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薄明るい気配に目覚めたキャスリンは寝台の横で椅子に座りながら眠るジュノを見つけた。思えばジュノの寝顔は初めて見たわとまじまじ見てしまった。私より年上の大切なジュノ。目を閉じるときつい目元が隠れる。おはようと声をかけると体が揺れて反応し目を見開く。そんなジュノは新鮮で笑ってしまう。
「こんなとこで寝るなんて風邪を引いてしまうわよ?」
「申し訳ありません。お見苦しいものを見せてしまいました」
キャスリンはジュノの寝顔が可愛かったと告げる。起き上がろうとして肩がひきつることに気がついた。痛い。布を捲ると全裸だった。そこでやっと昨夜ハンクに抱かれてそのまま眠りについたことを思い出した。ハンクの大きな体に後ろから捕まって…最後は強烈な快感と痛みがやってきて…それから記憶がない。湯も浴びず寝たからか体がべたべたする。とりあえず湯で体を洗いたかった。
「お風呂入れるかしら」
ジュノは少しお待ちくださいと言い熱いお湯を貰ってきた。浴槽には湯がすでに張られているがなかなかキャスリンが目覚めず、ぬるくなってしまったようだった。湯に浸かり汚れを落とす。肩に湯をかけられるとしみた。
「今はどのくらいの時間?」
外はかなり明るい、昼を過ぎましたと聞いて驚く。そんなに寝ていたのか。明日にはカイランが戻ってくる。湯から上がり肩の傷を気をつけながら体を拭いてもらう。
「食事を召し上がったあとライアン様の診察があるそうです」
ハンクが呼んでくれたのだ。口も腫れぼったいし肩なんて痛いもの。三日後の夜会ではダンスも踊らないとならない。影響がでないといいが。
食事を終えたキャスリンは居室にライアン様とソーマを招き入れた。十日前に診察をしたばかりなのにまた呼ぶとは、公爵閣下は大病だと噂されないかしらと不安になる。そうライアン様に呟く。
「今日の目的は往診ではなく、閣下が僕の腕を買ってくださりこの王都に医院を用意してくれると、その打ち合わせもしてたんですよ」
医院を作るとそれなりのお金がかかるので後援者を探すのが難儀だと聞いたことがある。伯爵家の出でも資産がないと無理な話。ハンクは随分信用しているのね。
「僕は伯爵家の次男ですが、医学校である女性に出会いまして恋に落ちたのですよ。しかし平民だからと断られたんです。それでも諦めきれず彼女に迫って頼み込んで結婚の約束をしたんです。お互い医師の仕事があるから生活には困りませんしね。それでも自分の医院があると仕事もやりやすいですし彼女も共に働けます。邸もない二人だけの生活ですが今から楽しみなんですよ」
幸せそうに話すライアン様を見つめて笑顔で頷く。恋をするなんて物語のようだわ。自分で仕事をすると、そういう自由な人生を歩めるのね。キャスリンはめでたいと思っても羨ましいとは思わなかった。キャスリンの生きかたは根本から貴族だった。
「キャスリン様、お体はどうですか?閣下に診ろと言われたのですが」
キャスリンは肩の辺りを広げ噛み痕を見せる。ライアン様は失礼と言い触診してきた。触られるとびりっと痛い。
「だいぶ強く…えーでは、軟膏を渡しますので肩にはこちらを塗ってください。三日後の夜会には痛みもなく参加できますよ。首の赤みは明日には消えるでしょう。唇も少し腫れましたね、冷やすと落ち着きます。唇にはこちらの軟膏を」
それを聞いて安心した。子が宿る前にカイランに勘付かれたらどうなるかわからないもの。
ライアン様は言いにくそうに口を開く。
「閣下と閨を共にしたと伺いまして、一つ心配事があるのです」
ライアン様は真剣な顔で私を見つめる。
「閣下の子種の状態ですが医師の僕が診たところあまり良いとは言いづらく、閣下は奥さまを亡くされてから随分たつのですが、その後お相手もおらず子種を放置していたと思われます。なので子ができやすい日だけ注ぐよりも定期的に子種を出し、新たな子種をキャスリン様に注がれる方がより子を宿しやすいと判断しました」
キャスリンはいきなりハンクの子種について話し出したライアン様に驚いたがその内容は興味深く、質問する。
「では、今回は良い子種ではなかったということですか?」
ライアン様は頷いて。実っている可能性はあるけれどかなり低いと言う。
せっかくあんなに注いでもらったのに、うまくいかないものなのね。ならば、閣下には定期的に子種を出してもらって…そんな手間のかかることをハンクに課すなんて、申し訳ないわ。月に二日も時間を私にくれるのに。
「どうしたらいいのでしょう。これ以上閣下に迷惑をかけるのは…」
私は胸が苦しくなってくる。ハンクにはもうお願いできない。図々しいと言われたら悲しくなる。そんな私を見てライアン様が言う。
