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数日後の収録現場。
TOP4の特番が組まれることとなり、今日から1ヶ月間、打ち合わせや撮影をすることになったため、4人はテレビ局に足を運んでいた。
牛沢が一人で台本を読み込んでいると、近くでスタッフと談笑しているガッチマンの声が聞こえてきた。
「あはは、本当ですよ?困った時は、とりあえずうっしーに聞けば解決するんです」
スタッフが「ガッチマンさん、本当に牛沢さんのこと信頼してますね」と笑うと、ガッチマンは少しも照れることなく、むしろ誇らしげに胸を張った。
「そりゃあ、俺にとってうっしーは世界一の友達ですから。あいつの前だと無理しなくていいし、一番の理解者ですよ。もう、あいつがいないと俺、活動できないんじゃないかなぁ、なんつって、これは冗談冗談w」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、牛沢の指先がピタリと止まった。 先日、二人きりの夜道で、自分に贈られた言葉。 それが、今、全く同じ温度で、しかも公共の面前で事実として公言されている。
(他人の前で何を言ってんだ本当に、ガッチさんは…!)
牛沢は溜息を飲み込み、自嘲気味に口角を上げた。
ガッチマンにとって、あの親友という言葉は、彼が心から信じている公の真実であり、彼にとってそれを公言することも 日常の挨拶と同義。周囲に漏らして当然の関係。
それが至って当たり前なのだが、どうにも照れくさい。
打ち合わせが始まり、ガッチマンがいつものように「うっしー、このアイキャッチのセリフどう?」と屈託なく笑いかけてくる。
その無邪気な信頼が、今は少しだけ恨めしい。 けれど、ガッチマンがスタッフや他のメンバーに「うっしーが一番」と言いふらしていたおかげで、周囲が「あの二人の間には、誰も入れない特別な絆がある」と思い込まれているのも事実だ。
「お、いいじゃん。てかガッチさん、それ俺に確認する必要ある?」
「えー、だめ?うっしーに見てもらうのが一番安心すんだよー」
ガッチマンはそう言って、また「世界一」という名の信頼を向けてくる。
牛沢は「はいはい」とあしらいながら、心のどこかで、この残酷なまでの特別扱いに救われている自分を認めざるを得なかった。
(あんたが誰に何を言おうが、隣にいれることには変わりないしな)
ガッチマンの無自覚な、一番という言葉を、胸に抱え、複雑な心境になりながら親友として今日も彼の隣に立ち続けた。
打ち合わせが一段落し、ガッチマンが楽屋へ向かった瞬間、待ってましたと言わんばかりにキヨが牛沢の背中をバシバシと叩いた。
「聞いた!? 今日の「うっしーがいないと活動できない」発言! あれ何?スタッフの前で公開プロポーズしてんのガッチさん!」
「うるっせぇな、声がでかい」
牛沢は顔を伏せ、低く唸る。しかし、レトルトも反対側から忍び寄り、追い打ちをかけるように耳元で囁く。
「うっしー、顔怖いよ?
というか世界一の親友が公式設定になっちゃったねwあんなに親友親友言いふらされると、友達から恋人になるの大変になるじゃん」
「レトルト、お前マジで一回黙れ」
図星を突かれた牛沢の唇が不機嫌そうに尖る。 親友という言葉が、ガッチマンの口から出た瞬間に、周知の友情エピソードとして消費されていく。
自慢してくれて嬉しいことのはずなのに、外堀を埋められていくようなこのもどかしさと虚しさは、外野にどれだけ茶化されても癒えることはなかった。
その後、帰り支度を整えたガッチマンと二人きりになった瞬間、牛沢はたまらず釘を刺すことにした。
これ以上、あの無自覚な発言を撒き散らされては、こちらの理性が持たない。
「……ねぇ、ガッチさん。さっきスタッフの前でああいうこと言うの、やめてくんない?」
「ああいうこと? ……ああ、俺がうっしーのこと信頼してるって話?」
ガッチマンは不思議そうに小首を傾げた。その仕草にすら、牛沢は心拍を乱される。
「そう。……あんまり外で、ああやって俺のこと褒めまくんないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしいし、変な誤解、されるでしょ」
牛沢としては精一杯の拒絶だった。しかし、ガッチマンは驚いたように目を見開くと、心底不思議そうに笑ったのだ。
