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「坂さん、ホンマこのとーりです…一週間、いや、五日でええんです!!」

シンの出勤時間

坂本商店のドアの前まで来たシンは、朝イチからいる客に驚いていた。

ORDERの神々廻がレジ越しに坂本へ頭を下げていたのだ…

今となってはちょくちょく南雲が遊びに来たりとしているが、元々ORDERは殺し屋専門の殺し屋であり、多忙を極めているはずだ…

こんな都会から離れた場所に来るような人物たちではないのだが、3日前にも南雲は来店していた。

日を置かずに南雲以外のORDERメンバーが来るのは今までなかったが、伝説の殺し屋が店を構えているのであれば普通とは違うのだろう

「お、おはようございます…えっと、シシバさん?でしたっけ?」

「噂をすればなんとやら…坂さん!本人が大丈夫ゆーたら問題ないんですよね?」

「シンが良いと言ったらな」

いったいなんの交渉をしていたのだろうか、神々廻は早足にシンへ近付くと両手を掴み顔を近付けた。

まさに、切実!!といった雰囲気の神々廻にシンは混乱する。

直接の関わりがなく、時おり南雲から聞く話しと顔写真ぐらいしか見覚えがなかったため、初対面でここまで近付かれるとなると誰でも警戒はするだろう…

とりあえず何があったのかと問い掛けると、神々廻は何故ここまで必死に声を掛けてきたのかを話し始めた。

「まずは改めて自己紹介やな、俺は殺連・ORDERに所属しとる神々廻や…よろしく」

「はい、シンです!よろしくお願いします。」

「実はな、会って早々で申し訳ないんやけど…君の思考が読める力が必要やねん!」

「俺の力ですか?」

「まぁ、手っ取り早く言うと殺連におるスパイを見付けて欲しいんや…先だってのX騒動で内通者を探すことになったのはええんやけど…

なんせ、俺達ORDERはそう言うのからっきしやから」

申し訳なさそうに話す神々廻

シンはなんとなく南雲を思い浮かべ、尋問する姿を想像してみるものの…何度やっても尋問室が血の海になるので

四度目で想像するのを止めて「確かに、尋問には向いて無さそうっすね」と神々廻に同意した。

「尋問専門の奴も居るんやけど、流石にそれだけでは確証性ないっちゅーことで」

「なるほど…」

シンの今の仕事は、坂本商店で働くことである

5日間をまるごと殺連の用事に持っていかれるとなると断るのがいいのだが、いろいろと面倒事を投げるには殺連に貸しがあった方がよい

坂本の意見はどうなのだろうか…とシンが思考を読むが、坂本はシンへ一任する気のようだ

「受けるのもやぶさかではないんっすけど」

「ホンマ!?」

「ただし!…店の改装費出してもらいたいなって」

「改装費?」

神々廻は首を傾げ、店を見回す。

確かに、日々の殺し屋たちの襲撃によってあちこちにはキズやヒビなどが入っていおり、建築年数より明らかに痛んでいるいうに見える

シンは自分の貸し出し期間である5日分の金を坂本商店に出すように条件を提示した。

「まぁ…ボランティアは俺もする気ないんで、ちょっとぐらいは貰いたいなって」

「そんなんでいいん?この問題解決できたら億単位の金出せるで?」

「その交渉すんのは坂本さんってことで、俺あんまり金には固執ないんで、正直わかんないんですよね」

「坂さんの所の子はホンマ変わっとんな~…少年よ、金は持っといた方がエエよ?」

「それなりには持ってるんで!大丈夫っす!!」

「は~、関心…じゃあ、坂さん、こういう感じになりましたけどええですか?」

「シンがいいなら、それで構わない…ただ、絶対に一人にはするな…こっちとしてはヘルプとして貸してるんだ、キズ一つでも付けたら即打ちきりだ」

「肝に命じときます。…で、早速今日から頼みたいんやけど」

「今日!?」

スパイや内通者を探し出すのはスピード勝負なところもある、しかし、出勤して早々に別の場所へ移動するとは思っておらず

そこまで自分の力に期待されているのだと思うと、シンは、とたんに緊張してきた。

「そんな固くならんでも大丈夫やで、念には念をってことやから気楽にな」

「はい…あ、あの…俺着替えた方がいいっすか?支部に入るんだったら正装しておかないと…」

「そこら辺はこっちが揃えるから気にせんで、そんじゃ、坂さん…ちょっとお借りします」

「シン、これ持っていけ…」

「おわっ!?」

餞別とも言うように坂本は何かをシンに向かって投げた。

落とさないように受け取ったソレは、黒淵のダテ丸眼鏡…(顔が割れないいうに…)と言う坂本の思考を読んだシンは「行ってきます!!」と元気よく手を振った。



殺連・関東支部までは車で移動と言うことで、神々廻は助手席側のドアを開けてシンを入れると、早速今回の案件について話し出した。

大まかな案件は坂本商店で話した内容ではあるが、ここから先はORDERが直々に受けた話のようだ…殺連はX以外にも敵がおり、その分も排除することが含まれる

数日ですべて処分することは組織内で反感を買う可能性がある。

そこで、明らかな敵対組織と判断された者達をORDERが処理すると言う事となった。

「疑わしいだけで処分すると大人数になるから俺で確実に敵対組織の奴を…ってことっすね?」

「そう言うことだ、今日は初日そやし…ちびっと忙しくなるかもしれへん、申し訳ないんやけども」

(こっちの仕事も分かってるし、シンくんの理解も早くて助かるわ~)

そんな雑談をしているなか、シンは餞別に受け取ったダテ眼鏡をかけ、視界に問題がないか辺りを見回すと神々廻と目があった。

坂本から貰った物と言うことでテンションが上がっていたシンは、その様子を見られていたことに少し恥ずかしそうにはにかむと「あはは…どうですか?」と声を掛ける

シンを元殺し屋として見ていた神々廻だったが、年相応の反応をしているシンに思わず笑んでいた。

「ええんちゃう?似合っとるで」

(大佛も、もうちょい分かりやすく慕ってくれるとエエんやけどなぁ…)

「あの、シシバさん…ORDERって今…南雲、シシバさん、オサラギさん?と…」

「主だって今おんのは、俺、南雲、大佛、豹、篁さん…一応あと三人はおるんやけど……ま、今回動くのは五人やから気にせんでええよ」

(アイツらとシンくん関わったらヘルプ即終了やわ…下手したら坂さんと南雲が黙ってへん)

「後の三人、そんなにヤバイんですか?」

「…あ~」

(確実に五体満足は無理やろな)

神々廻の思考の中で首が飛ぶ自分の姿を見たシンは、小さく悲鳴を上げると首を押さえた。

ORDERの中で、そんな新鮮な反応をする者はいない…つい顔を反らし「ぶふっ!!」と吹き出した神々廻を見て「ちょっ!!からかわないでくださいっ!!」と抗議した。

「スマンスマン…でも、南雲がちょっかい掛けたくなるのも分かるわ~」

「勘弁してくださいよ、アイツに振り回されるだけでも疲れるのに」

「せやろなぁ~、よぅ付き合っとるわシンくん」

「付き合ってないっす!付きまとわれてるんです!!」

「っ!くはははっ!!」

「笑い事じゃないんですってば!!」

終始この調子で車内の会話は弾み、シンの固くなっていた表情も柔らかくなってきた頃

車は、とある店の前に止まった。

車から出るように言われ素直に降車すると、シンの目の前の店は某ハイブランドのスーツ専門店だった。

「ここで一式揃えてしまおう」

「こ!?ここで、ですか!?」

「ん?他の店が良かった?」

「そう言うことじゃなくて!俺こんな、いいとこのスーツなんて着たこと無いですし!!」

「まぁ、ええからさっさと買いに行くで〜」

唖然としているシンのフードを掴むとさっさと店に入っていく神々廻

来店して早々に採寸に回されたシンは、目の回る思いで店中を歩き回される…三十分もすると、しっかりと3ピーススーツを身に纏ったシンが其所にいた。

年齢も合間って新卒の学生のような雰囲気があり、神々廻ニヤリと笑うと「よー似合っとる」と肩を叩いた。

「絶対、スーツに着られてますって…」

「ちょい髪型整えれば問題あらへんて、ホンマ似合っとる」

(後で坂さんに写メ送っとくか~)

「馬子にも衣装って思われなくって良かったです…坂本さんに写メは送らないでください!恥ずかしいんで!!」

「坂さん喜ぶと思うで?」

(しかし…全部新品やとちっと怪しまれそうやな…)

シンが袖を少し触っていると、突然ジャケットを取り上げられ、次に肩にかけられたのは神々廻のジャケットだった。

試しに腕を通すように言われたが、袖が余った。

「あかんか…たっぱが余ってるな…まぁええか、肩にかけときな」

「…シシバさん、セッター吸ってます?」

「スマン、タバコの臭いついとった?」

「いえ、ちょっとだけ…いや~、でも、吸いたくなっちゃいますね」

「シンくんはなに吸っとったん?」

「メビウスかアメスピ吸ってました。」

「シンくんが喫煙者だったことに驚きや、どうしたん?今止めてるん?」

「周りに喫煙者がいないんで吸う機会減っちゃいましたね〜」

「わかるわ~、みんな禁煙!禁煙!で喫煙者の肩身狭いんよ」

喫煙談義に花が咲き、神々廻はすっかりシンを気に入ったようだった。

店員が会話の合間を見て、残りのスーツはどうするかと神々廻に窺うと「全部包んでええで、運ぶんはこっちでやるわ」と答え、シンに羽織らせたジャケットの懐から財布を取り出すとカードを店員に渡した。

「あ、あの…本当にコレいいんですか?」

「かまわん、かまわん!どうせ経費で落ちるんだし、気にせいで着とけ」

「分かりました。ありがとうございます!大切にします!!」

「いや~、ええなぁ~大佛とは系統ちゃうから新鮮だわ…スーツの手入れとかは坂さんに詳しく聞くとええよ」

グリグリとシンの頭を撫でた神々廻は、早速スーツが包まれた荷物を受け取り車に積み込んだ

車はそのまま殺連・関東支部の駐車場へ入ると、サイドボードから首掛け用の会員証を取り出しシンに渡す。

会員証には【朝倉】と記されていた。

「コレ、首から下げて支部内では落とさんようにな?」

「分かりました。」

「あ~、あと!内部だいぶばたついとるから気持ち悪くなったら直ぐに言うんやで?」

「え、そんなことまで知ってるんですか!?」

「コレは坂さんから聞いた、諸々の注意されてるからな、長時間使うと酔うんだろ?5日間頼むんだし無理せんようにな」

「分かりました、がんばります!」

「じゃあ、行こか」

車から降り、殺連の施設内を歩いていく

擦れ違う人達はみな神々廻と、神々廻が連れているシンに興味があるようだ

必死に神々廻から離れないように付いていき、やって来たのは少し奥まった一室だった。

曰く尋問室であり、自分達が入るのはその隣の部屋だと言う

よく刑事ドラマなどで見る尋問室であると想像が付き、シンは始めて見る尋問室に浮き足立っていた。

……が、神々廻が押し開けたドアのその先は、まさに血塗れの地獄絵図だった。

かっこいい尋問室などなかった。

「おーいー、南雲~…お前コレ、どういう事やねん」

「あ〜!!ヘルプってやっぱりシンくんのことだったんだ!やっほ〜シンくーん♡あ〜ぁ、もっとかっこいい服着てくればよかったな〜…って言うか!なんでシシバのジャケット羽織ってんの?そこは普通彼氏のジャケットじゃない!?」

「いっぺんに聞きすぎやねん…諸事情や、諸事情!……それより、リストの内の奴、片っ端からやったな?」

「面倒だったからさ~、早く終わらせようと思って尋問してみたけどJCCの時に尋問の単位落としてたの思い出しちゃった〜」

「尋問って選択の必修科目やん、落としてよー卒業できたな」

「ほら、僕その他の科目は優秀だったから☆」

「知らんわ、で?どこまでやったん?」

「リストの5ページまでやったよ~」

床、壁、天井…全てが赤く染まった尋問室の中で、全く血を浴びていない南雲だけがニコニコと笑っていると言う異様な光景に、シンは頬を引き攣らせタメ息を吐く

南雲は罰として、フローターと共に室内の清掃に回された。

結局、この尋問室は使えなくなったと言うことで、もうひとつの尋問室へ移動すると尋問官がリストを抱えて立っていた。

部屋の惨状を見て移動したのだろう

「今回の尋問官を担当します。陣門です。」

「ん、よろしう…神々廻や、ほんでこっちはORDER研修生の朝倉くんや、5日間付くことなるで」

「承知しました。」

尋問官は尋問室に入り、神々廻とシンは控え室に移動した。

数分もすると少々人相が悪い男が入室し、尋問官と応答を繰り返した…そして、シンは行きの車内で神々廻と決めた合図を送る

今回の案件はシンがエスパーであると知っている人間は極力少なく収めたい、そのためには合図を送ると言うのが一番効率が良いと言うことになった。

◆証言が本当の時は右手で眼鏡をかけ直す

◆容疑者から外れる場合は左腕を後ろへ回し右手を口に当てる

◆嘘を言った時は腕を組み左手を口に当てる

◆要注意人物は腕を組んだ状態で右腕の肘を左手の指で突付く

ソレを読み取り、神々廻はリストに印を付けていく

一人に付き10分程を使い、尋問を回していく…3時間が経ち時計を確認した神々廻は「一旦昼食取るで」と声を掛け、10時から始まった尋問を止めた。

「お疲れさん、一旦休憩入れよか」

「分かりました。ペースとか大丈夫ですか?」

「上々、こっちもそんなに人回せへんしな…ぎょーさんおってもブー垂れそうや」

控え室からでると、更に上階へと上がっていく

最上階はレストランが併用しており、既に何人かが其所にいた。

その中の一人が視界に入り、シンが苦虫を噛み潰したような顔をすると、その人物はニコニコと笑みを向け手を振ている

そんなに手を振らずとも見えている…何せこのレストランにはORDER以外の人物は居ないのだから

「シンく~ん!ここ空いてるよ~」

「あーもー…そんなデカい声出さなくっても聞こえてるって」

「南雲…ホンマ、シンくん大好きやな…ここは、食べたいもんゆーたら作ってくれるで」

「え、食べたいものって言われても……──焼きそば、とか?」

「ぶふっ!?や、き…そば…っ!?んぐふっ、やきそばって!!くはははっ!!」

「この子に大盛りのオムライスお願いしま~す」

上座から右周りに、篁、豹、南雲、シン、大佛、神々廻と円卓を囲み、各々昼食を採っていく

どうやら神々廻のツボに嵌まってしまったらしく、席に着いてからもテーブルに突っ伏して笑い続ける神々廻にシンは顔を赤くさせる、料理は直ぐに運ばれてきた。

料理を食べながらも、時折思い出して噴き出しそうになる神々廻を見守り昼食は終わる

「は~、ええわ~…おもろ…っ///」

「シンくん、ジェラート食べる?チョコ味おいしいよ~?」

南雲からさし出されたジェラートを受け取り、シンはまだ恥ずかしそうに俯きジェラートをつついている

まさに、シンを猫可愛がりしている南雲…いつもなら、南雲にからかわれて不機嫌になっている豹もどこか安堵しているように見えた。

しかし、スキンシップが増えていく南雲の様子を見かねた豹が「さっさと用件を言え!シシバ!!」と促した。

すぐ隣でイチャつかれるのは嫌だったようだ

「まぁ、前回話しとった助っ人は坂さんとこのシンくんだ…とりあえず午前中で18人終えて怪しいのは5人、絞り込んでるとは言えまだまだ数が多い

ほぼ半日を使って尋問した後ORDERで動く、そういう流れになっとる」

「シシバさん…質問…」

「ん?どうした大佛?」

「ニャンコは、定時上がり?」

「…ニャンコ?」

「せやな、朝8時から16時まで…その後から一人はシンくんの護衛でやな」

「じゃあ、定時で上がるには…ニャンコの護衛に付くしかないんだ…」

「あの、ニャンコって俺の事っすか?」

シンの質問もおいてけぼりのまま、ORDERのメンバーで話が進んで行く

今回のORDERの仕事はシンの尋問調査が終わってから…つまり、17時からが仕事の時間となる

そうなると仕事は深夜を回る可能性があるため、一斉に皆の目付きが変わった。

「まぁ、みんな落ち着け…調査は5日間、ここにいるのは俺を含め5人…一人一日シンくんの護衛だ、みんな平等に行こう」

「曜日割りを決めるためにここに呼んだってことだな?…篁さんも頭数に入るのか?」

「そう言うことや、初日は俺が護衛に付く…残りの4日間を皆で決めてもらえればええ」

「私、明日する…」

「俺はいつでも良い」

「………」

「じゃあ、僕は最終日もらうね~」

「なんや、南雲…全部自分が見るって言い出すかと思っとったら…最終日でええんか?」

「ほら、僕も働かないとシンくんの事養えないからさ~」

「お前に養ってもらった記憶ねーよっ!」

「はいそこ、イチャつかんでええから…じゃあ…今日は俺、二日目は大佛、三日目は豹、四日目は篁さん、最終日は南雲…それでええな?」

「分かった。」「ああ」「………」「いいよ~」

「ほな、昼食終了!解散で!」

話はまとまったらしく、神々廻以外のメンバーは立ち上りレストランから出ていく

南雲は去り際「シンくん、またね~」と声を掛けると、シンの頭をワシャワシャと撫でて出ていった。

「じゃ、シンくん、ソレ食い終わったら続き行こか?」

「はい!分かりました!!」

「ゆっくりでええで~」

昼食が終わり、再び控え室に入ると尋問官も入室してきた。

時計も窓もない室内、尋問官は腕時計を確認し一人一人のタイムキープをしながら淡々と続けていく

証言を逃さないようにエスパーの力を使い続けたシンにも少し疲れの色が見え始めた頃、神々廻が肩を叩き「そろそろ時間やし、コイツで終わらせるで」と声を掛けた。

尋問官は一日の業務を終え、尋問室から早々と出ていく…廊下の端を曲がったのを確認した神々廻は、シンに向き直った。

「すまんな、朝倉くん…休憩なしで動かしてもうて」

「いえ…まだ分かりやすくて良かったです…」

「ここ狭くて息詰まるからな、はよ出よか」

(だいぶ疲れとるな、思考読んでくれなんて軽くゆーたけど大変なんやな…気付けへんかったわ…)

「…あの、シシバさん!」

「ん?どないした?」

「俺、そんな直ぐにぶっ倒れないんで安心してください」

「そうなん?」

「俺のこの力って、ラジオのチューナーみたいなもんなんです。

いつも浅く広くで聴いてるんですけど、今回のは…チャンネルを一つに合わせて集中して聴いてる感じなんです。」

「ほぉ、なるほど…チューナーなぁ…」

(そないな大事なことポンポン話してもうて大丈夫か?)