「閣下はゾルダークのためにキャスリン様に協力する気持ちがあるそうですよ。安心してください」
そうよね。子を宿さなければならないのだから面倒なんて言わないわよね。自分のせいだと責めていたし、出してくれるわ。
「定期的に子種を…あの…閨を…誰かとされるのでしょうか」
私はハンクが誰かに子種を出すのかと思った、男性は娼館へ行くと聞くし。
「いや、せっかくの子種ですから確率が低くとも質の良いものをキャスリン様に注いでもらえれば可能性も広がりますよ」
笑顔で提案を話してくれる。私がお相手をするの…でもカイランが邸にいるわ。それでどうやって閨をしたらいいのかしら。私があれこれと悩んでいると。
「あとは閣下とご相談してください。子種は作りたてがいいですよ」
ライアン様はまた来ますと言って帰って行った。
ソーマはそのまま私の部屋に残った。ライアン様と閣下の間でされた話を知っているのだろう、困っている私を助けてくれる。
「閣下には面倒をかけるわね、でもカイランが帰ってくると子種を貰いづらくなるわよね」
「カイラン様には閣下の仕事を多めに割り振りますし、高位貴族後継の倶楽部がありましてそこに定期的に通います。女人禁制の情報交換の場です。その時お会いできますよ」
私はソーマに礼を言い薬を塗るためジュノと寝室へ向かう。
「困ったわ。閨を定期的にしなくてはならないなんて、お薬はこれで足りるのかしら?他の夫人たちはみんなドレスの下は噛み痕だらけなの?」
薬を塗ってもらいながらジュノに尋ねる。未婚のジュノもわかりませんと言うだけだった。次は薬を多く持ってきてもらおうと心に留めておく。
ソーマはキャスリンの自室から退室しハンクの執務室へ向かう。そこには先程別れたライアンがソファに座って紅茶を飲んでいた。ソーマはハンクに頷きライアンを見る。
「ご苦労だったな」
「とんでもない。閣下のおかげで僕の未来は明るいですよ。キャスリン様には嘘と真実を混ぜて話しましたよ。子種も新しい方がいい。しかし、噛むのは控えては?あれでは当分残りますよ。全く吸血鬼のようだ」
ハンク相手に不遜な態度をとる者はあまりいないがライアンはハンクを恐れず媚びへつらうこともない数少ない人物だ。
「薬を多く置いていけ」
控える気を感じないハンクの言葉に呆れるライアン。
「今日持ってきたの渡しましたけど、後日閣下に届けますよ。しかし、キャスリン様は小さいのに閣下の相手を…大変だなぁ。まぁ月の物が遅れたりしたら直ぐ連絡くださいね。妊娠初期は危険ですからね」
「で?」
ライアンため息を吐いて紅茶を飲む。せっかちだなぁと呟きながら報告する。
「アンダル王子ことスノー男爵はまぁ元気に暮らしてますよ。愛するリリアンとね。しかし、元王子は贅沢が抜けない。男爵領なんてちっちゃいので収入も少ない。リリアンを着飾らせて夜会にも行きたいっていうわけなんです。来ますよハインス。王妃様の実家、アンダルの祖父母がいますしね。普通なら恥ずかしくて呼べないんですけどね、親心かな、甘いですねー。それと投資を考えてるみたいですよ。カイラン様あたりにお金貸してって来るかもしれないですね」
ご注意を、と締めくくる。
ライアンはハンクへ情報を持ってくる。兄が騎士団長、父親が近衛隊の副長、本人が医師として情報を集め、ハンクの求めに応じ対価と交換する。兄と父は遊びに来る家族が情報を盗んでいるとは知らない。ライアンの幼顔に騙されているのだ。ライアンは情報を売る相手をハンク一つに絞り危険を減らしている。
「そうか」
アンダルとやり取りをしていることは知っていたが、そこまで阿呆ではないはずだ。ハロルドの報せでは領地でも真面目に過ごしておかしな行動もないと。まぁいい。その都度対処していくか。
「高位貴族後継倶楽部だが、ドウェインは定期的に行くのか?」
菓子を食べていたライアンが頷く。
「真面目な兄はちゃんと参加してますよ。騎士団で遠征や捕物があるときは無理ですけど、嫁も大事にするし、子も宿りました。学園を卒業して二十の頃から情報交換してますよ。カイラン様は来年参加だと思ってましたが、邪魔ですか…ま、二十歳以上が条件とは規定にはないですけどね、僕は入れませんよ次男ですから。倶楽部での会話が知りたいんですか?お金はかかりますが一人仲良しはいますよ」
「請求しろ」
ハンクは話は終わりだと手を振る。ライアンはソファから立ち上がり扉に向かうが、あぁそうだと言いながらハンクに振りかえると首を触りながら進言する。
「キャスリン様の首が赤いのが鬱血痕だと思って明日には消えますと伝えたんですが鬱血痕であってますよね?大きすぎてはじめはかぶれかなと思い確認したんですけど、閣下、鬱血痕はもっと小さいですよ。小指の先くらい。全体を吸いすぎです。隠れるところで練習してください」
今度こそライアンは帰って行った。