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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第84話 〚現実になる一歩手前〛(澪視点)
放課後の廊下は、
部活に向かう足音と、笑い声で満ちていた。
澪は、海翔と並んで歩いていた。
距離は、いつもと同じ。
近すぎず、遠すぎず。
(……大丈夫)
そう思っていた。
角を曲がった、その瞬間。
「うわっ」
前から走ってきた生徒が、海翔の肩にぶつかった。
よろけた拍子に、
海翔の体が前に出る。
澪の背中が、
ひやりとした壁に当たった。
——ドン。
音は、軽かった。
でも。
海翔の手が、
無意識に澪の肩の横につく。
逃げ場がない。
顔が、近い。
近すぎる。
(……っ)
澪の視界が、
一瞬、滲んだ。
頭の奥が、
きゅ、と締めつけられる。
——だめ。
——想像するな。
——ルール。
澪の心臓が、強く打つ。
(これは、現実)
(これは、事故)
(意味を、足すな)
でも。
少女漫画の一コマみたいな構図が、
一瞬だけ、脳裏に浮かんでしまう。
——近づく顔。
——触れそうな距離。
ズキッ。
頭痛。
空気が、
歪んだ気がした。
海翔の目が、ほんの一瞬だけ揺れる。
「……澪?」
その声で、
澪は現実に引き戻された。
「っ、ごめん!」
海翔は、慌てて手を離し、距離を取る。
澪は、壁から離れ、
一歩後ろに下がった。
世界は、元のまま。
誰も、何も、変わっていない。
(……起きてない)
でも。
澪の膝が、少し震えていた。
「今の……」
「大丈夫か?」
海翔の声は、真剣だった。
澪は、頷こうとして、
一度、首を止める。
「……ちょっと」
「頭、痛くなった」
嘘じゃない。
海翔は、それ以上近づかない。
「座る?」
「保健室、行く?」
その距離感が、
逆に救いだった。
「平気」
「少ししたら、治る」
澪は、深呼吸をする。
(ギリギリだった)
本当に。
もし、
あと一秒。
もし、
想像を止められなかったら。
——何かが、起きていた。
放課後の校舎。
誰も見ていない場所で。
それを想像して、
澪はぞっとする。
「……ごめん」
小さく言うと、
海翔は首を振った。
「謝ることじゃない」
少し間を置いてから、続ける。
「俺が、もっと気をつける」
その言葉に、
澪は胸が痛くなった。
(違う)
(悪いのは、私の力)
でも、
それを今、言う勇気はなかった。
帰り道。
二人の間には、
いつもより少しだけ、距離があった。
それは、避けている距離じゃない。
“守るための距離”。
澪は、心臓に問いかける。
(今日のは……)
——警告。
(ルール、守れてる?)
——ぎりぎり。
澪は、決める。
次に同じ状況が来たら、
その場から逃げる。
空気が変わる前に。
頭が痛くなる前に。
誰かを巻き込む前に。
妄想は、現実にならなかった。
でも。
現実は、
もう妄想のすぐ隣まで来ていた。