「普段こう言う使い方あんまりしないんでちょっと疲れただけなんで、むしろ、俺の特訓にもなってると言うか…なんと言うか…」

「…悪いな、気使わせてもぅた?」

「言っておいた方がいいかなって思ったんで…一緒に動くんだし、コレぐらいは情報開示しとかないと…」

「ホンマ…シンくん、ええ子やなぁ…坂さんも南雲もご執心する訳や…──リスト渡したら俺等の仕事終わりやし、五日分の日用品買いに行こか」

「分かりました!」

控え室から出た二人は、早速出掛ける準備をしていたORDERメンバーにリストを渡す

40人程を尋問に掛けた結果、15人が黒であると判断された。一人中り3人程の殺しの仕事に大佛と南雲が「多い、面倒くさ~い」と文句を告げた。

豹は早々に出て行き、篁もいつの間にかフラりと居なくなっていた。

「豹と篁さんが多くやってくれそうだったね~」

「早く終わらせて帰ろう…シシバさん、地図送って?」

「今日は自分で調べて行きぃ、今日ばっかりはセンパイ無しやで」

「送り届けるぐらいはした方が…」

「ほら、ニャンコ君も、良いって言ってる」

「あかん、あかん!今日は気張り!!」

「……」(ガーン)

トボトボと歩いていく大佛も見送り、残るは南雲のみ

「早く行ってこいよ」とシンが南雲へ声を掛けると「はぁ~~~」とわざとらしくタメ息を付き、離れがたそうにシンに抱き付いた。

何時ものシンなら「やめろ!」と振り払うのだが、初日と言うこともあり疲れているのか文句もでなかった。

「いい?シンくん、シシバから離れたらダメだからね?シンくんよわ……まぁ、とにかくシシバから離れないようにね~」

「お前、さらっと弱いって言おうとしてただろ」

「ええから、はよ行ってこい…こっちも買い出しあんねん」

「シシバ~、シンくん貧乏性だからいっぱい良いヤツ買ってあげてね~」

「一々そう言うこと言うんじゃねぇ!!」

シンに蹴り出されるように出て行った南雲も見送り、二人が駐車場へ移動していると前方から陣門が歩いてきた。

リストを抱えている所を見ると明日の分の準備だろう

「どうも…明日もよろしくな」

「はい、お二人は何処かへお出掛けで?」

「せやなぁ…ここら辺で日用品買える店知らへん?」

「日用品ですか?……この辺りだと大型ショッピングモールがありますが?」

「ほなら、そこでええか…ありがとなぁ~」

「はい、お気をつけて」

陣門に見送られ神々廻とシンが車に乗り込むと、ショッピングモールへと出発するのだった。

車で30分ほどのモールは平日でも人が多く、擦れ違う子供連れやカップルを横目に、二人は日用品コーナーへと来ていた。

「ええの買うとき、コレも経費で落とすから」

「ありがとうございます!」

カートを押しながら何が必要かと探すシン、その少し後ろをついて歩いていた神々廻のスマホにメッセージが入る

普段あまりメッセージを送らない人物からだった。

多少驚いたものの、一緒に行動しているのがシンだったため(過保護すぎやろw)と嘲笑すると、ソレが聞こえたのかシンが振り向いた。

「シシバさん?どうしました?」

「いや、ええよ…こっちの話や、気にせんで」

「分かりました…?」

メッセージボックスを開くと【南雲】の文字

内容は『リンスインシャンプーの安いヤツ買おうとしたら○○のシャンプー買わせといてね』と単文ではあったが、南雲がいかにシンに関わろうとしているのかがよくわかるメッセージだった。

おおよそ○○のシャンプーとは、南雲が使っているブランドなのだろう…

スマホの画面から視線を上げた神々廻の視線の先には、シンが安そうなリンスインシャンプーを手に取る瞬間だった。

「くふっ!?ほ、ほんま…っあかんっ!あはははっ!!シンくん、シンくんちょい待ちぃ」

「はい?」

「こっちしときや、なんなら俺がつくろうか?このままだとやっすい物ばっかりカゴに入りそうやし」

「そんなに安くないと思うんですけど…」

「ええからもう詰めてしまおう、終わったらどっかで飯食べよか」

小型ボトルのブランドシャンプーやボディーソープ等をカゴに入れ

別のコーナーで五日分の衣類なども買っていく途中

不意にシンが足を止めると、神々廻のスーツの端を摘まんだ

「…どないした?」

(何人おるんや?)

「棚の向こうに3人と、上下のフロアに5人以上は居るかと…広げればもう少し見つけられるっす」

「あ~、あかんあかん!明日も有るゆーたやろ?シンくんのお仕事ここで仕舞いや」

「…分かりました。人気のないところに移動したら来るつもりっぽいです」

「人気のないところなぁ…せやったら屋上の駐車場行こか~」

早々に会計を済ませた二人は非常階段で屋上へと向かった。

その間も階下ではザワザワと人が動く気配が追い縋り、神々廻とシンは互いに視線を会わせ頷く

シンがそのまま上階へと上がる隙に、神々廻は素早く踊り場に出るとネイルハンマーを構える

階下から上がってきていた殺し屋たちは立ちはだかった神々廻に一瞬ためらったものの、武器を構え襲い掛かってきた。

「なんや、ずいぶん少ないなぁ…ORDER舐めとるんか?」

瞬く間に襲い来る殺し屋達の血液で非常階段は、血の海へとなっていく

シンは少し上がったところでその様子をうかがっていたが、不穏な思考を読み取ったシンは身を乗り出し神々廻へ叫んだ

「シシバさん!そこに居ちゃダメだ!!」

声を聞き、神々廻は身を翻しシンがいる上階へと上がった瞬間…踊り場の壁が正しく粉砕し

瓦礫の煙の中から巨大なハンマーを持った男とガトリング銃を構えた男が表れた。

「は~、ゴッツイの出てきおったなぁ」

「なんなんですか!?アイツら!!」

「俺等の現場あんなんばっかりやで?」

「ORDERやっぱりおかしい!!」

屋上へと出た二人の後ろを大男達が追い付く

停められた車に身を隠し猛攻を避けるものの、男達は的確に二人を追い駆けた。

神々廻のみなら既に対処していただろう、しかし、男達はシンを狙い攻撃を仕掛けてくる

時折耳を押さえ『了解。』と呟いている所を見ると指示を出している人物が居るのがうかがえた。

「何やアイツら、目にエックス線でも付いとんのか?さっさと殺って飯行きたいねん…シンくんなにか食べたいもん有る?」

「そんな暢気に言ってる場合じゃないですって!!」

「せやかて…シンくんお腹空いとるやろ?預かってる子をひもじい思いさせんのは心痛むわ~」

「空いてますけど!取り合えずこの状況どうにかしましょう!?」

「せやなぁ、しかし…コイツらの頭叩かんと今日中は追われるはめになるで」

ネイルハンマーでトントンと肩を叩き、どうするか…と考えている神々廻にシンは肩をつついた。

「シシバさん、アイツらが着けてるインカムをどうにかして奪えませんか?たぶん、頭の場所探せます。」

「ええで、お安いご用や…ちと待っとき~」

言い終わるか否か

神々廻は車の影から飛び出し、大きなハンマーを構えた男の頭部にネイルハンマーの釘抜き部分を─コツン…─と当てると、一息に引き回した。

男の首はまるでネジ巻きのように軽快に回り、巨体がコンクリートの床に倒れる

その隣にいたガトリング銃を構えた男は照準を合わせるが、神々廻は既に距離を詰めていた。

男は神々廻が近距離に居た直ぐに撃ち放つことができず、そのままネイルハンマーで男の頭部の半分を吹き飛ばすとインカムを回収しシンのもとへ戻ってきた。

十秒もかからず戻ってきた神々廻にシンは驚いたものの、早速インカムのスイッチを入れ「わっ!!!!」マイクに向かって叫んだ。


………


「っ、くそ!耳が…!!」

意趣返しのようにインカムに叫ばれ、突然の爆音に驚き清掃員に扮した人物がインカムを投げ捨てる

仕向けた殺し屋達は呆気なくORDERの神々廻によって全員始末されてしまい、本来の目標は達成できなかった。

屋上にいる二人には場所はばれていないと予想し、清掃員は次の刺客を用意するためカートを押すとスタッフルームへと移動する

スタッフ用の重たい扉を押し開け、足早に従業員用の駐車場へと向かう…しかし、スタッフ用通路の先に男が立っていた。

「は~…あの子の能力はホンマすごいなぁ…驚いた人間の思考を読んで場所まで見付けるなんてな~…」

「お、ORDER…!?」

「ん?よ~見たらお前、別件で手配されとった奴やん…仕事が減って万々歳やな」

「っ、ちくしょう!!」

清掃員はカートを神々廻へ投げると、入ってきた扉の方へと駆け出していく…しかし、その手が扉のノブへ掛かる事はなく

―ゴツッ!―という鈍い音を聴きながら、赤く染まった視界の中で男は息絶えた。


………



「お待たせ、シンくん…後はフローターに任せて飯行こか~」

「うわっ、シシバさん血着いてます!血っ!!」

「ホンマ?どこやろ?」

スタッフルームへと続く扉からヒョッコリと顔を覗かせ、神々廻は待機していたシンに声をかけると焦ったようにスタッフルームへと戻される

…殴ったときの返り血が頬に付着してしまったようだ。

検討違いの場所を拭う神々廻にシンはハンカチを取り出すと血を拭いた。

「シンくんは、南雲にもこういうことしてはるん?」

「するわけないじゃないですか…はい、取れました!」

「ほ~ん…」

(後で南雲に自慢したろ…)

神々廻は楽しそうに微笑むとシンが持っている買い物袋を取り上げ、地下の駐車場へ向かい車に乗り込む

カーナビを操作した神々廻は助手席のシンに話し掛けた。

「シンくん、寿司好き?」

「好きです!!」

「いい返事や!回らない寿司奢ったるよ、個室とったるから好きなものなんでも食べぇ?」

寿司屋の専用駐車場に付き、神々廻の顔パスで奥の座敷へと通されるとシンのテンションは上がった。

ガラス張りの床下に色とりどりの鯉が泳いでいるのだ、壁には小さな滝もある

見たこともない店の内装にシンが目を輝かせていると、神々廻は口許を押さえ噴き出すのを堪えていた。

「す…すげぇ!!鯉!足下に鯉泳いでます!!」

「せ、せやな…」

「店ん中に滝なんて始めてみましたよ!マイナスイオンってやつですか!?」

(あかん、ホンマおもろい…シンくん才能あるで…っ!!)

終始個室を見回しては大量の寿司を堪能したシンは、神々廻へ寿司の感想を述べていく

コロコロと変わる表情と絶えない話題に神々廻も寿司を選択して良かったと満足し、夕食を終えると二人は殺連の寮へと戻っていった。

寮といってもORDERに所属しているとなると部屋のグレードは一般の殺し屋とは比べ物にならない…

神々廻のゲストルームへ泊まることになっていたシンは、家の広さに既に固まっていた。

玄関からリビングの廊下の長さで既にシンの住居の面積を越えており、通されたゲストルームは個別のバストイレが備えられていた。

「ひろぉ!?」

「ええ反応~、今日はこの部屋好きに使い…明日は大佛のとこやけどここと似た感じやで」

「本当にゲストルームなんですよね?俺の家スッポリ入りますよ…」

「まぁ、シンくんの家ぐらいやったら入るかもしれへんな!

さてと…今日は結構バタバタやったし、明日もあるからあんま遅くならんようにな?」

「はい、おやすみなさい!シシバさん」

「おやすみ~」

神々廻がゲストルームのドアを閉める間際

シンが広いベッドに豪快にダイブする瞬間を見た神々廻は、悟られないように笑い、自室へと戻った。


………


今回は明らかにシンが標的になっていた。

スパイを探すための依頼は上からものだ、手段はORDERに一任されているためシンを使った尋問はメンバーしか知らない事だった。

何処からかシンの情報が漏れたのか…潜り込んだ内通者を早く見付けなければ…可能性を考えている途中

神々廻は自分のスマホに意識がいった。

(せや、坂さんにシンくんの報告いれとかな…)

伊達の丸眼鏡を掛けた写真・スーツに着替えた写真・寿司を美味しそうに頬張っている写真を添付し、送信ボタンを押した。

今日撮影したものを整理していると、自分のジャケットを羽織り少し恥ずかしそうにしているシンの写真が出てきた。

神々廻はその写真をソッと別のフォルダーに移し、保護フィルターをかけるとスマホの画面を切った。



朝食の大きめのサンドイッチとカフェオレを頬張るシンの横で、朝刊を読みながらコーヒーに口を着ける神々廻

大型のテレビの右端には7:00と表示されており、健全な朝食の時間である

「せや、シンくん…今日の担当は大佛なんやけど、資料作成できへんと思うからリスト作成は任せてええか?」

「分かりました、昨日見せてもらってますし問題ないと思います!」

「助かるわ、まぁ…大佛はちょっと天然な所あるけどシンくんなら大丈夫やろ」

「あの、シシバさん…俺ってそんなにネコに見えますか?」

「あ~どうやろ?坂さんの前だとワンコっぽいけどなぁ…借りてきたネコっちゅーことやないか?」

「なるほど…」

そんな会話をしながら朝食を終え、昨日と同じ尋問室前に訪れた。

神々廻が時間を確認すると8:00…尋問官は既に体勢を整えており、後は大佛への引き継ぎなのだが──来る気配がない

さすがに尋問時間をずらすことが出来ないため神々廻が着いて居たが、大佛が現れたのは9:00を少し過ぎた頃だった。

「大佛ぃ~?」

「…朝倉くんがお菓子食べるかと思って、キットカット用意してた。」

「ポケットに入ったままのヤツやろ其れは~、朝倉くん一人にできへんから引き継ぎはしっかりせんとあかんゆーたやろぉ~?」

「朝倉くんがキットカット食べたいって…」

(食べたいって言って?)

「キットカット食べたいっす!」

すっかりシンのエスパーを信じきってヘルプ要請をした来た大佛に、シンも乗っかりキットカットを受けとると

神々廻は大きなため息を吐き「あんまり大佛の事甘やかさんようにな、朝倉くん」と肩を叩き

引き継ぎを終えると控え室から出ていった。

「ありがとう、アメもあげるね」

「わ、ありがとうございます!」

(…シンくん、いい子)

「あ!リスト持ってます?一応7人目まで…──」

と言いかけたシンだったが、大佛は小首を傾げ「リスト?」と聞き返したため早々に聞くのをやめた。

大佛がリストを持ってくる気があったかどうかは分からないが、メインはシンの護衛である…一応貰っていた予備のリストを渡すことにした。

神々廻からも資料作成が苦手であると聞いていたので、なんら問題はなかった。

二人はパイプ椅子に腰掛け、シンは尋問されている男達の思考に集中し、リストに印をつけていく

その手元を大佛が覗き込み、手際の良さに見入っているようで

熱心に覗き込まれていると感じたシンは、尋問対象が入れ替わるタイミングで大佛の方を向いた。

「どうかしました?大佛さん」

「!!……もう一回言って」

「え?…えっと、どうかしました?大佛さん?」

(大佛さん…私、先輩みたい…)

どうやらORDER内では一番新参者のため、皆からは【大佛】と呼び捨てにされていたからか【大佛さん】と呼ばれ、嬉しかったようだ

初めてできた自分の後輩のような存在のシンに、ポケットに入っていたアメを渡していく

先輩としての気遣いのつもりなのか、少し甲斐甲斐しくなった大佛にシンは微笑んだ

「ありがとうございます、大佛さん」

「朝倉くんは弱いから、ちゃんと守ってあげる…安心してね」

(いい子だから、怪我したらかわいそう)

「よ、弱い……うぅ、はい、よろしくお願いします…」

面と向かって大佛にハッキリと弱いと言われてしまい、シンは苦笑いを浮かべ肩を落とす。

大佛はそんなシンに気付くことなく一人ヤル気に満ち溢れている

何やら気合いを入れ直した様子の大佛がルーと重なり、シンは少し肩の力を抜く事ができ、午前中の尋問を終えた。


………


尋問官が部屋を出ていく

それを確認した大佛は、シンの手を引くと昨日と同じレストランへと向かう

午前の定時の終了一時間前から大佛の方で腹の虫が鳴るのを聞いていたのでシンは、その速い移動について行く

その間もすれ違う殺連の関係者からはORDERを敬い恐れる思考がシンには聞こえていた。

殺連のすべての職員から頼られる反面、この人達は孤独なのだとひしひしと感じていた。

「あの、大佛さん」

「なに?朝倉くん」

「大佛さんのおすすめのランチってなんですか?昨日みたいに変なこと言っちゃいそうなんで」

「私は…ベーコンとトマトのリゾットが好き」

「なるほど、ベーコンとトマトのリゾット…」

「でも、それだけじゃお腹すいちゃうと思うから…モモ肉のオーブン焼きも一緒に頼んだ方がいいと思う」

「オーブン焼きって美味しそうですね!」

「美味しいよ、きっと朝倉くんも好きだと思う」

(嬉しそう…今はワンちゃんみたい)

やはり動物に例えられていると読んだシンは、恥ずかしさを誤魔化すために頬を掻いた。

最上階へと向かうエレベーターの前で箱を待っていると、突然覆い被さった殺意に二人は身構える

殺連の施設内だからと気を抜き過ぎた。

いつの間にか気配は真後ろに有り…シンは、真っ先に狙われる首を守るために防御姿勢をとった。

来るであろう攻撃までは防ぐことは出来ないと覚悟をすると、大佛が手を伸ばし──オモチャのナイフを持つ腕を受け止めていた。

「ちゃんと仕事してて偉いね~大佛~」

「邪魔しないで、南雲」

「邪魔だなんて酷いな~、シンくんがあまりにも無防備だったからちょっと遊んだだけだよ?」

「お、おまぇえーっ!!」

後ろに立っていたのは南雲だった。

シンは南雲の襟元を掴み、ガクガクと揺さぶる…揺さぶられる本人は「あはは~!怖い顔~☆」と笑っており、反省の『は』の字もないようだ

先程まで自分と楽しく話していた筈のシンがあっという間に南雲に持っていかれてしまい、少し不機嫌になった大佛がシンの袖を引くと

南雲はわざとらしくシンにしなだれ掛かり、ニコッと笑って見せた。

所有物だとでも言うような態度に、さらに大佛の機嫌は悪くなる。

シンは後ろで睨み合う二人に呆れながら、早く最上階につくよう考えていると途中でエレベーターが止まった。

誰か乗り込んでくるのかと動くと、開いた扉の向こうに居たのは神々廻だった。

「あ、シシバさん」

「なんや、ちょうど良かったわ……てか、空気悪っ!何かあったん?」

「シシバさん、南雲が仕事の邪魔する…」

「だから~、シンくんが可愛い顔してポケ~ッとしてたから遊んだだけなんだよ?」

「さっきからこの調子です。」

「あ~、自分らシンくんより年上やろ?年下に迷惑かけんようにしぃや」

神々廻にたしなめられ二人がブーブーと文句を言っていると、ようやく最上階のレストランへと到着し

円卓の上座から篁、豹、南雲、シン、大佛、神々廻と腰掛けた。

豹はシンの周りにくっついている三人の様子が少し変わったことに首を傾げる…お気に入りのオモチャの取り合いをしている子供のようだ

各々食べたいものを注文する中

シンは大佛に聞いたベーコンとトマトのリゾットとモモ肉のオーブン焼きを頼むと、南雲が大袈裟に拍手を送った。

「すごーい!シンくんが成長してる~…また焼きそばなんて言ったらシシバが呼吸困難になるところだったね~」

「んぐっくく…っ!!」

「シシバさん、汚いから噴き出さないで」

「蒸し返すなよ…」

「知ってる~?ここのコックさん昨日の焼きそばって注文聞いて露店の人に作り方習いに行ったらしいよ?」

「え!?……じゃあ、頼んだ方がいいのか?」

「………くふっ」

「…てめぇ!嘘言いやがったなっ!?」

「あはっ!あははは!!シン君かわい~!!あはははははは!!」

「そないな小学生みたいなことすんなや、シン君かわいそうやろ」

「でも、流石にさっきのは普通に騙されないと思う」

「うぎぎぃ~~っ!!」

「あはははは!シン君のそう言うところ大好き、そのまま純粋でいて♡」

「お前らうるせぇなぁ!静かに飯食えねぇだろ!!」

「豹ってばこわ~い!カルシュウム足りてる?牛乳飲みな~?」

「うるせぇ!!俺に絡んでくるな!チビ構ってろ!!」

「豹もうるさいよ?」

「大佛ぃ~?俺に口答えしたか?」

「本当のこと言った。」

「やめぇやめぇ!飯食えんくなる!!」

「あはははっ!!」

(…ORDERって、ORDERってやっぱり変な人しかいねぇ!!)

