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ここ最近、俺にしては機嫌が悪かった。


親父が総帥を務める財閥のグループ企業に入社して五年。

社長の息子ってだけで役職を付けられるのが嫌で、俺は海外に逃げていた。

入社以来アメリカに三年と、ヨーロッパを転々としていた時期があって、日本の本社には一度も勤務したことがない。

そもそも日本には兄さんもいるし、優秀な親戚たちだってそろっているから俺なんか必要ないだろうと、海外を拠点にこのまま仕事をさせてもらえるものと思っていた。

もちろん、それなりの実績も残してきたつもりだ。

大体、シンガポールの事業だってやっと軌道に乗りかけたところ。

後二、三年で結果が出て、会社の安定した利益を生みそうな国際貿易なのに。

せめてその結果までは見届けたかった。

それを、一か月後に帰国しろなんて横暴だ。


俺だって、納得できないと文句を言った。

仕事にかこつけて本社からの通達を無視してみようともした。

でも親父の方が上手で、しびれを切らした親父は強硬手段に出て俺の住んでいたマンションを勝手に引き払ったのだ。

きっとこれ以上抵抗すれば、俺を今の仕事から外すこともやりかねない。そうなれば引き継ぎもできないまま今の仕事がとん挫する。それだけは避けたかった。


***


「お前、いつ帰ってくるんだよ」

昨日の午後オフィスにかかっていた兄さんからの電話。


「今月いっぱいに引き継ぎをするから来月には帰るよ」

「本当だなあ?」

「ああ」


親父の奴、とうとう兄さんを使って急かしてきやがった。


「でも兄さん、何で急に俺を呼び戻す気になったんだよ?」

納得できなくて兄さんに聞いてしまった。


「お前は高校時代から海外へ出てしまって、ずっと日本にいないじゃないか」

「そりゃあまあ」


高校大学と海外の学校へ行かせてもらったから、ずっと日本を離れていたのは事実だ。

でも、そのことは親父も母さんも納得していたがはずだろう。

なのに今更。


「母さんも父さんもお前を手元に起きたがっているし、何よりもじいさんがお前に会いたいって言うんだよ」

「じいさんって、うちの?」

「ああ」


すでに八十歳を超えたはずのじいさんとばあさんは実家で親父と母さんと兄さん家族と一緒に暮らしている。


「家には兄さんたちだっているし、ひ孫もいるんだろ。なんで俺まで」

「お前は血を分けた孫だからな」

「兄さん・・・」


それを言われると、俺は何も言えなくなってしまうじゃないか。


***


俺|平石奏多《ひらいしかなた》の実家は平石財閥の創業一族。

日本ではそこそこ名の知れた家だ。

俺はそこの次男。

俺には七歳上に兄がいて、平石財閥のメイン企業であるHIRAISIの副社長を務めている。

あと十年もすれば兄さんがHIRAISIの社長になって平石財閥を継ぐだろうと言われている切れ者だ。


「とにかく、じいさん孝行だと思って一度帰って来い。どうしてもいやならまた海外へ出させてやるから」

「・・・わかった」


納得したわけではない。

それでも、高校時代から数えて約十年間好き勝手に生きてきたのは事実。

随分わがままを聞いてもらったって自覚もある。

ここはひとつじいさんの言うことを聞くか。何しろもう年だし、兄さんが言うように今孝行しないと後で後悔しそうだ。


「とにかく帰って来い」

「わかってるよ、もう住む所まで取り上げられたんだから帰るしかない」

「そうだったな」

ククク。とおかしそうに笑う声が電話の向こうから聞こえた。


笑いごとじゃない。

おかげで今俺はホテルに住んでいるんだ。

会社で半分出してくれるとはいえ、半分は自腹。

それでも悔しくて、今一番人気があるホテルのスウィートを一ケ月間押さえてやった。


***


まあこれもシンガポールの思い出だな。

窓の外に広がる高層ビルを眺めながら、ふと先ほどこの部屋を出ていった女の子を思い出した。


昨日の夜、なんとなく一人になりたくて飲みに出た。

アメリカもヨーロッパも嫌いではなかったが、ここシンガポールは本当に住みやすかった。

もちろん、世界的な大都会だから生活の不便はないし街はきれいだし、欧米のように人種だ宗教だと主張してくる人が少なくて来るものを拒まず受け入れる風土がある。

それにアジアってことで溶け込みやすくて、気負いなく暮らせる街だった。


なんだか名残惜しいな。

そう思っていると、不意に雨が降り出した。


南国にしては珍しい弱い霧雨。

飲んでいたバーで傘を渡されて、それを借りてホテルに向かうことにした。



ん?

