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「社長っ」
倫太郎の手が離れた瞬間、壱花は叫んでいた。
倫太郎は壱花が解き放たれた百鬼夜行を見ないよう、目隠ししてくれていたようだった。
倫太郎自身は見てしまったのではないかと心配したが、
「大丈夫だ。
俺も目を閉じてた」
と言われ、ホッとする。
「最後だけ見えたけどな」
「え?」
「札から立ちのぼってきたお前の作った変な生き物、お前の方見て、ぺこりと頭下げてったぞ。
お前、新たな妖怪を作ったようだな」
と笑われる。
そのとき、
「化け化けちゃーんっ」
と高尾が抱きついてきた。
だが、壱花はいつものように逃げることはしなかった。
確かにそこにある高尾の温かさに安堵していたからだ。
「なんかホッとします、高尾さんがいてくれると」
と言うと、高尾は、
「でしょ、でしょ?」
と笑う。
キヨ花が笑って、
「やっぱり、高尾さんがいないと、店に色気がなくて面白くないしねえ」
と言ったが、
「いやいや。
僕のこと、綺麗に忘れてたじゃない。
覚えててくれたのは葉介だけだよ」
と高尾は今度は冨樫に抱きつこうとして逃げられていた。
「何故、自分だけ忘れなかったのか考えてたんですけどね」
と冨樫が高尾からは離れた位置で言う。
「わりと常に高尾さんのこと考えてたからじゃないんですかね?
記憶が消えかけても思い出したりして」
それはたぶん、同じ顔の父親のことが胸に引っかかり続けているからなのだろう。
「なんだって?
じゃあ、常に僕のことを考えててくれるのは葉介だけかっ。
此処の他の店員は薄情だなっ」
と言う高尾に冨樫が、
「いや……私は店員ではないですが」
と言う。
「でも、そういえば、化け化けちゃんは誰か足りないって言ってくれたしね」
そう言いながら、高尾は壱花の頬にキスしてこようとした。
壱花が逃げる前に、倫太郎が壱花の腕をつかんで、壱花をぐるっと半回転させ、高尾の側から引き離した。
「それだと此処の店員で薄情なのは俺だけってことになるな」
「まあ、男に熱く思われるのも怖いけどね」
と笑う高尾に冨樫が風船クジのぶら下がった中央の柱の陰からこちらを見て、
熱くは思ってませんからねっ、という顔をする。
「ところで、なんでこんなことになったんだ」
と訊く倫太郎に高尾は、
「いや、それがね。
この間、早く店に来すぎてさ。
誰もいなかったんだよね」
と語り出す。
「この店、鍵の意味はどの辺に……」
と壱花は呟いた。
「でさ、なにか面白いものないかなあってケセランパサランと探してたら」
「さりげなくケセランパサランを共犯にするな。
あいつらお前にのってただけだろう」
今もそこ此処に漂っているケセランパサランを見ながら言う倫太郎を無視して、高尾は続ける。
「そこの棚の奥で花札見つけたんだよね。
紫の細い紐で封印みたいにしてあったのを切ったら。
なんか、はははははははって笑い声が聞こえて、一番上にあった白い札に吸い込まれちゃったんだよねー」
「結局、お前が元凶じゃないか」
と倫太郎は文句を言った。
「まあまあ、みんな無事に助け出せたし。
楽しかったでしょ?」
自分は閉じ込められていたというのに、ケロッとして高尾は言う。
「ああ、まあ、無事に解放できたのはよかっ……」
たが、と言い終わる前に、倫太郎は静かに後ろに立っていた浪岡常務に気がついたようだった。
浪岡常務はジェントルマンな微笑みを浮かべ、
「ありがとう、倫太郎くん。
助け出してくれて。
……札でいる間も、君たちの声は聞こえていましたよ。
私にずいぶんと高い点数をつけてくれてありがとう」
と言ってくる。
ひっ、と壱花たちは固まった。
高尾たちと違ってしゃべらなかったので、人間は札になっている間はなにも聞こえていないのかと思っていたのだ。
「……黙って聞いてるとか人の悪い」
自分が勝手に罵っておいて、倫太郎は小声で愚痴っていた。
そのとき、斑目の祖父、内田直弼がぱんぱん、と壱花の腕を叩いて言ってきた。
「いや、あんた、気に入った」
「は?」
「あんたのその、強引におのれの考えた役で押し切ろうとする姿勢が気に入った。
うちの孫はどうかね?」
「え」
「人也は、すぐ気がよそに行ってしまうんだよ。
あんたみたいな集中力と瞬発力のある嫁が来たらいいんじゃないかと思うんだが」
その言葉を聞いた倫太郎が、
「遊びにしか集中力のない奴でいいのか……」
と呟いていたようだが。