ベルモンドだ。俺は女の子を抱えたまま夜のシェルドハーフェンを走ってる。どういうわけか追手がない。クリューゲの野郎からすれば、不思議なくらいだ。だが、今は安全を確保しねぇと。
しばらく走り、路地裏に身を潜めてひと息吐くことが出来た。
「ふぅ…ここまで来れば流石に、な。お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「…」
降ろしてみたが、俺を見つめてやがる。多分、売られる先が変わっただけだと思ってるんだろうな。無理もない。
「大丈夫だ、妙なことをするつもりはねぇさ。恥ずかしいが、青臭い正義感って奴だよ」
「…」
首を傾げてやがる。
「その、聞きたくはねぇが…親は?それか、頼れる相手は居ないのか?」
そう問い掛けると、首を横に振った。やっぱりか。
「なら、もし良かったらうちに来ねぇか?あっ、変な場所じゃねぇし嫌なら断ったって…」
いや、今何を言っても信用されねぇか。でもな、助けて放り出すのは後味が悪いし。お嬢に頼んでみるか。
「ついてきてくれ、ここに居てもどうしようもないからな」
女の子は頷いた。頭の犬みたいな耳が揺れた。警戒心がない…いや、違うな。諦めてるのか。少しでもうちで安心できれば良いんだが。
「ベルモンドだ。お嬢ちゃん、名前を聞いても良いか?」
「…アスカ」
「そうか、良い名前だな。さあ、ついてきてくれ。足元に気を付けろよ」
アスカ、ね。この辺りじゃ聞かない名前だ。種族が違うと名前も変わるのかねぇ。
教会に戻ったんだが、何だか物々しい。完全武装した戦闘員達が厳重に警戒してやがる。何かあったか。
「マクベスの旦那」
指揮していたマクベスの旦那に声をかけた。
「ベルモンド殿!?今まで何処に居たのだ!?」
「ちょっと野暮用でな、何かあったのか?」
「重大な事件が起きた。私からは説明できぬから、中で話を聞いてくれ」
「分かった」
何かあったな、なんだ?胸騒ぎがする。
礼拝堂に入ると、そこにはシスターが居た。いや、仁王立ちしてるな。
「遅いお帰りで、ベルモンド」
「ああ、済まねぇ。遅くなった」
「その娘は?」
視線をアスカに向けた。
「こいつはアスカ、俺の野暮用の成果だよ。まあ、拾ったんだ」
「幼女趣味とは思いませんでしたね」
「違うって、放っておけなくてな。で、何の騒ぎだ?シスター。お嬢は?」
「呑気なことを。シャーリィは撃たれました」
は?
「何だって!?お嬢が撃たれた!?」
「『海狼の牙』との会談からの帰り道に、狙撃されたんです。ルイスがシャーリィを抱えて逃げ込んできたんですよ。で、護衛の貴方は何をしていたんですか?」
「ーっ!」
撃たれた!?お嬢が!?まさか、今『暁』は揉めてる組織なんて……!
いや、そうか!そう言うことか!
時は遡り数時間前。シェルドハーフェン港湾エリア付近の街道。
「話し込んでしまいました。随分と遅くなりましたね」
「雑談してるようにしか見えなかったんだが?」
「それで良いのです。気軽に話せる仲を継続することが大切なのですから」
ウッス、ルイスだ。シャーリィと『海狼の牙』のボスの会合が終わって俺達は街道を歩いてる所さ。
港湾エリアと市街地は少しだけ離れてるからな、街灯もない道をランプ片手に歩くことになる。一昔前なら松明なんだが、このランプって奴も使い勝手が良い。油があれば幾らでも使えるし、なにより熱くないからな。
「次の会合は来月だったか」
「はい、お互いに余裕があれば毎月会うことにしています。私との会話は面白くて興味深いのだとか」
「興味深いねぇ…魔女は何を考えてるか分からねぇな」
「全くです」
本当はベルさんが護衛する予定だったんだが、急用らしくてな。俺がシャーリィの護衛をしてる。
ベルさんにしては珍しいもんだが、たまにはそんなこともあるか。俺としても久しぶりにシャーリィと二人きりだからな、役得って奴だ。
「ルイ、帰ったらこれを試してみましょう。興味があります」
とか言いながらシャーリィの奴は、サリアの姉御から渡された瓶を取り出す。魔法薬って奴らしくてな、元気になれるんだそうだ。けどなぁ、緑色の液体は明らかにヤバそうな感じがする。
「それ飲むの止めとかねぇか?緑色だしよ、飲み物って感じがしねぇよ」
「今更毒を盛るようなことはしないでしょう。大丈夫ですよ」
「いや、だからって…」
その瞬間、ダァアンッ!っと銃声が響いた。俺は咄嗟にシャーリィを庇おうとしたが、それより先にシャーリィが膝を着いた。
「シャーリィ!?」
「うぁっ!」
右足を撃たれてる!?誰が!!いや、今はそれよりも!
