第4話 怪しい契約成立?
「君は、僕に協力するしかないからだよ」
口の端を上げ、皮肉たっぷりの冷たい笑みだ。
「……」
豹変とも取れるジェイドを、理世は黙って見つめる。
「君がなぜこの世界に呼ばれたのか、なぜマギラクルの〈時空魔法〉を持っているのかもわからない。でも確実なことが一つだけある」
「なに?」
「このまま僕の協力を拒んでも、元の世界には戻れないってことさ」
「……」
「元に戻る可能性があるとすれば、その〈時空魔法〉をきちんと使いこなすことだろうね」
「……」
「でもこの場所を離れて〈時空魔法〉なんて使ったら、確実に王宮に連れて来られる。逃げることなんてできないんだよ」
今まで垣間見た穏やかさが嘘のように、追い詰める言葉を淡々と告げていくジェイド。
だが、理世は特に表情を変えずに答えた。
「……私、別に元の世界にすごく戻りたいとは思ってないんだけど」
「……へ」
「だとしたら、ここに残る理由もないことになるね」
「……」
「え、何その発想はなかったみたいな顔」
「あ、いや……理世は、元の世界に戻りたくないの?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど…………でも来ちゃったものはしょうがないかなー、みたいな?」
「……」
理世のあっけらかんとした言葉を聞きたジェイドは、目を見開いたまましばらく固まっていた。
ふと、その表情が曇る。
「……そのほうが、いいのかもしれない」
「え」
今度は、理世が目を丸くした。
(いやちょっと、王位継承権とか大事な問題のはずなのに、そんなあっさり重要人物を野放しにしたてもいいとか思うもの!?)
「じょ、冗談だよ?」
謎の焦りに襲われた理世は、そう口走っていた。
「冗談?」
「元の世界に戻れるなら戻りたいし……っていうか! いきなり放り出されたらそりゃ困るよ!」
「あ、ああ、そう……」
そう返事をしたジェイドに、さっきの皮肉たっぷりの笑みは影も形もなかった。
(何この変な空気! 私が悪いのかな!?)
謎の後ろめたさから、理世はとにかく口を動かした。
「なんかさっき、急に悪者っぽくしてるみたいに見えて……気になって、つい意地悪を言いました」
「!?」
その言葉がトドメとなったのか――ジェイドの顔が真っ赤になった。
このリアクションは、どう考えても図星だ。
「ホントはもっと前の段階で動揺すると思ったのに……なんでそこで動揺するの」
「……はぁ」
観念したとばかりに、ジェイドは大きくため息をついた。
「……かなわないなぁ」
明らかな独り言だったが――その言葉が、理世は妙に気になった。
(……なんでそんなに、嬉しそうなんだろう)
そんな理世を尻目に、ジェイドは「こほん」と咳払いした後、表情を引き締めた。
「改めて聞くけど……僕が王位継承するために、協力してくれないかな」
「もう一回聞くんだ」
「……もし君が、本当に〈時空魔法〉を使わず外で暮らしたいっていうなら」
「あー、待って! する! 協力するから!」
いたたまれなさから、被せ気味に言い切る理世。
「いいの? 本当に」
「うん」
心配そうなジェイドの言葉に、理世は即答する。
(なんか……放っておけないし)
「ありがとう。これで、契約成立かな」
「そうだね」
「じゃあ、早速――」
ふとジェイドの右腕が持ち上がり――手のひらが理世を向いた。
「……?」
その動きの意図を理世がわからずにいた次の瞬間。
――ジェイドの影が大きく膨らみ、理世を呑み込んだ。
「!?」
膨らんだ影が理世の視界を覆うと同時に、理世も目を閉じていた。
(……なに!?)
次の瞬間に感じたのは――浮遊感だった。
さっきまでは硬い石の床に足がついている感覚が確かにあったはずだが、今はそれがない。
(お、お、落ちる!?)
