テラーノベル
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暴力表現あるぜよ恐ろしいわね~!
「──ぎ──ゆ──おい! 聞いてるのか柚木 普」
「……ヘ?」
パシンと出席簿で軽く頭を叩かれ、想像以上にマヌケな声が喉から発せられてしまった。
見た目的に力が強そうなのに、先生は優しいなぁ、なんて状況的に明らかに可笑しなことを考えながら、辺りをキョロキョロを見渡す。
先程、つかさと手を振りあって別々の教室へ足を踏み入れたばかりだというのに、とっくに時計の短針は四、長針はおよそ六を示していた。しかし、外は相も変わらずザーザーと雨が歌を歌いながら振り続けており、梅雨に入る前は中等部も高等部も元気に走り回っていたはずのグラウンドでは、今は雨の音のみが辺りを支配していた。
俺と先生は椅子にお行儀良く座っていて、向かい合わせに机をくっつけながら、先生は細くてカッコいい目を更に細めて、心配そうに顔を覗き込んでいた。
どうやら俺は今、恒例の『手当て』を受けているらしい。
何もかもがちんぷんかんぷんだが、最近は妙に変な夢を見たりしているし、すぐにこの状況を飲み込んだ。
さっきまで、変な夢を見ていたのだ。変……という程でもないが。妙にリアルだった──それだけだ。
「……聞いてます~。で、何?」
「絶対聞いてなかっただろ……」
「聞いてたって~。忘れちゃっただけ!」
「そんなことあるわけねェだろ。今言ったとこだぞ……。……柚木、いい加減吐け。この傷、一体誰にやられてるんだ?」
またそれか。
溜め息が出そうになるのをぐっと堪えながら、俺は口を精一杯閉じる。
正直に言うと、土籠(つちごもり)先生はシツコイ。心配してるのは理解しているけれど、誰にやられているかなんて、喉から落ちやしなかった。だってそれは、あのコへの裏切り行為デショ?
俺は土籠先生のことは好きだけれど、あのコのことも大好き。……あと、ねねおねーさん……じゃなくて!! だから、どっちにも幸せで居てほしいんだ。どっちかを裏切ることなんて、絶対にできるはずがない。
「……またダンマリかァ。いい加減話してくれないかねェ……」
「それもう聞き飽きた~。あと先生の授業いつ星始まるの~? 最近保険体育しか楽しくないんだけど……」
「サボってやがる癖に大口を叩きやがって……。まァそれはそうとして、体育と保険って、どんな授業今やってんだァ?」
「そりゃあ……夜の体育の実技を……」
「中等部でンなのやるわけねェだろォが!!」
いや、高等部でもやらないと思う。
先生のあまりに的外れなツッコミにクスリと笑いを零しながら、手当てを続けてもらう。
俺がかもめ学園に入って、少ししてから毎日つけてくるようになった、赤色の傷の数々。昔……っていっても数ヶ月前だけれど、最初は先生は『手当て』がちょー下手だった。
『先生の下手! 不器用!! ぶあいそ!! もっと丁寧にやれ~!!』
『うるせェ!! だったら自分でやれ!! それと無愛想はカンケーねェだろうが!!』
とか言っておきながら、先生は俺のことを見捨てたりしなかった。毎日毎日口喧嘩を挟みながらする、この『手当て』の時間が、学園にいる間で一番好きだった。アニメとかドラマとか星の話をいっぱいいっぱいして、時折つかさの可愛いとこを熱弁して、そしたら先生は呆れるけれど。
先生はぶあいそな癖に、とっても聞き上手なんだ。相づちだって打ってくれるし、先生の方から話をしてくれたりする。よくしてくれるのは、七不思議のなんたらかんたら。五番だっけ。先生はその話を、生徒によくしている気がする。先生がそういうブキミな話が好きなのはかなり意外ではあるが、所詮噂話。どーせいつかは消えてくんだし、単なる雑談として先生はその話を口にしているのだろう。
「……で、誰にやられてるんだ?」
「だからシツコイって~」
ヘラヘラと笑顔を浮かべながら、俺はそう先生に返した。
