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永い貴方と儚い貴女
最終話 約束
人生は、残酷で美しい。
貴方-貴女 だけを 残した-攫った
この世界に、きっと神様なんて存在しない。
この地に生まれ、産声を上げたその瞬間から、皆平等に最期が待っている。
死へと続く道が伸びることはない。
遅かれ早かれ縮み続け、やがて無くなる。
分かっていたはずなのに。
なんだか早すぎたような気がして。
永遠と流れる時を恨みながら、
貴方-貴女 に想いを寄せ続ける。
・・・
寒い冬も終わりを迎え、風が優しく彼の長い髪を揺らした。
貴方は今日も、どこか思い詰めたような顔をしている。
「…」
『ボスキ…。』
屋敷の庭も華やかになり、桜はもう時期満開になるだろう。
『約束…守れなかったや。』
あの日の約束を、彼は覚えているだろうか。
桜を眺める貴方の横顔は、思わず見惚れてしまう程美しかった。
それと同時に、触れてしまえばまるで幻だったかのようにふと消えてしまいそうで。
儚さと切なさを覚えながら、「ずっと貴方の傍に居られれば」 なんて考えてしまう。
そんなこと、正直に伝えられるはずもなく。
私は誤魔化すようにして「また2人で見に来られるかな」と、彼の顔を覗いた。
あわよくば今ここで来年の約束が出来れば…なんて密かな期待も抱きながら。
幸せだったな。
あれからもう約束の1年が経とうとしている。
『…ごめんね。』
私は今日も、貴方を傍で見守る。
この世の何よりも近く、そして遠くから。
・・・
2週間が経ったある日。
「…そろそろ行くか。」
『珍しい…。』
彼は珍しく外出の準備をしていた。
街へ買い物にでも行くのだろうか。
2階の執事室を出て、そのままエントランスへ向かう。
かと思いきや、彼は何故か、私が使っていた自室のドアの前に立っていた。
ドアノブに手をかけたまま動かない。
どうやら開けるのを躊躇っているようだ。
そして深呼吸をしたかと思うと、そっとドアを開け、ようやく一歩踏み出した。
「久しぶりだな。」
『…ボスキ?』
彼はそう呟くと、ある物を手にして部屋を後にした。
「フッ…相変わらずいい笑顔だ。」
『えっ…それは…っ。』
私は、その”ある物”を見て思わず目を見開いてしまった。
彼が手に持っていたのは、私の写真。
写真立てに入った写真を愛おしそうに見つめている。
懐かしむようなその横顔は、なんとも切なかった。
・・・
写真を手に、今度こそエントランスへ向かう。
そして彼が次に行き着いたのは、私の墓だった。
「主様…久しぶりだな。」
「遅くなってすまなかった。」
『ボスキ…。』
「せっかくこっちに」
「墓を建ててもらったのにな。」
そう・・・
私は生前、執事達に、「もし私が死んだらこっちの世界にお墓を建てて欲しい」とお願いをしたことがあった。
そもそも、こっちの世界で死んだらどうなるのだろうか。
もし死体である私の指から指輪を抜いたら?
