テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
桃下結衣
406
鷹槻れん

60,913
#異類婚姻譚
和泉
791
鷹槻れん

35,405
次の日――。
私がリビングに行くと
「ごめん!」
隼人が珍しく私よりも早く起きていて、私を見るなり深々と頭をさげてきた。
「えっ?どうしたの」
逆に驚いて、そんな言葉を投げちゃったよ。
隼人がこんなに頭を下げるなんて、はじめてのケンカの時以来かもしれない。
「昨日はイライラしちゃって。ごめん」
「自分でも個展の重圧で、ストレスが溜まっていて。穂乃果は頑張ってくれているのに、あんなことしてごめん。もう絶対手は出さないから」
隼人は何回もごめんと謝ってくれた。
どうしよう。
別れようって伝えるつもりだったのに。
もしかしたら変わってくれるかもしれないって、思ってる。
結婚して二年、付き合って一年、辛いこともたくさんあったけど、楽しい思い出もあるから。嫌な相手だったら、とっくに別れてる。
「私も……。応援するって言ったのに。キツく当たっちゃった。ごめん。だけど、もう暴力は絶対しないでほしい」
「うん。わかった。約束するよ」
隼人は頭を下げてくれた。
あの時、結婚当初みたいに戻れる?
これをきっかけに有栖との浮気もやめてくれる?
もう一度だけ、隼人を信じよう。
もし今度、裏切られるようなことがあったら、その時は――。
二日後――。
「っていうわけで、なんとか仲直りしたんだ。ごめん。心配かけて」
私は、仕事が終わったあと、玲央に電話をかけていた。
隼人から叩かれたことは黙っている。
謝ってくれたところだけを話した。
<うん。俺は穂乃果が幸せならそれでいい>
「えっ……と。ありがと」
玲央が直球すぎることを言ってくるから。びっくりした。
彼はふざけてこんなことを言ってくる人間ではない。
<また何かあったらいつでも相談して?>
玲央とも友達に戻ったのかな。
普通に会話できてる。
「ただいまー」
帰宅をすると
「おかえり」
隼人が珍しく、出迎えてくれた。
私が靴を脱いでいる時に、バッグまで持ってくれる。
ええっ。どうしたの?
違う人みたい。
なんだかちょっと気持ちが悪い。
「夕ご飯、できてるよ」
「えっ」
リビングに行くと、良い匂いがした。
「ええっ。すごい。これ、隼人が作ったの?」
「そう。久しぶりに」
キッチンテーブルを見ると、チャーハンがラップをかけて置いてあった。
「今、温めるね。中華スープも作ったんだ」
隼人はちょっと得意気に、電子レンジにチャーハンを入れ、コンロに火をつける。
チャーハンとスープ。
簡単だと思う人がいるかもしれないけど、反省をして作ってくれたことに感動をした。
「穂乃果、着替えておいでよ。温めとくから」
「うん。ありがとう」
寝室に戻り、部屋着になる。
「ご飯作ってもらうの、嬉しいな」
ぽつり出た言葉。
作ってくれたっていう努力が嬉しい。
隼人のごめんって、変わるからって気持ちが本当だったってことを証明してくれたんだ。
もう終わりを告げようって思っていたのに。これで有栖との関係も終わりにしてくれていたのならいいのだけれど。隼人は浮気を認めていない。
「そっちの方はしばらく様子を見るしかないよね」
隼人の作ってくれたチャーハンとスープは少し味が濃かった気がするけど、美味しくいただいた。
ていうか、美味しく感じてしまったんだ。
「個展は、穂乃果の働いている商業施設の展示ギャラリーなんだ。穂乃果は個展初日、仕事、抜け出せそう?初日と最終日が一番忙しくなりそうだからさ」
夕ご飯を食べ終えたら話があると隼人から言われ、二人でリビングのソファに座り話をしている。
二人でこうやって過ごすのも久しぶり。
「その日はね、実は休みを取ったんだ。手伝えることがあったら言ってね」
「えっ。ありがとう。最終日は?」
「最終日も午後休とったよ。搬出とかで忙しいかなって」
ケンカしていたとは言え、かなり前から職場へはシフトのお願いをしている。
「助かるよ。ありがとう。絵、売れるように頑張るな」
そうだ。大きなギャラリーを借りるのははじめてだから。売れてほしい。
ギャラリー使用料は、義母や義父が出してくれたって言っていた。
せめて、使用料を返せるくらいのお金が入ってくればよいな。
しばらく隼人は心を入れ替えてくれたかのように、毎日家事を手伝ってくれた。
私が帰れば夕食はできているし、洗濯もしてあって。
「お風呂掃除してくる」
私が立つと
「良いよ。俺、掃除してくるから。穂乃果は今日も残業だったんだから、疲れているだろ。休んでいて」
新婚当初みたいな隼人に戻ったみたいだった。
「ありがとう」
声をかけると、コクっと頷き、彼はバスルームへと向かう。
有栖とも連絡を取り合っている感じはしないし、彼女も何も言ってこない。
隼人だって個展を控えているし、あの日以降、大切にしてくれる。
有栖とは別れたのかもしれない。妻である、私のことを選んでくれたのかも。
有栖だって本当の彼氏はいるはずだし、恋愛は尽きない人だから。
既婚者である隼人なんて、普通、選ばないよね。
「なんか、夢を見ているみたい」
コメント
1件
隼人が心を入れ替えたように見える展開、胸がぎゅっとなりました…。チャーハンとスープを作ってくれた場面、主人公が「努力が嬉しい」と感じる気持ち、すごく分かります。「夢を見ているみたい」という最後の一文に、信じたい気持ちと不安がぎゅっと詰まっていて、切なくなりました。次はどうなるんだろう、本当に変わってくれたらいいなと願いながら読みました。更新楽しみにしてますね🌷