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薄闇に包まれた明け方、何かの気配で目が覚めた。
ミアが起きないようゆっくりと体を起こす。
「グウウウ……」
昨日助けたキツネである。警戒しているのだろう。体を低くして唸りながらも、俺を睨みつけている。
ひとまず元気そうで何よりだが、ミアを起こすべきだろうか?
日はまだ上っていないが、夜中というほど暗くもない。あまり時間をかけていると、村人たちが起きてしまう。
村が活動を始める前に逃がしてやるのが最善であるが、この警戒ぶりだと抱き上げて村の外に連れていくのは厳しそう。
そういえば、あの時助けを求めたのはこのキツネなのだろうか?
ならば、話が通じるのではと声をかける。
「俺の言葉がわかるか?」
「グルルル……」
ダメだ。警戒していて話どころか、通じているかすら疑わしい。仕方がないので、自分で出ていってもらおう。
ミアを起こさないようベッドから降り、テーブルの上に置いてあるリンゴを1個手に取ると、音を立てないよう静かに部屋の扉を開けた。
「村の外まで案内するからおいで」
言葉が理解できているかは怪しいが、声色で敵意のないことをわかってもらえるかもしれないという希望的観測。
扉を開けたまま廊下に出て、丁度キツネから見えるだろう床にリンゴを置くと、それを遠くから観察する。
助けてから今まで何も口にしていないのだ。当然空腹のはず。
しばらくすると唸り声は止み、部屋からひょっこりキツネが顔を出すと、床のリンゴをそっと咥えた。
指で床をトントンと叩くと、こちらに気づいた様子。そのまま階段を降りつつ振り返ると、一定の距離を保ちちゃんとついてきていた。
「よし。いいぞ」
そのまま何度も振り返り、一階の食堂まで降りたその時だ。
「よう、破壊神のおっさん。今日は早いな」
「レベッカ!?」
予想外の出来事にキツネが逃げてしまってはいないかとヒヤヒヤしたが、何事もなく俺の後ろで待っていた。
ここまで来てふりだしに戻るのは避けたい。立てた人差し指を口元へと運び、静かにするよう促すと、そのままゆっくり食堂を通り出口を目指す。
なんだこのおっさん? という不思議な生物でも見るかのような表情を浮かべていたレベッカであったが、階段からキツネが顔を出したのを見て、腑に落ちたかのように無言で頷いていた。
「破壊神も朝から大変だねえ……」
食堂を出れば後は簡単だ。この時間に起きている人は極少数。外に人影はない。
村の門を少しだけ開けると、キツネはその隙間に勢いよく走り込み、森へと目がけて駆け出した。
「気をつけるんだぞ」
小さく手を振り声をかけると、キツネはリンゴをポトリと落とし振り返る。
頭を下げたようにも見えるが、恐らくそれは気のせいだろう。
再びリンゴを咥えると、森の奥へと消えていった。
さて、帰ってもうひと眠りするか。ミア、起きたらなんて言うかなあ……。泣かれたりしたらやだなあ……。
そんなことを考えながら部屋へと戻り、ゆっくりベッドに潜り込むも、二つの視線が絡み合う。
「どこいってたの? お兄ちゃん」
「ああ……昨日助けたキツネが目を覚ましてな。みんなが起きてしまうと外に出せなくなるだろうから、こっそり逃がしてきた。すまない……」
「そっか。元気になったんだね。よかった」
「……怒らないのか?」
「うん。お別れはできなかったけど、しょうがないもん……」
「そうか……」
俺はミアの頭を撫で、ベッドに潜ると二時間ほどの睡眠を取った。
――――――――――
「九条さんは『街道の整備』をお願いします」
それが、俺に与えられた今日のお仕事。
というわけで、ミアと一緒に作業することになったのだが、やることは至って単純だ。
俺がブロックを持ち上げ、ミアがそれにセメントを塗り、俺が地面に置く――という流れ作業。
最初はミアも楽しそうに作業していたが、段々と飽きてきたのか、今は明らかにつまらなそう。
「お兄ちゃん、これ楽しい?」
「全然楽しくない」
「私もー」
適材適所なのだろう。弓が得意なカイルは主に狩りを。ブルータスは斧適性持ちなので、戦闘系の依頼や木材加工、伐採などを任されているらしい。
俺にまわってくるのは、それ以外の雑務。手に職がないのだから仕方がない。
「ふう、そろそろお昼か。午前の仕事はこれくらいにするか……」
「はーい」