結局二日目もレストランで笑われてしまい

食べたリゾットもモモ肉も美味かったが、シンにとってある意味忘れられない味となってしまった。

シンは神々廻に同情でもらった食後のコーヒーゼリーをつつき、午前中の流れを報告することにした。

「…と、言うことで8時から13時までで30人ほど見ましたけど今のところ三人しか該当しませんでした。

昨日と比べると手応えがない感じがするんで、一回明日のリスト内の該当者を見直した方がいいと思います。」

「おい、なんでチビが報告してんだ大佛の仕事だろうが」

「…適材適所?」

「そもそも!なんでお前はリスト持ってないんだよ!?」

「朝御飯食べてたら、テーブルの上に置いてきちゃった」

「ご飯食べるのはエエけど遅刻はせんようにな?」

「リストのことを注意しろ!リストをよぉ!!」

「あはは…まぁ、こっちでも問題ないんで午後も頑張りましょう!」

「いいな~大佛、シンくんが秘書みたいじゃん」

「シンくんが秘書なら雇っていい」

「でも、俺…坂本商店を辞める気はないんで引き抜きは無理っすね」

「残念。」

「ほな、午後の分も頼むわ16時までやで?大佛も気にしたってや、シンくんが要なんやし」

「分かってる、寝ないように気を付ける。」

「…本当に大丈夫なのか?」

「え~?豹ってばシン君のことそんなに心配?大佛と交代する?」

「しねぇよ、どうせ明日回されんだ…契約切られないようにせいぜい怪我させんじゃねぇぞ」

「あ、そうだった…」

「大佛、ホンマ頼むで?二日で帰られたら残りの該当者全員で総当たりなんやから…嫌やろ?土日返上やで?」

(ORDERって土日休みなんだ…)

報告を終えると、豹はさっさとエレベーターに乗り込んでしまい

その後を篁と神々廻が乗り込む…すれ違いざまにシンは篁にべっこう飴を貰い、お礼を言う前に去ってしまった。

「べっこう飴貰っちゃった…あのじいちゃんは…篁さん?だったっけ?」

まだ残っている南雲と大佛に向き直り名前の確認をするが、二人はシンの手に乗っているべっこう飴を凝視したまま動けずにいた。

どうしたことかと二人に近付き「おーい?」と目の前で手を降ると、南雲が驚き頭を掻いていた。

「本当にビックリした…あの篁さんがシンくんにべっこう飴をあげるなんて」

「そうなのか?すごく優しかったぜ?疲れたらこれを食べろって」

「篁さんがまともに話したところ、私は見たこと無い…」

「話したって言うか、思考が流れてきたって言うか…でも、篁さん凄い強いんだろ?Xの時だってビルぶった斬ってたし」

そんな話をしながらエレベーターに乗り込むと、南雲は途中の階を押し「ちょっと申請書出しに行くから、ここでばいば~い☆」とシンの頭を撫でて出て行った。

其を見ていた大佛は、グシャグシャになったシンの髪を整え得意気に見ている。

(後輩の面倒を見る先輩…カッコいいはず)

「ありがとうございます!大佛さん!」

尋問室前に戻ってくると陣門がペットボトルを三つ抱えてたっていた。

大佛も何事かと首を傾げて其を見ていると、二人に気が付いた陣門が「お疲れ様です。」と声を掛け近付いてきた。

どうやら休憩用に飲み物を買ったらしく、大佛とシンと陣門の三人分を購入したものらしい…市販の緑茶とカフェオレとオレンジジュースの三つが収まっている。

「どれにしますか?」

「…私はオレンジジュース」

「じゃあ、俺は緑茶で」

「はい…其では、午後もよろしくお願いします。」

(お疲れそうだったからカフェオレを飲むかと思ってましたが、まぁいいか)

何やら気を使ったラインナップを外したようだ…

誰に向けた感情だったかまでは聞き取れなかったが、陣門はそのあとはなにも語らず尋問室へと入ってしまった。

大佛とシンも控え室に入り、午後の業務を始めるのだった。

時間は14時~16時と午前中に比べて短い…20人も見れればいいペースであったが、午前中と違ったのは該当者の多さだった。

午前と午後を合わせて12人に上がった人数にシンも一瞬読み間違えたかとも不安になったが、思い返しても間違えはない

「…朝倉くん?どうしたの?」

「あ、いいえ…なんか、午前と午後ですごく極端だったなって」

ふと、シンはポケットに入れたままだったべっこう飴に手を伸ばした。

口に放り込むとしつこくない甘さがゆっくりと広がり、貰った緑茶との相性が抜群だった。

「報告行こうか、みんな待ってると思う」

「そうっすね!」

ORDERの控え室に到着すると、早速シンはリストを回し該当者の報告を始めた。

昨日と代わりなく早々に印をつけた豹と篁はあっという間にその場からいなくなってしまい、神々廻と南雲も仕事道具であるアタッシュケースやジュラルミンケースを手に持つ

その二人に「いってらっしゃい!」とシンが声を掛けると、踵を返した南雲が近付いてきた。

「どうした?なんか忘れもんか?」

「行ってきますのチュー忘れてた~」

「は?」

軽く唇を重ね―チュッ―と可愛らしい音を軽くさせた南雲は「いってきま~す♡」と手を振ると控え室を出た。

神々廻も大佛もいったい何を見せられたのかと言いたげにシンに視線を向けるが、シンはすっかり思考停止し動けなくなっており

神々廻も「い、行ってくるわ…」と声を掛けて出て行った。

「シンくん?」

「う、ぁ…うわぁああ!!」

シャツの袖で必死に唇を拭っているが、顔が真っ赤な状態を見ると満更でもなさそうである

大佛は何やら心配そうな顔をしてシンの肩を叩く

「シンくん、南雲と付き合ったら大変そう」と、慰めなのか憐れみなのか分からない視線を向けられたのだった。


………


「シンくんは、動物ともお話しできる?」

「動物ですか?会話はできないですけど何考えてるかは分かりますよ」

やっと落ち着いたシンに大佛はエスパーの力がどれぐらい使えるのかを問う

質問の意図に首を傾げたシンだったが、以前坂本が(動物に好かれない…)と言っていたのを思い出した。

「動物、見に行きますか?」

「でも、近くに動物園無いよ?」

「あれ?公園有りませんでしたっけ、確かそこ花鳥園がありますよ?」

スマホを取り出したシンは周辺の施設を検索し大佛に見せた。その中に花鳥園という文字が写る

どうやら今まで周辺施設などに興味を持ったことがなかったらしく「初めて見た。」と大佛は興味を示し始め

この花鳥園は遅い時間まで開園しているらしく、今から歩いて行っても十分余裕がありそうだった。

「シンくん、行こう」

「えっ!あ…?うわぁ!?」

―パシッ―とシンの腕をつかんだ大佛は廊下を走り出す

引き摺られるようにシンも廊下を走るが、真剣に走っている大佛の速さに追い付くのに苦労していると其に気が付いた大佛は足を止めた。

突然止まった大佛にぶつかりそうになりシンの体勢が前のめりになる、倒れないように何とか堪えたが──

…何故か大佛に足を払われた。

「え?」

「こっちの方が速いから」

気付いたときにはシンの足は宙に浮き、大佛の背中を見ていた。

一体どうなっているのかと問う前に景色がどんどん後方へ流れていく、二人とすれ違う殺連職員の驚いた顔と思考がシンの脳内に流れ込んでくる

(ORDER!?)(あれ?なんだ、大佛さんか…)(何担いでんだ?人間?)(朝倉さん担いでんのか、どんな筋力持ってんだあの女)(速っ!?何が過ぎて…人?)

と思い思いの思考で、シンは今自分がどんな状態なのかを察した。

細身の女性が成人男性を肩に担いで、廊下を疾走しているのだと…

「お、ぉおおお!?大佛さんんんっ!?」

「シンくん、口閉じてないと舌噛んじゃうよ…あと、花鳥園までの地図見せて?」

「見せます!見せますから一回下ろしてください!!」

「大丈夫だよ、一回見たら覚えられるから」

「そこを心配してるわけじゃないっす!!」

シンのジャケットから覗いているスマホを拝借し、早速検索履歴から花鳥園までの道を確認する大佛

何故シンのスマホのパスワードが分かったのかと言えば…ORDERだからとしか言えない

「わかった、ありがとう」と言いポケットに戻した大佛はそのまま受付をパスして支部を出ていくと、そのまま花鳥園へと向かう

シンはもう両手で自分の顔を覆うぐらいしかできなかった。


………


「シンくん、シンくん…」

「つ、つきましたね…」

「入るのに五百円かかるんだって」

「じゃあ、チケット買うんで下ろしてください///;」

「そうだね…大丈夫?酔わなかった?」

「すごく安定してました…大佛さんこそ、俺重かったでしょ?」

「大丈夫だよ、シンくんはカスタマイズした丸鋸より軽かったし、コツ掴めばなんでも担げるようになる」

(良いストレッチになった。)

「ストレッチ感覚…」

ゆっくりと久々の地面に降ろされ、シンは財布から二人分の入場料を払うとチケット受付の係員が一枚のチラシを渡してきた。

そこにはポップな書体で【わくわく☆出張動物園!】と文字が打たれ、可愛らしい動物のイラストが描かれている

どうやら花鳥園の近くで出張動物園が催されているようだ

「それ、なに?」

「出張動物園らしいっす、ヤギとかポニーとか…あとモルモットとかウサギもいるみたいっすよ?」

「トリ見たらウサギも行こう…!!」

大佛は再びシンの手を握ると、花鳥園の方へと向かっていく

どうやらチラシを見せると鳥用の餌が貰えるらしい…温室の前で小さな包みに入った種を受け取り

追加で買える餌を手に入れると二人は早速花鳥園の扉をくぐった。──瞬間、餌を貰おうと群がっていたはずの小鳥たちが一斉に警戒音を鳴らし、仲間に危険を知らせると木々の間に隠れてしまった。

「えぇ!?」

「いつもこれ…野性動物はみんないなくなっちゃうの、だからこうして遠くから眺めることしかできなくて、触ったことがないの」

温室の中はまだ小鳥たちのさえずりで騒がしい、シンはその中で聞こえてくる思考に気が付いた。

(こわいよ、こわいよぉ…)(こっち見てるよ、こっち見てる)(もっと隠れなきゃ!)(みてるよ!)(みてるよ!)(こわい、こわい)

異様に怖がっている…

本能的に隠れようとしているのだが、大佛がことごとく見付けてしまい、小鳥たちは温室の中を逃げ惑っていた。

「大佛さん、ちょっと手借りますね…あと、視線を手首の方に向けててください」

「わかった。」

シンに言われ大佛が手を出すと、その上に餌が乗せられる

自分の手首だけを見つめているとシンがいる方向から小鳥のさえずりが聞こえてきた。

「きた?」

「今呼んでみてます、久々にやるんで下手かもしれないけど…」

「シンくん、鳥の真似できるんだね」

「ガキの頃にいた研究所に動物とかいっぱい居て、世話とかもやってたんで!」

再び小鳥の鳴き真似を続けるとシンの肩に大きなオウムが止まった。

どうやら鳴き真似と買った餌につられたようだ

「ちょっと爪があるんで痛いかもしれないですけど我慢してあげてくださいね~」

大佛の腕を伝いオウムは手の上の餌を啄む

目を見ないようにゆっくり頭を上げるようにシンに言われ顔を上げると…オウムが大佛の手に上で餌を食べていた。

「逃げない」

「コイツこの温室のボスらしいんで、他の鳥もすぐに──」

言い終わるか否か様子を見ていた小鳥たちが一斉に大佛の手に留まり手の中の餌を啄んでいった。

突然のことに大佛は固まっている

色とりどりの小鳥たちの羽が顔や腕に当たり、すっかり鳥まみれになった大佛の記念撮影をすると鳥たちは飛び去っていった。

「大佛さん、大丈夫ですか?」

「…羽、柔らかかった」

「良かったっすね!触れて」

「シンくんも鳥に餌あげよう?」

「え?」

大佛が買った餌をあげようと袋を手に取り、両方向に引く…湿気ないようにしっかり閉じられている袋だが

お構いなしに横に引けば事故は容易く起こる。

結果から言えば…袋の中身がぶち巻かれ、目の前にいたシンに袋の中の餌がすべてかかり

木上に戻っていた小鳥たちは、それを見て一斉に戻ってくるとシンについた餌をついばみ始めた。

「ぎゃーっ!!」

「あは、あはは…!!」

小鳥たちに追われるシンをこっそりと撮影した大佛は、服についた餌を払い…シンに群がった鳥たちを散らす

すっかりボロボロになってしまったシンの髪や服を直し、温室を出ると目の前には出張動物園が広がっていた。

ヤギやポニー、モルモットやウサギ…大佛にとっては中々近くで見れない動物たちがおり、手がワナワナと震えている

先程の温室でシンに言われたことを思い出し、目を合わせないように近付くとポニーの頭を撫でた。

その後もヤギやモルモットにも触れることができた大佛は満足げに微笑むと、最後にウサギを膝に乗せる体験のコーナーに入った。

「シンくんも触ろう?」

「いいっすね!…やっぱウサギかわいいなぁ~」

「シンくんはウサギが好きなの?」

「動物は全般的に好きっすけど、犬派です!」

「…南雲は犬っぽくないけど?」

「いや、なんでアイツが出てくるんっすか!」

『お写真お取りしましょうか~?』

ふれあいコーナーの係員が二人に声を掛ける

大佛は自分のスマホを渡し写真を撮ってもらうと(南雲に自慢しよう…)と微笑んだ

「そろそろ退園時間っすね」

「残念」

ウサギを係員に返し、園から出ていこうと立ち上がると他の係員に呼び止められた。

なんでも珍しい動物を展示しているらしく一度見に来ないか?とのことだったが…──シンには係員の思考が流れ込んでいた。

(バカめ!ここにいるのは猛毒を持つヘビだけだ…部屋に閉じ込めてすぐにお陀仏だ!!)

「大佛さん!これまずいで──」

「シンくん、行こう」

「おわぁ!?」

新たな動物を触れると思った大佛はシンの忠告の前に手を握ると案内された部屋へと飛び込んでいった。

簡易施設のような部屋へ飛び込む大佛とシン

柔らかく可愛い生き物がいると思っていた大佛の目の前にいたのは…優に三メートルはあろうかという大蛇だった。

「な!?なんだコイツでっか!!」

「シンくん…大きいヘビだね、触ってもいいかな?」

(にんげんだ……ころすっ!!)

「やめましょう!近付いちゃダメっす!!思いっきり殺りに来てますって!!!」

「このヘビには…触れないの?」

(にんげんかむのこわい、でも、ごしゅじんおなかすかなくなる……やるぞ!かむぞ!!)

「シンくんに怪我はさせられないから、可哀想だけど…死んでもらうね?」

「大佛さん!まってください!!」

ケースから丸鋸を取り出そうとしている大佛の腕を掴み制止するシン

止められるとは思っていなかった大佛が驚いて振り向くと、シンは他に方法はないかと悩んでいるようだった。

…彼なりに簡単に殺して解決することを望んでいないのだと大佛は察し、丸鋸をしまった。

「シンくんは優しいんだね、殺気を向けられていても許す人なんか中々居ないのに…心配になっちゃう」

「いや、その…優しいっていうか…アイツもなんか事情がありそうで」

「シンくんは殺そうとして来たヤツの事情も考えてあげるんだね…本当に優しい──優しいシンくんのままで居てほしいな、だから、私がシンくんを守ってあげるね」

大佛はケースの蓋を閉じ、威嚇をし続けているヘビに近付いた。

ゆっくりと近付いていく…噛み付こうとしていたヘビだったが…大佛の目を見た瞬間、固まってしまった。

まるで蛇に睨まれた蛙のようだった…大蛇は動けなくなってしまい小刻みにカタカタと震えている

(こ、こわいよぉおおーっ!!)

「人間は噛んじゃ…めっ!」

すっかり戦意を喪失したヘビは怯えるように部屋の隅で丸くなり、それを見た大佛は満足気に「よしよし、いいこいいこ」とヘビを撫でた。

触られる度に悲鳴をあげているヘビが可愛そうになりシンは「そろそろ行きましょう?」と大佛に声を掛ける

しかし、出口は先程入ってきた扉しかない…ノブに手をかけたシンが何度はを捻ってはみたが鍵がかかり開く気配がない

「開きそう?」

「ダメっすね、完全に閉じ込められてますね」

(じゃあ、切っちゃおうか…)

「え」

振り返ると既に目の前には丸鋸を構えた大佛が立っており、まさに扉を一刀両断にすると扉の側には、先程の怪しげな係員が立ち尽くしていた。

見るも無惨にバラバラになった扉から大蛇が飛び出し、係員に巻き付くと怯えて震えている

『お、おまらっ!?そんな、どうやってコイツを手名付けて…!?』

「ORDERの名の下に処分したいところだけど…シンくんが優しいから許してあげた。」

『ひぃ!?』

大佛の殺気に押され悲鳴を上げて引き下がった係員

既に殺害対象ではなくなった係員から離れた大佛は、興味がなくなったのかスマホで夕食をとる店を探し始めた。

「なぁ、アンタ」

『ひっ!ひぃい!!な、なんだよっ!!』

(こ、殺される!!)

「いや、そんな怖がんなくっても…別に殺そうなんて思ってねぇよ

…そのヘビさ、飼育すげぇ難しいヘビなんじゃねぇの?前に別の所で見たことあんだけどさ…こんなにデカイやつ見たことねぇもん」

『あ、あぁ…まぁ…相棒でもあるから』

「そいつさ、アンタのこと凄い慕ってるし…人間を噛むの嫌なんだってよ…」

『え?』

「だからさ、殺し屋やめてそう言う仕事した方が儲かるんじゃねぇの?

アンタのこと心配してたぜ?アンタが腹減らさないために仕事してたらしいし」

『そんな…お前、そうだったのか…?』

震えているヘビを優しく撫で、何やら考えを改めたようだとシンが安心しているとスマホを片手に大佛が近付き「シンくん、お腹すいたからご飯食べに行こう?」と声を掛けてきた。

スマホの画面には最寄りにある高級ハンバーグ店が写し出されている

確かに殺連の支部を出てから既に二時間が経っており、空もすっかり夜空へ変わろうとしていた。

「行きましょうか!…じゃ、アンタも元気でな!ソイツ大事にしてやれよ?」

係員に声をかけ、大佛と共に公園から出ていくシン

…数年後、とある男が人工孵化は不可能と言われた幻のヘビを孵したというニュースが流れるのは別の話である


………


二人が入った店は雰囲気もよく、カウンターの向こうにある大きな熱々の鉄板でハンバーグを調理し、出来立てを提供されるハンバーグ

肉が焼ける香りと焦がしソースの匂いに、シンは唾を飲み込んだ

昨日に引き続き自分の金では滅多にありつけないであろう食事に気圧されながらも、大佛に「遠慮しないで食べて?」と促され

200gmのステーキハンバーグを平らげてデザートを幸せそうな顔でつついているシンに、大佛は感心したように見ていた。

「シンくんいっぱい食べるのに、なんでそんなに細いの?神々廻さんでもそんなに食べれないよ?」

「あ~…俺、燃費が悪くて…エスパーの力使うと直ぐ腹減っちゃうんですよ」

「今日は尋問の聞き取りもしたし、鳥の声もヘビの声も聞いてた…明日も聞き取りあるけど大丈夫?」

「問題ないっす!大佛さんがくれたキットカットも本当に嬉しかったし、こんなに美味い肉も食べれたし、それに今日はすごく楽しかったです!」

ニコッと屈託なく笑うシンを見て大佛もつられて微笑んだ…なるほど、こうして惚れ込んでいってしまうんだなと気付く

ORDERのメンバー内には絶対にいない人種である…自分達の黒い部分でさえも受け入れてくれそうな無垢さにぐらつき

南雲も、昨日の担当であった神々廻も…自覚があるにしろ無自覚にしろ、シンに惹かれただろうと大佛は思った。


‥‥…


殺連の寮へと戻り大佛の家に入る

神々廻の家と作りはほぼ同じ…相変わらずシンの家がすっぽり入る広さのゲストルームにも少し慣れ、荷物を置いた。

大佛が部屋を出ていくと、シンはシワ一つないベッドに飛び込む

昨日も神々廻のゲストルームのベッドに飛び込んだが何度やっても楽しいのだろう

満足したシンは起き上がり着替えようと立ち上がるとドアが開いており…大佛に一部始終を見られていた。

「…」

「明日の朝御飯はルームサービスに電話してね」

「あ、はぃ…」

「ごめんね邪魔して、続きやってていいよ?」

「だっ!お、大佛さん!!誰にも言わないでください!!」

「……わかった、言わない」

「その間やめてください!!」

恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせたシンに必死に訴えられ、つい意地悪心ではぐらかすと耳まで真っ赤になっていた。

若いのだから、浮かれていたとしても誰も咎めることはないだろう…

大佛は先日見た動物の失敗動画を思い出し「跳ね回ってベッドから落ちないようにね?」と声を掛けて自室へ戻った。

「あ、シシバさんに報告しなきゃ…」

午後に出掛けたこと、初めて動物に触れたこと、シンの鳥寄せの口笛のこととヘビのこと、エスパーの力が燃費が悪いことと夕食の話など…

数枚の写真を添付している途中、鳥に囲まれたシンの写真が出てきた。

色とりどりの鳥たちがシンに群がり、夕日に照らされた温室で笑っている…そんな写真だった。

(これは私だけの写真にしておこう、シシバさんに見せたらライバルが増えそうだから…南雲には見せようかな、羨ましがるだろうな)

