テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「着きましたよ」
「……ありがとうございます」
お礼を口にしながら羽衣子はシートベルトを外してドアに手をかける――が、しかし、その手がふと止まった。
「…………」
羽衣子は無意識のうちに外へ出ることを躊躇っているようで、その様子に昴がいち早く気づいた。
「……どうかしましたか?」
穏やかな声で問いかけられた羽衣子はハッと我に返ると一瞬迷った後、意を決したように口を開いた。
「……実は……昨日、広瀬さんを見送って玄関の前で鍵を開けていた時、誰かに見られてるような気がして……」
「……視線を感じた、ということですか?」
「はい……でも、振り返ったら誰もいなかったんですけど……」
不安げに言葉を続ける羽衣子を前に昴の表情が微かに険しくなり、窓の外から辺りを見回していく。
「気のせいならばいいですが、心配ですね。ひとまず、今後は吾妻先生が部屋に入るまで見届けますから安心してください」
「え?」
「乙哉にはそう伝えておきます。今日は私が部屋の前まで一緒に行きますから安心してください。車はどこに停めたらいいですか?」
「いえ、そんな! ここで大丈夫ですから!」
わざわざ部屋の前まで来てもらうなんて申し訳ないという思いから断ろうとする羽衣子を前に昴は、
「吾妻先生はひとり暮らしですよね? もし玄関先で襲われ、部屋の中へ押し込まれでもすればすぐには助けられない。常に万が一を考えて動かなければ危険は回避出来ません。どんなに小さなことでも不安がある以上先手を打って動かなければいけないと、私は思います」
諭すように言葉を紡いでいった。
「……分かりました。それじゃあ、車は右から二番目のスペースにお願いします」
納得して頷いた羽衣子が車を停める場所を伝えると、昴は指示された通りに車を移動させてエンジンを切る。
「では行きましょうか」
「……ありがとうございます」
二人は車を降りると並んで階段を上がっていく。
申し訳なさは残るものの昴が隣にいることで安心感から羽衣子の足取りは軽い。
部屋の前に着くと、羽衣子は鍵を開けて扉を開く。
「視線も感じませんし、今日は大丈夫そうですね。それでは、また明日」
特に問題が無さそうだと分かった昴がそう告げて踵を返しかけた、その時だった。
「あの……!」
思いがけず呼び止められた昴は足を止めて振り返る。
「はい?」
「……その、もしお時間がありましたら……少しだけ、寄っていきませんか? 飲み物くらいしかお出し出来ないですけど……」
遠慮がちに紡がれた言葉に昴は一瞬だけ考えるように沈黙した後、
「……それでは、少しだけ」
折角の誘いだからと受けることにしたようで、その返答に羽衣子はホッとしたように微笑んだ。
「お邪魔します」
「どうぞ。適当に座っていてください」
羽衣子は荷物を置くと、そのままキッチンへ向かい、昴は促されるままリビングのソファーに腰を下ろした。
ただ、今この状況ーーむしろ昴にとっては好都合だった。
その背景には想汰がこの部屋を訪れていたことにある。
ずっと音信不通だったのに突然接触を図ろうとして来たという話を聞いた時から怪しんではいたものの、とある人物からの報告を受けて以降、想汰に対して更に疑念を抱いていた昴。
もし想汰に何らかの意図があって羽衣子に接触をして来たことを想定すると、訪問した際、彼女の隙を見て盗聴器や隠しカメラを仕掛けたかもしれないと考えていた。
昴は羽衣子の様子を窺いながら、ゆっくりと部屋の中へ視線を巡らせていると、コーヒーカップを二つ持ってリビングへやって来た羽衣子が向かい側に座る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
昴は差し出されたカップを受け取ると軽く口をつけるが、その間も周囲へと意識が向けられていた。
「……そういえば、金曜日にお兄さんと飲みに行くと仰っていたじゃないですか?」
「はい」
「どこで飲むとか決まっていらっしゃるんですか?」
さりげなく問いを重ねる昴。
「駅前で待ち合わせるので、恐らく近くの居酒屋かなと」
「なるほど。時間は?」
「そうですね、お互い仕事終わりなので……19時くらいには合流すると思います」
「……そうですか」
淡々と相槌を打ちながら昴は情報を頭の中で整理する。
表向きは穏やかな会話をしながらも、変わらず周囲を警戒していく。
(……見たところ怪しい物は無さそうだが……盗聴器は見ただけじゃ分からないか……)
カップを静かに置き羽衣子に見えない手元でスマートフォンを操作すると、すぐに小さく電子音が鳴って着信が来たことを告げた。
#シークレットベビー
#ヤクザ
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
1,277
西原衣都
639
猫塚ルイ

757
コメント
1件
第13話、丁寧な心理描写が光る回でしたね。羽衣子さんの「誰かに見られてる」という不安に、昴さんがただ送るだけでなく「部屋の中まで押し込まれたら助けられない」と具体的な危機感を伝えるところに、彼女の身を本当に案じる誠実さが現れていて好きです。そして部屋に上がり込んで、実は想汰さんの痕跡を探している――という静かな緊張感。優しい言葉の裏で警戒を緩めない昴さんの二面性にゾクッとしました。飲み会の時間までさりげなく聞き出す手腕も、さすがの一言です。次が気になります!