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「ぐええっ!?」
勢いを殺され、黒豹が真下に落下する。
「で……でめえらぁ……」
僕らのすぐ目の前で、口から発光の収まった箒の穂先を飛び出させた黒豹が、何とか立ちあがろうとした。
しかし、上手くいかない。
崩れ落ちた黒豹の、憎しみに満ちた瞳が真紅に染まり——僕らに何かをしようとした、その時だった。
バサバサバサッ!
鴉の大群が舞い降り、魔女へと襲い掛かった。
白ではない。
魔女の手下——黒い鴉達だ。
「ぐわあああああっ!?」
「ギャハハハハ!お前ら、やっちまえ!」
「ギャハハハハ!こんなチャンス、二度とねえぞ!」
「ギャハハハハ!積年の恨み、晴らしてやるぜ!」
あっという間に、黒豹の姿は鴉に覆い隠されてしまった。
蠢く鴉達の合間から、血肉が飛び散る。
「クエ――――ッ!」
ほぼ同時に、威勢のいい鳴き声が響き渡った。
見れば、ちょうど河童の拳が、黒いドラゴンの顎を跳ね上げたところだった。
ドラゴンが真っ黒な靄へと変わり、渦へと吸い込まれていく。
元の世界に——〝夜〟の一部に戻るのだろう。
「哀れなものですね」
いつの間に、すぐ近くに幸村さんが立っていた。
後ろには、狐面の二人も居る。
「あなた達、離れなさい」
幸村さんの言葉に、鴉達が一斉に上空へと飛び立つ。
そこには、両目を抉られ、体中を食い荒らされ、喉を箒で貫かれた、無惨な姿の黒豹が横たわっていた。
その胸は微かにではあるが上下に動いており、体の傷もゆっくりと再生を始めている。
「不死の黒猫の肉体ですか——小賢しい」
幸村さんは右手の人差し指と中指を立てて口元へと持っていくと、ただ一言、短く告げた。
「燃えろ」
途端——紅蓮の炎が、黒豹の体を包み込んだ。
炎は黒豹にそれ以上の再生を許さず、刺さっている箒ごと、骨も残さずに焼き尽くした。
あっという間の出来事だった。
巨大な河童はそれを見届けた後、
「クエーーーッ」
と鳴くと、完全な液体と化して川と同化した。
かと思えば——緑色をした人間大の、十数匹はいるであろう河童達が水面に顔を出した。
幸村さんと狐面の二人が深々と頭を下げると、河童達は「気にするな」とでも言いたげこちらにに手を振り、一斉に水中へと潜ってしまった。
(後で聞いた話では、近隣の様々な川からも援軍が来てくれていたらしい)
「勝った……」
僕の傍らで、上体を起こした由宇が呟く。
その体からは、既に生贄の印は消失していた。
「終わりましたね」
狐面の二人組の内、角刈りの男が幸村さんに声をかけた。
しかし幸村さんは、
「そうですね……」
と答えつつも、表情を厳しくしたままだ。
「何か気になることでも?」
「いえ——悪名高い〝宵闇〟の最後にしては、少々呆気ない幕切れな気がしたもので——」
その言葉に、今度は茶髪の男が、
「そうスか?こんなもんでしょ?いくら不死でも、浄化の炎に焼かれちゃあひと溜まりもないっスよ」
と言って肩をすくめた。
「だといいのですが——うぐ!?」
突如として、幸村さんが咳き込みだした。
口元を手で覆うが、指の隙間から赤い液体が零れ落ちる。
——吐血だ。
「幸村さん!」
ふらついた体を、角刈りの男が支える。
「無茶するからですよ!〝夜〟の力を押さえ込むなんて、いくら幸村さんでも——」
「この程度、大したことはありません——」
幸村さんはそう言うと、着物の袖で乱暴に口を拭った。
それから、僕らの方に鋭い目線を向ける。
「——彼らのやった無茶に比べればね」
お、怒られる!
