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※姉・玲央菜(遥と同じ年)と兄・晃司の対話。
晩の空気はねっとりとしていた。
父が寝室で酔いつぶれたあとの居間。
テーブルの上には、空になった缶ビールと、油の染みた皿。
玲央菜は黙って椅子に腰を下ろしていた。
背筋を伸ばし、足は組まず、ただまっすぐに。
晃司は、その向かいに座り、ソファにもたれかかっていた。
手にはスマホ。指先で何かを弾きながら、笑っていた。
「……まだいたんだ、玲央菜」
「そう言うあんたも、今日は早かったじゃん。珍しく」
晃司は肩をすくめて笑う。
「お出迎えがあったんでね。あのクズ、帰ってきてくれたし」
「知ってたよ」
玲央菜の声は低く、感情が読めない。
「一週間だったんでしょ、あの子の“逃避”」
「逃避っていうか──まあ、“お泊まり”かな。日下部んとこで」
「……へぇ」
それ以上、何も言わない。
けれど、その視線だけが妙に刺さった。
晃司は、目を細めた。
「気になるわけ? 日下部とあのクズの関係」
玲央菜は少しだけ口元を歪めた。
「気にしてるように見えた?」
「いや、見えない。でも、そういうのが逆に気になるわけ」
沈黙。
「……あのさ、玲央菜」
「なに」
「おまえってさ、あいつに対して──どういう立場?」
「は?」
「だって、ほら。世間的には“姉”だけど、態度的には“他人”だし。かと思えば、家のことも“許可”してたじゃん。日下部んとこ行く件」
玲央菜はわずかに眉を動かした。
「同じ家に生まれたからって、守る理由にはならないでしょ」
「でも、おまえが許可しなきゃ、日下部だって動けなかったんじゃねぇの?」
「“許可”じゃない、“黙認”。好きにしろってだけ」
晃司が笑った。
「おまえさ、ほんと割り切ってるよな。いや──逆か。割り切ってるふりしてるんだよな、いつも」
「何が言いたいの」
「いや。なんかさ、時々思うんだよ。おまえとオレって、けっこう似てんじゃねぇかって」
「それ、侮辱?」
「褒め言葉」
玲央菜は目を細めた。
「その褒め方はやめたほうがいいよ、晃司。あんたの“楽しみ方”は、私のとは違う」
「……そっか。でも──さ」
晃司は少し身を乗り出した。
「おまえ、ほんとはさ、知ってんじゃないの。“どこまで壊れるか”」
「……何の話」
「アイツの話。あいつの顔見た? 起き上がれたの奇跡だったんじゃねぇの?」
玲央菜はゆっくりと立ち上がった。
その仕草は静かだったが、怒気が含まれていた。
「晃司。あんた、殺したいの?」
晃司は目を細めた。
「……へえ。やっと姉っぽいセリフ出たじゃん」
玲央菜は、そのまま踵を返し、廊下へと向かっていく。
立ち止まりもせず、背中を向けたまま、低く言い残す。
「──でも殺すのは、私の役じゃない。あんたで、勝手に壊れてく」
その言葉に、晃司は何も返さなかった。
ただ、笑っていた。
その笑みの奥で、どこかが静かに──軋んでいた。