テラーノベル
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清々しいほどの晴天に見舞われた、ある昼下がり。
とあるテレビ局の楽屋内では、顎に指を当てて神妙な面持ちで物思いに耽る男がいた。
彼は視線の先で忙しく蠢く橙と白のツナギへ、じっと目を凝らしている。
男は何を想い、 何を視るのか。
沈黙を守り通しているが故に、それを計ることは難い。
ーーが、それは束の間のことであった。
揃いの赤いツナギに袖を通した男、宮舘は突然に、その固い口を開いたのだ。
ひとりでに、おもむろに、なんの前触れもなく。
「…あの子たちのこと」
「…気になるんだよね」
「…ふはっ、んははっ、いいのに。そういう話、嫌いじゃないよ」
「…そういうのは視えないのかもね」
「…ふふ、そうならいいね。でも、まずはあの子達のことどうにかしないと」
「…そうみたい。だから、見定めたくて」
彼の周囲には誰もいない。
それでも宮舘は話し続ける。
まるで、そこにいる誰かと会話をするように。
まるで、自身の目にのみ映る何かを、その誰かと分かち合うかのようにーー。
宮舘の熱心な視線には気が付いていない様子の橙と白は、思い思いに楽屋の中を走り回っては大きな声を上げていた。
「…根っこが生えてる…それと…かくれんぼが上手みたいだね」
先程から顎に置いていた人差し指で、スッと唇をひと撫ですると、宮舘は誰に言うでもない呟きを虚空へ溶かした。
例のドッキリ番組の収録があった日から、一週間が経った。
今日は、次の会合であのおばちゃんに会いに行ってみるのはどうかと、ラウールに相談しようと思っていた。
バラエティー番組の入り時間に合わせて着替えを済ませたところで椅子に座り、暇潰しにとこれまでに撮った写真を順繰りにスマホでぼーっと眺めていると、ラウールが机に手を付いて身を乗り出してきた。
彼は内緒話をするように、口元に片手を添えて「はぁっ…!」とワクワクした様子で大きく息を吸い込んでから驚愕の一言を囁いた。
「僕!今から舘さんに告白してくるっ!」
言葉の意味だけを理解した状態で辛うじてこの口から発せられたのは、「はッ!?」という吐息なのか声なのかも曖昧な、ただの一音だけであった。
自分の頭とラウールを落ち着かせたい一心で、なんとか言葉を紡ぎ、その腕を掴んで机の上に縫い止めた。
「ちょぉ待ってや、急にどうしたん?」
「そろそろいんじゃない?って思ったから。善は急げって言うでしょ?」
「急げゆうても、まだ向こうなんも意識してくれてないやん!?まだやろ!」
「じゃあ康二くんはそこで待ってなよ。僕だけで行ってくるから」
「ちょちょちょ…!あかんて!それに、二人で一緒やって約束したやんか。それはどうするん?」
「えー?そうだったっけ?」
おかしい。
これは明らかにおかしい。
ラウールがあの三か条を忘れるわけがない。
あれは何度も話し合って、考えて、言葉を一つ一つ丁寧に吟味して立てた、二人だけの誓いなのだから。
忘れないようにと、ノートにも書いて、念押しで写真にも撮っておいているのだから。
焦っているのだろうか。
彼は「善は急げ」と主張したが、「急いては事を仕損じる」とも言うだろう。
とにかく俺は反対だ。
今のところ、舘が俺たちの気持ちに気付いている素振りはない。
いま伝えたところで、困惑させてしまうのがオチだろう。
そんなスベるような結末を迎えたくはないのだ。
うまく行っても行かなくても、自分の中で納得の行くような、腹落ちできるような幕切れでなければ嫌だ。
サラサラーっと思いを伝えて、一ミクロン以下の薄い希望を抱きながら、三者共が頭上に「?」を浮かべたまま終わってしまうような恋なんて、真っ平御免である。
そんなあっさい気持ちで好きになんかなってへんわ。
「もう一回考え直そや」
そう言いかけたとき、既にラウールは屈んでいた姿勢を直し、舘がいる方へと体の向きを変えていた。
「とにかく僕言ってくるから!」
「待たんかい!落ち着きや!」
「そこまで言うなら捕まえてみなよ!きゃはは!!」
「くっ…! ホンマに…!」
広い楽屋に置かれたテーブルを囲み、突如ラウールとの鬼ごっこが始まった。
それを遠巻きに見ていた照兄とふっかさんは、「子供かよ…」と呆れ、しょっぴーとさっくんは「うるさ…」「ぅおぉおーっ!いけいけー!」と真逆の反応を示し、めめと阿部ちゃんは「仲良しだね」と言い合いながら互いを見つめてニコニコしていた。
人の気も知らんで…っ…!
