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第1話【孤独な王座と、消えぬ残影】
魔界の深奥にそびえ立つ、黒曜石の城。
その静寂に包まれた謁見の間で、
魔皇帝アイラナ・ハデス・リーズヴェルトは
一人冷徹に玉座に腰掛けていた。
1000年前の天魔大戦を終結に導き、今や魔界の絶対的な君主として君臨するアイラナ。
だが、その気高き横顔に笑顔が宿ることはない。
周囲の宿老や臣下たちは、毎日のように「魔界の繁栄のため、そろそろ伴侶を……」と婚姻を勧めてくるが、アイラナはそれらをすべて一瞥のもとに冷たく撥ね退けてきた。
魔皇帝が頑なに独身を貫く理由。
それを知る者は、魔界広しといえども誰一人としていない。
(……レミエル…)
アイラナは、自らの燃えるようなレッドダイヤモンドの瞳をそっと閉じ、脳裏に焼き付いて離れない「あの男」の姿を呼び起こす。
薄黄緑色の美しい髪を揺らし、長い睫毛の流し目で、地獄のような戦場に似合わない軽薄な笑みを浮かべていた大天使。
向けた刃の先で、優雅に手を差し伸べながら放った「僕と一曲、踊ろうよ」という不遜な声が、800年経った今でも…まるで昨日のことのように耳の奥でリフレインしている。
あの時は殺意しか湧かなかった。
だが、男の底知れない圧倒的な強さを肌で理解した瞬間、その殺意は歪な執着へと変わり、気づけば狂おしいほどの初恋へと変貌していたのだ。
大戦後、アイラナは風の噂で、彼が天界の膨大な事務作業を一人で片付けた後、
「天界って本当につまらない!」
と言い放って自ら翼を捥ぎ、堕天したと聞いた。
それを知った時の衝撃と、胸の高鳴りをアイラナは忘れない。
(お前は今、どこで何をしている。
私の前から姿を消して、800年…
どこでその渇きを癒しているのだ……)
会いたい。
もう一度その手を掴み、今度こそ私のものにしたい。
一途すぎる想いは、800年の歳月を経て、もはや呪縛に近い恋心となっていた。
その時、謁見の間の重厚な扉が開き、一人の隠密の魔族が音もなく膝を突いた。
『魔皇帝陛下。人間界へ放っていた密偵より、妙な報告が入っております』
「……報告? 人間界の小競り合いなら、私にわざわざ耳に入れるなと言ったはずだが」
『それが……現在、人間界の頂点に君臨する『ミラディア帝国』の若き皇帝についてでございます。名を、アーモンド・R・ミラディオンと』
「アーモンド」というその響きに、アイラナの端正な眉がピクリと跳ねた。
「風評では、普段は威厳もなく、にこにこと好物のアーモンドを頬張っているだけのお気楽な若造だと。
……しかし、裏で圧政や反逆の兆しが見えた瞬間、豹変する。容赦のない、それこそ鬼畜極まる手厳しさで不届き者をきっちり完璧に制裁する、底の知れない怪物が玉座に座っている、と」
隠密の報告を聞くうちに、アイラナの心臓がドクン、と大きく脈打った。
お気楽に見えて、その本性は底知れない怪物。完璧主義で、不届き者には容赦のない、苛烈なドS――。
アイラナはゆっくりと玉座から立ち上がった。そのレッドダイヤモンドの瞳が、歓喜と激しい情熱でギラリと輝く。
「……ミラディア帝国、か。面白い」
確信があった。その男の正体が誰であるか、アイラナの魂が叫んでいた。
800年の時を経て、ようやく、ようやくあの愛しい男の足跡を捉えたのだ。
「……挨拶をしに行くとするか」
かつての戦場で踊ろうと誘った天使と、それに刃を向けた魔族。
二人の運命の歯車が、人間界のミラディア帝国を舞台に、いま再び猛烈な勢いで回り始めようとしていた。