作業を一時中断し、二人で荷車に腰掛けるとレベッカに作ってもらった昼食の入った包みを開ける。
中から出てきたのは、いわゆるサンドイッチ。生ハムにレタス、トマトにチーズに酸味の効いたマヨネーズ。それらをパンで挟んだ物である。
「「いただきまーす」」
「おいしいね」
「ああ、なかなかうまいな」
空は青く、白い雲がゆっくりと流れる。仕事は正直面白くないが、魔物退治よりは全然マシだ。
ミアと二人、このままのんびりまったりと生活していければ、それで十分だと思っていた。
だが、そんな平和な時間も突然の終わりを告げる。
誰かに見られているような気配を感じ、俺たちは食事の手を止めた。
「お兄ちゃん……」
「ああ、何か来たな……」
ハンマーだった金属の棒を手に取ると、周囲を警戒しつつもゆっくりと立ち上がる。
しばらくすると、森の中から顔を出したのはウルフの群れ。
真っ先に逃げることを考えるも、すでに周りは囲まれていた。
後方からも徐々に距離を詰められる。ざっと数えて八匹ほど。
「昼食の匂いにつられたか?」
「そんなことないと思う……。明るい時間に森から出てくることなんてなかったもん……」
だとすれば、助けたキツネの件で恨みを買ったか、ガブリエルの言っていた世界の意志というものか……。
食べかけのサンドイッチを適当な方向へ投げ捨てるも、ウルフたちはそれに興味すら示さない。
「逃げられないならやるしかないな。……ミア、怖いか?」
「……大丈夫。私だってギルドで訓練したもん」
どうすればミアを守りながら立ち回れるか……。
そこで、一つの案が浮かんだ。ミアを攻撃できない場所に置けばいいのである。
俺はおもむろにミアの足の間に頭を入れると、それを一気に持ち上げた。
「わあ!」
肩車である。いきなりのことに驚くミアであったが、意図していることは伝わったようだ。
「たかーい」
「ミア、落ちないようにしっかりつかまってるんだぞ?」
数では相手に分があり、俺は戦闘のド素人。ミアだけを逃がし、それを追われるような事態は何としても避けねばならない。
ならば、目の届く所に置くのが最善策だ。
「【|防御術《プロテクション》|(物理)《フロム フィジックス》】」
「【|範囲《フィールド》|薄弱《マイクロ》|鈍化術《グラビティドロウ》】」
緑色の温かい光が俺の体を包み込み、さらには俺を中心に灰色のフィールドが出現する。
「これは?」
「近くの敵の行動速度を、少しだけ遅くする魔法だよ」
「なるほど、助かる」
一度深呼吸して、腹をくくる。
「よし! どっからでもかかってこい!」
俺の叫び声と同時に、二匹のウルフが飛びかかる。
本気で振り抜くと、その分隙が大きくなる。故に最初の一撃は牽制だ。
次の攻撃に備えられるよう周囲にもしっかり気を配る。命がかかっているのだ。否が応にも集中力が研ぎ澄まされているのがわかる。
そのおかげか、はたまた魔法によるものなのか、近寄ってくるウルフたちの動きが極端に鈍ったように見えた。
大口を開け襲い来るウルフに咬まれないよう、いなす程度に棒で薙いだつもりであったが、それは予想を遥かに上回り、ウルフは森の中へと吹き飛んだ。
それに驚きを隠せず目を丸くしていると、その隙を突かれ、もう一匹のウルフが俺の左足首に咬みついた。
激痛が走るだろうと身構えたが、いつまで経っても脳に痛みは伝わってこない。
防御魔法のおかげだろう。どれくらいのダメージを防いでくれるのかは不明だが、それが消滅するまで無傷で戦えるというのはありがたい。
「何すんだよ……っと」
金属の棒を左手に持ち替え足に咬みついているウルフに振り下ろすと、気持ちの悪い音と共に伝わってきたのは、骨の砕ける感触。
「【|神聖矢《ホーリーアロー》】!」
ミアも、ただ肩車をされているだけじゃない。その頭上に浮かび上がったのは、白く輝く二つの光球。
いつの間にか手にしていた小さな枝のような杖を振りかざすと、それは後方から迫りくるウルフを貫き、悲鳴にも似た鳴き声が辺りに響いた。
「やるじゃないか」
「フンス!」
俺の上で得意気に胸を張るミア。いつもは愛らしい少女も、今は凛々しくもあり頼もしくもある。
改めて魔法という未知の力に驚かされながらも、すでにウルフの半分は地に伏した。
――残るは四匹。
拍子抜け――とまでは言わないが、明らかにこちら側が優勢だった。
その後も苦戦を強いられる――などという事もなく、俺達はその苦難を僅かな力で乗り越えることができたのだ。