ただの遊びならどんなに良かったことか。
ラウールを止めなければ、今までの頑張りが全て水の泡になってしまう。
こちらの不安と焦燥感など、当然他のメンバーが知っているわけもなく、大きな白い背中を追いかけながら、その感想たちを泣きたいような気分で聞いていた。
無事に収録が終わると、疲れがどっと背中にのしかかってくるような感覚に襲われた。
結果として、ラウールの暴走を止めることはできた。
しかし、ホッと一息吐けたのは、わずか一瞬間のことだった。
懸念していた通り、案の定ラウールはカメラが止まった瞬間から舘の方へ突進して行こうとするので、その腕を引っ掴んで楽屋へ引き返し、手早く身支度を済ませて俺の家に連れ帰った。
その間にも、ラウールはジタバタとその長い手足を動かして、俺の手からどうにか逃げ出そうと踠いていた。
日が落ちた頃、気持ちが落ち着いてきたのか、はたまた舘がおらずで諦めたのか、ラウールはようやく大人しくなった。
思い出すだけでも口の中が苦くなってくるが、つい先刻までひどい有様だったのだ。
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「舘さんとこ行くーっ!離してーっ!」
「あかんて!作戦立ててからにしよや!」
「やぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「大声出さんとって!隣ん人の迷惑やから!」
「康二くんだって声大っきいじゃん!」
「やかましいわ!ラウがでっかい声出すから俺も大っきい声出さなあかんくなってんのや!」
「けち!わからずや!いじわる!」
「なんやと!?分からず屋はそっちや!!」
「うぅッ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」
「んな…ッ!?なにも泣くこと無いやんか…っ!」
「こうじぐん“の“ばがぁ“ぁ“ぁ“〜っ!!!」
「関西人にバカ言うたらあかん!悪口やぞ!」
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しゃくりあげ、最早何を喋っているのか全く分からないほどの涙声になるまで、ラウールは泣き喚き続けた。
しばらくして疲れたのか、つい今しがた、やっと大人しくなったところだった。
「はぁ…」
ずっしりとしたため息をフローリングに叩き付けてから、ラウールに向き直った。
「どや?落ち着いたか?」
「…ぐすっ……」
「まだ時期やないんは、ラウやってよう分かってるやろ?」
「…すん…っ…」
「俺らが目指してるとこにやって、まだ全然行かれてへんし」
「…ずび…」
「なんかあったん?俺ら相棒なんやから、なんでも共有しよや。いつもみたいに言うてみ?」
「こうじくん…」
「…ん?」
相槌を打つように鼻を啜る音が大変に気を散らせるのだが、そんなことを言っていても仕方が無いので必死に無視をして、真っ赤に目を腫らした大きな子供にティッシュを手渡した。
一枚取ってズビズビと鼻をかむと、紙を丸めながらラウールは蚊の鳴くような小さな声で俺の名を呼んだ。
先を促すと、その直後、ラウールは聞き捨てならない言葉を口にした。
「僕に譲ってよ」
耳を疑うようなその発言に、たったの一言を返すだけで精一杯だった。
「…なんやて…?」
「僕、舘さんが好きなんだもん。僕だけがいい」
「なに言うてるか、分かってるんか…?」
「誰にもあげない。僕のにしたい。康二くんにだって譲りたくないの」
「…急にどうしたん?今までそんな話したことなかったやん…。…そ、それに俺らは一緒に頑張るライバルやろ…?相棒やんか…」
「そうだよ、ライバル。でもそれは……」
俯いていた顔が持ち上がる。
すっと俺を見据えたその瞳は、どこまでも黒く濁っていた。
光を全て吸収し、一つの輝きさえどこにも見当たらないその眼球に、底無しの恐怖心が芽生えた。
ーー「敵って意味だよ」
その言葉を聞いた瞬間、沸騰した何かが腹の中に渦巻いた。
それはきっと、舘からしてみれば些細な出来事だった。
