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ベルモンドだ。お嬢の外出について行けないのは不安だが、これっきりだ。相手は『海狼の牙』、ルイの奴だって成長してる。任せて大丈夫なはずだ。俺は不安を無理矢理押し殺して八番倉庫にやってきた。月明かりだけが頼りだが、倉庫街は不気味な静けさがある。だが、気配も感じた。
「これはベルモンド君、君が来ていただけるとは光栄だ。再び一緒に仕事が出来て嬉しいですよ」
この青い短髪で眼鏡をかけた線の細い紳士がクリューゲ、エルダス・ファミリーの幹部で参謀格だ。見た目に騙されると酷い目に遭う。立ち振舞いこそ紳士だが、仲間には下衆だからな。
「クリューゲの旦那、出来ればこれっきりにしてくれねぇか。いつまでも下っ端みたいな仕事をしたくねぇんだ。組織を抜ける時、ちゃんと筋も通したろ」
バルモスの馬鹿に狙われて怪我したがな。
「あの件はこちらの手違いです。謝罪させていただきましょう。お詫びに、これが最後ですよ。此方からは今後二度と貴方に仕事を強要しないと誓います」
「口約束じゃ信用ならねぇな」
「もちろん、正式な書面も用意しましょう。ここはビジネスの世界ですからね、これを破ったとなれば我がファミリーの信用に関わります。どうですか?」
「いいだろう、ちゃんと確認するからな」
「ええ、構いませんよ。もちろん、貴方から仕事を手伝いたいと依頼が来れば喜んで紹介しましょう」
「有り得ないがな。それで、今回は何だ?」
「重要な取引がありましてね。相手は政府の関係筋です」
「なんだよ、いつから政府と仕事をするようになったんだ?」
「彼方も表に出せない仕事があるのですよ。うちは、それを率先して引き受けているだけ。政府の犬と揶揄されるような仕事ではないのでご安心を」
「そうかい、今の俺には関係無いな。それで、なにをすれば良い?」
「此方が彼方の役人に物を引き渡す、取引の内容はそれだけです。ただ、相手は政府ですからね。仁義を通さない可能性もあるので、用心のためですよ」
「あっちから見れば、俺達は帝国の屑の集まりだ。仁義を通さなくても胸は痛まないだろうさ」
「その通り、だから誰も政府と仕事をしたくないのですよ。ですが、うちのボスはそれを率先して引き受ける。困ったものですよ」
「……なにを考えていやがる」
「さあ、ボスのお考えなど凡夫に過ぎない私には到底理解できません。いや、理解する必要もない。何故なら利益を生み出しているのですから」
「御目出度いこって。ブツは何処にある?」
「そちらの木箱の中ですよ」
指した先には大きな木箱があった。中身は…いや、知らない方が良いだろうな。
「分かった、取引が終わるまでアンタとブツを護る。それで終わりだ」
「ええ、有意義な時間にしましょう。っと、先方が来たみたいですよ」
倉庫の入り口に、顔を隠した男が数人現れた。あいつらか。
「ミスタークリューゲ、ブツは何処ですか?」
「こちらの木箱の中にあります」
「確認しろ」
二人が動いて、木箱の中身を確認するために蓋を開けた。
「ふむ、間違いありません」
「これは上物だな」
奴らが確認しながら声を弾ませてやがる。そして、俺は迂闊にも中身を見てしまった。木箱には栗毛で犬のような耳を頭に生やしたガキが入っていた。獣人のガキか!
「ええ、仕入れるのに苦労しましたよ。何せ、獣人はエルフと同じくらい稀少ですからね。ましてや子供ともなれば、値も張りますよ?」
「問題ありませんよ、ミスタークリューゲ。クライアントからは、星金貨二枚までならば用意すると承っておりますので」
「星金貨二枚ですか!これは、苦労した甲斐があります。ですが、満額を請求するのはクライアントの心情を損ねてしまいますね」
「ふっ、如何ですかな?」
「最初に上限を提示するとは、貴方も悪い方だ。では、星金貨一枚で引き渡しましょう。その代わり、クライアントにはくれぐれも良しなにお伝えください」
クリューゲの野郎が商談を進めてるが、俺は中身のガキに釘付けだ。畜生、中身を見たのは迂闊だった!
見た感じ、歳は二桁にならないだろう。女の子か。怯えて、そして諦めた目で周りを見て…俺と目が合った。
……ガキがそんな目をするなよ。何処かお嬢を彷彿とさせるガキを見て俺は固まってしまった。
下手な同情はするな!人身売買なんて、シェルドハーフェンじゃ日常茶飯事。俺だって同じ穴の狢だ。今更偽善だって分かってる!目を逸らせ!そして忘れろ!何事もなく終わらせるんだ!
……本当に、本当に…俺は!
「なんだ?ぐはっ!?」
「なにっ!?ぎゃあっ!」
気付いたら俺は木箱の側に居た二人を斬り捨てて、獣人の子供を抱き抱えていた。本っ当に俺は大馬鹿野郎だ!偽善にもほどがある!
だがよ、ここでこのガキを見捨てて、お嬢に胸張って自慢できるか!いや、出来ねぇ!なにより俺が自分を許せねぇ!
「なんのつもりですか?ベルモンド君」
クリューゲの野郎は何処か楽しそうな目で俺を見てやがる。
「星金貨一枚なら俺が払ってやる。だからこのガキを貰うぞ」
「なっ!?ミスタークリューゲ!これはどう言うことですかな!?」
「はぁ……やれやれ、困った方だ。貴方のその甘さ、それは唯一私が貴方の軽蔑する点ですよ、ベルモンド君。これは重大な契約違反だ。取引を妨害して、我がファミリーとクライアントの関係にヒビを入れた。許されることではありませんよ?」
「ああ、分かってるさ。これがどれだけ馬鹿な事なのか。俺自身が分かってる!だがな、こればっかりは曲げられねぇんだ!」
「実に直情的ですね。仕方ありません、貴方とはこれっきりにするつもりだったのですが」
足音が複数!ヤバい、囲まれる!
「俺は変われねぇよ!あんたから見れば、信じられない馬鹿なんだろうがな!」
俺は裏口へ走りながら吠えた。不思議と奴は追いかける素振りを見せない。
「忘れないことです、ベルモンド君。貴方のその安い正義感が何をもたらすのかを。貴方は一人ではないのですからね」
奴の言葉を背に受けながら、俺は子供を抱えて夜の暗黒街を突っ走るのだった。
正義感に突き動かされた結果何が起きるのか、当時の俺は全く考えてなかった。本当に、大馬鹿野郎だ。