結局北斗は午前中は執務室で過ごした、そして午後はやはりアリスが牧場中どこを探してもどこにもいなくなった
アリスは早くも夫に対する不満に支配されないように、何度も自分に言い聞かせた
彼は仕事で忙しいのだ。ここで不満を言ったら構ってもらえない我儘なお嬢様だと思われかねない
それにしても新婚の新妻をほったらかにしすぎじゃない?
それならそれでアリスは自分で自分の居場所を作るまでだ
家に帰ると、玄関にアリスがオンラインショッピングで購入した商品が山積みにされていた、どうやらここでは届け印などは必要ないらしい
暫くは届いた商品の荷ほどきに時間を費やした、そして真新しいリーバイスのジーンズとナイキのスニーカーを履いて牧場を探索し出した
数人の従業員と話が出来たことは素直に嬉しかった。彼らは歓迎の意をきちんと示してくれて、みんな良い人だった
嬉しいことに敷地内の端っこまで歩いて行ったら、遠くの方に太平洋が見渡せた
海沿いの町も素敵な感じだった、明日は車を借りて町を探索するのも楽しそうだ
もっともペーパドライバーだけど
アリスはこの牧場が好きになっていた。小鳥のさえずりで目を覚まし、大きな夕陽を浴びたら家に帰る、虫の鳴き声を聞いて入浴し、眠りにつく
ここで幸せに暮らせるという予感がする、もちろん傍に夫がいてくれたらの話だけど・・・
それは今夜の夕食で北斗さんに会えることを期待しよう
厩舎に向かうと一匹の美しい牝馬がそこにいた。アリスは飼い葉桶の中にあったニンジンを取って牝馬にあげた
そして柵に取り付けてあるネームプレートを見ると
「ジュリアン」
と書かれていた
「へえ・・・あなたジュリアンって言うの?」
美味しそうにゴリゴリ臼のように歯でにんじんをすり潰して食べている牝馬を見ると、アリスも嬉しくなった
フフッ
「懐かしいわ・・・・・私も昔自分の馬を持っていたのよ・・・クイーンダラスって言ってね?神戸の乗馬クラブでは私はなかなかの腕前だったのよ」
ジワリと涙が溢れそうになる
子供の頃、いつも猛烈な速さで馬を駆けるお祖父様に歩いてついて回った
そして見かねたお祖父様がアリスにダラスを与えてくれた
クイーンダラスは子供でやんちゃだったけど、アリスとダラスは良いコンビになった
母は、たいがいアリスが泥まみれで振り落とされたりして痣をこしらえてくる度、心配顔でかっかと湯気を立てていたが
アリスは気にしなかった
そこからアリスはお祖父様達、大人の乗馬仲間にも加わって遠乗りにも着いていくようになった
お気に入りの馬に乗って野原を突っ切っているととても心地よかった
そしてその横で笑顔でアリスを褒めてくれるお祖父様・・・
アリスが男だったらどんなによかったかと、お転婆な孫娘に困っていると乗馬仲間に言いながらも、顔はアリスを誇らしげに自慢していた
あの優しいお祖父様だったら、今のこの自分の状況を見てなんて言うだろう
お母さまは何て言うだろう・・・
早くもホームシックにかかっているかしら・・・
じわり・・・と涙が溢れて来た
自分の意思でここに来たのに早くも泣き言を言おうとしている・・北斗さんは今頃どこで何をしてるのだろう
その時柵にもたれているアリスに、ジュリアンが首を傾げて小さくいなないた
睫が長い大きな優しい瞳がアリスを見つめる。以前から思っていたが、馬は人の気持ちがわかるとアリスは確信していた
グス・・・
「ありがとう・・・慰めてくれてるのね・・・ジュリアン・・・ 」
馬の首を優しく叩いて、牝馬のぬくもりにささやかな慰めを見出した
するとジュリアンが大きな首を回して、湿った息をアリスのおでこにフンッと吐きかけた
「あなた・・・私を乗せてくれるの? 」
ジュリアンの横を見ると、綺麗な革と花の模様の鞍が釘にかかっていた
そしてリーバイスのジーンズは、アリスの脚にぴったり張り付いている、どんな大股でもへっちゃらだ
フフフフ・・
「そうね・・・せっかく仲良くなったのですもの、ちょっと一緒にひとっ走りしましょうか?」
アリスは壁にかかっている鞍を手に取った
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