思わず身を固くする僕だったが、幸村さんは由宇に近づくと、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「椎名由宇さんですね?体はもう大丈夫ですか?」
「は、はい……なんとか……」
「そうですか……よかった」
そう言って、ふう、と息を吐く幸村さんの瞳には、今にも零れ落ちんばかりの涙が溜まっていた。
「本当に……本当に、よかった……」
防護服を着た人達が、機材を運んだり、ノートPCで何らかのデータを確認したりしている中、
「ギャハハハハ!やりやがったなあ、坊主!」
突然声をかけられ、僕は背後を振り向いた。
すぐ近くの地面に、白い鴉が居た。
「えっと——君は、僕らを案内してくれた鴉?」
「おうよ。まあ、お前ら人間には、俺達の区別はつかねえだろうがな」
別にいいけどよ——と呟く鴉の体から、白い光が徐々に消えていく。
見れば、渦の周りを飛び回っている鴉達からも、光は失われつつあった。
「おおっと、術が解け始めたか。なんなら、ずっとこのままでも良かったんだがなあ」
「あの……あなた達は、一体……?」
由宇の質問に、鴉が答える。
「俺達は、元は境の世界に住んでたんだ。魔女に従うのが嫌で、こっちの世界に逃げてきたがな。この近辺の土地神に断りを入れて静かに暮らしてたんだが——そこの姉さんに頼まれて、こうして手助けした、ってわけだ」
「いいんですか?たしか、異界には干渉できない決まりだって——」
僕がそう言うと、幸村さんは、
「私はただ、あなた達に伝えたいことを彼らの前で話し、力を授けただけ。後のことは、彼らが勝手にやったことです」
と、澄まし顔で答えた。
「ま、俺らはみんな、魔女には恨みがあったからな。そういうわけだから、別に礼はいらねえぜ」
「これからどうするの?」
「そうだな。こっちに残る奴もいるだろうが、大半は向こうに戻るだろうな」
その言葉の通り、鴉達は続々と、光る渦へと群がっていた。
「ギャハハハ!自由だあ!」
「ギャハハハ!やっと帰れるぞ!」
「ギャハハハ!長生きしてみるもんだぜ!」
喜びの声をあげがら、さっきまでの敵も味方も一緒になって、故郷へと帰っていく。
「さて、俺もそろそろ行くか——にしても坊主。お前はまったく、大した野郎だ」
羽ばたき、空へと舞い上がりながら、鴉は叫んだ。
「あの時はお前が死ぬ方に賭けてたが——生き残ってくれてよかったぜ!」
あの時?
僕はハッとして叫んだ。
「もしかして、君——昔、病院であった——走馬灯の!?」
鴉は答えず、
「ギャハハハハ!」
と笑いながら、渦の中へと消えていった。
ドーム状の結界が消え去り、こちら側に残る鴉達も、どこか遠くへと飛び去っていく。
そんな彼らを眺めていると、
「……んだよ……騒がしいな……」
ずっと横たわったままだった蒼梧が、不機嫌そうに声をあげた。
目が覚めたらしい。
「蒼梧!」
「だから……大声出すなって……」
顔をしかめつつ、蒼梧が上体を起こす。
あちこち鱗で覆われてはいるものの、裸であることに変わりはない。
由宇がサッと顔を背けるのとは対照的に、幸村さんは額の目を開いて蒼梧を見つめると、なるほど、と深く頷いた。
「まさか半竜族だったとは。しかし——」
額の目を閉じ、幸村さんが続ける。
「——あなたは長い時間を人間として過ごした。あなたの肉体の半分は、人としてこの世界に留まろうとしています。どうします?もしも、堺の世界で暮らしたいというのであれば——」
「勘弁してくれよ」
苦笑しながら、蒼梧が幸村さんの言葉を遮った。
「ルーツを知れたのは嬉しいけどさ。俺にはもうこっち側に、家族や、友達——大切な人達が沢山、って訳でもねえけど——まあ、それなりにいる」
そう言って、蒼梧が僕の方を見た。
「蒼梧……」
「それに——毎週読んでる漫画が、今ちょうどいいとこなんだ」
ニヤリと笑う蒼梧を見て、了解です、と幸村さんは頷くと、
「門を閉じた後で、あなたの中の竜の血を再び眠らせましょう。——彼らも、あなたの選択を尊重したいと言っています」
