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カガリを一頻り撫で回したところで、ギルドを後にする。
ネストの護衛任務がなくなり暇になった俺たちは、昼飯を食べながら今後の予定を考えようとの事で、ミアが昔お世話になったという定食屋に足を運んだ。
シックな喫茶店のような雰囲気のお店で、間仕切りで仕切られた半個室といった空間がいくつも並んでいるのは、カガリを隠すにはもってこいの場所である。
俺たちに気付いた店員が近寄ってくると、ミアの顔を見てその表情が驚きに変わる。
「あら、ミアちゃん! 久しぶりだね!」
ミアに気さくに話しかけた店員は少しふくよかで、どこにでもいそうなおばちゃんだ。
「お久しぶりです。二人と一匹なんですけど大丈夫ですか?」
「一匹?」
そう言って入口に視線を移すと、大きなキツネの顔だけがチラリと覗いている状態。
店員のおばちゃんは、それに驚いた表情を見せつつも、快く受け入れてくれた。
「ああ。少し前から噂になってた大きなキツネってミアちゃんのトコの子だったのかい。ウチはかまわないよ? 今は客も少ないから早く入れておやり」
「ありがとう! おばちゃん!」
案内されたのは一番奥の角席。カガリの事を考慮して、空間の広い家族用のテーブル席を見繕ってくれたようだ。
椅子をどかしてカガリの座れるスペースを作ると、そんな場所は不要だとばかりにカガリはテーブルの下で丸くなった。
「おい、カガリ。そこにいられると足の置き場がないんだが?」
「別に私の上に置いてかまいませんよ?」
そういう訳にもいかないだろう。さすがにそれには抵抗を感じる。
ミアは特に気にせず椅子に座ると、靴を脱いでカガリの背に足を置いた。
「んふふ……。ふわふわでくすぐったい」
仕方がない。立ち食いというわけにもいかず、俺は諦めて靴を脱ぐと椅子の上で正座した。
それを珍しそうに見つめるミア。
「その座り方。痛くないの?」
「ああ。慣れてるからな」
普段から正座が基本だった俺にとっては造作もない事である。
仏像を拝む時の最も基本的な作法。古くから伝わる日本の文化。何時間でも耐えることが可能だ。
気になる事といえば、椅子の上での正座なので座高が高く見えてしまう事だろうが、人目を気にしなければなんてことはない。
備え付けのメニューから各々食べたいものを注文すると、様々な料理が運ばれてくる。
食事をしながらの他愛のない話。最年少でゴールドに昇格したから話題になったらどうしようとか、派閥勧誘の話が来たらどうやって断ろうとか……。
殆どがミアの話を一方的に聞かされている状態ではあったが、そんなことすら日常が戻ってきたみたいで、自然と嬉しさが込み上げてくるのを実感していた。
その途中、スーツ姿の男性が来店し、隣のテーブルに腰掛けるとコーヒーを注文した。
特に気にも留めずに食事を終えると、先程のおばちゃんがトレイに乗せて持って来たのは、湯気の立った陶器の器と一切れのケーキ。
陶器の器を隣のテーブルに置き、もう片方のケーキはミアの前に置いたのだ。
「コレはおばちゃんからのお祝いだよ」
軽くウィンクをして見せるおばちゃんの視線の先には、ゴールドのプレート。
それに舞い上がってしまうのも頷ける。心躍らせながらもミアは屈託のない笑顔を返した。
「ありがとう! おばちゃん!」
「プレートは見当たらないけど、そっちのお兄さんは冒険者なんだろ? ミアちゃんをよろしくね」
厨房へと去って行くおばちゃん。
少なくとも彼女はミアの味方だったのだろうと思うと、ほんの少しだけ安心した。
そんなお祝いのケーキをミアが頬張り、口の中に広がっているだろう甘味にうっとりしていると、隣のテーブルに座っていたスーツの男が立ち上がり、俺に声をかけてきた。
「失礼ですが、九条様でしょうか?」
「違います」
「……え?」
スーツの男は驚いたように聞き返す。
俺の顔とミアの顔を交互に見ると、慌てたように同じ質問を投げかける。
「えっと、こちらはミア様ですよね? だとすれば、あなたは九条様ではございませんか?」
「いえ、違いますけど……」
「え? いや……でも……」
「人違いではないですか?」
「し……失礼しました」
それを最後にスーツの男は、そそくさと店を出て行った。
「お兄ちゃん……」
「ああ。あれが別派閥の勧誘なんだろう。思ったよりも早かったな……」
勧誘が来るであろうことは事前に知っているのだ。それを断り続けるのも面倒だと考えた俺は、自分が九条ではないと言い張ることにしたのである。
この世界に写真などという物はない。ギルドの賞金首リストも似顔絵だ。
特定の人物を捜索する場合、特徴から判断しなければならず、仮に俺の似顔絵が出回っていたとしても、それは何の特徴もないおっさん。信憑性は高くない。
恐らく一番わかりやすいであろう目印。プラチナプレートはポケットの中。ギルドの規約ではプレートの偽装は許されないが、常に提示していなければならないとは明記されていない。
そこで目を付けられたのが、ゴールドプレートの担当であるミアだろう。おばちゃんとの会話を聞いて、俺が九条だと判断したに違いない。
それでも九割。残り一割は本人が認めるかどうかだが、確実に俺と顔を合わせたことがある人間を引っ張ってこない限り、俺が九条であると認めることはないだろう。
幸い、この世界での知り合いは少ない。無理矢理感は否めないが、相手の立場上、俺の機嫌を損ねるようなことはしないはず。
ミアと考えた完璧な作戦プランである。
おばちゃんに礼を言って店を出ると、ミアとカガリを連れて観光の続きだ。
数日かけても全て回り切ることが出来ないほどの規模の町。ミアも全てを知っている訳ではないのだろうが、カガリに乗りながら街を案内している姿はどこか得意気で、幸せそうにも見えた。
しかし、それに水を差すかのように声を掛けてくる身形のいい男性たち。
「九条様でいらっしゃいますか?」
「違いますけど?」
「……失礼しました」
このやりとりを繰り返すこと五回。三十分に一回くらいの割合で声をかけられる。
何度もしつこく聞いて来ることもあるが、最終的には諦める。
全員が首を傾げ困惑して帰っていく姿があまりにも滑稽で、ミアは堪えきれずにクスクスと笑顔を溢していた。
あの者たちは帰ってなんと報告するのだろう……。見つからなかったと素直に報告するのか、あるいはそれらしき人物には遭遇したが、人違いだったと言うのだろうか?
そんなことを考えながら、俺たちは観光に明け暮れた。
そんな自由を十分満喫してからネストの屋敷へ帰ると、迎えてくれたのはふかふかベッド。
俺もミアも部屋に入るなり一目散にベッドへダイブすると、疲れからかすぐに眠りについたのだ。
――そしてこの日、ネストとバイスは帰ってこなかった……。