テラーノベル
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「じゃ! 俺は教室行くから!!」
つかさは職員室の前にて、さぞ嬉しそうに鼻歌を歌いながら、何度も何度もジャンプを繰り返していた。そのせいで鞄が何度も何度もつかさの身体へと打ち付けられ、静かに音を立てている。
中の教科書が全てそこから滑り落ちたとすれば、俺が拾わなければならないのかな、嫌だな、なんて、兄としては最低なことを考えながら、俺は自身の鞄を握りしめた。やっぱり俺、低気圧のせいで頭が回っていないのかな。
だったら、つかさは大丈夫だろうか。頭が痛くなったりしていないだろうか。
大丈夫か。つかさは何倍も俺より身体が強くって、元気で、風邪なんてひかないだろうから。
「……そんなに喜んでどうしたの。今日の授業つかさが好きなやつなの?」
「今日ね、カエルの解剖すんだ! カエルの中身って気にならない? 気になるよねっ!!」
あれ。つかさってカエルの中身見たことなかったっけな。包丁で刺し殺していたあの生き物は、イモリだっただろうか。
段々とあのときの記憶が蘇っていき、あのとき確かに見た、生きたイモリの『中身』を思い出して、ゾワリと鳥肌が立っていった。変な汗が全身を伝い、その記憶を頭から揉み消すために、ブンブンと必死に振る。
気色悪い、あぁ、なんて気色の悪い。
「……うん」
「じゃ!!」
つかさは変わらない大きな笑みをその綺麗な顔に浮かべながら、ご機嫌に廊下を走って教室へと向かった。ありゃ、廊下は歩こうっていうポスターを通りすぎちゃったよ。そんなの、俺もつかさも気にかけたことなんかないけれど。
かと思えば一気にくるりとこちらへ方向転換をして、爽やかな笑顔のまま俺の方へ走ってくれば、そのまま朝みたいに俺の上へと覆い被さってくる。つかさが覆い被さると同時に、体制を崩した俺はそのまま頭を床へと打ち付けて、思わず目を瞑っていた。
授業中だったからよかったが、もしこれが休み時間だったとすれば、大勢の生徒が俺たちのことを観賞していただろう。そうなれば、俺は恥ずかしさで死んでしまう。
授業中だったとして、気を抜いてはならない。先生が来る可能性だってあるのだ。
ゆっくりと目を開きながら、退いて、と声をだそうとした。しかし、それはできなかった。恐怖に身体が乗っ取られて、できるはずなんかなかった。だって、つかさの目が弧を描いて、真っ黒に染まっていたから。それなのに口角は異常なほどに不気味に吊り上がって、まるで口裂け女みたいだった。
時が止まったかのように、俺の身体はかたまって、動かなかった。ひょっとしたら、この学園にいる妖怪さんが、俺の時を止めちゃったのかもしれない。
……あ、そうか、分かった。これもきっと夢なんだ。何で気がつかなかったんだろう。
今日そういえば、変な夢を見た気がする。そうだ。きっとこれは、その夢の延長線上に存在する、俺の妄想なんだ。
どうして分からなかったんだ。
よくよく考えてみれば、つかさが俺のことこんな風に押し倒すわけがないだろう。つかさがこんなに怖い顔をするわけもないだろう。お父さんが家から出ていくわけがないだろう。俺が今、こうやって_存在している@生きている_わけがないだろう。
きっと起きたら、全部俺の妄想だったって気がつくんだよ。多分、俺が病気だったってのも全部妄想。現実では食卓にお父さんもお母さんも笑って座って、『ホンモノ』のつかさも「あまね!」って元気に俺の名前を呼んで。
あ、長くなっちゃった。そうと決まれば、早く、早く目を──。
「記憶書き換えて、何か楽しい?」
一気に俺の意識は現実へと引き戻された。
つかさはさっきまでの恐ろしい程に吊り上がった口角が嘘みたいに、無表情になっていた。それでもまだ、瞳は真っ黒に染まりきっていて、双子だけれど、この瞳だけは絶対に真似できないなって他人事みたいに物事を客観視していた。
俺は今、一体何を考えていたのだろうか。一体何を妄想していたのだろうか。
ダメだ。思い出そうとすればするほど頭痛がひどくなって、何も考えられなくなる。これじゃあ、ただ俺が考えて混乱する、そしてその混乱を止めるために考えて混乱するっていう、円環に乗せられているだけではないか。
早く、梅雨が明けてほしい。さすればきっと、この頭痛も治まることであろう。
「記憶書き換えるって、何のこと」
「……つまんない顔。ま、いいや。……今日は早く帰ってきてね!! 俺すっごく楽しみ!!」
その一言で、つかさがしたいことが一瞬で分かった。分かりたくないのに、分かってしまった。途端に、ゾワリと鳥肌が立った。
きっとつかさは、カエルの『中身』を見たくらいで満足なんかしないのだろう。見たら見たらで、興味なさげに「ふーん」って呟いてゴミ箱へ捨てるんだ。
俺は結局のところ、つかさの玩具なのかもしれないって何度も思った。壊れたらそこでおしまい。それ以上も以下もないんだって。ちょっぴりタイプで気に入られただけの、ただの遊び道具だって。
いけない。今日は変に考えがマイナスへ向かう。
つかさの顔からは先程の怖い雰囲気は消え失せて、まるで遊園地に来たみたいな純粋な笑顔へと変わっていた。それがまるで天使みたいだなって。こういうのって、ブラコンっていうんだったっけな。
「……うん、うん。俺も楽しみ」
「でしょ~!! あ!!もうすぐチャイム鳴るじゃん!! じゃ! あまね。また放課後でね~!!」
そのまま、またつかさはポスターなんて気にも止めずに、走り去ってしまった。
でも、途中で生徒指導の先生に見つかって、怒られているところを見たら、つかさもちゃんと、子供なんだなって、当たり前のことにどうしてか嬉しくなった。
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