テラーノベル
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頑張ろうと思ったものの、すぐに日常を取り戻すのは容易ではなかった。
大学で講義を受けていても父の事を考えてしまうし、母子家庭となった家族の将来を思うだけで暗澹たる気持ちに陥る。
春佳は大学を卒業したあと、旅行が好きなので添乗員になり、海外を飛び回りたいという夢を持っていた。
そのために外国語の勉強に身を入れ、総合旅程管理主任者の資格を得ようとしている。
同じ夢を持つ友人と切磋琢磨して日々頑張っていたのに、その熱が何かの拍子で消えてしまいそうで恐ろしかった。
春佳は大学で勉強しつつ家庭教師のアルバイトをし、その傍ら友達と少し遊ぶ生活を送っていた。
だが葬儀という非日常が終わってまた日常に戻ったのに、以前のようにスムーズに過ごす事ができない。
父の死というショックを受け、自分という人間が作り替えられてしまったように感じられる。
今は気丈に振る舞っているものの、何かのトリガーがあれば、母のように気力を失ってしまうのでは……と思い、不安で堪らない。
「手が止まってるよ」
「わっ」
背中を叩かれ、春佳はビクッとして顔を上げる。
隣を見ると、友人の北原千絵が微笑んでいる。
千絵は大学に入ってから仲良くなった友達で、ボブヘアで痩身のさっぱりとした性格の女性だ。
千絵は黒目がちの目をしていて、春佳はいつも彼女が表情豊かに話している姿を見て『リスみたい』と思っていた。
(そうだ……。ここは大学で、今は休み時間で……)
さらに意識を周囲に広げると、学食には大勢の生徒がいて、談笑しながら安くて美味しい食事を口に運んでいた。
目の前を見ると、ささみチーズカツ定食が、ほぼ手つかずで冷めようとしている。
千絵は春佳を憐憫の目で見ながらも、あえて明るく言う。
「気持ちは分かるけど、食べよう! せっかくのご飯だし」
「……うん。そうだね」
「今度バ先の人と合コンしようかって話をしてるんだけど、春佳も参加しない?」
「合コン?」
今までもその手の誘いはあったが、春佳はよく知らない人と食事をするぐらいなら、友達と遊んでいたいタイプだった。
それに母は浮ついた事を嫌うので、酒のある店に行く事や、異性と出かける事を避けていた。合コンに行きたいなど行ったら、きっと母は怒り狂うだろう。
「勿論、彼氏探しじゃなくて、パーッと騒いで食べて、いっときでも楽しい気分になろうってだけなんだけど。……でも、完璧な美形兄がいたらそんな気にもならない?」
揶揄され、春佳は少しムッとする。
冬夜が素敵な男性である事は、妹である春佳が誰よりも分かっている。
あまりにも兄ばかり褒められるので、『自分は添え物なのでは』と思うほどだ。
兄の事は好きだが、春佳よりずっと頭のいい彼がコンプレックスなのもまた事実だ。
そして『お兄さんがいるなら、その辺の男なんて彼氏にしたくないんじゃないの?』とブラコンをからかわれるのにも、辟易としている。
「そんな事ないよ。行く!」
完全に、売り言葉に買い言葉だ。
乗せられたと思ったが、こうして強引に誘われないと、気分転換と称して飲み会に行けなかった。
(ありがと、千絵)
春佳は心の中で親友に礼を言い、合コン相手について嬉しそうに話す彼女の言葉に耳を傾けた。
**
努めて忙しく過ごているうちに合コンの日が迫り、春佳は母に家庭教師のアルバイトが二件入っていると嘘をつき、日本橋にある焼き鳥屋に向かった。
合コン相手は千絵のバイト先の先輩の友人らしく、社会人やフリーターが多かった。
千絵たちが盛り上がって談笑しているなか、春佳は隅の席でソフトドリンクを飲み、ちまちまと料理を摘まんでいた。
千絵が言ったように、いつものルーティンと違う事をしただけで、幾分気持ちが変わったのは事実だ。
合コンを楽しいと思うかはさておき、周りに初対面の人がいて気を遣うので、父の事を思いだして落ち込む余裕はなかった。
(いつもならこの時間、無気力なお母さんを相手にご飯を食べていたからな……)
父の葬儀から二週間が経とうとし、七月も終わろうとしている。
母は相変わらず床に臥している時間が多いが、少しずつ食べるようになってくれた。
だが食べ物より酒に手が伸びるようで、良くない兆候だとも感じていた。
(薬を飲んでるから、お酒は駄目だって言ってるのに……)
