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やがて、真衣香は八木が細かく注意するほどのミスもなくなり、いよいよお役御免で放置できるなと息をついたなら。
”経営戦略部“が動いてないままだろう。と、叔父である大野が言った。
幹部がこぞって入れ替わったときに、必要ないだろと思われながらも社長室から分離させた部署。
はっきり言って機能なんかしていない。
『お前、そっち任されてみる気あるか?』
『どーゆう意味で』
『そうだね、部長にするにはいささか経験不足だし、それにまだ若い。 部長補佐あたりで話が出てるね』
『ふーん』
その、大野の言葉を聞いて一番に浮かんだのは総務課の風景だった。
『総務は? 補充ある?』
『いや、事実上、立花さんだけになる予定かな。 ああ、杉田君は、ほら課長だしお前の言う頭数には入らんのだろう』
『いや、本社も営業所もは、さすがに立花ひとりじゃ無理だろ』
『お前が総務に来るまでは山本さんがひとりでまわしていたんだろ。 だから時短のパートさんくらいかね、入れてもね』
思い悩む八木の姿を前に、大野はさらに言った。
『何を過保護になってるんだ。 彼女はできる子でしょう。 お前も、いい歳なんだから。 うちでずっと働くと決めたんなら本腰入れなさい』
ここで断るのも、真衣香には無理だといっているようなものだ。30を過ぎて、甘んじてきた自分を叩き直したい気もあった。
大学を出てすぐに就いた仕事を数年で辞めた。まあ、なんとかなるだろうと適当に過ごしていたならば、現実はそう甘くはなく。
手っ取り早く金になればと、時給のいいバーや居酒屋で働き、時にはホストの真似事をしたり。
そんな八木を気にかけて声をかけたのが大野だ。
噂通りコネ以外の何でもない、そんなキッカケでの入社だった。
『お前が、目立つ部署を嫌がるのもわかるよ。 どれだけ実力があっての異動でも言われてしまうからね』
『あー、まあ。怠いわな』
『ははは、そうか。しかし言わせんようにするのもまた仕事のうちだ』
うーん、と腕を組み考える。
『まぁ、すぐにじゃねぇんだろ』
確かに、真衣香ひとりでも総務は恐らく大丈夫だ。ここは人事が独立して存在してるし、その手間がないだけでも、過保護になる必要は大野が言うとおり必要ない。
『そうだね。半年後くらいかね、新年度に』
『了解、受けますよ大野部長』
大丈夫だ。真衣香はきっと、山本に次ぐ活躍をするだろう。
社内の人間を繋ぎ、また円滑に日々が動くよう、そんな場を作ろうと切磋琢磨するだろう。
目立たないこと、縁の下の力持ちがクローズアップされることは、実はそんなに多くないのだ。
実際に、この数年の間に育てようとした後釜は何人か退職したり異動希望を出し続け、去った。
しかし真衣香にはその環境に腐らない、静かな頑固さがあるように思う。