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闇の中にカッと目を見開いた。

この身に纏う呪いが、僕の眠りを覚ましてくれたらしい。

生きたい、生きたい。

誰ももういなかった。心臓が停止したモニターと、医師たちの懸命な救命の痕がそこには残っていて、ああ、死んだらしいやと思う。

身を起こした。どうせ祖父”奏”の話しかされない。母親に会いたくはなかった。

逃げるようにオペ室を抜け出して、生半可な知識しかない半端な、電車の中で知らない大学生の落としたレポートを読んで学んだ薬学で、そこらへんの注射器と薬を勝手に使って、薬を少しだけ自らの静脈に注入した。

僕はさっさと酸素マスクを外して、病院を抜け出した。スマートフォンを耳に当てる。

繋がる先は螺鈿セイカ。

「螺鈿先輩、あの……」

その言葉の後に詰まる。照れくさい言葉を言い終えられるほどに強い心臓はない。

「ずっとあなたといれて幸せでした」

その言葉を言い終えた後、何者かに刺されたような衝撃が体内に走り、なんだか急に息が苦しくなって、雨降りのアスファルトの上、僕はもだえ続けた。


螺鈿セイカ

心臓はドキドキなんてしていなかった。人生でなかなかない告白される機会であるのに。

急に涙が滲んできた。どうでもいい人がどうでもよくなくなる。死んでもいい人が、まだ生きていてほしい人に変わる。

追うつもりなんてない。

生きろ、とルカが耳元で囁く。口許にいつも通りの貼り付いた笑みを浮かべたまま。

なにも私は……

ううん、きっと何かやれてたのよ。

最後にルカが、生きたいと思えたのだから、最期にルカは、人の心を取り戻したのだから。

嫌になるほどに整った顔と、誰も敵わぬほどに秀でた能力。それはもう憎くなんてない。

ありがとう、風紀委員会。

ありがとう、ルカ。

私も少しだけ、生きる勇気が。

うなされる魅麗ちゃんの手首を取って、少しだけ握りしめた。華奢な骨の折れないように。

確かに、魅麗ちゃん、貴女の事を私は託されました。だから大丈夫。

書物の世界を抜け出して、貴女を守るから。

書物の世界を抜け出して、貴方を永遠に覚えているから。

バニラアイスクリームの染みも、二度と親が帰らないこともどうでもよかった。



エピローグ

夏が始まった。セミたちはやかましく鳴く。

ルカは碧波神社の脇で、日雇いの巫女さんと一緒に落ち葉を掃き続けていた。

その奥方は茶を飲みながら境内の外の小さな家で待っている。

今の質素な生活には満足している。


風鈴が鳴った。生ぬるい風が着物を揺らす。

青色の澄み渡った空に、入道雲。まるで藍色の絵の具を垂らしたような……

少しばかり足の不自由になった奥方の代わりに洗濯物を取ろうと慌ててルカは鳥居を潜って家へ向かった。


あの日も雨降りだった。

螺鈿セイカに会えることは二度とない。

彼女はもう姓も変わっていた。

今更会いたいとまでは祈らない。忘れられないわけではない。

だからきっとそのうち忘れてしまう。


ルカ、私もそうだよ?

その螺鈿からのテレパシーの声が、僕のことを忘れることに対する肯定なのかあの時聞けなかった返事なのか。

さあ。

今更考えるのも変な話だ。ほうきをもう一度手に持つ。

さあ、掃除を再開しよう。

少女の声が聞こえてくる。

おとーさん、洗濯物——

待ってよ八美代、すぐ行く……

ていうかお前がやれよ……

彼は振り返って走り出した。

あのとき二度も僕を救ってくれた雨の神の類である亡き祖父”奏”……神風呪縛の血の流れたその脚で。

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