報告用のメールを送ったあと、大佛はスマホの画面を切ると自分のベッドに潜り込んだ。



「おはよう、シンくん」

「おはようございます、大佛さん!」

時刻は7:30

昨日大佛に言われたとおり、ルームサービスで朝食を食べているシンの前に寝ぼけ眼の大佛が表れた。

目玉焼きと厚切りのベーコンとフカフカの食パンにバターを塗ったシンは、口元にパンのカスを着けて挨拶を交わす

その隣にはラップがかけられたサンドイッチがあり、シン曰く「大佛さんの分の朝食も頼みました、コーヒーも有りますよ!」との事だ

「ありがとう、シンくん…ルームサービスの朝食、久々に食べた。いつも時間過ぎちゃって頼めなかったから」

「いつも何食べてるんですか?」

「あれ食べてる…」

と言って大佛が指差したのは、キッチンの戸棚から見えている市販のシリアルの箱だった。

なんと無くシンが備え付けられているゴミ箱にも視線を移すと、そこには簡易栄養補給バーや10秒でチャージできる飲み物も入っており

いつもギリギリまで寝た結果の産物なのだろう、だとすると今この時間に起き出したのは自分の気配のせいだろうか?とシンは考えた。

「シンくんは偉いね、ちゃんと早起きしてて」

「店の仕入れとかもあるんで……すみません、もしかして俺、起こしちゃいましたか?」

「なんで謝るの?シンくんと朝ごはん食べれると思って起きたんだよ…いつも一人で食べてるから、今日は起きれて良かった。」

「そ、そうなんですか?」

話をしている途中、シンは在るものが視界に入った…昨日のリストだ、大佛が家に忘れていったものだった。

何気無く手に取りペラペラと捲っていき違和感を覚えていた──昨日渡された資料より数枚多いように感じる

「シンくん、もう時間だから出ないと…」

「あ!はい!!」

大佛に促され、急いで出る準備をする

そのとき、シンは無意識に古いリストも鞄に詰め込んでいた。

昨日と同じく8:00に尋問室の前に着くと、廊下の向こうから小さなコンビニ袋を持った豹が歩いてきた。

豹は体格も大きく歩く度に廊下に振動が伝わってもおかしくないのだが、前に来るまで全くそれを感じることはなく

南雲が自分の背後を取るときと似たものを感じたシンは、改めてORDERの実力を感じていた。

「お前が遅れずに来るとは思わなかったぜ」

「別に、いつも遅れてる訳じゃない…朝倉くんのこと、よろしく」

「へーへー…おいチビ、俺はアイツほどお前に気を使うつもりはねぇからな」

「…アイツ?」

「南雲だよ」

豹が面倒くさそうに南雲の名前を出すと、シンが(南雲が、俺に、気を使う…だと…?)と言いたげに目を見開かれたため

豹は(気にすんな、こっちの話だ)と誤魔化し、控え室へと向かう…引き継ぎも終わり、大佛とはここで別れることになる

何度も振り返りシンとの別れを名残惜しそうにしている大佛に手を振っていると、豹が「早く行け!」と一喝した。

やっと控え室に入り、今日の分のリストを受け取ったシンは豹にあることを尋ねる。

「あの、豹さん聞きたいことがあるんですが…」

「あ?あぁ…なんだ?」

「このリストってどこから貰ってるんですか?」

「どこからって…あの尋問官がいるだろ、アイツの所属してる情報課が毎回まとめてるぞ」

「…他にこのリストを知ってる人って居るんですか?」

「さぁな、そこまでは俺達の仕事の範囲外だ…気になることでもあったか?」

「いえ、大丈夫です…たぶん気のせいだと思うんで!」

「そうか、まぁいい…さっさと始めるぞ」

シンが控え室の椅子に座ると豹は持っていた小袋を何も言わず差し出し壁に寄りかかり、周囲を見回すように控えた。

いったい何を渡されたのかと袋を開けてみると、中には一口サイズのプロテインチョコレートがいくつも入っており

どういう事かと視線を送ると、気不味そうに視線を外され(力使うと腹減るんだろ…昨日の報告で回ってきた…)と思考が流れてきた。

「ありがとうございます!豹さん!!」

「いいから、集中しろ」

見た目も厳つく声量も大きいため怖く見られがちだが、豹はORDER内で一番思考が穏やかであると分かったシンは、期待に応えるべく集中することにした。

一人…二人…と対象者は流れていき、シンの合図を確認しながら豹もリストに印を書き込んでいく

時おり貰ったチョコレートを食べながら調査していくと、その途中で不意にシンが止まったのを感じた豹は、さりげなく近付き「どうした?」と問いかけた。

「さっきの奴、尋問内容とは別のことを考えてたんですけど…殺連の施設に爆発物仕掛けてます。」

「ほぉ、大分肝っ玉据わった野郎だなぁ…殺連の施設に堂々と仕掛けるとは…もっと詳しく読めるか?」

「この尋問でその事について質疑応答があれば少しは反応すると思うですけど…尋問内容が爆発物に行かないので、このままじゃ読めないです;」

「泳がしとくしかねぇか…一応別件で容疑者にあげておく…午前の尋問ももうすぐで終わる、気緩めんなよ?」

「はい!」

爆弾を仕掛けた対象者の調査は終わってしまい、豹が(場所は答えたか?)と思考で聞くが、シンは首を横に振った。

危険人物であることには代わりない、豹はスマホでORDERのメンバーに爆弾のことについて送る…返信は特にないが、既に動き始めているだろう

尋問室では既に違う人物が応答をしており、シンは豹に合図を送っていた。

非常に優秀な人材である…それ故にこの力が露呈した場合、組織ぐるみで酷使されかねない

豹は最初、シンがこの調査に組み込まれると聞き半信半疑だった。

初めて接触したのは坂本の見舞いの時…MRIの磁力に引き寄せられ退散を余儀なくされたが、あれは偶々だったと思って居たからだ。

シンのエスパーの力を信じきってない豹に対し

南雲は主語が全て【シンくん】になりながらペラペラと語り、後半はただのイチャイチャ話だった。

神々廻も一昨日の襲撃を報告する際、シンを評価していた。と言うよりは褒めていたに近い…血を拭ってもったことを話した時の南雲は、血涙でも流すのではないかと思った。

そして、滅多に報告をあげない大佛さえも、シンが動物の考えも読み取れることを興奮気味に伝えた。添付されていた写真は動物園で遊んできただけに見えた、が…

報告の一部は新しく来た小動物の観察日記状態になっていたが、神々廻も大佛もシンのことを評価している。

そして、豹も目の前で送られてくる合図を見ながらシンへの評価を改めていた。

「時間だな、行くぞチビ」

「はい!」

呼び寄せるとトコトコと豹に付いてくるシン

それを見た豹は「ちょっと待て」とシンを止めた。

行くと言ったり待てと言ったり、何かあったのかと首を傾げているシンに、思わず豹はため息を吐く…警戒心が無さすぎるのではないか?と──

普段から人の思考が読めるシン、敵意がある者や殺気を放つ者などを見ているせいで、それ以外の感情を持つ者に無警戒であると感じた。

「おい、チビ…」

「ぇ、あ…はい?俺なんかしましたか?」

「……」

(お前…もう少し警戒心を持て)

「あ!そ、そうっすよね!まだ内通者だっていっぱいいんのに…気引き締めます!!」

「…もういい、行くぞ」

「はい!!」

控え室を出てエレベーターを待っている間、シンは豹にレストランのメニューのおすすめを聞いた。

どんなメニューが出てくるかと返事を待っていると、豹はシンを全体的に眺めてから「お前用のメニューは後で頼んどいてやるよ」と言うのが返ってきた。

どうやら、シンの体調を見て決めてくれるようだ…豹は身体を使った武闘派だ、きっとスタミナが付くような食事を選んでくれるのだろう

体調を気遣ってもらえた嬉しさに浮かれていると、ハッと我に帰ったシンは、背後を気にしてキョロキョロとしだした。

昨日のこともあり、また南雲におもちゃのナイフで遊ばれてはたまらない…そんな様子を見て豹が呆れた顔をしている、なぜなら…

「おい、チビ…アイツなら──」

「あれ~?朝倉くん、誰のこと探してるの?」

「ぎゃぁ!?」

「あはは!驚いた?隣に立ってるのに気付かないんだもん、節穴さんめ〜そんなに僕に会いたかったの?」

「ちげぇよっ!!」

「は~…こんな所で騒ぐんじゃねぇよ」

「豹は冷たいね~?朝倉くん、取り調べ中虐められなかった?」

「虐められてねぇよ、むしろお菓子貰っ──」

「おい!バカ!!」

「んぐ!?」

貰ったお菓子の話をしようとした途端、慌てた豹の大きな手がシンの口を塞いだ

それを見た南雲が─ニヤ〜─と表情を変えると「へぇ~、お菓子?豹がくれたの?」とシンに確認するように問い掛けた。

その質問にシンが答えるより、豹が気まずそうな顔をしているせいで正解といっているようなものだ

「豹~、もしかしてわざわざ買いに行った?お菓子なんて食べる質じゃなかったよね~」

「うるせぇ!昨日の報告に載ってたから買っただけだ、倒れたらもともこもねぇだろうが」

「え~、豹さんったらやっさし~!」

「てめぇ、マジで一発殴らせろ!!」

「いや~ん!朝倉くん助けて~」

「エレベーター!エレベーター来ましたから!!ね!?」

エレベーターホールでドタバタ劇を繰り広げるORDERメンバーの二人に殺連の職員は気が気ではなかった。

下手をすれば一階まるごとなくなってもおかしくない状態にビクビクとしている…そんな思考が読めないはずもなく、シンが二人を必死に引っ張りエレベーターに押し込んだ

シン一人でエレベーターに押し込められたところを見ると、そこまで本気ではなかったのだろう

「で、シンくん…爆弾のことだけど…」

「ダメだった、仕掛ける話までは出たけど詳しい場所までは出なかった」

「…仕掛けられてることだけでもわかったんだ、あとは俺達の仕事だ気を落とす必要ねぇよ」

「きゃ~♡豹先輩かっこい~~」

「てめぇ…」

「エレベーターの中ではやめてください!落ちちゃいますって!!」

「落ちても豹をクッションにすれば僕らは助かるよ~」

「お前もそういうこと言うのやめろ!!」

エレベーター内で乱闘が始まらないようにとシンが必死に二人を抑えていると、箱はやっと最上階に着いた。

南雲はコース料理を指定しシンの分のメニューを考えている

しかし、それを差し置いて豹が食事を指定していくのを見て、珍しく南雲が口を尖らせた。

「ちょっとぉ~シンくんのご飯を、何で豹が注文してるの?」

「チビにおすすめを聞かれたんでなぁ、お前はもう席についてていいぞ?」

「あ~!そんな態度とっていいわけ~?」

「チビ、食えないもんとかあるか?」

「アレルギーとかは特にないっす」

「好き嫌い無いことは良いことだ」

南雲を負かせられて嬉しいのか、豹は南雲を鼻で笑い、シンの頭に乗せた手をグリグリと動かす

ぷ~っと頬を膨らませた南雲も「いいも~ん!行こ!シンくん!!」とシンを抱き上げるとテーブルへと向かっていった。

「シンくんひどいよ!豹と浮気するってどういうこと!?」

「浮気の意味がわかんねぇよ!」

「あ!そんなこと言う?この間バイト中に解毒ざ──」

「あ”ー!!わーっ!!わ”ーーーーっ!!」

「お前ら部屋の前でなにしてんねん」

「ぎゃっ!?シシバさんっ!!」

「あれ~、もう来てたの?」

「お前、分かっとってゆーとるな?」

「なんのことでしょ~?」

いつもの席には既に篁、神々廻、大佛が座っており

南雲はシンを椅子に下ろすと向かい合うように椅子を半転させ、切々と「浮気はしないで~」と泣き真似をしながらすがり付いている

ある意味、性に関して一番引く手あまたで信用のない南雲に浮気について説かれても、シンは面倒くさそうな顔をしてため息を吐くだけだった。

神々廻と大佛ももう慣れたとも言いたげに自分達の食事に手を付けていると、豹も室内に入ってきた。

すがり付く南雲と目が死んでいるシン…我関せず食事をしている篁、神々廻、大佛

一瞬部屋から出ようかと思った豹だったが、自分も腹が減っていたため大人しく空いている椅子に座った。

「どうなってんだ、コレ…」

「シンくんが豹と浮気しただなんだと騒いどるんよ…はぁ~、南雲~シンくんの目死んどるでー」

「重い男は嫌われるよ?自分の性別わかってる?」

「聞いたシンくん!?僕の同僚みんな酷くない?いつもこんなこと言われるんだよ~」

「いい歳した大人が年下に泣き付くなよ…」

「うるさいよ!この泥棒ネコめ!!僕からシンくん奪おうったって百万年早いからね!!」

「あの~、南雲っていつもこんなにバカなんっすか」

「シンくんの過剰摂取が原因やろな、いつもならもう少しマシなんやけど」

「男の嫉妬は見苦しいって、この間読んだ雑誌で見た。」

そんなやり取りをしていると、給仕が三人分の料理を運んでくるとそそくさと部屋から出ていった。

それもそうだ、ORDERのこんな姿は見たくなかっただろう…円卓の上には南雲の注文したコース料理と豹が注文した料理が置かれる

シーザーサラダ・キノコのチーズキッシュ・トマトポトフ・鳥ササミのソテー・パン…と以外にも普通の量と内容にシンは少し驚いていた。

「いっぱい食えって言われるかと思ってました。」

「お前は身体の基礎はまだ未熟だからな、今無理して食っても筋肉にも骨にもならん…吸収率のいい食材を採るのがいいだろう」

「わ~、豹がスゴく先輩風吹かせてる~」

「うるせぇ!甘やかすだけじゃこのチビは強くなんねぇぞ」

騒がしい昼食を終え

午前中の報告を豹が告げる中、神々廻はもうひとつの問題…爆発物にいて話を移す

殺連の施設内に仕掛けられた爆発物

シンが読み取った思考には、殺連の施設に仕掛けられた爆弾の大まかな場所しかわからないと報告した。

「そういう爆弾系は近くに見張りがいる場合が多いね~」

「そうなのか?」

「テロ目的の爆弾なら、撤去されないように見張りがつくのは鉄則だよ~」

「それって、爆発に巻き込まれるんじゃ…」

「仕掛けた奴がそこまで気にすると思う?シンくんは分かるんじゃない?そう言う奴のヤバさ」

「……」

「ま、仕事一個増えたっちゅうことやなぁ」

「爆弾の仕事は一番面倒くさい、解除するのが難しい…それだったらリスト多めに回った方がマシ」

誰がリストを回り誰が爆弾の解除に回るかを話していると、シンが「あの!」と手をあげながら立ち上がった。

「はい、それはダメ~」

「あかんやろ」

「ダメだよ」

「……」

「却下だ」

「いや、俺まだ何にも言ってないじゃないっすか!!」

「どうせ爆弾の解除するって言うつもりでしょ〜?ダメダメ、リスクが大きすぎ」

「せやで?怪我どころか死ぬ可能性だってあるんやし」

「…シンくんが死んじゃったら悲しいから、ダメ」

「お、俺だって爆弾の解除ぐらいできますよ!」

「JCC出て爆発物扱ったことあるならまだしも、チビは外部からなんだろ…無理だろ」

「うぐ…」

それでも引かないシンに全員が顔を見合わせた。

確かに、人手は足りない…しかし、シンは今ORDERが預かっている身で傷一つ付けることはできない

今後の仕事のリスクと多額の金額がかかるリスク…天秤にかける間でもなく首を降るが

シンは頑固にも「やります!!」と息巻いている

お互いと言うよりは、シンが一歩も譲らない…が、その拮抗状態を解いたのは突然立ち上がった篁だった。

ゆっくりとシンへと近付き、向かい合う

まさか、斬るのでは…と四人がケースに手を掛け固まっていると

「……」

「うっ…」

「……」

「わ、わかり…ました…すみません…。」

シンが項垂れ大人しく椅子に座り直し、篁はそのまま部屋から出ていき何処かへ行ってしまった。

いったい何を言われたのかと全員がシンの様子を見るが、涙目になっているのを見て皆あわてふためいた。

「え!えっ!?シンくん!?」

「…うぅ」

「な、泣かないで…私のプリンあげる…!!」

「泣いて、ないっす…だいじょーぶ、です…」

「あ、あ~…えっと…ハンカチいるか?」

「大丈夫、です…すみ”まぜん…」

「取り合えず、この話は後でまとめるか」

皆椅子から立ち上がりつつ、南雲に目を配る

なんやかんやとシンから憎まれ口を叩かれる南雲だが、その反面、シンが砕けて話せるのも南雲だけだ…

神々廻、大佛、豹が足早に出ていくと、南雲は椅子から降りシンの顔を覗き込むように見上げた。

必死に涙を堪えているようだが決壊も時間の問題だ…

成人した男が泣くと言うのも中々ないことだが、どこか浮世離れした生活を送っていたシンにとって、怒られる事はあっても叱られると言うことがなかったのだろう

いろいろと衝撃があったらしく、スンスンと鼻を鳴らしているシンに南雲は自分のハンカチで目元を拭った。

「ごめん…」

「え?何で謝るの?」

「篁さんに、言われた。もっと周りを慮れって…自分の力を過信して周りを蔑ろにするなって…」

「別に僕らは蔑ろにされたとか思ってないよ~」

「でも、俺…ORDERに頼られていい気になってた…何か、それ言われて…ただのわがまま言ってるだけだなって…ごめん」

「僕的には、シンくんにこんな危ないこと頼むって言うことが不甲斐なくて申し訳ないんだけどね…」

「何でだよ…俺は、ただ尋問されてる人の思考読んでるだけだぜ?」

「それでもね、僕たちと関わるってことは他の奴らにも狙われるってことなんだ…ORDERは殺し屋殺しの集団

──本当は関わっちゃいけない人種なんだよ、なのに……巻き込んでごめんね?」

珍しく少し困ったように微笑んだ南雲に、シンは眉間にシワを寄せる

また泣き出しそうな顔をしたシンに「だから、シンくんが謝ること無いってことと!篁さんはシンくんが心配だから…」と口数を増やし慰めているとハンカチを持っていた手を握られ、シンの目からはポロポロと雫が流れ落ちていた。

突然のことに南雲は目を見開き、必死にシンの涙を拭き取った。

「俺、巻き込まれたとか思ってねぇ…っ!ORDERの人達と関わらなきゃ良かったなんて思ってねぇっ!!」

「……ねぇ、シンくん、僕らが君の事心配してるって言うのは分かってくれた?」

「うん…」

「じゃあ、今回の件…シンくんはノータッチでよろしく、いいね?」

「分かった…でも、何かできることあったら言ってほしい……俺も、尋問以外もうちょっと協力してぇし」

「それは後でみんなに聞いてみるよ…あ~ぁ、目元赤くなっちゃったね~」

「情けねぇ、みんなの前でこんなん…この後どうやって顔会わせればいいんだ…」

「いや~大丈夫でしょ~、寧ろシンくんの株爆上がりだね!僕としては大変気にくわないんだけど…」

南雲はチラリと部屋の外へと続く扉に目をやった。

気配は三つ…その三つとも先程の自分達の会話は聴こえていただろう、皆それほどの実力を持っている

三つのうち二つが立ち去り、一つが気まずそうに廊下をウロウロとしだした。

ある意味分かりやすい自分の先輩に南雲が吹き出すと、シンも扉へと目を向けた。

「そろそろ豹が乗り込んできそうだから、この話はここまでにしておこうか~」

「ごめん、余計な時間とらせて…」

「はいはい、謝らない…それにこっちはシンくんに助けられてるんだよ~……ありがとう、シンくん♡」

「んぇ!?」

立ち上がる南雲…シンの前髪を軽くサイドへ流し額にキスすると、シンは顔を真っ赤にさせると間の抜けた声を上げる

その直後、気まずそうに豹が扉を開け「おい、もういいか?;」と声を掛けてきた。

「も~、豹がシンくん虐めるから泣いちゃったんだよ?」

「そ、それは…すまん…」

「え!?違います!そう言うんじゃないです!!俺がわがまま言ってただけなんです!!」

「それじゃ、豹…午後もシンくんのこと任せたよ~」

ヒラヒラと手を降り、レストランから出ていく南雲

少し居づらそうにしている豹に「ご迷惑お掛けしました。」と頭を下げるシン

豹はあたふたとした後「いや、その…お、俺たちはお前を頼りにしてるんだ!だから、十分お前は…スゴい!」と語彙力のない誉め言葉を言われ、シンはやっと笑うことができた。


………


午後の尋問のために向かうと、昨日と同じく陣門が三本のペットボトルを持って立っていた。

少し時間を押してしまったため謝りながら近づくと「いえ、大丈夫ですよ…お二人はどれを飲みますか?」とペットボトルを差し出してきた。

今日は緑茶、ミルクティー、コーヒー…昨日とラインナップが違うのは人を見て考えたのだろう

シンがミルクティーを受け取ろうと手を伸ばしたとき(それ、飲むなよ)と言う豹の思考が聞こえてきた。

一瞬反応しそうになったが、出しかけた手を引っ込めるのは不自然だ…シンは自然にソレを受け取り「ありがとうございます!陣門さん」と礼を言った。

「俺はいらん…しかし、お前も中々面白いやつだなぁ?」

「な、んのことです?」

「俺にも、…ORDERにも差し入れをしてくる奴はそうそういねぇからなぁ?」

「ご迷惑でしたか、失礼しました。」

すごすごと下がっていく陣門

フォローをしておくべきかとシンが悩んでいると、豹に控え室に引っ張りこまれた。

「おい、昨日も差し入れはあったのか?」

「え、あ…はい、ありました。」

「昨日渡された飲み物は?」

「昨日の差し入れは…緑茶とカフェオレとオレンジジュースでした。俺が緑茶を貰って大佛さんがオレンジジュースを受け取ってました。」

昨日のことを思い出しながらシンが告げると、豹はシンからミルクティーを奪い、誤って飲まないようにと机の端に置いた。

一体どういう事かとシンが困っていると、豹は毒の鉄則を話し始めた。

「朝倉、毒の鉄則を知ってるか?」

「毒の、鉄則…?すみません、俺…それ知らないです」

「毒の鉄則、今後のためにも覚えておけ…

毒を飲ませる相手に警戒をさせないように、馴染みのある市販品を使用すること

警戒心を持たせないため、自らも候補内から選択するところを相手に見せること

毒を選択させるため相手の味覚を把握する、一度目は無害なものを選択させること

毒の混入を気取られないために味が付いたものを飲ませること…甘味、苦味、酸味の三種だ」

シンは机に置かれたミルクティーのペットボトルを見た。

そう言えば、昨日オレンジジュースを選択した大佛はオレンジジュースを飲んでいただろうか?