しかし、俺にとっては何よりも大きなきっかけだった。
この目で幽霊を見たことは一度もない。
それに関連するような妖精や、精霊の類についてもだ。
ただ、そういったものの存在にちょっかいをかけられることは、頻繁にあった。
誰もいない場所から物音がしたり、怖い夢を見たり、身に覚えのない手形のような痣を腕に見つけたり、そんな背筋が凍るような幾つもの現象をいつもこの身に受けていた。
怖がりだから、揶揄われているんだろう。
そう思うようにしていた。
怯える姿を見て楽しんでいるんだろう。
そんな風に考えて、どうにかやり過ごしていた。
それから時は経って、初めて舘に出逢ったときのことだった。
あの日のことは、ずっと忘れない。
事務所の一室でひとしきり自己紹介を済ませた後、突然彼が話しかけてきたのだ。
「康二、これからよろしくね」
「ぅぇッ!?…よ、よろしくお願いします…」
まさか声をかけて貰えるとは思っていなかったが為に、取り乱したような情けない声が思わず漏れてしまうと、その無礼を咎められるのではないかと焦った。
当時、俺の中での舘という存在は、「怖い先輩」という位置付けでしかなかったので、大変に萎縮しながら挨拶を返した。
「うーわ…めちゃめちゃ失礼な反応してもうたわ…怒られるやろか…」とビクビクしながら、舘が次に切り出す言葉を待った。
感情が読み取りづらいあの表情でしばらくの間じっと見つめられてはたじろいでいると、彼は不意にふわっと微笑んだ。
「優しいんだね、康二は」
「……はいっ…?」
「ちょっとじっとしてて?」
「え、ぁ、、、はぃ、、、、?」
「………」
「あ、あの、、」
呼び掛けるも返事はなく、舘は目を瞑って何かを唱えていた。
それをパチっと開くと、彼はまた俺に微笑みかけた。
「もう大丈夫。もう泣かなくていいんだよ。これからは、満月の夜を笑って過ごしてね」
そう言って舘は、俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
困惑と感動、そして猛烈な探究心に駆られた。
その全てがない交ぜになったまま、居ても立っても居られず勢いよく舘の肩に飛び付いた。
あの時の興奮は、今でもこの身から尽きることなく湧き出ている。
「なんで!?なんで知ってん!?俺が泣いてたって!!」
「さぁ、どうしてだろうね。ふふ」
「ふふ、やのうて!ホンマに知りたいんよ!今までなんであんなことあったんかも、なんで舘がそのこと知ってんのかも!教えてや!!」
彼の言葉は簡潔でありながらも、かなり的確だった。
俺が不思議な現象に悩まされていたのは、決まって満月の日だった。
「今月もなんかあんねやろか…」と怯える夜を何度も過ごしてきた。
それが日常になってしまっても、やはり怖いものは怖くて、いつだってその摩訶不思議な、科学では証明できないものに神経過敏になり、毎夜毎夜一人でメソメソと泣いていた。
擦り減った千切れかけの意識を繋ぎ合わせて、毎日をどうにかやり過ごしていた俺を安心させるように柔らかく微笑んでくれた舘は、俺にとってまさに神様だった。
舘が唱えたものによって何が変わったのかは、その時は正直言うと何も分からなかった。それでも、「これで全部解決した」という安心感と孤独感からの解放という意識が、漠然とではあったが大きく広がっていった。
「康二は優しいから、いろんな子がついて行きたいって思っちゃうみたい」
「やっぱ、揶揄われてんねやろか…」
「ううん。そうじゃないよ。この子たちは明るい光が好きなの。康二が持ってるものに、どうしても憧れちゃんだよ」
「でも、、それやったら悪戯せんでもええやんか…。ホンマに怖いんよ…」
「もし、次に怖いって感じることがあったときは、フリでもいいから怯えないでいてあげて。拒絶されたって感じると、もっとヒートアップしちゃうから。みんな、自分の気持ちを表現するのが苦手なの」
「じゃ、じゃあ、ほんなら、満月の夜にばっか構われるんはなんでやの?」
