タクシーを降りて、台湾で一番栄えている夜市につくと、人でごった返している。
少しでも気を抜くと、もう明彦には会えなくなりそうなくらいだ。
(ここで離ればなれになったら、確実にアキ兄ちゃんのクレジットカードのお世話になる。気を付けへんと)
「お目当ての屋台はあるのか?」
「ないよ。行列のできている店に並ぶ作戦やねん」
麗は自信満々に夜市の攻略法を披露した。
「外国人が納豆を苦手とする人が多いように、台湾人の口に合っても日本人には食べられないものが出てくる可能性は考えないのか?」
「……その時はその時。それもまた旅の醍醐味」
明彦の至極全うな指摘を麗は力業で切り捨てた。
「臭いが無理そうなところはやめておこうな……」
明彦は何か食べられないものの心当たりがあるのだろうか。
「わかった。にしても、屋台だけやと思ってたら、ちゃんとした居抜きの店もあって服とか雑貨とかも売ってるんやね」
どの店も大音量の音楽を鳴らしていて、マネキンと大きいポップが目を惹き、値段も手頃だ。
「気になる店があれば言えよ。お前には明日と明後日に着る服が無いんだから。さっきのモールで買わせなかったんだから、ここでは絶対に買うからな」
「はーい」
展望台を降りた後、麗は明彦に連れられてビルの下の階にある高級店が軒を連ねるモールを見て回った。
勿論、あの場で麗のものを買うのは拒否だ。高すぎる。
あの高級店ばかりのモールで服を買ってもらうことに比べたら、心理的ハードルはグッと低くなり、キョロキョロと服屋を見渡しながら歩くと、麗は早速気になる店を発見した。
他の店に比べ、間口が広く、明るい雰囲気の店は、ギャル系のファッションの店が続くなかで、少し落ち着いて見えた。
何てったってマネキンが着ている花柄のワンピースが可愛い。
後ろのラックに同じワンピースや色違いが置いてあったので、麗は近くの鏡に向かって自分に合わせてみた。
胸元と袖口が絞られ、お腹部分に紐があり、薄い色のそれは似合っているように思えるが……。
「これ、丈短いね」
中高の制服すらきっちり着て、膝より上にくるスカートなど履いたことがない麗には厳しいものがある。
「そうか? 気になるなら試着室があるようだから、着てみたらどうだ?」
明彦が店の奥を指差した。
路上で服を売っていたり、高いところにある商品は棒でひっかけて上げ下げしている狭い店が多い中で、この店は日本の服屋と変わりない造りをしている。
「うーん」
悩んでいると店員がニコニコ笑顔でやって来て、トライ、トライと薦めてくる。
他の店の前を通った時は、椅子に座ってスマートフォンを弄っているか、同僚と話をしているか、タピオカドリンクを飲んでいる店員しか見なかったので、ここはちゃんと接客してくれる店なんだと、麗は一瞬思ったが、いや違う。
この店員、明彦がよっぽど好みのタイプなのだろう、明彦の顔しか見ていない。
寧ろ明彦に向かってトライと言っている。本当に明彦がトライしたらどうするつもりだ。
やっぱり台湾でも明彦はイケメンなんだー。と麗は美醜の基準のグローバル化について思考を飛ばしつつ、トライすることにして、試着室に入った。
あまり待たせるのもなと、急いで着替え、備え付けの鏡を見る。
(うーん、やっぱり可愛いけど短い)
やめておこうかと麗が思っていると外から明彦に声をかけられる。
「着れたか?」
「うん」
試着室のカーテンを少し開け、明彦に見せる。
「いいんじゃないか」
OK、OK。good、goodと、いつの間にか一人増えて、明彦の両隣を陣取っている二人の店員が明彦の顔を見ながら誉めてくる。
麗は改めて明彦の顔の威力を思い知った。
麗も昔は、明彦と町を歩いて、明彦をガン見する人がいれば、めっちゃ見られてるやん、イケメンは凄いな。
と、いちいち感心していたが、最近では明彦が見られていることを見ることに慣れていたので当たり前のことになっていた。
「でも短いでしょ。台湾で着る分にはええけど……」
台湾人の女性は気温のためか年齢に関わらず、丈が短いスカートを履いている人が多く、地味な麗でも埋没できるだろうが、日本で履くには勇気がいりそうだ。
「日本で着る時は下に何か履けばいいだろ」
「あ、ほんまや。天才」
日本で着れないものを買ってもらうのは勿体ないなーと思っていたお洒落レベルが低い麗には、その言葉は天啓だった。
下にジーパンなりレギンスなり履いてチュニック扱いにしてしまえばいいのだ。
「じゃあ、一着目はこれで決まりだな」
明彦が両隣の店員に中国語で何やら話すと、二人の店員が競うように店から何着か服を持ってきてくれた。
「麗に似合う服を頼んだから着てみろ」
ここは高級ブティックですか? とツッコミたくなったが、恩恵を受けている立場なので何も言えず、順番に試着しては明彦に見せる。
明彦はいつも女性に服を買ってあげる時はこうしているのだろうか。
カーテンを開ける度、似合うかどうか判定され、明彦が似合うと言った服が、更に一人増えた店員によって集められていった。
「二着以上になってもうたし……」
選ぶからちょっと待って、と麗が言おうとしている間に、三人目の店員が電卓を叩いてお会計を明彦に見せ、明彦も払ってしまった。
Thank Youと三人の店員がニコニコしながらビニール袋に服を入れて明彦に渡した。
最後まで三人の店員は明彦の顔を見ていた。