シンの前で大佛が何かを飲み食いしたところを見たのは、昼食のレストランと夕飯に入った店のみだ

「それは回収しておく、いいか?朝倉…お前は殺連にいる間、俺達が渡したもの以外は口にするな」

「わ、分かりました…」

尋問が始まり、シンは尋問官の背中を見つめる

昨日と今日で貰った飲み物に毒が入っていたかどうかは分からない…

一体、何を考え差し入れをしたのか、打算か計画か…それともただの労いか好意か…

不穏な空気をまとい、午後の尋問を終えた。


………


「50人見て25人だと?…何でよりによってこんなに居るんだ」

「寧ろ、これが狙いだったのかもしれないっすね」

「仕掛けられた施設も特定できてねぇからな…報告に時間かかるぞ、大丈夫か?」

「俺は大丈夫です!それより報告の方がだい…」

シンは言いかけ、眉間にシワを寄せた豹を見て…──「…椅子に座って待ってても大丈夫ですか?」と聞いた。

流石に尋問の内容の他に爆弾のことを聞き逃さないようにと集中したため、今日は疲れている

倒れることはないだろうが、連日続いているエスパーの力を使った調査に疲れは溜まらないかと聞かれたら、溜まると即答できる

いつも使う無意識の力の範囲を越えているため、やはり休息は必要だった。

「椅子は俺が用意する、他は何かほしいものはないか?」

「大丈夫です」

ORDERの控え室に着き、豹は報告より先に椅子を持ってくるとシンを座らせてからリストを回した。

椅子に座ったシンの近くに来た大佛は「よしよし……あと、シシバさんから」と言ってクッキーが入った小袋を手渡し、シンの頭を撫でてから報告を聞きに輪に戻る

─ORDERにいないタイプだから皆構っている…取り調べに必要だから皆自分を守ってくれている…─

そう思っていたシンは、自分の愚かさに気付き後悔していた。

(あーぁ、俺ってば、マジで恥ずかしいやつじゃん…)

貰ったクッキーの袋を眺めてから皆の方へ視線を写すと、篁と眼が合った。

その表情が(分かったか?)と聞いているようで…シンが小さく─コクリ─と頷くと穏やかな表情へと変わり、全員のリストを回収した。

突然のことに話し合っていた他のORDERメンバーは驚き、何事かと見合わせていたが

どうやらリストを全て回ってくれるようだと察し、議題は爆弾の話へと移った。

「シンくん、施設の特徴とか言っとらんかったか?」

「特徴…と言うより、人が沢山いるような情景しか流れてきてないです…何処にでもあるような…」

「殺連運営の施設でそう言うとこと結構あるやろ…」

「三人で総当たりしちゃう?」

「非効率すぎ…時間がかかっちゃう…」

三人が殺連施設の候補を見つめている中、豹は「じゃあ、ソレは任せたぞ」と告げ、シンの側へ戻ってきた。

まだ話し合いも終わっていないのに自分のもとに戻ってきた豹にシンが「どうしたんですか?」と問う

「もう上がるぞ、後はもうアイツらの仕事だ」

「え、いいんですか!?」

「俺達がいても今回の件は関与できんからな、お前も疲れただろ」

椅子から立ち上がり、豹に促されるまま控え室を追い出されそうになったシンは「ちょっと待ってもらっていいですか?」と声を掛け、三人のもとへ戻った。

神々廻、大佛、南雲が戻ってきたシンに「どうした?」と首を傾げている

「シシバさん、クッキーありがとうございます!大佛さんも気使ってくれてありがとうございます!!」

「な、なんやぁ…そんなことか~…ええよ気にせんで」

「シンくん、やっぱりいい子だね」

「あれ~?シンくーん、僕は~?」

神々廻と大佛に頭を下げ礼を言うシンに、二人は恥ずかしそうに頬を掻いたり微笑み返し…

ただ一人、礼の中に入っていなかった南雲だけが寂しそうにシンの背中をつつき、シンは振り返り南雲を真っ直ぐ見詰めた。

その目を同じく見詰め返していると、突然南雲の胸ぐらを掴んだシンはグッと引き寄せる

近付く互いの顔…南雲の頬とも唇とも言えない場所に─チュッ─とキスをすると、シンは何も言わず豹の元へ駆けて行ってしまった。

「…え、俺ら何見せられとるん?」

「シンくんからもあんなことするんだね」

「……」

「あかんわ、南雲が動いとらん…お~い?生きてるか~?」

「あ~…やっべぇ、今日めちゃくちゃ頑張れるわ、シンくん好きぃ~」

「いや、性格変わりすぎやろ…;」

豹の背中を押しORDERの控え室から出ていくシン

その後ろ姿を見て両手で顔を覆いしゃがみこんだ南雲の首が赤くなっているのを見た二人は、面白いものを見たとも言いたげに笑っていた。

あの飄々とし誰にも掴めないあの南雲を、こんなにしっかり握り込んでいるのは、シン以外にいないだろう


………


「どっか行きたいとこないか?」

豹がシンに問いかける

一日目、二日目とシンが出掛けているのを見ていた豹は行きたいところを訪ねるが

一日目は生活必需品を買うために…

二日目は大佛の希望のもと花鳥園に…

そのため、出掛けることは必ず必要と言うわけではなかったのだが、豹も何処かへ連れていかねば…と考えているようだった。

しかし、シン自体は近辺の地理にそこまで詳しいわけではない…

何処かへ行くとしても候補を挙げて連れていって貰うしかないのだ

「豹さんはいつも定時で上がったら何処に行くんですか?」

「俺か?俺は…ジムに行ってる」

「ジム!?」

「そんなに驚くことか?」

「いえ、なんと言うか…てっきり家の中に専用の機械とか入れてるのかと思ってたんで、普通にジム行くって想像つかなくって」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「……怪力の持ち主かと」

「そう言うことじゃねぇよ」

しかし、ジムと聞きシンの目は輝きだした。

疲れてはいる、だが、豹が行くジムと言うのも気になる

昼食時に言われた『身体の基礎はまだ未熟』と言う言葉がどうも引っ掛かっていたからだ

身体はすでに出来上がっていると思っていた…坂本からも(成長したな。)と言われるくらいにはなっていたので身のこなしは完璧であろうと自負していたのだが

豹からしてみれば未熟なのだと…ならば成熟のためにも一日だけでもご教授願いたいものだ

シンは豹へキラキラと期待の眼差しを送り「是非ともジムへ!!」とねだる

豹としてはシンを休ませたいところだが、今それを伝えても悲しい顔をされるだけだろう…数秒の熟考により豹はシンをジムへと連れていくことにしたのだった。

本来ならば殺連経営のジム施設に行くところだったが、爆弾の件があるため少し離れた別経営のジムに入る

「軽いストレッチと手合わせだけなら付き合ってやるよ」

「でも、それだと豹さんの運動にはならないんじゃないんですか?」

「…帰ってからやるからいいんだよ」

(あ、やっぱり特注のやつあるんだ)

二人はマットが敷かれたエリアに移動しストレッチと柔軟を始める

さすがは身体を使う戦いをするだけのことはあり、豹の身体は見た目よりも柔らかい

その隣にいるシンもペタッと開脚のまま地面につくと、豹は感心したように「ほぉ…」と声を漏らした。

「俺、筋肉が付きづらいみたいで…組織に居たときも坂本さんに身体柔らかくしろって言われれたんですよ」

「確かに、それぐらい柔らかいと筋肉の付きは悪いだろうな…遺伝の影響も多少はあるだろうが、殆どの筋肉組織は幼少期のうちに栄養がある食事と運動によって作られることが多い」

「うぅ、耳のいたい話…」

「シン、お前子供の頃ちゃんと食ってたか?」

「あ~…ガキの頃っすかぁ…」

答えづらそうにしているシンに何やら訳があるようだと感じた豹は、それ以上は聞かず組手の構えをとった。

それを見たシンも構えをとり、真剣な眼差しで豹を見詰める

「一分以内に俺に両手を出させたら好きな食いもん奢ってやるよ」

「マジっすか!!」

「おお、マジだ、マジ…ただし!お前はエスパーの力無しだ」

「えっ」

「自分の体術だけでこいよ、エスパーの力だっていつなんどき封じられるかもわかんねぇからな」

「…わかりました。一分っすね」

腕のストップウォッチを設定すると再び構えを取り、開始のアラームが鳴った。

ストレートを打ち込むが軽々と避けられ、続けに連撃を繰り出すも全て片手でいなされてしまい

豹の両腕が出る気配もない

瞬間的に殴打がくるものの、それは全て軽く…まるで子猫を相手しているヒグマのような力の差だった。

(全然相手にされてねぇ!!)

軽く投げられ着地をすると直ぐに蹴り技を入れるが、再び投げられ

横に薙ぐように出された腕を避けようと下がるが、予想より遥かにリーチが伸び、横に押し倒される…決められた時間に達しようとした。

最後に豹の頭部に飛び上段蹴りを入れようとした瞬間──シンの背筋を悪寒が走り、体勢を崩した。

二メートル程の跳躍でも着地を誤れば大ケガに繋がる…蹴りも入れず体勢が崩れたのを見た豹は、咄嗟に両手を出しシンを受け止めた。

「おい、どうした!?」

「い、今…っ!!」

スルリと豹の腕から抜け出すと、シンは急いで周囲の思考を読み取る

先程と様子が違うシンに豹もつられて周囲を見渡すが、別段変わったこともないジムの風景に何を焦っているのかと聞いた。

「あ!あの人!!」

「あ?フード被ってるやつか?」

シンが指差した人物に豹も視線を送ると、体格は豹にも負けないほど大きく周りの客たちもその威圧感に引いている

明らかにただ者ではない雰囲気に豹の表情も心なしか固くなった。

シン曰く、殺連に仕掛けられた爆弾について思考が流れてきたのだと言う

「お前、力は使うなって言っただろ」

「引っ張られるほど強い思考なんです!計画がバレて失敗したって、殺気立ってるって言うか…」

引っ張られた思考の中で見たと言う光景は、手下が次々とORDERに取り押さえられ回収される爆弾…

最後に残った爆弾をここで爆破させてやると息巻いているらしい

何故、殺連の施設ではなくここを選択したのか…匿名でタレコミがあったらしい【ORDERがプライベートでこのジムを使用している】と──

「おかしいだろ、ここに来ることはORDERメンバーにしか言ってねぇし…俺の正体が周りにバレたとも思えない」

「豹さんみたいに厳つい人もいっぱい居ますしね!」

「お前、遠慮なくなってきたな」

しかし、シンの言う通りである

二人がいるジム内には豹ほどの巨漢もいれば、南雲以上にエグい入れ墨をいれている者もいる

向こうも、豹を知っていれば一目見て分かる筈なのだが…

豹が視界に入ったであろう男は、気付くことはなく誰かをキョロキョロと探しているようだ

(俺を探してる訳じゃねぇとなると…)

一昨日の神々廻からの報告で、シンの正体が漏れている可能性があると言う情報が上がってきている

とにかく他のORDERメンバーを呼んで、自分達は帰ろうと豹が考えていると、男はマシンから離れどこかへと歩き出す

「あ!!」

「おい!何処に行くつもりだ!!」

「アイツ!ボイラー室に爆弾仕掛けるつもりです!!」

「ちっ、面倒なことになった…」

豹が止める間もなく駆け出すシン

男が消えた通路へと飛び込むと、廊下の突き当たりのボイラー室と書かれた扉を開ける瞬間だった。

走り込んできたシンの足音に気付き振り向いた男は、見付かったことに驚く表情を浮かべたが…爆弾の起爆スイッチをいれるとシンに向かって投げてきた。

投げ込まれたものをついキャッチしてしまったシンと…いつのまにか男の目の前に移動していた豹

正に瞬きの間に起こった出来事にシンと男が動けずにいると、豹は男をボイラー室の扉に叩きつけてていた。

『ぐっ!がっ!?い、つのまにっ!!』

「お前には聞くことが沢山あるみたいだなぁ?」

「ひょ、ひょうさん…!!」

「シン、残り時間は?」

「五分です…でも…」

「隣のスタッフ用トイレにでも投げ込んどけ」

「……手が離れないです」

「…は!?」

『それは俺が作った特殊弾なんだよ!コレを付けられた人間は爆発するまで離れられなくなるんだ!!』

「情報ありがとうよ、今聴くことはもうねぇし…うるせぇから寝てろ」

豹が男の首を軽く締めると、男は直ぐに落ち、豹はシンのもとに駆け寄った。

数字が動いているディスプレイとくっついているシンの両手…何度か外そうと引っ張るがしっかりとくっついているようだ

「何で持っちまったんだよ、お前は…」

「すみません!すみません!!」

「しょうがねぇ、ここで解除するぞ」

「ほ、本当にできるんですか?」

「コレでも爆弾解除は得意分野だ」

どこから取り出したのか細工道具が現れ、躊躇うことなくディスプレイのガラス面を外すとコードが飛び出し

豹は無数のコードを素早く切り離していく…まるで神業のように素早く、シンが見入っていると爆弾はあっという間に解除されてしまい

シンの手には爆発しない爆弾がくっつくだけとなっていた。

「す、スゴいっす!豹さん!!」

「手応えのない爆弾だったな、作りが簡単すぎる…さっさと外して飯行くぞ」

(本気で爆発させる気あったのかも怪しいな…)

すっかり伸びている男を豹が引摺り廊下から出ると、直ぐ側には殺連のフローターがすでに到着し、ジムに居た一般客は全員待避されていた。

少し離れた駐車場にはORDERの黒塗りのベンツが停まっており、豹はその中に男を放り込んでいる

シンの手に付いた元爆弾も用意されたお湯で簡単に外れ、やっと自由になった手を動かしていると、豹が戻ってきた。

「さてと、ここはアイツらに任せて俺達は飯食いに行くぞ…で?何が食いてぇんだ?」

「え?」

「組手の時、俺に両手出させただろうが」

そう言われ、シンは先程の受け止められた時のことを思い出した。

あれは自分の体勢が崩れ怪我をしないように受け止めるために出された手であり、条件には沿っていないように思えた。

しかし、豹は引く気はないらしくシンの食べたいものをどうしても聞き出そうとしている

「じゃ、じゃぁ……ラーメン食いたいっす…」

「ラーメンだな、美味いラーメン食いに行くか」

「本当にいいんですか?」

「男に二言はねぇよ、好きなだけ食え」

豹が連れてきたのは隠れ家的なラーメン店

おしゃれな雰囲気がある店だったが、提供されているラーメンはみな見映えもよく、店内にはいい香りを漂わせていた。

シンも口の中に溜まったよだれを飲み込み、何を食べようかとメニューを見ている

メニュー表に印刷されたラーメンを見る目はキラキラと輝き、好物を目の前にした子犬のようで…豹はメニュー表で自分の顔を隠して笑っていた。

「こ、このチャーシュー麺いいですか!?」

「結構量多いぞ?大丈夫か?」

「余裕っす!!」

二人の注文の品がテーブルに置かれ、シンは元気よく「いただきます!!」と手を合わせるとチャーシューを頬張った。

味がしっかりと染み込み肉厚なチャーシューとあっさりとしたスープの旨さに見えない耳と尻尾がピン!と立ったように見えた。

シンの反応が全て目に見える…

豹は口許を押さえ、自分の器の中のワンタンをレンゲに入れて「コレも食ってみるか?」とシンに差し出す

「いいんですか!?」と目を輝かせると、そのままレンゲを口に含んだ

「お前、南雲とも飯食いにいったりしてるのか?」

「行ったことないっす、っと言うか!アイツが勝手に家に来て惣菜広げるんで、勝手に食ってます!!」

得意気に言うシンに豹はもう耐えられなかった。

豹は「あっはっはっは!!」と豪快に笑い、シンは何故笑われているのか分からず不服そうな顔をし首を傾げる

あの南雲がシンをそこまで大切にしているのかと思うと、今のこの状況を見せてやりたくてたまらなかった。

きっとまた「泥棒ネコ!!」と言われるだろうが、それすらも気にならないほどの優越感だった。


………


夕食を終え、寮へと戻ってきた豹はシンをゲストルームへと通した。

今日は一日目と二日目以上に能力を使い、美味いラーメンも食べた…シンは豹に見えないように欠伸をすると目元を擦る

豹もそれを察し早々にゲストルームから出ると自室に戻り、今日の報告をあげるために端末を開いた。

その中にジムの襲撃犯の情報もあり、それに目を通す

Xとは関係がない組織だったと言うこと、そして、情報を提供してきた相手は海外サーバーを使い連絡を取ってきたと言うことだった。

もしかしたら、過去に坂本とシンが所属していた組織が何かしら絡んでいる可能性があるという

午後の差し入れのこともあり、豹は尋問官についてのプロフィールを取り寄せるように要請し

シンの報告をあげる…あまり写真を撮る習慣がないため添付できる写真は、ジムのウェアに着替えたシンとチャーシュー麺を美味しそうに食べている時の写真だけだったが

それを見た豹は思い出し笑いをし、たっぷりと笑ってから報告をあげた。




─コン、コン…─

シンが着替えているとゲストルームの扉がノックされた。

起きるのが遅くなったかと時計を確認してみたが、6:30だった…起きる時間はそこまで遅くないと思い扉を開ける

部屋の前には険しい顔をした豹が立っていた。

厳つい顔が更に怖くなっており、朝イチで出会う顔ではない

「ど、どうしたんですか?」

恐る恐る声を掛けると豹は「取り合えずリビングで話す、来てくれ」とシンを呼び、リビングの椅子に座らせコーヒーを差し出した。

シンはそれを受け取り一口飲むが、苦さに顔を少し歪ませる

「牛乳は冷蔵庫に入ってる」

「はい、いただきます…」

牛乳を三分の一程入れたのを見た豹は、やっとこの時間に呼び出した理由を話し出す

シンの前に一枚の履歴書を差し出してきた…そこには一日目、二日目、三日目と尋問を担当していた【陣門】だった。

この履歴書はなんなのか?と首を傾げていると、豹は「こいつは死体で見つかった。」と告げた。

「え!?」

「死後一週間が経過…地方の林に捨てられていた。頭部の破損が酷く、報告が上がってくるのが遅れたらしい」

「待ってください!でも、陣門さんは昨日も居ましたし…それに、死後一週間経過ってことは──」

「ああ、最初からアイツは偽物だったと言うことだ…容疑者のリストもなにかしら細工されてただろう」

リストと言われ、椅子から立ち上がったシンは荷物の中に入れていた二日目のリストを取り出した。

どうやら、研修と言う立場で居るシンと違いORDERメンバーは事前にリストを配られていたらしい…

二日目の大佛のリストを黙って持ってきてしまっていたが、シンはもう一度確認する

既に破棄した筈のリストを何故か持っているシンに豹も「おい、それは…?」と声を掛けた。

「あの!豹さん、事前に渡されるリストって変更とかって入りませんでしたか?」

「そう言うことか、あぁ…くそ……一日目と二日目と三日目…変更が入って当日に新しいものと交換されてる──機密事項のため回収されたリストは更新が入ったら廃棄処分だ」

「…じゃあ、証拠になりそうなのってコレだけっすか」

「は~、やっぱりこの間のゴタゴタで大分入り込まれてるな」

面倒くさそうに頭を掻く豹は、リストの事をORDERメンバーに送り情報科の人員の見直し要請を送るが…先程の【大分入り込まれてるな】の言葉を考えるとあまり信用性がないのが懸念された。