「満月は、不思議な力を強くしてくれる力があるの。生きているモノも、そうでないモノも、みんなこの夜はどうしてか気持ちが湧き上がるでしょ?それは、単に一ヶ月に一度、丸い月を見られたから、ってだけじゃない。月って、俺たちにとっても強く影響するの。康二に憑いてた子たちはみんな、月から借りた力を使って、頑張って前に出てきてたんだよ。康二と遊びたかったみたい」
「えぇ……遊ぶて…」
「明るい光を持ってる人のそばにいると、満たされた気持ちになれるんだよ。居心地がいいんだろうね」
「…複雑な気分やわ…」
「まぁまぁ、変なことしなければみんな何もしないから。怖がって逃げ出そうとするともっと追いかけてきちゃうから、気にしないのが一番だよ」
「ほ、ほうか…。おおきに…」
「いえいえ、じゃあね」
舘に不思議な力があることは、このときに知った。
俺の目には映らないものが、彼には見えているんだと気付いた。
それからというもの、舘を目で追うようになったが、彼はいつも虚空を見つめては何もない空間目がけて声を発していた。
そのあとは決まって寂しそうに目を細めるので、俺まで心細い気持ちになった。
そんな顔すんなや…。
みんなに言えんくて苦しいんなら、俺が笑わしたるわ。
俺だけが舘の秘密知ってんのやから。
あの切なそうな横顔を見るたびに、その気持ちは強まっていった。
返したかった。
次は俺が渡したかった。
あの日、俺を助けてくれたときのように、今度は俺が舘を助けたい。
曇ったその顔を笑顔にさせたい。
それが俺にできる恩返しなんだと信じていた。
目に見えないものを恐れて、どん底の更にその底に蹲っていた俺には、その背中に後光が差して見えていたから。舘は俺の救世主だったから。
身に湧き起こった安堵と、心の奥底から溢れ出る憧れが、一瞬のうちに恋を目覚めさせた。
一目惚れともまた違ったが、一目会った瞬間から何もかもを奪われていた。
心も、体も、何もかも全て。
あの日から、俺の全部が舘に染まったんだ。
それからしばらくしてラウールから舘を好きになったと聞いたときは驚いたが、それだけだった。
それ以外の感情は起こらなかった。恐らくラウールも俺と同じ考えだったと思う。
俺もラウールも、争いたくないという気持ちがあったからだ。
たとえこの想いが譲れないほどに強いものであったとしても、諍いを起こしてまで成就させようとするような情けないことはしたくなかった。
満月の夜に【超常現象探求クラブ】の会合を開こうと持ちかけたのは、俺の方からだった。
あの日、舘が言っていた「月の力」というものの力を借りて、不思議な現象をこの目に映し、理屈では説明できないような体験をしたかったから、その可能性を少しでも広げたかったからだ。
あまり良い結果は出なかったが、目標のために頑張ることができる、という部分にはある種の生き甲斐のようなものを感じていた。
俺たちは至って真面目に、そして全力で恋を楽しんできた。
それに、お互いを磨き合えるなんて、いい関係じゃないか、そう思っていたんだ。
そう、思っていたのにーー。
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「なんでそんなこと言うん!?ホンマに何があったん?!」
こんなことを言うなんておかしい。
こんなの、俺が知っているラウールじゃない。
ずっと引っかかっていた。
人の弁当のおかずを横取りしたり、いたずらしたり、嫌いな食べ物をバクバクとドカ食いしたり、ここ最近の彼は妙な行動ばかり取っていた。
やはり気のせいなどではなかったのだ。
そして、ラウールは今、二人で交わした大切な約束を簡単に破った。
二人で決めたんだ。
舘のところまで辿り着けたら、伝えに行こうって。
俺たちは相棒であり、最高のライバルなんだ。
二人で指切りしたじゃないか。
一緒に告白しようって。
どっちかがうまく行ったときは、今までのことは全部水に流して身を引こう。どっちもうまくいかなかったときは、目一杯飲み明かそうって。
忘れたわけやないやろ?
ずっと二人で、ビビり散らかしながら頑張ってきたやんか。
分かってんで。
俺はお前のこと、信じてる。
彼はーー。
この子はーー。
お前は………!!!
ラウールやない!!!!!
