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【秘密の同居人】
終礼のチャイムが鳴ると同時に、○○はそっと教室を抜け出した。
人の視線が怖くて、下を向いたまま靴を履き替える。
正門を出るとすぐに、黒い車が並ぶコンビニの駐車場が目に入った。
芸能人の亮が直接校門に来るなんてありえない。
だからいつも、少し離れた場所で待っていてくれる。
「……今日も来てくれてる」
胸が少しだけあたたかくなる。
歩み寄ろうとしたとき、背後から声がした。
「○○」
振り返ると、幼馴染の 蓮 が立っていた。
幼い頃からずっとそばにいてくれた彼は、○○が笑えていないことにすぐ気づく。
「また、何か言われたのか」
低い声。心配と苛立ちが入り混じっている。
「大丈夫だから」
そう笑ってみせても、蓮の目は曇ったままだ。
けれどその視線はすぐに、駐車場へ向けられる。
黒い車、そして助手席の窓からちらりと見える吉沢亮の横顔。
蓮は何も言わなかった。
ただ強く拳を握りしめ、○○の背中に「行けよ」と小さく呟いた。
○○は小さく頷き、駐車場へ足を進める。
助手席のドアを開けると、亮が穏やかに目を細めた。
「……お疲れ。今日も頑張ったな」
ほんのひと言で、胸の奥の痛みが少し和らぐ。
車が動き出すと同時に、校門のほうを振り返った。
そこにはまだ、じっとこちらを見つめる蓮の姿があった――。
車は住宅街の一角で静かに止まった。
周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、○○と亮は素早く家の中へ入る。
玄関のドアを閉めた瞬間、外のざわめきとは別世界の静けさが広がった。
「ふぅ……今日もバレずに帰ってこられたな」
亮はジャケットを脱ぎ、ソファに投げ出す。
芸能人としての張り詰めた空気が、一気にほどけていく瞬間だった。
○○はスリッパに履き替えながら、そっと笑みを浮かべる。
「いつもありがとう。……送迎、大変でしょ?」
亮は肩をすくめる。
「大変でも何でもない。お前を迎えに行けるのは俺だけだからな」
その言葉に胸がじんと熱くなる。
学校ではたった一人で耐えている○○にとって、この家は唯一心を許せる場所だった。
「先にお風呂?それともご飯にする?」
何気なく尋ねると、亮は少し考えてからいたずらっぽく笑った。
「お前、奥さんみたいなこと聞くな」
「ち、違うよ!別にそういうつもりじゃ――」
「冗談だよ」
くすっと笑うと、亮は台所に歩み寄り、冷蔵庫を覗き込む。
「んー、昨日の残りのカレーがあるな。あれ、温めて一緒に食べようか」
○○は慌てて後を追う。
「私がやるよ!」
「いいって。今日は疲れてただろ」
そう言ってエプロンを器用に身につける姿は、テレビで見る華やかな彼とはまるで別人だった。
湯気が立ち始めた鍋をかき混ぜながら、彼はふと真剣な横顔を見せる。
「……学校、やっぱり何かあっただろ」
背中を向けたままの問いかけに、心臓が跳ねる。
隠したはずなのに、全部見透かされている。
「……ちょっと、ね」
視線を落として呟くと、亮はスプーンを置いて振り返った。
「無理に言わなくていい。でもさ」
彼はゆっくり近づいてきて、○○の髪を撫でる。
「ここにいる間は、全部忘れてていい。俺がいるから」
その瞳は真っ直ぐで、嘘ひとつなく温かい。
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ溶けていく。
「……ありがとう、亮さん」
「ん。礼はいらないって言ったろ」
ふっと笑って、彼は再び鍋に向き直る。
その背中を見つめながら、○○は心の奥で強く思った。
――この時間がずっと続けばいい。
第1話
~完~