【本物の陣門】の死体が見付かってから偽物の捕縛のため殺連内部で捜索がされたが、捕まえることができなかったらしい

三日間、シンとORDERメンバーが何処に行くのか見かけていた偽者が情報を送っていたのは明らかだろう

そして、問題は本日の尋問についてだ

「今日の尋問の聞き取りはない」

「そうなりますよね…俺どうしてればいいですか?」

「本来なら今日は篁さんが付くことになるんだがな…あのじいさん、神出鬼没でこっちで場所把握すんのも大変なんだよ」

「…たぶん、今日は浅草にいそうな気がしますけど」

「あ?どう言うことだ?」

「昨日、人形焼き食いたいって思ってたから…人形焼きっていったら浅草っすよね?」

「まぁ、そうだろうが…シン、お前…篁さんが何言ってんのか分かるのか!?」

「言ってることっていうよりは思考っすよ?」

牛乳を継ぎ足したカップを傾け、ぬるくなったカフェオレ擬きを飲んでいると、不意にシンが玄関の方を眺め「あれ?」と声を出した。

「どうした?」と聞くより先に豹も立ち上がり、玄関の様子を見る

気配がしているが人物まではっきり見えてこない…今はある意味、内部でも信用ならない緊急事態だ

朝食やクリーニングされたスーツを持ってくるルームサービスならまだしも、敵やも知れぬ気配に豹が警戒をして居ると、シンが不用意に前に出て玄関を開けてしまった。

「おい!!」

「あ!やっぱり、おはようございます!篁さん!!」

「なに!?」

シンの向こうに居たのは篁だった。

刀を片手に持ち、やはり何を言っているか分からない独り言を呟き続けている

それでも、シンは思考が読めるためか「はい!分かりました!!」と元気よく挨拶をすると荷物をまとめ始めた。

「なんと?」

「今から出掛けるから運転してくれって言ってます、やっぱり浅草に行きたいらしいっす!」

「篁さんは…いつも何考えてるんだ?」

(ある意味、シンがいたら篁さんとのコミュニケーション一番取りやすいんじゃないか?)

「篁さんの思考は鏡面反射みたいっすよね~

何時もは静かなんですけど、何か刺激があると何処までも響き渡る感じで…ん〜、説明難しいなぁ?」

(わかるようで分からん…)

篁の思考について独特の表現を使って説明をしたシンだったが、豹にはピンと来なかったようだ

自分の荷物をまとめ終え、振り返ったシンは「それじゃあ、行ってきますね!」と声をかけ、篁とともに豹の家を出ていった。

見送った豹は少しの寂しさを覚え、残っていた自分のコーヒーを飲み込んだ


………


「車の運転はいいんすけど…俺、殺レンの登録ないんで借りれないですよ?」

「……」

「え!?もう予約してるんですか!?」

殺連支部の廊下をシンと篁が歩いていた。

端から見たら、ただのお爺ちゃんと孫である

篁はシンに殺し屋レンタカーの登録証を渡し、早速取りに行くように言っているようだ…口は動いているが誰からも聞き取れない言葉は、思考としてシンに聞こえているらしい

登録証を持ち受け付けに行くと、まさかのBMWが出てきたためシンは思わず「え”っ!?」と声を上げ、篁と車を何度も見比べた。

その間も篁は助手席に乗り込み、早く乗れっと言うようにジッとシンを見詰めている

待たせるのも悪いと思い運転席に乗ると、シートベルトを締めエンジンをかけ

車は快調に走り出し、殺連支部を出た。

「下道で行きますか?首都高で行きますか?」

「……」

「下道っすね!了解です!!」

シンは坂本商店でもバイクの運転や車の運転を担当しているお陰か、車の運転は、急発進!急停車!急ハンドル!がなく、篁も快適そうだ

運転の腕を誉められ満更でもないシンも「そ、そうっすか?///」と照れてはにかむ

車は渋滞にはまることもなく、8時半頃には目的の駐車場に到着していた。

「…本当にここで良かったんですか?」

「……」

「まぁ、確かに…支部にいても外にいても危険性は一緒ではありますけど…」

エンジンを止め数秒後、シンは篁に聞いた。

今朝、豹が言っていた通り…殺連は今、疑心暗鬼が渦巻く混沌の状態だ

あのままシンを殺連の敷地内に置いていては危険だろうと判断した篁は、こうしてシンを外へ連れ出した。

車から降り、伸びをしたシンは朝の空気を取り込んだ…まだ車も少ないため排気ガスの臭さはなく、とても清々しい

それを隣で見ていた篁は、ゆっくりと歩き出し寺の敷地内を散歩し始めた。

シンもその後を追い、キョロキョロと周囲を見渡す…観光地として有名な場所だったが、シンは一度も来たことのない場所に目を輝かせている

名物の大きな提灯に「おぉ…!」と感心していると、篁は提灯の近くに立ち刀の柄で底を見るようにと指した。

身を屈めて覗き込むとそこには竜の木彫りがあり、シンは「すげぇ!かっけぇ!!」と屈めていただけの体勢をしゃがみこんでしっかりと観察していた。

「何で提灯の下に竜が彫ってあるんですか?」

「……」

「へー!この竜って寺の守り神なんっすね~、竜神?って言うんですか?」

人も少ないため、こうしてゆっくりと見学をすることができる

一般知識は問題ないシンだが、世間知らずなところもあるため、こうして篁に教わるのは素直に楽しいのだろう

昨日、自分のことを叱ってくれた事と云い年の功と云い…シンは篁を一目置いていた。

坂本とは違う殺しの雰囲気…殺し屋としての全てを持った人物…そんな気がして惹かれている

「……」

「生まれ年ですか?俺、2000年生まれっす!」

「……」

「ホントだ、すげぇ!竜と辰だ!!」

篁の思考はシンにしか伝わらないが、シンがしっかりと反応し返事を返していく様は、微笑ましい光景に見える

篁はシンを立たせ参道を進んでいく、まだ時間が早いためか開いている店は少ないが【焼きたて人形焼き】とノボリが出ている店を見付けたシンは、篁の袖を少し引き「篁さん!人形焼きありますよ!!」と声を掛けた。

【焼きたて】という文字が気になったのかシンは、少し早足で店の前に立つ

─カチャン!カチャン!─と音を立て動いている人形焼きのマシーンに興味津々だった。

「……」

篁は財布を取り出し、焼きたての人形焼きが入った紙袋を購入した。

袋から一つ、シンへ渡すと自分も一つを口に入れている

「いいんですか?」

「……」

「はい!いただきます!」

温かい人形焼きを頬張る

出来立ての温かさと甘さにパッと顔が輝いたシンに、篁は二つ目の人形焼きを渡した。

他にも、あげ饅頭や団子に名物の雷おこし…時間が経つにつれ開店し始める店にシンは参道を見回す

殺し屋に拾われて生きていた時間が長く、ろくに観光などをしたことがなかったシンにとって浅草散策は、見るもの全てが新鮮だった。

少し人が増えてきたため、篁はシンの肩をポンと軽く叩くと藤棚のベンチへと移動した。

時期が過ぎてしまっているため藤の花は咲いていないが、休憩をするにはいい場所だ

ベンチに座った篁にシンは近くの自販機でお茶を買ってくると声を掛け、藤棚の目の前にある自販機で緑茶を二本購入し

その途中、石が積まれたモノに気が付いたシンは、不思議そうに見詰めながらお茶を両手に篁の元に戻ってきた。

「篁さん、アレなんっすか?」

「……」

「え!?あれって井戸なんですか?」

「……」

「ちゃんと水出るんですか!ちょ、ちょっとやってきていいですか!?」

井戸へと駆けていくシン

早速レバーを上下に動かすと─ごぽっごぽっ─と音を立て水が上がり、口の部分から水が出てきた。

「すげー!すげー!」と喜んで居るシンは、水に手をつけようと伸ばすが…汲み上げ式の井戸の構造がいまいち分かっていないのか

レバーから離れ手前に出ても水が止まる

「あれ?」と首を捻るシンの元に篁がやって来ると、レバーを上下に動かした。

「……」

「あ、あ~…なるほど、それってそういう仕組みなんっすね……水、冷たくて気持ちいいです」

篁からポンプの構造を読み取ったのか、シンは自分の知識不足に少し頬を赤らめながら水に手をつけた。

汲み上げ式の水は温度調節もないため冷たい

しばらく手を流していると、子供が寄ってきた…篁がレバーから離れベンチに戻ると、子供はオモチャを扱うようにレバーを動かす

シンも立ち上がり少し横にずれてやると、子供は先程のシンと同じように水に手をつけようと手を伸ばした。

そして止まる水…二度目はもっと出るようにと勢いよく動かすが、出ていた水がピタリと止まるため「なんで~?」と首を傾げていた。

先程の自分とまったく同じ行動にシンも微笑ましくなり

レバーを動かしながら、篁に教えて貰ったばかりの構造を簡単に話した。

『にーちゃんすげー!!ものしりー!!』

「ぷっ…あははは!だろー?」

『ぼくねー!いま、とーちゃんとかーちゃんとおとうとときててー』

「そうだったのか、父ちゃん達どこいんだ?一人で歩き回ってたら迷子になっちゃうぜ?」

『…あれ!?ほんとうだ!!』

子供は一人、キョロキョロとしている

シンはしゃがみこみ、視線を会わせると子供の家族を一緒に探してやった…思考を読み両親の服装に合う人物を探す

なんてことはない、その子の家族は目の前のあげまんじゅう屋で饅頭を注文しており、ベビーカーに乗っている弟は、兄に気付いているのかオモチャと手を振っていた。

「なんだ、目の前いんじゃん」

『あ!ほんとーだ!!』

「人が多くなってきたから、あんまチョロチョロすんなよ~」

『わかった!!じゃあねー!にーちゃん!!』

しっかりと子供が家族の元へ戻るのを見送り、シンは篁の隣へ腰かける

先程の一連の流れを思い出して和んでいると、不意に篁の手がシンの頭を撫でた。

「……」

「え!?いや…そんな…だ、だって…こんな広いところで迷子になったら…悲しいじゃないですか、せっかく始めて来た場所なのに嫌な思い出になっちゃったら嫌ですもん」

「……」

「そ、そんな子供扱いしないでくださいよ…」

恥ずかしそうに顔を赤くさせたシンに人形焼きの袋を持たせ、篁は静かに参道を眺める…シンも貰った人形焼きを食べながら参道を眺めた。

少し風が吹き、藤棚の葉が─サァアア…─と葉が擦れる音を奏でゆっくりと時間が過ぎていく

そうしていると自然に気配を消してしまうのは、殺し屋の性か…

気配を消していたが、観光客の手がシンの肩に当たりそれは途切れた。

─どんっ─

「いてっ」

『きゃ!あれ!?ご、ごめんなさい!気付かなくって!!お怪我ありませんか?』

「大丈夫っす!ちょっと当たっただけなんで!」

『本当にごめんなさい!』

ペコペコと頭を下げて観光客は離れていく

まさか、人に認識されない程上手く気配を消していたのかと思っていると篁がスッと立ち上がった。

何やら行く場所があるらしく(時間になったから…)と言う思考が流れ込んできた。

特に何処へ行くのかと聞くこともなく、シンは大人しくその後をついていく

先程よりも人が増え少し頭の痛さを感じていると、篁はドンドンと人気のない路地裏へと入り込み…一件の民家の前にたっていた。

「ここ、普通の家っぽいっすけど…」

「……」

「刀の打ち直し?…鍛冶屋なんですか!?こんな普通の家が?」

─ガラガラ─と引き戸を開け中に入ると、小上がりと囲炉裏…木造の小箱のようなタンスが壁一面に広がり

田舎の家という雰囲気があり、鍛冶仕事の音どころか熱すらも感じない

ポカーンと口を開けたままのシンをよそに、篁は小上がりの端に少しだけ見えている紐を引き、囲炉裏にかかった鉄瓶を─カンカン─と二度叩く

少しするとどこかのタンスから─カタン─とナニかが落ちる音が聞こえ、シンは我に返った。

篁は音がしたタンスを引き、中身を取り出す…その手の中には赤い札が握られており

札を隣のタンスへ入れると─ガコッ─と音を立てタンスの一部が反転した。

「え、ぇええっ!?」

篁は驚いているシンを促すように反転したタンスを押し開ける

まだ呆然としていたシンだったが、促されるままに絡繰り仕掛けのタンスを潜ると老人が一人カウンターの前に座っていた。

昔かたぎの職人のような風体とカウンターの奥にある大きな炉、まさに鍛冶師そのものに見えた。

(あ?なんだこのガキは…得物の雰囲気もねぇ…冷やかしなら金床でぶん殴るぞ)

まとう雰囲気も堅気には思えない…シンは、おずおずと篁の後ろに隠れる

老人は入ってきた篁を見るなり、座っていた丸椅子から立ち上がりカウンター側に回ると『拝見いたします。』と声を掛けた。

篁も持っていた刀をすぐに渡し、座布団が敷かれた炉が見える小上がりに腰かけた…どうやら篁はこの鍛冶屋の常連のようだ

シンはどうしようかとキョロキョロしていると、篁が隣の座布団を叩いた。

「あ、えっと…失礼します」

ちょこんと静かに座ると、店主は刀の刀身を眺めて傷や刃零れの具合を見ているようだった。

『篁さんともあろう方が、刀を刃零れさせるとは…今回は何を叩き斬ろうとしたんで?』

「……」

『最近は鋼も質が悪くなったもんだ、刀なんかは直ぐに出る…こりゃ二時間程かかるが、どうする?』

店主が篁へ聞く、篁はシンに(何処か行きたいところはあるか?)と聴いているが…シンは首を横に振った。

フッとエスパーの範囲を広げて外の方へ集中すると、観光客が増えた浅草はあっという間に思考の渦が巻き起こっており

いつもの坂本商店付近とは比べ物にならない人の多さに、シンは一気に外に出る気がなくなってしまった。

─にゃあ─

大人しく炉を眺めていたとき、シンの足下で猫が鳴いた。

何かと思い視線を下げると、真っ黒の毛玉の中から金色の瞳がシンをジッと見つめ前足でチョイチョイと突付いていた。

赤色の首輪に金色の小さな鈴をつけたクロネコは額をゴツゴツとぶつけ、甘えているようだった。

「あ、ここお前の座布団だったのか、ごめんな?」

─なぁ~ぉ─

「まぁ、いいけど…爪は立てないでくれよ?」

何やらシンと猫が話し終え、猫がぴょん!とシンの膝の上に乗りグルグルと回ると、やっと落ち着いたのかドテッとふてぶてしく座った。

ゆっくりと毛繕いし大きく欠伸をすると、撫でろと言わんばかりに猫はシンにすり寄り

シンも要望通りに撫でているのか、猫は上機嫌だ

『クロが男に甘える日が来るなんてな…

ソイツ、オスなんだが、スケベ心でもあんのか男客には慣れねぇどころか姿すら見せねぇんだよ…篁さんもソイツに会うのは初めてだろ?』

─にゃ~ん─

『大層気に入ったようだな…悪いけど気がすむまで撫でてやってくれねぇか?』

「いいっすよ~あと、コイツ…おっちゃんが男客相手すると時間かかるから男客が嫌いらしいっすよ」

『知った風に言うなぁ?…まぁ、確かに…どうも野郎と話すとなると長くなっちまうなぁ、わかった、今度から気を付けよう』

刀を打つ音がこだましていく

─カン、カン、─と金属同士がぶつかる音は高音で耳につくが、一定のリズムで叩かれる音は聴いていて嫌な気はしない

シンはネコを撫でながら篁を見ると、鍛えられている刀を見て心から楽しみにしていることがうかがえる

鏡面反射のようだと例えた思考の中に、桜の花びらがチョンと落ち…ゆっくりと波紋が広がっていくような──そんな気がした。

(…ああ、なんか、いいなぁ)

炉の熱の温かさと、ネコの柔らかさ、読み取った思考の穏やかさ…

全てがこの空間のために有るようで…ウトウトとし始めたシンは、いつのまにか眠っていた。

─トン─と背中にかかった重さに気が付いた篁が振り向くと、寝息を立てるシンが寄りかかっていた。

連日続いていたエスパーの力を使った取り調べは、やはり本人も気付かぬ内に疲労として溜まっていたようだ

自分の背中からずり落ちしそうになっていたシンを支えた篁は、ゆっくりと床に寝かせジャケットを掛けてやった。

ネコもそのジャケットの中へいそいそと入っていくと─ぷぅ…ぷぅ…─と寝息を立てる

掛けたままの伊達の丸眼鏡を外し、頬にかかった髪を掬い耳にかけてやれば、まだまだ幼い寝顔がそこにあった。

『おりゃあ、アンタに孫が居るとは知らなかったよ…いい子そうじゃねぇの、爺の散歩にも付き合ってよぉ』

「…あぁ、そうだな、自慢の孫だよ…お人好しで…危うくて…どうも放っとけねぇ」

『はっ、目に入れても痛くねぇってか…とんだ孫自慢だよ、指に銃タコがあるが孫も殺し屋かい?…こんなかわいい孫に人殺しさせる爺もひでぇもんだ』

「もう殺しはやらんのだとよ…爺もそうしてくれる方がいい

…コイツは覚えてねぇだろうが、昔に見掛けた時──殺してやった方がこの子の為なんじゃねぇかと思ったときがあった。」

『なんだい、篁さんが昔のこと語るなんざ…今日は空から刀が降るかね?』

「爺の昔話を茶化すんじゃねぇよ…

目の前でガキが殴られるのはいつ見てもいい気はしなかったし……あん時のコイツは、生きては居たが死んでたなぁ、野良犬みてぇに死なねぇために飯をくって働いてた。

俺が勝手に憐れんで砂糖菓子をやった時に懐かれたが、直ぐに別の仕事が入って別れちまった。

別れ際の顔が今でもこびりついていけねぇ…泣きながら縋られてたのに何もしてやれんかった。」

『爺が後悔し始めると死期が近くなるぞ?』

「何を今更…俺もおめぇも、世間様じゃ亡霊扱いよ……今こうしてコイツが泣かずにお天道様の下歩けるなら、爺は亡霊として地を這うまでよ」

『亡霊ねぇ…俺から見りゃ、今のアンタはただの孫可愛がる爺さんだよ』

「そうか…そうだな…、あぁ、お前が言った通り──目に入れても痛くねぇ可愛い可愛い孫だ」

形のいい丸い頭を撫でてやると、シンの口許がモニョモニョと動く

篁はそんなシンを眺め、フッと小さく笑うのだった。


………


初めて食べた綿あめはいつだったか。

殺し屋に拾われて、死なないように生き残るために必死だったあの頃

いつものように一人で渡されたコンビニの握り飯を胃に詰め込んでいたとき、誰かが差し出してきた。

(近くで縁日があった。)

その人は、綿あめをくれた。

初めて見た白くてふわふわしたソレは、見上げた空に浮いていたあの白い雲にそっくりだった。

投げ付けられるように与えられたものとは違う甘くて美味しいソレは、以来好物になった。

顔も名前も覚えていないが、その人は、その後数日…昼食時に一緒にいてくれた。

何故いなくなってしまったか、当時の事はなにも知らない

「まって!おいてかないで!!」

ワガママを言い縋ってはみたが、その人も仕事だった…決して悪い人ではなかったその人は

(お前がでかくなったら…また会おう、こんな所で死ぬんじゃねぇぞ)