「…お前誰や」
地を這うような、低い唸り声が喉からせり上がる。
まっすぐに俺を見つめる真っ黒い瞳は、愉しげにニンマリとした弧を描いた。
「僕ダよ?ラうール、だヨ?」
「嘘吐くなや。ラウは俺との約束破ったりせぇへん」
「キャは、ぁハ!ヤクそク、シラ“な“い“」
「返してや。ラウを元に戻せや!!」
舘にもらったあの日の言葉をお守りにして、頭の中で繰り返し繰り返し唱えた。
怖がってはいけない。
離れようとしてはいけない。
こいつは遊びたいだけ。ただ、遊びたいだけなんだ。
俺の中にあるという、明るい光に近付いてきただけだ。
「返セない。返サナイ。おレ、まだ、アソび…タい“」
「分かった。ほんなら俺が遊んだる。そっから出てきぃや」
「いやダ。邪魔、シなイデ。こいつガ、い“イ“」
「ええ加減にしいや!ラウ!起きんかいッ!!」
ニタニタと、気持ちの悪い笑みを浮かべては今にも溶け落ちそうになっているその右頬を強く叩いた。
そのまま両肩を掴み、思い切り前後に揺さぶった。
ガクガクと揺れる首は徐々に脱力し、最後には深く深く前に項垂れた。
ピクリとも動かなくなったラウールの動向をしばらくの間伺っていると、その顔は突然勢いよく前を向いた。
「いったーいッ!!何すんの!」
「ラウ…?ラウなんかッ!?」
「何言ってんの康二くん、僕のこと分かんなくなっちゃったの?」
「よかった…戻ってきたんやね…」
「? 変な康二くん。それより、僕どうしてここにいるの?今日はまだ満月の日じゃないよ?作戦会議する日だったっけ?」
「あ、それは…」
はぐらかそうかどうか迷ったが、相棒に隠し事はしなくない。
そう思い、正直に今日あったことの全てをラウールに話した。
:
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「えーっ!?うそぉ!?僕が!?抜け駆け!?」
「ラウん中になんかが住み憑いとって、そいつが今さっきまでラウの体乗っ取ってたんやろ。大丈夫や、ラウはそんなことせぇへんって分かってるから」
「ごめんね…なんでだろ…僕、全然覚えてないや…。でも!僕そんなつもり全然無いからね!絶対康二くんと一緒に舘さんに告白しに行くんだって決めてるからね!」
「おおきにな。俺もおんなじやで。ラウを裏切ったりなんかせぇへんからな」
「うん!僕もだよ!やっぱり、僕たちは最高の相棒だね!」
「おう!おっしゃ、やっと落ち着いたことやし、せっかくやからご飯食ってくか……って、、らう…?」
ラウールは一通りの説明が終わると途端にそわそわと落ち着きがなくなり、キョロキョロと辺りを見回し始めていた。
「えっ、あ、、なに……?」
「どしたん?」
「あ、えっと…僕の中に誰がいるんだろうって気になって…」
「まぁ、気になるなぁ…」
「怖いオバケだったらどうしよう…!ねぇ康二くん!僕また乗っ取られちゃうのかな!?やだ!怖い!康二くん怖いよ!」
「ちょ、らう、落ち着きや…!怖がったらあかん!」
「なんで怖がらずにいられるの!?むり!やだ!耐えらんない!」
「あかん!らう!それ以上は言うたらあかん!」
これ以上、ラウールの中に潜んでいるモノを刺激してはいけない。
こういうモノを拒絶したらいけないのだ。
気にしたらいけないんだ。
ーーせやろ!?舘ッ…!!!!!
すっかりパニックに陥ってしまっているラウールを宥めようとしている俺も、同じくらい焦っていた。
しかし、そんな俺の必死の声は今のラウールには届かず、ついに彼は、叫ぶように禁句を口にした。
「康二くん!今すぐお祓い行こうッ!!」
あ。
と思った瞬間、辺りはシンと静まった。
一つの音も聞こえない。
まるで、 真空な密室にでも入ってしまったかのようだった。
何かが起こる、そう直感した次の瞬間、食器棚の方からカチャ…カタ、カタカタ…と何かが鳴った。
「こ、康二くん……なんか聞こえた…」
「おぉ…、地震やないな…」
物音はそこかしこから聞こえていて、一向に鳴り止む気配がなかった。
戸棚の上に置いていた置物は揺れ、下に落ちるとゴンッ!と鈍い音が室内に響き渡った。
身を寄せ合って互いの体を抱き締め合いながら鳴り止まない物音に耐えていると、ひとりでにテレビが点いた。
次々にチャンネルが切り替わっていく。
意味の無い単なる揶揄いだと思っていたそれは、次第に一繋ぎのメッセージに変わっていった。
サスペンスドラマの容疑者のセリフ
「離れ」
テレビ通販の謳い文句
「られませんっ!」
アナウンサーが読み上げる脅迫文
「お前が」
バラエティー番組のワイプ
「いいんだよね〜」
熱血教師役の力強い声
「絶対にッ!!」
…ガ、ガガガ…、ザザッ……ジジ………
あぁあああぁ…!!!もうアカン…!!!!
目で追えないほどの早さで液晶が切り替わっていく。
テレビからは一音ずつ声が聞こえてきていた。
高速で切り替わっていくその荒っぽい動作に耐えきれずに機械が悲鳴を上げているのか、霊障のせいだからなのか、そこから聞こえてくるものは、ひどく濁っているように感じた。
「に“」
「ゲ“」
「ル“」
「な“」
ズザ……ジジジ…ッ……ビビ…ッザーーーーーー!!!!