そんな恐ろしいことを考えたりもしながら、念の為私の希望を伝えておいた。
当然、主からそんな突拍子もない話を聞かされた執事達の反応は様々だった。
まさか現実になるなんて、きっとその場の誰もが思いもしなかっただろう。
「なぁ、主様。」
「主様は…幸せだったか?」
『え?』
突然の質問に驚いていると、彼はお墓に花を添えながら話を続けた。
「あれから、時々考えるんだ。 」
「俺はあんたを…、」
「幸せにしてやれたのかなって。」
『…なにそれ。』
「俺は無愛想だし、よく怖がられる。」
「それでも主様は俺に優しくしてくれた。」
『当たり前だよ。』
「よく俺を担当執事に選んでくれたよな。」
「本当に主様は、」
「俺には勿体ないくらい素敵な人だと思う。」
『ボスキ…っ。』
「俺の隣は…楽しかったか?」
『…うん。』
「俺はあんたを…幸せにしてやれたか?」
『うん…っ。』
『幸せだったよ…本当に。』
いつの間にか視界は滲んでいて。
私はしばらく、彼の顔をよく見ることが出来なかった。
・・・
墓場を後にし、彼が最後に向かったのは大きな桜の木。
「1年後…必ず…。」
「もう約束の1年後だってのに…。」
「俺の主は、いつ帰ってくるんだろうな。」
『ごめんね。』
「…フッ。」
「俺をこんなに待たせられるのは…、」
「主様くらいなもんだぜ。」
そう言いながら、彼はとても優しい笑みを浮かべていた。
「1年後、必ずまた2人で見に来よう」
桜の木は、約束を交わしたあの日と同じように満開である。
「…」
『…ふふっ。』
桜を背にどこか遠くを見つめる彼。
まるで一枚絵のように美しく、自然と口元が緩んでいた。
そしてしばらくの沈黙の後、彼は荷物入れの中からそっと何かを取り出した。
「主様。」
それは今朝、自室から持ち出した私の写真。
「桜は綺麗か?」
『え?』
「ずっと…楽しみにしてたもんな。」
「もうあれから1年か。」
『ボスキ…。』
「本当…あっという間だったな。」
彼の両手は私の写真を優しく包み込んでいた。
どれだけ手を伸ばそうと、私の手が彼に取られることはないというのに。
差し出した手と彼の手が重なれば、どれだけ幸せだっただろうか。
「なぁ、主様。」
『ん?』
「主様はあの日…、」
「俺になんて言おうとしたんだ?」
『えっ…。』
私は、言い掛けて伝え切れなかったあの日の言葉を思い出す。
『やっぱり…伝わってないよね…っ。』
貴方と迎える明日を楽しみにしていた私が、ずっと飲み込んでいた言葉。
それを伝えれば、きっとこの関係もあっさり崩れてしまうから。
でも・・・「もう明日はない」と確信したその時、最期くらいは正直でありたかった。
そんな私の告白は、彼に届いていなかったのだろうか。
今更ながら、胸が締め付けられるように痛くなった。
するとその時、そんな私の心を見透かすように彼が再び口を開いた。
「…なんてな。」
「ちゃんと伝わってたぜ。」
『それって…っ。』
「俺も…って言ったら…、」
「どんな反応してたんだろうな。」
『!』
まさかの言葉に私は目を見開く。
「俺達…両想いだったんだな。」
『ボスキ…っ。』
私達はずっと両片想いだった。
思いも寄らなかった真実に、頭と気持ちの整理が追いつかない。
「ちゃんと聞きたかった。」
「あんたの口から…”愛してる”って。」
私は、彼の目を真っ直ぐ見つめた。
届かないと分かっていても、もう一度貴方への想いを言葉にしたくて。
『愛してるよ。』
『これからもずっと。』
あの日、伝え切れなかった私の想い。
貴方に届いていますか。
するとその時、彼の目が大きく見開かれた。
「あぁ、俺も愛してる。」
彼の瞳に、私は映っていないはずなのに。
私は彼を見上げ、彼は少し目線を落として私を愛おしそうに見つめている。
そんな彼の表情は、今までに見た事もないくらい優しかった。
『ふふっ…そんな顔出来るんだ。』
やっと笑ってくれた。
あれからずっと、思い詰めた顔の貴方しか見られなかったから。
これで、ようやく本当のお別れが出来る。
『もう貴方の隣には居られないけれど…。』
『空から見守ってるからね。』
貴方と出逢えて幸せだった。
『さようなら。』
『私の愛しい人。』
これからもずっと見守ってるからね。
来世では 貴方-貴女 と愛し合えますように。
・・・
大きな桜の木の下で、
安らかに眠る執事の抜け殻だけが残った。
舞い散る桜は、
まるで儚く脆い 貴方-貴女 のようで。
私達は辺り一面の花畑で再会を果たした。
永い貴方と儚い貴女 ー END ー