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次の日は、朝から一通りの家事を済ませた。
旦那の分の洗濯も終わらせた、仕方ない。
職場へのお土産は、私だけが買った温泉まんじゅう。
二人して同じとこのお土産は、出せないから。
保険証を探していた時、クリアファイルに入った離婚届が出てきた。
記入は終わっていたけど、なんとなくいつ出せばいいのかわからず、そのままにしてたやつ。
結婚してる理由も見つからないけど、離婚をしなきゃいけない理由も今ひとつ、ピンと来なくなっていた。
こんな時は、そうだ、また洋子さんに話を聞いてもらうかな。
「おはようございます」
「おはようございます、あの、これ、おみやです。みなさんでどうぞ」
「お?未希さん、温泉行ったの?どうりで今日はお肌ツルツルのはずだわ」
社長が言う。
「美肌の湯だったかなあ?肩こりとかに効くと書いてあった気がしたけど」
「まぁ、ゆっくりできたならよかった」
貴君との楽しい旅行の思い出より、昨夜の旦那の事故のことで頭がいっぱいになっていた。
大した怪我じゃなくてよかったけど。
「おはよう、昨日はお疲れ様」
貴君にしか聞こえないくらいの小さな声で告げる。
「おはよ、あ、LINE見てくれた?」
「あ、ごめん、昨日はなんかバタバタしててまだ見てないや。大事な用事だった?」
「いや、ちょっと話したいことがあってさ。近いうちに時間ないかな?と思って」
今日は旦那を迎えに行くから、無理だなぁと考える。
「急いでないから、また時間ある時に」
「うん、ちょっといまは、ごめんね」
こそこそ話して仕事に入る。
貴君の話も気になるけど、いまは旦那の退院とその後のことを考えないといけない。
離婚してたら、何も考えなくてよかったのかなぁと思うけど。
仕事を早く上がらせてもらい、旦那を迎えにきた。
病院で借りたパジャマを返して、持ってきたポロシャツとジーンズに着替えるのを待つ。
「よかった、本当に大した怪我じゃなくて」
「あー、今になってタンコブが痛いけどな」
支払いを済ませて車に乗る。
「タロウに美味しいおやつ、買って帰りたいんだけど」
「タロウのことは心配するのね?私のことは?」
「未希ちゃんは大丈夫だよ、俺なんかいなくても」
「ホントにそう思うの?」
「うん、そう思う」
「そっか…」
ホームセンターで猫の餌とおやつを買った。
それから柔軟剤も。
「晩ご飯、食べて帰ろうか?」
「うん、こんな包帯頭でもいい?」
「ゾンビには見えないから平気。そこのファミレスでいい?」
ハンバーグセットを二つ注文した。
「仕事はどうなるの?」
「明日には行けるよ、今は有給制度もないから働かないとね」
「行ける?」
「うん、大丈夫。骨にも異常なかったし」
車は保険で修理して、代車が借りられるらしくてほっとした。
ゆっくり食べて、ゆっくり帰った。
旦那と二人でこんなにゆっくり過ごしたのは、何日ぶりだろう?
もう長い時間、別々だった気がする。
「お風呂先に入って。必要なら手伝うけど、頭は今日は洗えないでしょ?」
「うん、先に入るわ」
旦那がお風呂に入ったのを確認して、スマホを開いた。
別にここにいたとしてもスマホを開くくらい、なんでもないことだけど、貴君とLINEするには気が引ける。
「えっと…LINEは…」
『お疲れ様でした。楽しかったね、また行きたい!と思ったよ。会って話したいことがあるから、近いうちに時間作ってくれないかな?』
なんだろ?わざわざ話したいことって。
明日から旦那は仕事に行くと言っていたから、明日にするかな?
「お返事遅くなりました。明日の仕事終わりに、いつものカフェでどう?」
送信。
すぐに返事。
『了解!じゃあ、明日ね。おやすみ』
旦那の部屋へ入り、布団をととのえておく。
私ってば、ちゃんと主婦してる。
しなきゃいけないと思うと、なにもやりたくないのに。
次の日の仕事終わり、待ち合わせたカフェに着いた。
貴君は先に来ていた。
バッグにはなぜか、まだ提出していない離婚届が入っている。
「お待たせ。わざわざ会って話すってなに?」
「このまえの旅行楽しかったね」
「うん、面白いこともあったし」
その後は大変だったんだよとは、言えない。
「あのさ…」
「うん」
「お見合いすることになって」
「あー、うん」
とうとうその時が来たか。
「そのことは、一応話しておかないといけないなと思ったから」
「うん、そうだね。話してくれてありがとう」
カフェ・オ・レが運ばれてきた。
いつもは砂糖も入れて甘くするんだけど、今日はこのままで、コクリと飲む。
貴君はトマトジュースだった。
健康のため、最近飲み始めたとか言っていた。
貴君の喉が、ゴクリとトマトジュースを送り込んでいくのを見て、あの夜の肌を合わせた感覚を思い出そうとする。
けれど、つい3日ほど前のことなのに、うまく思い出せない。
「あのさ…一つ聞いてもいい?」
私は聞きたくて聞けなかったことを聞くことにした。
「ん?」
「私のこと、好き?嫌い?」
「面白いこと聞くよね?嫌いだったらあんなことしないよ」
「そっか…」
もう一度、ほろ苦いカフェ・オ・レを飲む。
貴君の気持ちがわかった気がした。
それは少し前から気づいていたことだけど。
「お見合いしてさ、相手の人が貴君を好きになったら間違いなく結婚するよね?」
「いやいや、俺の気持ちは?」
「貴君の気持ち、か。多分だけどさ、貴君から誰かをものすごく好きになったことって、あんまりないのかなぁと思ってさ」
「んー、そう言われてみればそうかもしれないな」
「私にこうやって付き合ってくれるのも、私が好きだという気持ちを受け止めてくれてるからだと思うんだ、だから、さっきの答え、嫌いじゃない、になるんだって」
私、何を言いたいんだろ?自分でもわからなかった。
「俺ってさ、見た目もイマイチだし性格も面白くないし、稼ぎも多くないでしょ?だからこんな俺を好きになってくれる人がいたら、だんだんとその人を好きになる、みたいなとこはある」
「そうでしょ?だから、さっきの話になるんだよ」
「そういうことか」
「大丈夫、お見合いするならその先、その人とお付き合いすると思うから、私はただの女友達ということで。それを言いたかったんでしょ?」
「うん、でも未希ちゃんの存在は、その人と結婚することになったらすぐに認めさせておくから」
「いや、やめといて。変に邪魔したくない。女ってわりとプライド高い生き物だから、そんなことしない方がいいよ」
「…そうかな」
「うん、そうだよ。だから仲間ってことにしといて、バイクのさ」
「わかった」
私はまだ人妻だし、と思いながら離婚届を見る。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「うん、明日も早いしね」
じゃあねと駐車場で別れる。
これでますます離婚をしなければならない理由がわからなくなった、違うな、状況が変わってきた?
最初から考えてみる。
旦那の借金、外でしてこい、日々の小さなストレス…。
それだけだったっけ?
あ、貴君と付き合いたいからという理由もあった。
でも。
お見合いをして、貴君が誰かと結婚すると現実的なことを考えたら、胸の奥の方で歯軋りしたいような感覚があった。
多分それは嫉妬、まだ見ぬ誰かへの。
貴君を縛りつけることはできないけど、いい女になってこっちを向かせたい、そんな気持ちが生まれた。
たとえそれが結婚には結びつかなくても。