ……痛ってぇ……。」
俺は立ち上がって、声のする方に目をやると、
さっきベランダから見た、少女がそこに立っていた。
その少女は、とても小柄で、肌も白く、触れたら消えてしまいそうなほど弱く見えた。
でも、 手にあるのは、ひと振りの剣だった。
ただの鉄じゃない。光を受けて、刃が水みたいに揺れてる。 角度を変えるたび、淡い水色、金色、そして桜みたいな薄い桃色が、静かに混ざりあってる。
……まるで、夜の夢をそのまま刃に閉じ込めたみたいだ。
よく見れば、桜の花びらみたいな模様が刃に浮かんでる。
掘られてるんじゃない。色の粒子が、刃の中で舞ってる。ゆっくり、静かに――まるで呼吸みたいに。
――この剣はただの武器じゃない。
祈りのように、記憶のように、“誰かの想い”を宿しているように見えた。
え……なんでここにさっき子が!?俺の事助けてくれたの!?どうやって来たんだよ!!
情報量多いって!
そんな様子の俺を見て、安心させようと思ってくれたのか、少女はわずかに微笑んだ。
「……あなたの魂、眠るにはまだ早すぎます。」
その言葉に、俺の胸に張り詰めていた何かがほどけていくのを感じた。
ミヨの死、黒いヤツ、この世界の今。
そのすべてを知り、立ち向かう者が目の前にいるんだ。
そう、俺の中のおれが、言っていた。
ハクシラの街はようやく一息ついたように沈黙していた。
俺は、まだ立っていた。黒いヤツがいた場所には、何も残されていない。ただ空間が、あたかも何かを見下ろし微笑んでるみたいで、違和感があった。
「……夢、じゃないよな。」
自分の胸に手を当てる。鼓動は速く、震えている。恐怖か、驚きか、それとも何か別のものか。わからない。けど、あの少女が、頭から離れない。
まぁ、今のは夢だよな?さすがにこの時代に、剣持った女の子なんて……。
俺は目を瞑った。眉間にシワができるくらいに、強く。
お願いします、神さま。今のは幻覚ですよね?そうですよね?
少しの希望を持った俺は、目を開いた。
でも、少女はまだそこにいた。
まるで風のように、音もなく、ただ佇んでいる。白い髪に月の光が淡く差し込み、その姿は現実離れした美しさがあった。
うそ……だろ。夢じゃないのかよ……。
「……君……は、誰なんだ?」
俺が聞くと、少女はわずかに首をかしげた。
「私は、桜月イロハ。あなたの世界に属する者ではありません。あなたは?」
淡々と、しかし確かな言葉だった。’’この世界に属するものじゃない’’、なんて、言われたら普通はみんな疑うものなんだろうけど、俺はすぐその言葉を信じた。
それくらい、この子は異質な空気を放ってる。
そして、その声は、どこか優しさを含んでいた。
「俺は篠塚レン…あの…さっきの倒したのも……あれは、なんだ?」
「……あれは、’’虚霊’’と呼ばれるものです。
あなたの傍に集まった死は、偶然ではありません。因果が乱れた時、世界はその歪みに応じて影を差し向けてくるんです。」
俺の手が震え始める。
「……ミヨも?」
彼女は少しだけ視線を落として、静かに頷いた。
「…あなたの妹、ミヨさんの魂は、まだ完全には消えていません。けれど、今のままでは……過去を喰われ、記憶さえも歪められてしまう。」
「……記憶まで?」
「虚霊は忘れさせることで、運命を塗り替えます。真実を失わせれば、魂は行き場を失い、永遠に彷徨う。」
俺は拳を握りしめた。指が、黄色くなるほど。
「ミヨだけは……最後まで俺の味方でいてくれたんだ…!なのに…俺は……ミヨのために、何もできなかったどころか、全部失いかけてたってことか……!」
怒りとも悔しさが混じった声。こんな声を他の人に聞かれるなんて恥ずかしい。
俺のその声を前にしても、桜月イロハの表情は変わらなかった。ただ、彼女は一歩だけ俺に近づいて、囁くように言った。
「まだ間に合います。」
その声は暖かい。今まで触れたこともないくらい。
俺の心に染み込んだ。絶望の底にいたはずなのに、その言葉一つで、微かに希望の光が射す。
「……君は、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「私は、『静寂を継ぐ者』魂を乱す因果を断ち、全てを安らぎへと還すこと。それが、私の在り方ですから。」
そして、桜月イロハは初めて、俺の目を正面から見た。
「あなたにはまだ、果たすべき因果があります。」
その視線に、俺は息をのんだ。透き通る、エメラルドのような瞳。まるでその瞳の奥に、自分の未来が映されているみたいだった。
やがて、桜月イロハは空を見上げる。俺も続けて見ると、綺麗な月が、俺たちを見守るように空に浮かんでいた。
「虚霊はまだ、この街にいます。そして……その根は、もっと深く、もっと古いところにあります。」
その言葉を聞いて、俺はミヨを守れなかった後悔か、それとも、なにか別の感情か。俺の心を燃やす。
俺は目の前にいる彼女に向かって、カッコつけるように言った。漫画の主人公みたいに。
「だったら、俺も……一緒に行かせてくれ。この世界で何が起きているのか、自分の目で確かめたい…。」
俺の言葉に、彼女は少しの沈黙ののち、ふわりと微笑んだ。
「ええ。あなたが望むなら。」
それは、イロハが初めて見せた確かな感情だった。
俺は、今ようやく理解した。
この子は、ただ、誰よりも静かに、深く、世界を想っているのだと。
そしてその日、俺の中で何かが確かに目覚めた。
痛みと喪失の中で、それでも抗いたいという意思が芽吹いたのを、俺自身が、はっきりと感じた。
まだ、過去に囚われている。
けれど――その因果を断ち切るために、歩き始めることはできる。
きっと、俺はこれから……。
優しい光を放つ月が、俺たちの背を照らしていた。
第二の月夜「因果に囚われし者たち」へ続く
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