と言って、視線を川の方へ向けた。
僕はつられて目をやり——思わず息を飲んだ。
「ナギ!」
鴉達も居なくなり、静かになった渦の上に、ナギが浮かんでいた。
ナギだけではない。
その後ろには、大人の男女が並んでいる。
どちらもナギと似たような姿かつ、似たような格好をしている。
半竜族だ。
彼らは皆、慈しむような表情で蒼梧を眺めていた。
やがて、その姿が金色の光に包まれ——発光がおさまった時、三人の姿は既にそこになかった。
「蒼梧、今の——」
「ああ。ぼんやりとだけど、俺にも見えた」
川をじっと見つめたまま、蒼梧が言う。
「どうやら、先祖の霊との繋がりが復活したようですね」
幸村さんの言葉に、蒼梧は目を細めてただ一言、
「……そっか」
とだけ呟いた。
「彼に、何か着るものを」
「了解っス!」
幸村さんの命を受け、茶髪の男がバンへと走って行く。
周囲にしんみりとした空気が流れる中、
「いやあ、良かったですねえ、蒼梧さん!」
やけに明るい声が、河原に響き渡った。
「運気も上がるでしょうし、何て言いましたっけアレ——そうそう宝くじ!試しに買ってみたらどうです!?って言っても、蒼梧さんには聴こえてないのかこれ——」
「オーマ!」
大切なことを忘れていた!
僕は慌てて、オーマの死骸を抱き上げた。
『森』への通路は塞がってしまったらしく、切断された蔓が口から地面へと落ちる。
「オーマを向こうの世界に埋めないと——幸村さん!門を閉じるの、少し待ってもらってもいいですか!?」
しかし。
幸村さんが答える前に、オーマは言った。
「修さん。気持ちはありがたいですけど、もういいんです」
「え?」
「私はもう、復活できません」
由宇が小さく、
「そんな」
と呟くのが聴こえた。
「で、でも——たしか、あと四回は生き返れるって——」
「実はさっき、魔女に心臓を貫かれてしまいまして。初めて会った時、言ったのを覚えてますか?境の世界の猫は、埋葬されると心臓から植物の芽が出て、やがてその芽が木となるんです」
ですので——と、相変わらず明るい口調でオーマは続けた。
「残念ながら、私はここまでです」
何てこった。
黒豹の蔓に貫かれた際、オーマは言った。
『私は大丈夫!土に埋まれば蘇りますから!』
あれは——あれは、僕を落ち着かせる為の嘘だったのだ。
「そ、そんな——駄目だ!駄目だよ諦めちゃ!やってみなきゃ、わからないだろ!」
「アハハ、気持ちだけ受け取っておきます。これでも私、結構長生きしたんですよ?」
「オーマ……!」
僕は地面に両膝をつくと、オーマの体をギュッと抱きしめた。
溢れた涙が頬をつたう。
「あーあー、泣かないでくださいよ——そうだ!最後に一つ、お願いをしてもいいですか?」
「何!?何でも言って!」
僕は勢いこんで、オーマの体を顔の前まで持ち上げた。
一言も聞き漏らすまいと、耳に全神経を集中させる。
「埋葬場所です。もしも選べるのなら、あそこがいいなあ、という所がありまして」
「いいよ。どこ?」
オーマはにっこり笑って、僕にその場所を僕に告げた。
「今度こそ——修さん家のお庭にお願いします」
東の空から光が差し、ゆらめく水面を煌めかせる。
光が収まり、門が閉じていく。
長かった夜が、ようやく明けようとしていた。
コメント
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うわああああ第83話読み終わったよおおお😭💕✨ 長かった夜がようやく明けて、でもオーマの最後の「お庭にお願いします」がもう切なすぎて涙止まらんかった……! あの子、ずっと修さんのこと想ってたんだね。蒼梧の選択もちゃんと人間側でいてくれてホッとしたし、幸村さんの涙にもグッときた。鴉たちの「生き残ってくれてよかったぜ」も胸熱すぎるよ……!! 本当にいい話だった、ありがとう阿炎快空さん!✨📖💕
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