優しく頭を撫でてから、その人は去ってしまった。


………


─ザリッザリッ─と紙ヤスリが手の甲を撫でる

ソレは生暖かく柔らかい

何度も同じところを舐めとるため、いい加減手が痛くなってきたシンは、ゆっくりと目を開けた。

寝惚けた視界の先の炉には火が入っていない…

シンが起きた事に気が付いたネコが─にゃあ~─と鳴き額に擦りついた…瞬間ガバッと起き上がった。

「ご、ごめんなさい!俺、寝ちゃってっ!!」

掛けられていたジャケットが膝の上に落ち、周囲を見渡すと篁と老人は真剣に打ち上がったばかりの刀を見ていた。

時計を見るとちょうど二時間が経過している

シンが起きた事に気が付いた篁は刀を鞘に納め、少し寝癖のついたシンの頭を撫でてやった。

『起きたかガキ、クロ起こしてくれてありがとよ』

─ぅにゃん─

「あの、篁さん…ジャケットありがとうございました…」

「……」

「あ、はい!昼飯ですね、分かりました!」

ジャケットを返すと、篁は絡繰りタンスを潜っていく

シンも急いで立ち上がり、いつの間にか外していた伊達眼鏡を掛けなおすとクロネコを優しく撫で、店主に頭を下げて後を追った。

ちょうど昼時となった浅草は人通りのピークを迎えており、観光客の声や店寄せの声などが彼方此方から上がる

ここをどう突破しようかと考えていると、篁がシンの額を撫でた。

「俺の頭ん中だけ見て歩けるか?」

「え!?はい、出来ますけど…」

突然額を撫でられたことにも驚いたシンだったが、普通に声をかけられたことにも驚いていた。

篁の意識に集中し後をついて歩く、周囲は見えているが余計な思考の声は聴こえてこない…

シンは、ホッとしながら車を停めた駐車場に到着し、乗り込もうと近付く

しかし、篁が何かに気が付き、シンを押し退けるとレンタカーを一刀両断にした。

車は不自然に爆発し、近くに停まっていた車も巻き込んで爆炎を上げている…爆弾を仕掛けられていたようだった。

篁はシンの腕を掴み立ち上がらせると、自分の後ろへと回す

「爆弾!?」

「昨日の残党だな…シン、俺だけを見てろ」

「はい!………──はい!?」

訳がわからず聞き返したシンだったが、篁から返事が来ることはなかった。

ならばと、言われた通り篁の動きに集中することにした…数秒後、シンは篁が言った意味を理解することとなる

シンの探知範囲外から撃ち込まれる弾丸に篁が反応し、弾を叩き斬るが──シンには篁が操る刀の刀身をとらえることができなかった。

篁の動きの邪魔にならないようにと動くことにより、刀に当たらずに済んでいる現状に、少しでも集中を切らすこともできない

「ったく、飯の時間過ぎちまうだろうが…シン、跳べ」

何をするつもりかは分からないが、言われた通りにその場でジャンプをした瞬間…

篁に足元を掬われ、肩に担がれていた。

「また!?」

デジャブを感じながらシンが声をあげると、篁は足元のマンホールの蓋を切り着けた。

(ちゃんとくっついてねぇと顔無くなるぞ)と忠告され、シンは篁にしがみつくと浮遊感と共に二人は、マンホールの下へと落ちていく

篁は鞘を壁に突き刺し勢いを殺すと、ゆっくりと下水の床に足を着けシンを担いだままスタスタと歩き出した。

「篁さん!歩けます!俺歩けますから!!」

「……」

「靴ぐらい汚れたって問題ないじゃないっすか、そんなこと言ったら篁さんの靴だって汚れちゃいますよ!」

「……」

「ひっ!!何でみんなして俺を脅すとき殺してくるんっすか!?」

「……」

「三枚卸しに殺してくる奴なんて篁さん以外居るわけないじゃないっすか……うぅ、分かりました…大人しくしてます」

しばらく下水道を歩いていると、横道に逸れた。

すると、道の雰囲気が変わり下水が流れる道とは違う道が現れ、やっと肩から降ろされたシンが立つと靴の音が響く…どうやら広い空間のようだ

トラック二台が並走してもあまりそうな広さのトンネルにシンが唖然としていると、篁は「行くぞ」と声を掛けた。

離れないようについていく…どうやらここは殺連の地下旧道らしい

昔は交通の便があまり良くなかったため作られた道だと言う…篁曰く本部にも情報は残っていないため、当時使っていた者以外この場所の存在を知らないと言う

「殺連の旧道…広いっすね~…」

暗闇に目が慣れたとは言え天井付近までは見えない

見上げていると、シンの腹から─くぅ~…─と腹の虫が鳴く音がした。

小さな音だったが、広いトンネルの中をシンの腹の虫の音が響き渡っていく…恥ずかしさに顔を押さえ「すんません…」と小さく謝った。

「……」

「大丈夫っす…全然我慢できます…」

広い旧道を歩くこと30分程

前を歩いていた篁は足を止め、刀でコンクリートの壁を突く

ゆっくりとコンクリートの一枚が奥へと押し込まれていき、上へ延びる梯子が姿を表した。

篁とシンはその梯子を登り、蓋を押し開けた篁は周囲の気配を探った後、シンを引っ張りあげ蓋を閉めた。

何処かの路地裏のようだが人の気配も全くなく、シンはどこら辺だろうかとスマホで位置を見ようとした瞬間

数十件の着信を受信し始める

どうやら旧道は電波などを全て遮断していたらしく、着信履歴は全て【南雲】で埋め尽くされていた。

「うわ、なんだこの量…三十秒に一回ってどんだけだよ」

着歴の数に引いていると電話がかかってきた。

あまり出たくはなかったが、心配を掛けたのかと申し訳なくなり…通話ボタンを押した。

『も~やっと出てくれた~』

「いや、お前かけすぎだって…着信履歴ほとんど流れちまったじゃねぇか」

『こっちは豹から、篁さんと浅草観光に行くってしか報告受けてないんだから…いきなりGPSも発信器も切れちゃったら心配するに決まってるでしょ~?』

「あ~…えっとそれは~…」

チラリと窺うようにシンが篁を見るが、篁は首を横に振る

旧道に関しては誰にも言うなと言うことらしい…

「いろいろあって…その~…」

『…ホントにシンくんは嘘が吐けないね~

まぁ、いいや、篁さんに口止めされてるんでしょ?言わなくていいよ』

「むぅ…」

『ま、こっちとしてはGPSと発信器復活したからいいよ~』

「えっと、なんか…わりぃ…」

『はいはい、あと、篁さんに残りは処理したって言っといて?』

「処理したって言えばいいんだな?分かった」

『よろしく~…あ、そうだ!シンくん……愛してるよ♡』

「は!?ぇ、え?」

『じゃ~ね~♪』

あの着歴の数からとは思えないほどのアッサリとした会話にシンが拍子抜けしていると、篁は歩き出しており

その背中を追いながら南雲からの伝言を伝えると、電柱にかかれた住所を確認した。

【骸区】…死体が上がる件数は歴代トップだが、篁とシンの間を走っていく子供も多く、それだけで治安のいい地区だと言うのが直ぐわかる

そして、篁とすれ違う人達の反応だ…篁は名物じいさんなのか、皆思い思いに篁を気遣い声を掛けてきた。

この人が殺連直属のORDERだと言うことは、皆知らないのだろう

(テレビでよく見る名物じいちゃんって感じか…刀引っ提げてるけど)

広場を少し過ぎると、篁は足を止め「ここで、食っていくか」とシンを手招きした。

昔ながらの洋食店、ドアを開けると─カラン、コロン─と心地のいいベルの音が二人を迎える

年期の入ったメニューを眺め、キラキラと目を輝かせたシンはどれを食べようかと悩み、ミートスパゲッティとコーンスープを注文した。

具だくさんのミートスパゲッティーとコーンスープを「美味い!美味い!」とあっという間に平らげ、篁もピザトーストを食べ終わるとお勘定を終えた。

「…美味かったか?」

「はい!うまかったっす!!」

「そりゃ…よかった…」

頭を撫でられニッと笑う顔は、成人済みの男性とは思えないほどあどけなく愛嬌がある

篁は心の底の古傷を抉るような感覚に、少し笑みをこぼした。

「……」

「え、支部に今から?大丈夫っすかね?」

「……」

「残りってそういうことですか!?まぁ、戻れるんだったらいいと思いますけど…」

大通りに出ると、篁は軽く手を上げた。

それを見付けたタクシーがスッとその前に停まると、二人は後部座席に乗り込む

運転手に場所を尋ねられ、篁は殺連支部の住所を告げる

シンが流れていく風景を眺めていると、あの大きな提灯が見え、それを視線だけで追った。

「あの、篁さん…浅草楽しかったです、ありがとうございます!」

「……」

「縁日もあるんですか?今度は縁日がある日に来ましょうよ!俺、綿あめ好きなんです!」

「……」

「え、綿あめが好物って変わってますか!?」

「……」

「好きになった理由っすか?ん~…いや、昔語りになっちゃうんで、あんまり長くは話せないんすけど…──思い出の味?って感じです」

「……」

「確かに、もっと美味いもの有るかもしれないですけど…初めて人から貰ったモノで……だから、ずっと好物です!!」

もう何度目になるのか、篁はシンの頭を撫で頬笑む

頭を撫でられながら照れ笑いを浮かべたシンは、ビルの向こうに沈み始めた夕日を見て(いい一日だった。)と微笑んだ


………


ORDERの寮に来たシンは身一つの状態だった。

何せ昼間に爆発したレンタカーにスーツ以外の日用品を入れた鞄を積んでいたため、全て爆発に巻き込まれてしまった。

備品があれば其を使わせてもらおうと気楽に考えていると、篁は一室の前に立ち、刀の柄で

─ピンポーン!─と軽快にチャイムを鳴らした。

「……」

「え、ここ篁さんの部屋じゃないんですか!?」

篁の思考にシンは驚き、部屋から一歩下がると…こちらを伺うようにゆっくりと扉が開いた。

そこにいたのは、派手なTシャツにハーフパンツと…リラックスモードに着替えていた南雲だった。

「え、篁さん…?シンくんも何でここにいんの?」

「俺は用事がある、南雲…お前ェ…明日担当だろ、このまま面倒見ろ…」

「はぁ、まぁ…わかり、ました?というか、めちゃくちゃ普通に会話してる」

「え?え?」

「シンと懇ろの関係なのは知っとるが、明日もあるのを忘れるな……泣かすようなことがあれば叩き斬るぞ」

「ちょ、勘弁してくださいよ…」

色々とつっこみを入れたいところではあったが、篁はそれすらも置いていくように去ってしまい

南雲の部屋の前で、取り残されたシンは放心状態だった。

「シンくん、取り合えず家に入ろうか?」

「あ、あぁ…うん…」

玄関に入ってからもシンはこの状況を飲み込めていないようだったので、南雲は目の前で手を叩いてやった。

やっと我に返ったシンが南雲を見上げると、南雲はニコーっとわざとらしく微笑み「いらっしゃ~い」と茶化すように両手を広げる

何時もなら「ふざけんな!」等の暴言が返ってくるところだが

シンは素直に腕の中に入ってきたので、迎え入れた筈の南雲の方が固まっていた。

「え~っと、シンくん?大丈夫?」

「なぁ、南雲…」

「あれ~?無視?まぁいいや…なぁに?何か聞きたいことある?」

「…ねんごろ?ってなんだ?」

「君、この状況でソレ聞く?」

南雲の腕から抜け出し、シンは辺りを見回す…神々廻、大佛、豹の家には何かしらの生活感がある部屋だったが

南雲の部屋は生活感がない、もしかしたら、あまりここには帰ってこないのかも…と予想した。

「今日もいろいろ大変だったみたいだね~、レンタカーに爆弾仕掛けられちゃったんだって?」

「それは篁さんが斬っちまったし!凄かったなぁ、マジで一途両断だった!!」

「あの人ほんとヤバいね〜取り合えず服着替える?スーツのままじゃリラックスできないでしょ?」

南雲に手を引かれながらリビングに上がり込むと、やはり物はなかった。

部屋に備え付けの家具だけが真新しい状態で鎮座している

シンがそれを不思議そうに見ていることに気が付いた南雲は「僕、あんまり此処使わないんだよね~外に家有るし」と説明をする

ならば、なぜ今日は此処に居るのかとシンが聞き返すと

「だって明日はシンくんここに泊まりに来るでしょ?

掃除くらいはしとこうかと思ってたんだけど、掃除する前に来ちゃったかさ~」

「お前、掃除とかできんの?」

「フローターでバイトしたこと有るし、この間の尋問室だって僕が掃除したんだよ?」

「あの尋問室に関しては、自業自得だっただろうが」

「も~辛辣だな~……あ!!お風呂にする?ご飯にする?それとも…わ・た・し?♡」

「シャワー浴びてくる」

「わ~、往年のギャグをスルーされた~」

シンのジャケットを回収した南雲は「明日のスーツは?」と問い掛けた。

「殺連クリーニングに預けてる、朝のルームサービスの時に持ってきてくれんだよ」

「なんかだいぶ使いこなしてるね~」

「……で、どこまでついてくんのお前」

話ながらバスルームまで来たシンと南雲

シャツのボタンに手を掛けたところで振り向いたシンが南雲を睨み付けると、南雲は「ちぇ~」と言いながら脱衣所から出て行った。

数分後…シャワーを浴びたシンがバスルームから出てくると、着替えが置かれていた。

バスタオルで身体を拭き、用意されていたスウェットに着替えるが袖も裾もあまり、下唇を噛んだ

…明らかに南雲の服のサイズである

そのくせに、用意された真新しい下着はシンのサイズにぴったりだった。

「上がった~?」

「他のサイズの寄越せ!!」

「ざんね~ん、そのサイズしかないんだな~」

「嘘つけ!!下着はサイズ違ったぞ!!」

「下着は各サイズアメニティーとして用意されてんの、だからスウェットはそのサイズだけ……ぷぷっ!ブカブカだね~」

「もういい!捲れば問題ねぇ!!」

三、四回スウェットの裾を折り、腕を捲るとシンは肩を怒らせながらリビングへと向い不貞腐れるようにソファーに腰掛けた。

南雲はテーブルの上に用意したチラシを一枚手に取り、その背中に声を掛ける

「シンくん、ご飯まだでしょ?」

「……」

「あらら、も~…分かりやすく拗ねちゃって~、ん~…じゃあ今日はピザにしようか」

「……ピザ」

「どこが良いかな~?ピザーラ?ハット?ドミノ?へ~個人店とかもあるんだ~」

拗ねた背中にわざと聞こえるように声を掛けていくと、反応したシンが少し振り向いた。

数枚のチラシをシンへ向けた南雲がバサバサと音を立てて見せると、シンはソファーから立ち上がり、ソロソロと南雲のもとへ近づく

やはり人間は、三大欲求に抗えないのだろう

「シンくんはどこのお店がおすすめ?」

「ん~…」

真剣に悩むシンの横顔を覗き込み、南雲は見られないように微笑むと少し湿っている髪に軽く触れた。




「ん…」

カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めたシンは、ベッドの中で延びをした。

すぐ隣には南雲がいる…シンが起きた気配に気付いている筈だが、狸寝入りを決め込んでいるらしい

このまま絡むと面倒くさそうだと思っていると―ピンポーン―とチャイムが鳴った。

ルームサービスとクリーニングに預けているスーツが届いたのだろう

布団と南雲の腕から抜け出し、ペタペタと足音をさせてシンは玄関を開けた。

「はーい」

『南雲様、朝食とスーツを……っ!?』

スーツを届けに来た人物は―ギョッ―と目を見開き、ここが南雲の部屋かどうかを確認しているようだった。

思考が読めるシンにとって、何をそんなにあわてふためいているのかと首をひねっていると…その視線の先に気が付いた。

ブカブカのスウェット、下は裾を折るほどあまりがあった…と、言うことは、胴廻りもユルく直ぐに脱げてしまいそうになっていた…

そんなスウェットの下は今ベッドの上で留守番をくらい、ユルく太股まで隠したスウェットの上は…──シンが何も穿いていないように演出するには十分だった。

スーツを持って来た人物は(何も見ていません!!)と目を反らすが、これではまるで痴漢ではないかと…

「ち、違うんです!ちゃんと穿いてます!!」

『分かりました!私たちは皆様の守秘義務にしたがいます!!』

ささっと朝食とスーツを渡して来た人物は、訂正する暇もなく早足で部屋の前から消えてしまい

スーツを抱えたシンは、早朝から早々にやらかしてしまった。

「くはっ!!あはっ!!あははははは!!」

寝室から笑い声がしている

朝食とスーツを抱え、リビングに戻ってきたシンが声のする方を見るとシンが履いていたスウェットの下を南雲が抱えていた。

そう、この男は分かっていてシンを玄関へと向かわせたのだ

「てめぇえ!!」

「シンくんったら破廉恥~ノーパンで玄関開けちゃうなんて~」

「穿いてるって言ってんだろ!?よく見ろっ!!」

裾を引き上げ、ちゃんと下着を身に付けていることを見せるシン―カシャッ―とソレを撮影した南雲

「な”っ!?」

「わ~!シンくんったらえっちぃ~…自分から下着見せてくるなんて、朝からムラムラしちゃ~う♡」

朝っぱらから南雲の頬が引っ叩かれる音が殺連の寮に響き渡った。

ニコニコと笑顔で頬にキレイな平手の赤い痕とたんこぶを着けた南雲は、朝食のサンドイッチを口に運ぶ

シンはその向かいで、不機嫌マックスの顔で睨み付けながらサンドイッチを貪っていた。

「で?今日はどうすんだよ」

「尋問再開するって~、上も人使い荒いよね~」

「…新しい尋問官の人、見付かったのか?」

「ん~、見つかったんじゃな~い?…正直こんな状況なのに、まだシンくん引っ張りだすの嫌だな~」

「でも、昨日残党処理したんだろ?」

「爆弾犯の方はね?でも核心部分突けてないから内通者問題解決してないんだよ」

「早いとこ終わらせないとな…」

朝食を終え、部屋から出た二人は先日まで使用していた尋問室へと向かったが、黄色と黒のトラロープによって封鎖されていた。

「あれ~?」と首を傾げた南雲がノブに手を掛けると、清掃中の看板を担いだフローターが数名現れ、ドアの前にいる現役ORDERの南雲を見て『ひっ!!』と怯えるように声を出した。

シンを後ろへと回した南雲は「今日ここの予定だよね?」と問い掛ける

フローター達も互いに顔を見合わせるが、その後ろから黒いスーツの男が現れた。

【開発部】と書かれた腕章を腕に巻き、南雲の目の前に立ち二人を眺めた。

『これは…南雲さん、おはようございます』

「うん、おはよ~…ねぇ、今日ここ使用するはずなんだけど…これどういうこと?連絡来てないよ~?」

『急遽ここの清掃が行われることになりまして…おかしいですね、ルームサービスにこの事を伝えるように言ったんですがね』

そう言われ、シンは朝のルームサービスの様子を思い出した。

自分の不用意な行動により、きっと伝えるべき事を忘れてしまったのではないかと…

シンは顔が熱くなる感覚を覚えながら南雲の肩越しに会話を盗み見ていると、開発部の男と目があった。

(ORDERと…完成品…)