合コンに来れば気が紛れると思っていたのに、春佳は気がつけば母の心配をしていた。
俯いて考え事をしていたからか、隣に座っていた男が春佳の前にタンブラーを置いた。
「はい!」
明るい声で言われ、春佳はノロノロと顔を上げる。
「……え?」
「全然飲んでないでしょ! 飲みなって! ジュース!」
「でも……」
SNSでもよく【飲み会で男に用意されたドリンクを飲むな】と書かれてあり、春佳は返答に窮する。
「変なもんでも混ざってると思ってるの? やだなー! こんなに人が大勢いるのに、薬でも入れられると思ってる?」
男に大きな声で言われ、春佳はサッと赤面する。
そう強調される事により、〝大して可愛くもないのに予防線を張りまくっている女〟と思われるのが恐かった。
「じゃ、じゃあ……」
グイッとオレンジジュースを飲んだが、特に変な味はしない。
男の言う通り、単なるジュースだった。
「ね? 問題ないでしょ!」
「はい……」
「同じ物、注文してあげるから」
そう言って男はスタッフを呼び止め、「さっきと同じのお願いします」とオーダーしてしまう。
ジュースと思って安心していたが、どうやらその中にはアルコールが入っていたようだった。
調子に乗って飲んでいるうちに体が火照り、頭がクラクラしてくる。
勧められるがままに〝ジュース〟を飲み、どれだけ飲んだか分からなくなった頃、眠気を覚えた春佳は壁にもたれ掛かって目を閉じた。
「春佳、大丈夫?」
千絵の声を聞き、春佳は意識を引き戻す。
(気持ち悪い……)
頭はガンガンと痛み、吐き気はない代わりに、顔から血の気が引いて今にも昏倒してしまいそうだ。
(ここからお兄ちゃんのマンションまで、タクシーですぐだ)
春佳は壁にもたれ掛かったままスマホを取りだし、兄にメッセージを打った。
【お兄ちゃん、助けて】
苦しさのあまりハァハァと呼吸を繰り返し、祈るように画面を見つめていると、パッと既読がついた。
【どうした!?】
【お酒飲んだ。気持ち悪い。日本橋の○○○○】
店名を伝えると、すぐに【分かった。迎えに行くから待ってろ】と返事があった。
千絵が心配そうに顔を覗き込んできたので、春佳は問題ないというように弱々しく笑い、緩慢な動作で立ちあがる。
「お兄ちゃんに迎え頼んだ。今日はもう帰るね」
「分かった。……なんかごめん。こんな事になると思わなくて」
「いいの。……お兄ちゃん、店まで来るから外にいるね。お会計いくら?」
「じゃあ、三千円もらっておこうかな」
金額を言われた春佳はバッグを探り財布を出すと、千円札を三枚テーブルに置き、全員に向かって頭を下げる。
「お先に失礼します」
か細い声で言ったあと、春佳は焼き鳥の匂いが充満する居酒屋をあとにした。
角にコンビニがあるので、冬夜が迎えに来たとき車に乗りやすいよう少し移動する。
「ねえ、春佳ちゃん」
後ろから声を掛けられて振り向くと、酒を飲ませてきた男がニヤついて立っていた。
「もう帰っちゃうの? もっと遊ぼうよ」
「いえ……、本当に具合が悪いので」
とても気分が悪いし、先ほど手洗いで鏡を見れば、真っ赤な顔をし、目も充血していて酷い顔だった。
見て分からないのかと苛つきを感じたが、初対面の人を相手に感情の機微を察してもらおうなど、どだい無理な話だ。
「横になれる所あるけど、一緒に行かない?」
さすがの春佳でも、これがホテルへの誘い文句だという事はすぐ理解した。
「いいえ、本当に結構ですので。今にも吐いてしまいそうですし、迷惑を掛けたらいけないので、店に戻ってください」
「そんな事言わないでさぁ……」
男は粘ついた声で言い、春佳の腕を引っ張ってきた。
コメント
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読了したよ〜!😭✨ 春佳ちゃん、お父さん亡くしてまだ傷も癒えてないのに合コン行く流れ、胸が痛かった……。千絵の提案は悪くなかったけど、あの酒盛ってきた男マジで許せん!!「ジュース」って嘘ついて飲ませるとか最低すぎる😡💢 でもそんな中「お兄ちゃん、助けて」って冬夜くんに連絡する春佳ちゃん、頼るところはちゃんと頼れて偉かったし、兄妹の絆にじーんときたよ…🫂💕 続きどうなるか気になりすぎる!! 臣桜さん、このシリアスな空気感すごいです…!
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