テラーノベル
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「そのように幼生、分身を帝都に送り続けてみろ。梅桃家がお前の所在を暴く。白百合家がお前の力を削ぐ。梔子家がお前の力を無力にする。馬酔木家による武器がお前の体を貫く。そして、俺が必ずお前を殺す」
杜若様がぐりっと刀の柄に力をいれて、目玉をさらに穿った。
「五家を舐めるなよ。今からでもいい。掛かって来い。本体を帝都の外へ現せ。俺が黒洞でこの世から消し去ってやるっ」
気魄一閃。杜若様の鋭い声に、目玉はボロボロと輪郭が崩れて行く。
その刹那『カき、ッばタ。コロしてヤる』という、地面から怨嗟のように漏れる声を残して土蜘蛛の目玉はボロボロと崩壊した。
後には何も残らず。土蜘蛛がいたなんて嘘のように、広い敷地に爽やかな風が吹くのみ。
「逃げたか」
杜若様はふうっとため息をつきながら、それでも当たりの気配を窺うようにゆっくりと刀を鞘に戻した。
チャキッと、鍔と鞘の金属のぶつかる小さな音がしてハッとした。
私ってば、いつまで杜若様にしがみついているんだ、離れなくてはと体をそっと離そうとしたら逆に強く引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられた。
「か、杜若様っ!?」
杜若様の手が背中に回り、さっきよりずっと身体が密着する。
「会議が終わった直後。地震が起きて、その後すぐに土蜘蛛の出現を宇津木隊員のテレパスで知った。周囲に避難勧告、誘導をしていたら遅くなった」
「そ、そんなの。杜若様の立場なら仕方ないです」
「そこから、宇津木隊員達からことの成り行きを聞いて一目散に駆けつけた。本当に大事に至らなくて良かった」
はぁっと深くため息をついて、杜若様が私の顔を覗きこんだ。紫紺の瞳が私へと向けられ、心配気に細めていたのに気が付いた。
ドキンと胸が高鳴り、そしてなんだかクラクラしてきた。
「あ、あの。助けてくださって、本当にありがとうございます」
あわあわと杜若様の腕の中で慌てるが、私を抱く杜若様の両の手は離れそうに無かった。
「この顔の傷……守れなくて済まなかった」
本当に辛そうな声で言われたので、とんでもないと顔を振る。そう言えば、そんな傷があったと忘れていたぐらいだ。
「大丈夫ですから。こんな傷、舐めておけばすぐに治りますっ」
心配しないでと、微笑むと杜若様の顔が私に近づき──顔の傷口に杜若様の唇が触れていた。
柔らかな舌が私の傷口を労わるように優しく。ぺろりと傷口を舐めた。
「!」
そして唇が離れるとすぐに、杜若様が上着から白いハンカチを取り出して私の傷口に当てた。
「環。俺は環が傷付けば、俺が大丈夫じゃない」
「……!」
その真摯な言葉に激しく胸が高鳴った。
顔が熱くなる。
私をかつて殺した人が、同じ紫紺の瞳で憂いを湛え。私を見つめる様に、どうしようもなく心が掻き乱された。
私が何も言えないでいると顎をくいっと上げられて、杜若様の顔がさらに近くなる。
──これは口付けをされると思った!
咄嗟に手を唇の前に挟むと、むにっと私の手のひらに杜若様の唇が当たった。
「……なんで、避ける」
杜若様の愁眉がむっと釣り上がる。
「そ、外で接吻など破廉恥ですっ! それに私今、汗かいていますし、髪も着物もぐちゃぐちゃでっ」
「俺はそんなことは気にならない。今、環がうっとりと俺を見ていたから、やっと気を許してくれたのかと思ったんだが?」
「そ、それは、えーと、」
「では、外じゃ無かったらいいのか」
「そ、そう言うことではなくてっ」
「じゃあ、どっちでも同じだな」
ぐいっと私の手の平をどけようとする杜若様に、それを必死に抵抗する私。杜若様の瞳がさっきとは打って変わって、嬉しそうに輝いているので、これは私で戯れているのかと思った。
そのせいか、さっきの土蜘蛛騒ぎは悪い夢だったかのように思うほどに、賑やかな空気に気が緩み。
このまま手を取り払われたら、接吻を受け入れてしまいそうだと思ったときに。
目の前がチカッとした。そしてまた頭がクラクラした。
「……あ、れ?」
「環、どうした?」
「なんだか、頭がクラクラして……」
言葉と共に足に力が入らなくなってしまい、ふわっと杜若様の胸に倒れ込んでしまった。
「環、まさか。土蜘蛛の妖気に当てられたのか」
あぁ、そう言えば。
力がないものが妖と長くいるだけで、その妖気に当てられて体に変調を来たす。最悪、力のないものはそれだけで死んでしまうこともある。
私ってば、まだまだなんだなぁと思いながら、重い瞼が閉じるのを止められなかった。
私の意識に暗闇が迫る。
しかし、ここに杜若様がいると思うと安心して暗闇に意識を沈めるのだった。
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