「…?」

シンは狭めていた思考の読み取る範囲を伸ばそうとした瞬間、男は『こちらに移動してください。』と言って紙を南雲に手渡してきた。

ソレを受け取った南雲が面白くなさそうな顔をしている

新たに指定された場所は、初日に尋問をしようとしていた部屋…南雲が血塗れにしたあの尋問室だった。

「え~、あそこ?まぁいいや…朝倉くん、行こっか?」

「あ、はい」

『ご足労をお掛けしてしまい申し訳ありません。』

丁寧に頭を下げた男はフローターと共に尋問室へと入っていく。

南雲に手を引かれながら廊下を進んでいくと、二人は非常階段へと来ていた…確かに指定された部屋は今いる階の一つ下だ

エレベーターに乗るより非常階段を使って降りた方が早いだろう

しかし、シンは先程の男の思考が気になっていた。

自分と目があった瞬間流れ込んできた思考(ORDERと…完成品…)という思考に──

もちろん、そんなシンに南雲が気付かない筈もなく、振り向いた南雲はシンに声を掛けた。

「朝倉くん?どうしたの?」

「何でもない…と、思う…」

「ちょっと、こっち来て」

「うわっ」

突然腕を引かれたシンは廊下の角へ押し付けられ、南雲は蓋をするように覆い被さった。

コートと南雲で薄暗くなった世界は、まるで簡易の防音室のようだった。

「このコートけっこう優れものでさ~、これで内緒話もできちゃうんだよね~…で?アイツ、何て?」

「俺のこと、完成品って…」

「完成品?何ソレ…あんまりそう言う言葉好きじゃないな~…シンくん、何か知ってるの?」

「俺は、LABOの唯一の完成品だって…──前にXの部下に誘拐されたルーがそう言われたらしい」

「わぉ、じゃあ…アイツ悪い奴だ~」

「うん、まぁ…そう言うことになる…」

「皆に話し回しとかないと、不味いね…今日は午前中、出払ってるんだよね~…」

目の前にいる南雲の目が一瞬にして冷たくなったのを見て、シンは身を固めた。

これこそORDER…殺し屋殺しの目なのだろう

固まったシンに気が付いた南雲は(やっちゃった…)という顔をすると、何時もシンへ向けている目付きへと戻した。

「ごめんね~?怖がらせちゃった?」

「今さらお前のこと怖がるとかねぇよ」

「ホント?良かった…取り合えずここから離れようか」

「ん、そうだな…」

指定された尋問室へ着くと、ドアの前に男が立っていた。

それを見たシンは一瞬足を止めそうになった、雰囲気が殺されたと言われている陣門に似ていたからだ

しかし、顔は全く違う…きっと尋問官は皆似たような雰囲気になるんだろうと思い、シンは腕を引かれるままに歩いた。

『本日担当いたします。内藤です。』

「はいはい、よろしく~…それにしても情報課は大変だね~昨日いろいろあったでしょ~?」

『ええ、そうですね…配置替えや移動、除外が多く大変でした。』

「今日の尋問に支障ないようにね~、じゃ、行こう?朝倉くん」

「はい」

リストを受け取り、各々控え室と尋問室へと入室すると、シンは用意された椅子に座り南雲はそのすぐ後ろに控えた。

尋問官越しに容疑者の思考を読み続けていると、その思考の中に違和感を覚え始めた。

(ったく、めんど…―ぃ―…くせぇ、俺はかんけー…―えぃ―…よ)

「ん…」

「…シンくん?」

「大丈夫、ちょっと集中切れた」

「も~…恋人といるからって集中しなきゃダメだよ~?」

「はいはい、悪かったよ…」

(何でこんな質問されんだ、一ヶ月前の仕事内容なんて覚えてねぇよ…え~っと?何してたっけなぁ、どっかの組だったよなぁ)

この容疑者は内通者ではないと判断したシンは合図を南雲へ送る

南雲もそれを確認していると、不意に天井を見上げた。

「どーした?」

「ん~?胸騒ぎがするな~って?殺し屋の勘ってやつかなぁ」

「…恋人といるからって集中しなきゃダメなんじゃねぇのか?」

「あ、ホントだ~(・ω<)てへぺろ☆」

「27がてへぺろって、キッツ…」

そんなやり取りを控え室でしていると、尋問の方は次の容疑者へと移っている

先程のノイズはなんだったのか…

シンは疑問に思いながらも尋問の聞き取りを続けていると、後ろに控えていた筈の南雲がいつの間にか隣に立っていた。

何事かと視線だけを動かし確認をするが、シンに南雲の思考を読むことはできない

(俺は、俺は、…―ぃ…ひ…―…い、嫌だ!殺さ…―ん…せぃ…ひ―…るのか!?)

「まただ…」

「シンくん大丈夫?気分悪いんだったら止めるよ?」

「そうじゃないんだ…別に気分悪いとかじゃないんだ、なんか…こう…この間みたいに引っ張られて」

「引っ張られるほど強い思考ってやつ?」

「そんな感じ…」

(…―ん…せぇ…ひ―………―完成品―)

不意にノイズがハッキリと意味を成した声に聞こえ、シンは聞こえた思考に驚き椅子から立ち上がる

シンのその様子に南雲も眉を潜めると、尋問室のマジックミラーの向こうで―バンッ!!―何かを打ち付けるような音が響いた。

外していた視線を尋問室へと戻すと、壁には尋問官と容疑者が張り付いていた…まるで、壁を突き破ろうとするように

「この間一緒に観たゾンビ映画に似たような演出あったよね~」

「な、なんだよ…どうなって…」

「で、大体この後…爆発するよね~」

南雲がそんなことを言った瞬間、二人の男はブクブクと膨らみ…──南雲はシンをコートの中に引き寄せると壁から離れた。

その瞬間、鼓膜を揺らす爆音と衝撃をコート越しに感じ、二人は向かいの壁に打ち付けられた。

「いっ!」

「わ~グロテスク~、コート血塗れだよぉ…大丈夫?血かかってない?」

「だ、大丈夫だけど…なんで、こんな…」

(ORDER…南雲だ…!!)

(殺すっ)

(ORDERは皆殺しだ!!)

「っ!?…南雲!まだいるぞ!!」

「あー、それ、たぶん……上だね」

血塗れのコートを脱いだニコニコと微笑んでいる南雲は、ジュラルミンケースから持ち武器を取り出す

―ガンッ!!―と言う音が、今度は室内全体に響き渡りパラパラと天井からコンクリートの欠片が降り注ぐ

何事かとシンが天井を見上げると、天井にはヒビが入ってた。

「え…?」とシンが呟くと再び―ガンッ!!―と音をたててヒビが割れ、二人の頭上から人が降り注いできた。

―ドサ!ドサ!!―と落ちてきた数人の男達は、そのまま南雲とシンに向かって襲い掛かる

南雲の武器から短刀が二本外れ、襲い掛かってきた男達をいなしながら切り刻んでいくと、シンにコートを被せた。

「シンくん、それ持ってて~」

「南雲…っ!」

「他の男の血で汚れたシンくんなんて…僕、見たくないからさ~?大人しく待っててね?」

南雲にかけられたコートを取ろうと、シンがもがくと―ビチャッ!!―と言う液体が降り注ぐ音がした。

その後も液体がかかる音が何度もする

血液で重くなっていくコートを被っていると、シンのエスパーの力が反応した。

(このエスパーを連れていけば…)

少しずつ近付いてくる思考は、背中をつけている壁の向こうからしていた──

「…な!?」

立ち上がり離れようと体勢を変えたが、背後からの衝撃にシンは前方へ押し倒され

顔を上げると…シンの目の前には、吹き抜けになり血液で真っ赤に染まった元尋問室の中で、南雲だけが血で汚れていない景色が広がっていた。

まるで、初日のような景色にシンがデジャビュを感じていると、首筋に固いものが押し付けられ―バチッ―と言うスタンガンの音が室内に響き──シンは、気を失った。

「うぁ”…っ!?」

南雲は気絶したシンに手を伸ばすが

尚も降る人の壁に阻まれ、一瞬の隙が生まれると男がシンを担ぎ、尋問室から駆け出していく

「も~!某配管工ゲームの桃姫みたいっ!じゃんっ!!」

短刀の一本を投げ込み、連れ去られるのを阻止するが、他の男がシンを担ぎ直し

南雲の視界から消えてしまった。

全て仕組まれていた誘拐劇──…その瞬間、南雲の中で何かがキレた


………


黒のワゴンの中で男達が騒いでいた。

運転席と助手席、後部座席に座る柄の悪い男達

その隣で気絶したまま動かない金髪の青年が座らされている

タバコに火を付けた後部座席に座った男は、深くタバコを吸い込むと憎々しげに煙をわざと青年に吹き掛けた。

『コイツが、殺し屋掲示板で捕獲金かけられてたエスパーって奴なんだろ?』

『あぁ、間違えねぇ!前に捕獲の募集があった時に、どっかで見たことあったと思ったら、前の組織にいた生意気な奴だった…マジでエスパーだったのは驚きだ』

『あ~、突然解体されたって組か…お前コイツがエスパーって知らなかったのか?』

『ボスのお気に入りだったせいで関わりなかったんだよ…しかも、エスパーって…誰が信じるかってぇの』

『ま、それもそうだな…で?コイツどうやって金にすんだ?』

『なんでも、コイツ捕まえて連絡いれれば取り引き成立!五億だとよ!』

『五億ありゃ当分遊んでられるぜ!』

『でもよぉ、その捕獲金…募集出されたのけっこう前だったんだろ?今さら連絡して取りに来るかね?』

『募集取り下げられなかったし、いけるだろ~』

『しかし、殺連は敵ばっかだなぁ…ちょっと声かけりゃ直ぐに人が集まった。手引きも上々だったしよぉ~』

『殆どORDERにやられてた奴らばかりだったからなぁ…恨み買ってんな~、鬱憤溜まってたんだろ…』

『連絡いれたらどこに行くんだ?』

『いや、こっちまで取りに来てくれんだとよ』

『ご親切なこった…どんな奴がくるんだ?』

『え~っと』

助手席の男が掲示板を確認していると、その隣にママチャリが止まった。

『あ”?』と威嚇するように顔を上げると、眠たそうな目をした銀髪の青年が男のスマホを覗き込んでいた。

「連絡くれた人達?エスパーくんは?」

『てめぇ…この掲示板の書き込み主か?』

「まぁ、俺がって言うより鹿島さんが書き込んだやつだけど…そうだよ…」

眠たそうな瞳の青年は後部座席で寝かされた金髪の青年を見つけると、ママチャリを停め

青年が寝ている後部座席側に回り、頬に触れ顔を確認した。

「うん、エスパーくんだ…アンタ達、もういいよ…──降りて」

『は?』

『てめぇ!!なに寝惚けたこと言って』

後部座席の男が不機嫌に声を荒らげると、銀髪の青年は男の頭を文字通り粉砕した。

あまりに突然のことに運転席の男と助手席の男が銃を構えるが、弾が打ち出されるより先に腕と銃が切り離され

ついでに首と身体も切り離されていた。

『デカイ声出さすなって…エスパーくん起きちゃうじゃん…』

頭のない三つの身体を車外へ蹴り出した銀髪の青年は、いまだに起きる気配のない金髪の青年を覗き込む

頬に男の血液が着いているのを見て、自分の服の袖で拭き取るとハンドルを握りアクセルを踏んだ


………


「ん、んん…」

ヒリヒリと痛む首筋

痛みで覚醒が早まり薄く開けていた目をカッと見開くと、目の前の自分の両手首にはキラリと光る銀色の輪が嵌められていた。

起き上がると、そこはどこぞの廃虚…ボロボロの大きなソファーに寝かされていた。

シンが呆然としていると足元で何か柔らかいものを蹴る

ソレが人の背中だと気付くのに時間はかからなかった…その人物が振り向いたからだ

「いてぇんだけど…」

「お、おま!え、え~っと…あの、Xってやつと一緒にいた…」

「楽だよ、よろしく、エスパーくん」

「あ、あー…うん…」

「今自分がどういう状況とかって理解してる?」

「…殺連から、連れ去られた?」

「鹿島さんが消し忘れた掲示板の記事読んだ奴らが、五億円欲しさに無茶して連れてきた。

お陰で殺連の中は蜂の巣つついたみたいに大騒ぎ…五億どころの騒ぎじゃないよ」

楽は一瞬だけシンに視線を送ったあと

手に持ったゲーム機に視線を戻し、事も無げにシンに告げる

自分を連れ去ってきた奴らはどうしたのか、聞いたところで答えてはくれないだろうと思い、シンは開けかけた口をつぐんだ

静かな廃墟内で―ピコピコ―とゲーム音だけが響く…暫くしてから

(あ~…ダメだ、全然指動かねぇ…)

楽が思考したあと、ポン…とゲーム機を投げた。

シンは、楽以外にもXがいるのではないかと警戒したが現れる様子がなく、問うように楽を見る

その視線に気が付いた楽は、面倒くさそうに頭を掻くと

「ボスは別件だし、鹿島さんは交通渋滞にはまって遅れてるから俺がママチャリで迎えに行った。」

「は?ママチャリ?」

「そうそう、エスパーくん起きてたらママチャリで移動しようと思ってたんだけど、グッスリだったからソイツ等から車貰って取り合えずここに来た。」

そう言う楽の思考の中の男達の頭が飛んでいくのを見て、シンが眉を寄せる

楽は鼻で笑い、シンの足に寄り掛かるように後ろへ仰け反り―ドサッ―と寝転がると、再びゲーム機を手に取った。

指に巻かれた包帯が痛々しく見える…あの襲撃時の様子を思い出すと、篁に斬られたのだろうと予想した。

「指、動かねぇのにゲームできんのか?」

「ん~?親指は動くし、まぁできる…けど、必殺コマンド打てねぇからボスが倒せねぇんだよなぁ」

「のんきなこって…」

再びゲーム音が廃墟の中に響いた。

静かな分、その音が良く耳に着く…何回も繰り返し聞こえるボスとの戦闘音にシンも気になり始め、楽が持つゲームの画面を覗き込んだ

軽快に動き回るボスと違い、楽が操るキャラクターは動きがぎこちない

そうしていると、楽のキャラクターは倒されてしまい【You are dead】の文字と共に画面は暗くなってしまった。

「…やる?」

何気無く楽がシンへゲームを差し出すが、シンは手錠を楽へ突き出し―ガチャガチャ―と無言で鳴らして見せる

ソレを眺め、少し考えた楽はシンの右手の手錠を外した。

隙ができたとシンが距離を取ろうとした瞬間…―カチャッ―と言う音が左隣から聴こえ、何事かと音のした方を見ると

楽の右腕に手錠がかけられていた…その手錠の短い鎖はシンの左手の手錠に繋がっている

「おまっ!?お前なにしてんだよっ!?」

「外したままにしとくわけ無いじゃん、逃げる気満々の顔しといてよく言うね 」

「ぐ…」

「コイツ倒さないと次の村にいけないから、倒して」

「えぇ…」

押し付けられるように渡されたゲーム機を受け取り、シンは先程の楽の見様見真似でゲームを操作する

楽が操っていたときと違い、シンが操るキャラクターは軽快にボスの攻撃をかわし徐々に追い詰めていく

そして、最後の一撃

「お待たせしました。」

全く気配もなく二人の背後に立ったのは鹿頭のスーツ姿の男

ゲーム機から手が離れ、膝の上に落ちると画面ないのキャラクターは動きを止めボスに瞬殺されてしまった。

楽は画面から顔を上げ「早かったね、鹿島さん」と眠い目のまま鹿頭の名前を呼んだ

鹿島と呼ばれた男も、自信のネクタイを少し緩めながら「えぇ、大変でした…道路の真ん中にママチャリが放置されているわ、その周りには頭のない三人の男の死体が転がっているわ…」と、さほど疲れている感じもなく答える

シンの膝元に落ちたゲームを見た鹿島は「やれやれ…」と飽きれ声を出すと、ゲーム機に手を伸ばした。

「私が苦労して来たと言うのに、お二人はゲームですか?酷いですねぇ」

「ねぇ、鹿島さん」

もう少しでゲームに鹿島の手が届くかと言うとき、楽がその腕を掴んだ

ピリピリとした緊張感が三人の間に走る

「何です?どうしたんですか、楽くん?」

「いや、鹿島さんからの連絡…もらったじゃん?遅くなるって」

「そうでしたね」

「チョコレートモカフラペチーノ…写真まで送ってきてるのに何処に置いてるの?」

楽は自分のスマホの画面を鹿島へ向けて見せた。

「向こうの部屋に置いてきたんですよ、ゆっくり飲みたいでしょ?」

「力み過ぎじゃない?あの人、俺の事…『楽くん』なんて呼ばねぇよ?」

楽のその一言のあと、シンは手錠が着いた腕を引き寄せ、短刀が手錠の鎖の間を断ち斬るように振り落ちた。

鎖は重力に従い落ち、二人を繋いでいた拘束が解かれる

勢いのまま鹿島の腕を楽が手放すと、その首に向かって持ち替えられた短刀が差し込まれた。

しかし、楽も寸前のところで避け、鹿島はシンを抱き寄せると楽から距離をとった。

「シンくん、よく僕って気付いたね~」

「やっぱり…鹿島さんじゃなかったか…」

鹿の頭は取り払われ、スーツは派手な柄シャツとトレンチコートに変わっていた。

ニコニコと人を苛立たせる笑顔と間延びしたような声にシンは「…俺が読めない奴なんてお前しかいねぇんだよ」と答え、南雲を睨み付ける

楽はソファーから立ち上がり、不機嫌そうに二人を眺めた。

「ねぇ!君!今のシンくんのセリフ聞いた?コレって愛の力じゃない?」

「うるせぇ!!」

「ゲーム、クリアできてないよ…エスパーくん」

南雲のもとへガラス片が投げ込まれる

南雲は短刀でそれを弾くが楽は既にシンの前に移動していた。

シンの胸ぐらを掴もうと大きく伸びたが、シンはその腕をかわし後ろへと下がる

「あれ、避けられた。」

「ひゅ~♪シンくんやる~」

からかうようにシンを称賛した南雲は、その腕に鎌を降り下ろす

寸前のところで避けた楽は、尚もシンを掴もうと手を伸ばすが、その間に南雲が割ってはいりシンを楽から遠ざける

互いにリードを譲らない攻防に更に割って入ったのは、片腕に無数の刃物を生やした鹿の頭だった。

「すみません、楽…お怪我はありませんか?」

「鹿島さん、来るの遅すぎ…ORDER来ちゃったじゃん」

「な~んだ、有月じゃないのか…残念、来たら殺してやろうと思ってたのに~」

「南雲、ここから出るぞ!!」

「そーだね~、誰かさん達のせいでお昼食いっぱぐれちゃったし…早く帰ってご飯食べたいね~」

「やれやれ、簡単なお使いのつもりだったんですがね…厄介な方のORDERですよ、楽、あの青年だけでも確保してください」

「簡単に言うよね、じゃあ、あのコートの人どうにかしてよ」

「シンくんは僕のだから誰にもあげないよ?」

シンは南雲の背から感じる殺気と苛立ちにコートを摘まむと、先ほどまで漂っていた気配が消え去った。

パッと振り向いた顔は、シンを安心させるように微笑む

「シンくん、僕の事だけ見ててね?」

「…わかった」

つい先日、別の人から聞いたセリフに頷き、シンは南雲の姿だけを視界に入れ楽と鹿島からの猛攻を避け

まるで踊るような足さばきに、シンは必死について行くと、いつのまにか廃墟からでた足下には木の根や落ち葉などが散乱している

躓かないように足を動かしていると、不意に草むらから野鳥が飛び上がった。

「シンくん集中して~」

「南雲、俺に武器渡してアイツらと一緒に戦わせる気あるか?」

「あるわけないでしょ、そんなことしたらシンくん怪我しちゃうし…僕そんなの嫌だよ?」

「じゃあ、ここから離れるしかないよな」

「ん~、そうしたいのは山々なんだけど~…車が停まってんの反対側なんだよね~」

「…南雲って泳げるか?」

「え?」

コートを捕まれ、グッと引かれる感覚に南雲が聞き返すと緑が鬱蒼としていた視界が一気に拓け…

内蔵が浮くような浮遊感に南雲は、咄嗟にシンを抱き締めた。

目の前には海面

―バシャンッ―と水柱を上げ海に落ちた二人を見て、鹿島は「無茶しますね」と崖の下を覗き込んだ

上がってくる気配がなく、波にのまれたのだろうと考えていると、珍しく楽も覗き込み探そうとしていた。

「コラコラ、楽…あまり近付くと落ちちゃいますよ?

私、泳ぐのはあまり好きではないので助けに行けませんからね?」

「…死んだかな?」

「向こうはORDERの南雲ですから

あの方は『坂本くんの次に面倒くさいのは南雲くんだよ。』と言っていたほどですし…簡単には死なないと思いますよ」

「じゃあ、エスパーくんも生きてるよね?」

「さぁ、どうでしょうか?なぜそこまでして楽があの青年を気にするんです?」

「ゲーム、まだクリアしてないから」

「はい?」

「…こっちの話し、死んでないならいいや…──鹿島さん、チョコレートモカフラペチーノは?」

「車の中に置きっぱなしですよ、何故あんな甘いものを?楽は何時もエナジードリンクを飲んでいたでしょ?」

「…鹿島さんが飲んでいいよ」

踵を返す楽

しばらく海面を眺めていた鹿島もそのあとに続き

廃墟に停めていたままの車に乗り込むと、アジトに向けてハンドルを切るのだった。









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