帰る途中、傘もささずに歩く女性が目に留まった。


いかにも観光客風の若い女性。

着ている服や髪型からおそらく日本人だろう。


時刻は夜の十一時過ぎ。

いくらシンガポールの治安がいいと言っても不用心すぎる。

間違ってもナンパするつもりはないし、ナンパなんてしたこともない。

でも、彼女の背中がすごく寂しそうでつい傘をさしかけてしまった。


***


「濡れますよ」

差し出した傘。


「ありがとうございます。でも、それじゃああなたが濡れますから」

わざわざ一歩後ろに下がった女性。


日本人らしいと言えばそれまでだが、こういう遠慮はナンセンスだと思う。

だからこそ少し言葉がきつくなった。


「じゃあ離れないでください」

「え?」

「あなたが離れるから濡れるんでしょ?さあ、入ってください。近くまで送りますから」

「いや、でも・・・」


そう言って振り向いた彼女の目に涙が光っていた。

つい語気を強めてしまった自分を後悔した。


「ごめん」

「いいえ、」


声の震えを必死にこらえているのが分かる。

真っ赤な目をして、涙なのか雨なのかわからないもので顔を濡らした女性。

よく見るとまだ若そうで、女性というより女の子って印象だ。


「行こう」

俺はためらうことなく肩に手をかけた。


不思議なことに、彼女も抵抗することなく俺についてきた。


彼女に声をかけたのは泊っているホテルからそう離れてはいない場所。

歩けば五分ほどの所だったが、着くまでの間彼女はずっと泣き続けていた。


***


部屋に入り、とにかくシャワーを勧めた。

霧雨だったからそんなに濡れてはいないけれど、顔を洗いたいだろうし着替えもしたいだろうと思った。

しかし、


俺がバスルームを温めているうちに、部屋の一番隅に置かれたソファーの上で小さく丸くなっていた。


「ベットを使っていいよ。俺はソファーでいいから」

「うん」


返事はしたものの、動く様子がない。


「そんな所で寝たら疲れが取れないだろ?」

「うん」


それでも、やはり動かない。


困ったなあ。

どうしたものかと彼女の顔を覗き込むと、目は閉じていて眠っているように見える。


「眠ったの?」

「うん」


「起きてるの?」

「うん」


何を聞いても同じ答え。

どうやらすっかり眠ってしまったらしい。


ああーもう。

「困った子だなあ、勝手にするぞっ」


独り言のように宣言して、俺は彼女を抱き上げた。


***


ベットルームに連れて行きそっと降ろそうとしたところで、


ギュッ。

彼女が俺の首に手を回した。


「お、おいっ」

驚いて声が出た。


ウ、ウゥッ。

声を漏らして泣き出す彼女。


どうしたんだ、一体何があったんだ。

聞いてやりたいのに、彼女の目は閉じたまま。


本当にまいった。

まだあどけなさの残る顔は、涙で濡れてしまっている。

このときの俺は彼女を連れてきてしまったことを少しだけ後悔した。


「お願い、1人にしないで」

独り言のように彼女がつぶやいた。


きっと無意識に出た心の声だと思う。

体を小さく丸めガタガタと震え出した彼女がかわいそうで、俺の中の理性がキレてしまった。


本当ならこのまま朝まで眠らせてあげるのが大人の対応なんだろう。

でも、俺もただの陳腐な男だったらしい。

「誘ったのはそっちだからな、明日の朝後悔したって知らないぞ」

言い訳のように言って、俺は彼女に唇を重ねた。


***


シンガポールに住んでまだ1年と言うこともあって、今の俺に彼女はいない。


アメリカにいた時やヨーロッパを転々としていた時には短い時間でも付き合った女性はいたが、一生を共にしたいと思えるほどの人に出会った事はない。


学生時代も社会人になってからも海外にずっと住んでいたせいか、ちゃんと大人としての付き合いをした女性は皆外国人たちばかりだった。

はっきりものを言い自己主張が強く嫌なものは嫌と伝えてくる女性たちが嫌いだったわけじゃない。俺の中で大人の女性とはそんなものだと思っていた。

しかし、目の前の彼女はかなり違った。


「うぅーん」

反応も控えめで、常に耐えるスタイルの彼女。


こんな風にされるとかえって男はいじめたくなるのに、きっと彼女にはそれがわかっていない。

この夜俺はかなり意地の悪い男だった。

お酒が入り朦朧としている彼女を自分の思いのままに抱いた。

それでも彼女は必死に堪えていた。



周囲から比べれば裕福な家に育った自覚はある。

欲しいものは何でも買ってもらったし、常に大人に囲まれて育った。

それを煩わしいと感じて海外へ逃げ出した。

今まで生きてきて、何かに執着したり一心不乱に求めたりする事はなかった。

でも、彼女の事は欲しいと思う。

できることなら、このままポケットにしまっておきたい。


***


「本当に困ったなぁ」


どこの誰ともわからない女の子にこんなに執着している自分が面白い。

彼女が旅人で、俺はもうすぐ帰国を迫られている。

この先どうすることもできない関係とわかっているのに。


はぁー。

大きくため息を1つ付いて、俺はやっと腰を上げた。


自分の携帯を預けてしまっている以上ラウンジに降りていくしかない。

もしかしてその辺のゴミ箱に捨てて逃げたかもしれないが、それはそれで運命だったとあきらめもつく。

返っておとなしく待っていられたら、俺は一体どんな顔をして彼女に会うんだろう。


彼女に携帯を預けたのは俺の賭け。

生まれて初めて感じた欲望に運命をゆだねてみようと思う。


もし彼女がラウンジに残っていたら、ちゃんと名乗ってデートに誘おう。

名前を教えないと言われれば、それはそれでいい。

予定があるからと断られれば、それも運命。

全ての駒がそろって上手く事が運べば、今日一日を彼女と過ごす。


俺は心を決めて、ラウンジに向かった。

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