TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

影が、一つ咆哮する。

びりびりと森が揺れる。それだけで、三人の警官の内、二人は悲鳴をあげて逃げ出した。留まった一人はなんとか立ってはいるものの、その顔は死人のように真っ青だった。

【…この餓鬼を奪うか】

どこからか、地獄の底から響くような、低い低い声が聞こえてくる。

あの人の声だ。すぐにわかった。名前を尋ねた時にぽつりと、奇跡とだけ答えたあの声とは似ても似つかないけれど、それは確かにあの人のものだった。

「そ、そうだ…!その子を離せ……っ!」

警官が震えながら必死に返す。すると影は、また鋭く一つ咆哮をあげて更に言葉を返す。

【お前達が捨てたものを、どうして我が拾ってはならぬのか。戯言も大概にしたらどうだ】

「っこの子には帰る場所がある!それを、お前が拐ったんだろう!この…化け物が…!!」

【…くだらんな。化け物なのは、年端もいかぬ餓鬼を躍起になって虐める、お前達の方であろう?ならば拐って、喰ったとしても文句はあるまい】

「……!?」

警官は、明らかに動揺していた。そこに畳み掛けるように、影は大袈裟に台詞を重ねていく。

そうやって目の前で繰り広げられる寸劇に、僕は何も言えなかった。

……怖い。

この警官は、真実を知れば僕の味方になってくれるだろう。気丈で、正義感あふれる人間性を持っている。この短い間でも、それをうかがい知ることができた。だからこそあの人は、わざとあんなことを言っている。

……あの人は、自分が悪役になればいいと思っているのだ。

それがただ、怖い。

あの人を止めたくてその肩を揺すろうにも、煙状の影は掴めない。ならばと腕を影に突っ込んでみても、僕の短い腕ではあの人の所に届きそうになかった。

半泣きになったその時、いきなり後ろ襟を引っ張られた。急なことに反応も追いつかず、気がついたら警察官の方まで吹き飛んでいた。けれど、警官には近づかれていなかったはずだった。

なら、僕を引っ張ったのは………。

ぱん、と乾いた音がした。見上げた警官が構えた銃口から、白い煙が伸びている。咄嗟に振り向くと、あの人がぐらりと傾いていくのが見えた。 纏っていた影たちが、塵が風に舞うようにはらはらと剥がれ落ちてゆく。黒い花吹雪の中から現れた美しい男の瞳は、憂いを帯びていて、でも少し満足そうだった。

気がついたら、僕は駆け出していた。

警察官の前に躍り出て、その銃口を手のひらで覆う。あの人にとどめを刺す為の銃弾が、僕の手を貫通して胸に刺さった。

血は、思っていたより出なかった。

警察官は、真っ青を通り越して真っ白な顔になり、その場に座り込んだ。しばらくは動けないだろう。

背を丸めて、あの人の下へ一歩一歩歩く。狭まる視界の中心には、倒れ込んだあの人がいる。このままでは、僕もあの人もじきに死ぬだろう。これが、僕があの人に守られなかった結果だ。

「……奇跡、さん」

目の前に、崩れるように座る。あの人がこちらを見る。ごぽ、と口から血が溢れて顎を伝う。今更やって来た痛みを無視して、あの人の頬をそっとなぞった。

「僕、を”…たべ、て……」

人間の血肉は、悪魔の魔力の源だ。魔力さえあれば、その傷は塞がるはずなのだ。

……そうしたら、貴方だけは生き残る。

もう、僕が死ぬとか死なないとか、そんな事はどうでもよかった。とにかくあの人が生きてくれれば、何でも良い。



いっしょに過ごしていくうちに、気がつけばもう喰われたいとは思わなくなっていた。

ただ、明日も明後日も、貴方に会いたかった。本当は、たったそれだけで良かった。

ならそう言えばよかったのに、僕は幸せに慣れていないから上手く言えなくて。あの人が首を振るとわかっているから、わざと殺してくれますかなんて尋ねて、安心して。

僕は、自分勝手だった。



あの人が泣きそうな顔をしていた。

それを見た途端に、次から次へと言葉が溢れてくる。それらのほとんどが、 謝罪と感謝の言葉。

でも多分、最期に相応しいのはそういうのじゃなくて、きっとこの言葉だけでいいのだ。

奇跡さん、と僕は呼びかける。

「___だい、すき」

にへ、と笑って、僕の意識は途絶えた。

奇跡という名の悪魔

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

110

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