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あの夜以来、舜太は柔太朗を注意深く観察するようになっていた。
以前のように、ただ流されて、その場限りの駆け引きを楽しむだけの関係ではなくなっている。何かが引っかかったまま、うまく飲み込めずにいる小骨のような違和感。それを解消する一番簡単な方法は、直接尋ねることだったが、あえてそれを選ばなかった。
問い詰めれば、柔太朗はきっと、いつものように「気のせいだよ」と笑って躱してしまう。
それよりも、じっくりと観察し、答え合わせをする方が、きっと正解めいた何かに近づける気がした。
「今度の日曜、休みなんですよね」
ある夜、舜太はさりげなく切り出した。
「うん、一応」
「昼、どっか行きません? たまには、こういう薄暗い店やなくて、日差しの下で会うのも悪くないと思うんですけど」
何気ない誘いのつもりだった。だが、柔太朗の返事には、わずかな間があった。
「──昼は、ちょっと」
「ちょっと、何ですか」
「予定があるっていうか……日中は基本、あまり出歩かないようにしてるんだ」
「日光アレルギーとか、そういうやつです?」
冗談めかして尋ねると、柔太朗は困ったように笑った。
「まぁ、似たようなもの、かな」
その答え方が、あまりに曖昧だった。普段の柔太朗なら、もっと軽やかに嘘か本当か分からないような返しをする。だが今は、言葉を選びながら、慎重に何かを避けているように見えた。
舜太はそれ以上追及せず、「そうなんですね」とだけ返した。だが、頭の中では、これまでの違和感が一つずつ並べられていく。
深夜にしか店を開けない。白すぎる肌。強い日差しの下で見かけたことが、一度もない。そ
して先日の、あの焦点の合わない、蕩けるような視線。
一つ一つは、こじつけようと思えばいくらでも理由をつけられる。夜型の生活。もともとの色白な体質。
あの夜の表情も、単なる寝不足か、はたまたらしくもなく酔っていた、疲労のせいだと言われれば、納得できなくもない。だが、それらが重なった時に生まれる違和感の総量は、直感を静かに揺さぶっていた。
「柔太朗さんって、実家とか、家族の話、あんまりせえへんくないですか」
話題を変えるふりをして、さりげなく探りを入れた。
「そういう舜太くんこそ、家族の話、あんまりしないと思うけど」
「俺は単に、タイミングなかっただけ。柔太朗さんは、なんか、そもそも触れたくない感じがする」
痛いところを突かれたのか、柔太朗はグラスを磨く手を止めた。少しの沈黙の後、静かに口を開く。
「──もう、随分と昔のことだから。あんまり、覚えてないんだ」
その言い方には、嘘をついている響きはなかった。むしろ、本当に遠い記憶を辿るような、乾いた寂しさが滲んでいる。舜太はその声色に、少しだけ胸を突かれた。からかい半分で始めた会話のはずが、思いのほか深いところに触れてしまった気がした。
「──悪い。変なこと聞いた」
「別に、いいよ」
柔太朗はそう言って、いつもの微笑みを取り戻した。だが、その笑顔の奥にある何かは、まだ舜太には見えないままだった。
その夜、店を出た後、一人で夜道を歩きながら考えていた。
あの人のことを、自分は本当に何も知らない。名字も、年齢も、出身も、家族のことも。
知っているのは、あの店で見せる顔と、閉店後の少しだけ砕けた表情だけだ。
それでも、惹かれることをやめられずにいる自分に、笑うしかない。
──俺、たぶんもう、それなりに本気になってるんやろな。
その自覚は、これまでの投げやりな気持ちとは、明らかに違う質感を持っていた。誰かに裏切られた傷を埋めるための、その場しのぎの関係のはずだった。だが、今はもっと能動的な、掴み取りたいという欲求だった。
正体が何であれ、構わない。
ただ、これ以上はぐらかされたまま終わるのは、性分が許さなかった。
数日後、舜太は昼休みに、会社の同僚から何気なく聞いた噂話を思い出す。
都内のある地域で、深夜だけ営業する、正体不明の店主が営むバーの話だった。
白い肌の人間離れした美貌を持ち、何年も風貌が変わらないという、都市伝説めいた話だった。
その瞬間、舜太の中で、これまでの違和感が一本の線として繋がりかけた。
──まさか、な。
そう自分に言い聞かせながらも、その「まさか」を、もう笑い飛ばせなくなっている自分に気づいていた。