「悪い!」
「きゃっ!?」
俺はシャーリィを抱き上げて近くの荷車の陰に滑り込んだ。次の射撃が来るかも知れねぇからな!
「野郎!誰だ!シャーリィ、大丈夫か!?」
「大丈夫っ…ではないですっ!凄く痛いっ!」
右の股を撃ち抜かれてる。弾は…貫通してるな!俺は咄嗟に愛用のスカーフを使って傷口を縛った。けど、こんなんじゃ気休めだ!
「シャーリィ、ここに居ても危険だからな。痛いだろうが、我慢してくれるか!?」
「っ!」
痛いだろうに、叫ばないように必死に耐えて頷いてきた。畜生が!
「誰だか知らねぇが、覚悟しとけよ!絶対に落とし前付けてやるからなぁ!!」
俺は闇に向かって吠えると、シャーリィを抱き抱えて街道の雑木林の中に駆け込んだ。今は、一秒でも早くシャーリィの手当てをしねぇと!
クソッ!久しぶりの二人きりで浮かれてた!情けねぇ!俺がしっかりしねぇからシャーリィがっ!畜生がっ!
ルイスはシャーリィを抱き抱えたまま教会目指して夜道をひた走るのだった。
時は戻り、教会。
「幸い、シャーリィの怪我は大事には至りませんでした。命に別状はありません」
「そうか…」
シスターに告げられて俺は安堵した。くそっ、これじゃ護衛失格だな…。
「犯人は不明、ルイスはシャーリィを優先したので調査はしていません。悪くはない判断ですがね」
「ああ、護衛として優秀な判断だな」
「で、貴方は何をしていたんですか?幼女を引き連れて、こんな遅くに」
シスターの蔑む視線を感じる。言い訳はしねぇ。
「済まなかった…多分、お嬢が撃たれたのは俺のせいだ」
「詳しく話しなさい」
俺はエルダス・ファミリーとの件を洗いざらい話した。
「エルダス・ファミリー…」
「ああ、それに俺が騒ぎを起こして間がない。クリューゲの奴は、最初からお嬢を狙ってたんだろうな。いや、あの取引に連れていったのも…最初から…」
「情けない、つまり嵌められたと」
「ああ、大馬鹿野郎さ。返す言葉もねぇよ」
「で、正義感に駆られてやった結果、『暁』はエルダス・ファミリーに目を付けられてシャーリィが撃たれたと」
「ああ…」
「てめえ…ふざけてんですか?あ?下らねぇ正義振り回して、組織を、自分のボスを危険に晒すなんざ三流以下じゃねぇか」
「返す言葉もねぇよ…」
すると、シスターはゴツいリボルバーを俺に向けてきた。
「死んで詫びるか、あ?てめえらがどうなろうが知ったことじゃねぇけど、シャーリィが怪我したんだ。それは何よりも許せねぇ」
静かだが明らかにキレてるな。まあ、当たり前か。誰よりもお嬢を大事に思ってるのはシスターだからな。
「殺れよ、俺に抗議する資格なんざ無い。けど、アスカは、この子だけは見逃してやってくれねぇか。頼む、シスター」
「何処まで甘いんだ、てめえは」
引き金に掛けた指に力が入るのが見えた。全く、本当に情けねぇよ。
けど、アスカは大丈夫だ。シスターは見殺しにしねぇ。
悪いな、お嬢。お嬢を護るために居るのに怪我させた原因を作っちまって。せめて、幸運を祈るぜ。
目を閉じ、全てを受け入れようとした俺の耳に。
「待ってください」
聞き慣れた少女の声が響いた。
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