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ジェンのそばに立つイェンの声に、アンは、涙に濡れ、呆然とした顔を上げた。
月明かりが、イェンのブロンドを照らし、黄金に変えた。
ブロンドの髪を揺らして笑う彼女の白磁の頬には、うっすらと朱がさしていて、まるでオルゴールの天使の人形のようだった。
その白いワンピースは、彼女のためだけに織られた羽衣だった。
羽衣が揺れ、天使がゆっくりと微笑んだ。
2階からカチッと音が響いた。
ジジッと、針がレコードに触れる音が続いた。
そして、ジェンのために用意した『Only You』が流れ始めた。
全てがスローモーションに見えた。あの時のように。
―私の天使…。あの時私が見つけた天使は…。
あの日の微笑みが、目の前のイェンの微笑みとピタリと重なった。
アンの目が驚きに見開かれていく。
イェンの白いワンピースが、真っ赤に染まった。
「イェン!」
叫んで駆け寄り、アンは崩れ落ちるイェンを抱きとめた。
純白が赤に穢されていく。
「イェン!」
目に涙が浮かぶ。
―やっと見つけたのに。
イェンは微笑んだ。
「イェン!イェン!!」
アンは、血の気を失っていくイェンをしっかりと抱きしめた。
アンの目に映るイェンが涙でぼやけていく。
「なんてことするのよ!」
アンは微笑むイェンに怒鳴りつけた。
ぼやけた赤がアンの視界を埋め尽くす。
アンは、袖で涙を拭い、見た。
イェンのみぞおちに突き刺さる包丁を。
その時、アンに光明がさした。
—心臓じゃない…。
—助かるかもしれない。
アンは咄嗟に、イェンのみぞおちから包丁を引き抜いた。
その行動が、イェンの死期を早めると理解せぬままに、力を込めて…。
イェンのみぞおちから血が溢れていく。
白が赤に染まっていく。
アンは包丁を握りしめ、真っ白になった頭で思う。
—救急を…救急を呼ばないと…。
アンは携帯のある方へと顔を向けた。
—ゴスッ
鈍い音が響き渡る。
アンの目がイェンを捉えた。
喉から溢れた赤が、アンの胸元を染めていく。
アンの喉が震え、生暖かい血が、イェンの手と腹に流れ落ちた。
ドサ…
重い音とともに、アンが、イェンを抱きしめるようにイェンの胸へと崩れ落ちた。
アンの喉から絞り出すように赤の吐息があふれた。
アンの在りし日が終わりを告げた。