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熱を出した真衣香を家まで送り届け、会社に戻るまでの車内。八木はほんの2年ほど前のことを思い返していた。
(いやー、マジでヤベェの来たなって思ったな、あん時)
それは、総務に配属された初日の真衣香を見ての八木の率直な感想だった。
まず、目が合わなかった。会話をしようにも下を向き小さな声で受け答えする。
その態度にイライラしたことを覚えてる。
前任のベテラン総務、山本が退職を希望したちょうどその年の新入社員。
そこから補充しようと提案をしたのが、八木の叔父である人事部長の大野だった。
『研修中に良さそうな子で決めておいたぞ』と、何やら謎の自信に満ちた声だったので……鵜呑みにした結果、やってきたのが立花真衣香だった。
『お前、聞こえてんならもっと大きな声で返事しろ』
と、言えば肩を震わせ。
『わからねぇなら黙ってないで俺か山本さんに聞けよ、時間の無駄だろが』
と、八木なりの正論を唱えれば、まるで今日で世界が滅びるかのような絶望に満ちた顔で八木を見た。
(やりにくいったらねぇな……って、思ったな)
しかし、それを山本に伝えたならば『あら、でもあの子。 ビクビクするくせにねぇ、逃げ出さないでしょ』と、何やら気に入った様子で真衣香のことを話した。
女同士うまくいってくれてるなら、問題ない。案の定半年の引き継ぎは無事に終わり、真衣香も配属された総務課の仕事が手に馴染んできたようだ。
しかし、安心したのも束の間。
山本が退職してしまってから新たな問題が起きた。
いや、すでに最初から起こっていたことなのだろうが。
会話が続かないのだ。
山本がいた頃は、それなりに彼女が緩衝材となり円滑に総務課を回した。
だが、それがどうだ。
八木が一言注意するだけでもビクビクと視線が泳ぐ。
面倒すぎるな、このクソガキが。と、心の内で何度キレたことか。
ある日。気を遣って話すことに嫌気がさした八木は、当たり前のように目を合わせない真衣香の鼻を摘んだ。
『い、いひゃい!』と、叫び、涙目で見上げてきた黒目がちな瞳に何かを思い出す。
『あー、マメだな! 何だ、お前。 うちの実家の犬にそっくりだな』
『え!?』
その時初めてガッチリと目が合ったことを、今もハッキリと覚えている。
『豆柴なんだけどな、目がまんまだぞ、お前ほんとに人間か?』
からかい口調で言ったなら頬を膨らませて反論してきた。
『わ、私人間ですよ! 犬じゃありません!!』
(何だ、こいつ腹から声出せるんじゃねぇか)
――なるほど。こうすればビビらずに会話できるわけか。
そんなふうに、ひとつ扱い方を把握した。
ひとまず安堵した八木の背後で笑い声が上がる。
杉田だ。
『いやぁ、楽しそうでいいねぇ。 うちの娘は最近口も聞いてくれないからね、立花さんの声を聞いてると元気になるなぁ』なんて平和なことをぬかし始めたのだ。
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