足場のなさに反射でそう思ったのとは裏腹に、落下の感覚はない。
理世は、ゆっくり目を開ける。
(え、暗い……手足は見えるから、ちゃんと目は開いてる……けど)
辺りは完全に暗闇だが、なぜか理世の手足や身体はしっかり見ることができた。
諸々のことを考えると、あり得ない状況だ。
(……死んだのかな、これ)
得体のしれない空間に放り込まれ、そんなことを考えてしまう。
(いやでも……あのジェイドって人が私を殺すとは思えない……協力を求めた直後だし)
理性でそう考えると共に――
(それに――そんなことするようには、見えなかったし……)
直感で、そんなことを思っていた。
「『理世』」
謎の暗い空間に反響するように聞こえる、ジェイドの声。
「『いきなりで驚いたよね、ごめん』」
「う、うん……確かにびっくりしたけど……ここは?」
「『ここは、僕の魔法……〈影魔法〉で生み出した空間の中だよ』」
「影魔法……?」
「『この空間は僕の影の中なんだよ』」
「影の、中!?」
「『そう。今理世を、影の中に隠したんだ』」
「……ってことは、他にも色んなものを隠しておけるってことだよね」
「『その間は他の〈影魔法〉が使えないから、そんなに万能でもないけどね』」
「いや……すっごい便利だと思う……手ぶらで買い物できるし……いいなぁ」
「『そ、そうかな……』」
一瞬、ジェイドの声が嬉しそうに響いた。
「『……でも、〈影魔法〉は忌み嫌われる魔法だからね』」
「そうなの? なんで?」
「『さぁ、なんでだろうね……暗くて陰湿な魔法なんだってさ』」
「ふーん……こんなに便利ですごいのにね」
「『……ありがとう』」
優しいあたたかな声のジェイドだったが、気を取り直すように「こほん」と咳払いした。
「『それじゃあ……どうして今、理世をこの空間に連れてきたのかを説明するよ』」
「あ、うん」
(なんか、だんだんこのふわふわした感じにも慣れてきたかも)
などとのんびり考えていた理世だった。
「『理世は、僕に協力してくれるって言ったよね』」
「うん」
「『影の空間から、その協力をしてもらうことになる』」
「……その、協力って?」
「『そこから〈時空魔法〉を使うんだ』」
「……ここから、〈時空魔法〉を?」
「『そう』」
「……え、っと」
ジェイドの言われたことを、理世は必死に咀嚼する。
「ああ、そっか……〈時空魔法〉を私じゃなくて、ジェイドが使えることにしたいんだもんね」
「『そういうこと』」
「え、でもここ真っ暗だし……外の様子がわからないと、使いようがないんじゃ……」
「『そこは安心して』」
「!?」
ジェイドがそう言った瞬間、真っ暗だった空間の一部が突然明るくなり、理世の視線が引き寄せられる。
暗い空間を一部切り取ってテレビモニターをはめ込んだような場所。
その向こうには、先程まで理世がいた石造りの壁や床、大きく描かれた魔法陣の姿があった。
「今、さっきまでいた建物の中が見えるんだけど……」
「『僕の視界と影空間を繋げたんだ』」
「! そんなこともできるの!?」
「『そうだよ。これで、僕の視界から外を見て、必要な時に〈時空魔法〉を使えるだろ』」
「う、うん……たぶん……」
「『……もうあまり時間がないから、手短に説明するよ』」
「え」
突然急かされ、戸惑う理世。
「『この建物を出たら、すぐに「検証」が始まる』」
「検証……って?」
「『本当に僕が〈時空魔法〉を得たかどうか、確かめるってことだよ』」
「と、いうことは……」
そこまで言われて、ようやく理世は気づいた。
「さっき初めて使った〈時空魔法〉を……いきなり人前で使わないといけない……ってこと?」
「『そういうことだね』」
「しかも、それをジェイドがちゃんと使っているように見せなきゃいけない、と」
「『うん』」
平然と言い切るジェイドの声とは裏腹に、理世は不安でいっぱいになるのだった。
次回へつづく