それにしても、今日はホントウにシツコイな。いつもだってシツコイけれど、俺があんまり聞かれたくないのを理解してくれてる先生だから、こんなに何回も聞いたりなんてしない。そういえば、昨日はあのコがイライラしていたから、かなりひどかった記憶がある。見たかったテレビのやつが変わったとか、そんな何てことのない理由。_俺@おもちゃ_でいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいーっぱいあそぶための、ただの口実かもしれないけれど。
そうだ。きっとそれが理由だ。いつもより俺の傷が多いから、心配して──。
次の瞬間、バチンと大きな音が鳴り、頬に割れるように痛みが走った。左頬だ。ガーゼを付けてて、ケガしてる方。
「……え……え……?」
まとまらない頭のまま、左頬を左手で急いで抑えた。ガーゼ越しに血が湿っていき、左手の中指がベタベタとしてくる。
先生の瞳に写る俺は、絶対に身内以外には見せたくないような、怯えた表情をしていた。
これじゃあ先生にまた心配される。グチャグチャになった頭の中を整理することは半ば諦めて、いつもの笑顔を浮かべる……はずだったのに、先生の瞳孔の中にいる俺は、気色悪いほどに目が潤んでいた。
「……や、やだなぁ! いって~。冗談キツいよ! ここケガしてるんだけど!!」
「元々ケガしてるんだから、大差ねェだろ。……お前さ、気持ち悪いんだよ。何当たり前にオレに手当てされてんだ?? ……ちょっと来い」
「い、ぃだぁ……!?」
ケガをして、包帯をぐるぐる巻きにした腕を強引に捕まれて、血が包帯にも滲んでいく。勢いよく腕を引っ張られたせいで、盛大に転んで、身体を床へと打ち付けてしまう。
あぁ、どうしよう。こんなの嫌われるかも。全身が痛い。先生が怖い。
じゃなくて、今はそうじゃなくて、
「せん、せ……? なん、で? どし、た、の……?」
俺の喉から発せられた声は、言葉では言い表せられない程に気色が悪かった。
男だってのに、怯えきっていて、どこまでも震えていて。こんな声、出したくないっていうのに、ガタガタと震える身体をどうにかすることなんて出来っこなかった。
それでもこんなカッコ悪いところは見られたくはなくて、恥ずかしくって、何とか自分で自分の身体をギュッと抱き締める。
先生はそれが気に食わなかったのか、目玉が飛び出るんじゃないかと錯覚するくらいに、力強く俺の顔面を蹴り飛ばした。
「がっ……!?」
「どおしたもこうしたもねェだろぉが。いつもいつもヘラヘラして、とボケやがって。正直ウンザリなんだよ」
あれ。おかしーな。
「気持ち悪いし、オレの時間がなくなるの理解してるのか?? あ??」
あのコよりも、暴力の種類が少ないはずなのに、あのコとあそんでる時よりも痛いな。そもそも……
「折角の放課後だってのに……てめェに付き合うのは正直懲り懲りなんだよ」
そもそも何で、蹴られてないはずの、胸がとっても痛いんだろう。
「なァ……聞いてんのか??」
「い゛っ!?」
無理やりに前髪を掴まれて、目線を合わせさせられる。
そこには、いつもの無愛想なのに、どこか優しくて温かいはずの先生の目はなかった。あるのは、まるで氷みたいな冷たい光を放つ、先生のお化けみたいな目だけ。
先生はお化け説なんて変な噂が立ってたけれど、ホントだったんだ。……違う。俺のせいで、先生はストレスいっぱいで、きっとイライラして、それでお化けだなんて言われてたんだ。
もう気を使わせたくないな。迷惑かけたくないな。
「あぁ!! ごめん、なさい……!! もう傷なんかつけてこないからぁ!! 先生の迷惑になんかならないようにするからぁ!! だからぁ!! ……やめてください……」
「……ちっ」
先生は舌打ちを落とすと、俺の前髪から手を離した。突然のことで、俺は床へと頭を打ち付けてしまう。
そのまま何も言わずに、先生は速足で教室から出ていった。
あ、これ嫌われたや。
もう二度と先生に手当てなんてしてもらえないし、もう二度と先生とお話なんてできるわけがないし、
もう二度と先生に抱きつくことなんてできやしない。
俺、二人ぼっちになっちゃったんだ。
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