テレビから耳障りなノイズが聞こえてきた直後、画面はブツッとブラックアウトした。
それを合図に、張り詰めていた緊張は解け、俺たちは顔を突き合わせて声の限りに叫んだ。
「いやああああああああああああああ!?!?」
「だぁああああああああああああああ?!?!」
叫んだってどうにもならないことは分かっているが、それでも何かしら声を出していないとおかしくなりそうだった。
ここまでのちょっかいをかけられたのは、初めてだ。
これほどまでの接触があったのはきっと、ラウールが“それ”の逆鱗に触れたからに違いない。
怖がってはいけないことだって、ちゃんと分かっている。
それでも止められそうにないのだ。
なんとか落ち着こうと深呼吸を試みるが、上擦ってしまっている心臓では息を吸うことはおろか、吐き出すことさえままならなさそうだった。
部屋中のものが宙を飛び交うリビングの隅でラウールと肩を寄せ合い、どうしてこうなってしまったのかと心の中で嘆いた。
「康二くん、きっと、僕のせいだよね…ごめんね…」
悲しそうなその声のトーンに胸がキュッと詰まる。
起きてしまったことは仕方がない。
どんな原因があるにせよ、ここまで一緒にやってきたのは俺も同じだ。
等しく二人に良くなかったところはあるだろう。
「気にすんなや、ラウだけのせいやない。俺かてなんかやらかしてんのかもしれへんし…」
「どうしてこうなっちゃったんだろうね」
「俺も今同じこと考えとったわ。わからんなぁ」
「確かに不思議な現象に出会いたいとは思ってたけど、まさかこんなことになるなんて…。これから僕たちどうなっちゃうんだろう…」
「せやなぁ…常に悪霊みたいなんが纏わりついてくんのかもな…」
「うそぉ…、どうしよう…」
「自業自得ってやつなんかと思えば、しゃあないんかもな」
「僕たちが今までやってきたことって、なんだったんだろう」
「頑張ってたつもりではあったんやけどな…」
「今までもうまく行ったことはなかったし、今も悪いことが起きてる。やっぱり、僕たちじゃダメだったのかな…」
「そう落ち込むなやって言いたいとこやけど…せやな…俺もちょっと諦め気味やわ…。やっぱ俺らみたいな凡人には、なんも出来んのかもしれん… 」
「僕たちじゃ、辿り着けないんだ…」
「知識も、能力もなんも持ってへんもんなぁ…」
「だから悪いモノに取り憑かれちゃったんだよ…。もうだめだぁ…ぁははっ…、きっともう、全部うまくいかない。そんな気がする」
「ラウ…」
「舘さんがいる世界に掠りもできなかった…。これじゃあ…っ、好きになんてなってもらえないよ、っ…く…ぅ…ッ…」
ラウールの気持ちは痛いくらいにわかる。
好きな人が見ているものに触れるため、背伸びをして色々なことに挑戦してきたが、何一つ身を結んだことはなかった。
こんな状態では、俺たちの願いも気持ちも、彼に届くことはないだろう。
何も得られなかった。
いや、そういうわけでもないだろう。
得られたものもあった。
かけがえのない友情と信頼だけは、消えずにまだ残っている。 ラウールと築いてきたものだ。
これは今も変わらずこの胸の中にあり続けている。
それだけでも十分に幸せだと思える。
だけど、どうしてだろう。
すごく、すごく、胸が痛い。
棘だらけのロープで、心臓をきつく締め上げられているみたいだ。
深く深く抉られた傷口から滴る血は、涙に変わって両の目からこぼれ落ちていった。
「大丈夫や、この先しんどいことぎょうさん起こるかもしれへんけど、俺だけはずっとラウのそばにおんで…っ、ふ…っ、ぅ…」
「ぅ“、ん“…っ、、ぁりがとう…僕も、っおんなじ、だよ…っ 」
俺とラウールの中に確かにあった強い願いと想いが消えかけ始めると、あたりの物音は一層大きくなった。
こちらに伝えたいことでもあるのか、はたまた弱った俺たちを見て、ここぞとばかりに追い討ちをかけてきているのか…。
どちらともつかない音の暴力の中で、 喘ぐように体に酸素を取り込む。
恐怖と悲しみに染まった涙をボロボロとこぼしながら抱き合い、カタカタと震える体を互いに摩り合った。
#Snow Man
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