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地上101階建ての台湾のシンボルを前に麗の首は痛くなってきた。
真下にいるので、見上げても頂上は見えない。
「すっごい高いねー」
麗が見たらわかる感想を伝えると、横にいる明彦が頷いてくれた。
「世界で二番目に高いビルだからな」
二番目だと聞いて麗は思った。
きっと建てられた時は一番だったのだろう。何故、人は競うのか。
「でも意外、明彦さんがこういうビル昇りたがるなんて」
悶絶の足つぼマッサージが終わった後、麗の行きたいところばかり予定に入れているが、明彦が行きたいところはないのかと聞いた結果だった。
「いや、中で買い物をしようかと思っただけだ」
「なんや、そやったん」
麗が入口に置いてあるショップリストを見ると空港の免税店で見た有名なブランド店や、須藤百貨店に入っているような高級店が軒を連ねており、流石はランドマークと言ったところだ。
(何を買うつもりやろうか、金持ちめ)
「展望台に興味があるのか?」
麗は興味がないわけではないが、どちらかというと怖いので手を横に振った。
「うーん、私、大阪のエッフェル塔にも昇ったことないねん。きっと、上に行ったら明彦さんにしがみつかんと歩けへんくなるわ」
土とコンクリートを踏みしめて生きてきた麗に、高すぎる場所は未知の世界だ。
「へえ、可愛いところがあるじゃないか。それなら、行くか」
行くのか。いや、明彦の行きたいところに付き合うと決めたのだからと、麗は足つぼマッサージによって子供のころに戻ったような軽い足を動かした。
展望台につくと、眼前に空が広がっていた。
「おおおー」
麗は自分が思っていたより高いところが平気だったようだ。
煙と何とやらとついでに金持ちも高いところが好きだというが、何とやらの麗は金持ちの明彦の服を離して、ガラス窓に近づき、両手をガラスにつけて地上を見下ろす。
人がゴミのようどころか、人など見えない。
辛うじでタクシーが動いているのが見えるだけだ。
「凄いね!」
「……そうだな」
麗が横にいる筈の明彦に顔を向けると、同じく下を見ていると思っていた明彦は、三歩ほど後ろに下がっていて全く違う方向に顔を向けていた。
「どうしたの?」
「麗、このビルには巨大な制震装置があってだな、地震や強風の時に役立っているんだ」
「へー」
解説をしている間さえ明彦は麗に顔を向けず、中央の物販コーナーに飾られた、アイスを持って二足で立っている牛の大きなフィギュアをガン見している。
「その制震装置は、輪切りにした銅板を何層も重ねて球状にしたもので、それは見ごたえがある」
「へー」
制震装置の仕組みなど興味がない麗に対し、尚も雑学を披露してくる明彦の普段とは違う様子に、麗はある事実に気づいてしまった。
明彦は怖いのだ。
つい先程まで平気そうな顔をしていたくせに、下を覗き込んだ瞬間に恐怖に襲われたのだろう。
明彦の住んでいるマンションと何が違うのだろうか。人がゴミのように見えるか、全く見えないかの違いしかなく、どのみち落ちたら助からない。
それでも、本人の中で何か違う部分があるのだろう。外を見ようともしない。
「建築学的に素晴らしいその制震装置をこのビルは公開しているから、是非見に行きたい」
「へー。私は外の展望台に行きたいなー」
少し意地悪な気持ちになった麗は、最上階の野外展望台へ向かう階段を指差した。
「このビルのマスコットキャラクターはその制震装置に因んでいるそうだ」
「へー」
明彦が指差した先に、日本全国津々浦々の名所にいる猫のキャラクターにビルの模型が一緒にくっついているボールペンがお土産として売られている。
「わっ!!」
ちょうど麗と明彦の隣にいた若いカップルの男の方が、恋人の女の子を驚かせようと、声を上げた。
結果、女の子と明彦が大きく体を跳ねさせた。男の子は悪戯が成功してご満悦である。
「……麗、その、もう地上に降りたい」
明彦は下を向き、右手で目を覆った。
因みに横のカップルは女の子がわりと本気で男の子を殴っている。
「いいよー」
麗は可哀想になりつつもニヤニヤしながら、明彦の手を握って、地上へ降りるためのエレベーターへ引っ張っていったのだった。