「え、なんで? 俺、嘘なんて一つも言ってないよ? うっしーが世界一の親友なのも、一番信頼してるのも、俺にとっては本当のことだし。それを言って何がダメなの?」
「…いや、ダメっていうか……」
「隠すことでもないだろ? 俺は、みんなに知ってほしいんだよ。俺にとって、うっしーがどれだけ特別な存在かってこと」
「――…」
一点の曇りもない、真っ直ぐな瞳。 それは、牛沢が最も愛し、そして最も恐れている純粋な信頼だった。
特別だと言い切りながら、そこには愛欲の一片も混ざっていない。ただ純粋に、人として、友情として、自分を全肯定している。
「あ、もしかして恥ずかしかった? ごめんごめん、次からはスタッフの前では少し控えるよ。…でも、俺の気持ちは変わんないからな?」
そう言ってガッチマンは、牛沢の肩を優しく叩いて先に歩き出した。 残された牛沢は、壁に頭を預けて深く、深く溜息をつく。
(……ダメだ。勝てねぇ……)
「控える」と言いながら、ガッチマンのあの顔は、明日になればまた無自覚に「うっしーが一番」と微笑むに決まっている。
釘を刺すつもりが、結局「お前は俺の特別だ」という事実を、本人から改めて念押しされただけだった。
牛沢は、目の前を行く背中を見つめ、熱くなった顔を手のひらで覆った。
打ち合わせ後に寄ったファミレス。
ドリンクバーではしゃぐキヨとレトルトの声が響くボックス席で、牛沢はグラスの氷をカチャカチャと鳴らしながら、向かいに座る男をじっと見据えた。
ガッチマンは、ポテトを頬張りながらスマホでゲームの情報をチェックしている。
(一回、試してみるか…?)
牛沢は、わざと低く、真剣な声で切り出した。
「ねぇ、ガッチさん。
ガッチさんにとっての「好き」って、どういう意味?」
「んー? 唐突だな」 ガッチマンはスマホを置き、不思議そうに首を傾げる。
「いや、さ。あんた、誰にでも「うっしーが一番」とか「大好き」とか言うじゃん。
…それってさ、例えばだけど、もし俺がガッチさんの言う「好き」の意味を勘違いして友達以上のことを望んでたとしても、同じことが言えるわけ?」
少しだけ、視線を絡ませる。
情欲を匂わせるような、攻めのカマかけ。
牛沢の心臓は、自分で仕掛けた罠に自分がかかったかのように、激しく波打っていた。
だが、ガッチマンの反応は、牛沢の予想の斜め上……いや、はるか頭上を飛び越えていった。
「え? ……あぁ、そういうこと? なんだ、うっしー。もしかして、俺の愛が足りないと思って不安になっちゃった?」
「…..は?」
ガッチマンは、事もあろうにクスクスと慈しむような笑みを浮かべ、テーブル越しに牛沢の手をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫だよ。俺、うっしーのこと、本当に、心から愛してるから。 友達とか、そういう枠じゃ収まらないくらい、人生のパートナーだと思ってるよ。
だから、うっしーが何を望んだって、俺の『好き』は揺るがないって。…これで安心した?」
一点の曇りもない。 そこにあるのは、エロスを完全に浄化した、聖母のような究極の全肯定だった。
本気にされていないのか、ふざけているような気もするが。
「…………ちょっと何言ってるか分からない」
「あれ?違った?」
まともに話も理解してない上に何を言ってるんだこの人は。 不安になっただなんていつ言ったのか。これは鈍感どころの騒ぎではない。
あまりの爆弾に、脳は処理をすることをやめた。
牛沢は、未だに握られた自分の手と、ガッチマンの眩しすぎる笑顔を交互に見て、そのままガバッ、と頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「……あーーーーー……もう!! 違う!! そういうことじゃねぇんだよ!! クソ!!」
「えぇっ!? なんで怒るの!? せっかく真剣に愛の告白したのに!」
「うるせぇ!! 告白じゃねぇよそれは!! 聖書の朗読か何かだろ!!」
牛沢は、顔が熱くてたまらなかった。 カマをかけて、少しでも意識させたかったのに、返ってきたのは人類愛に近い肯定。これでは、手を出そうとする自分が、まるで神聖な何かに泥を塗る悪魔のように思えてくる。
「…もういい、ガッチさん。ガッチさんはそのままでいいよ…」
「え、なに? 結局機嫌治ったの? うっしー、情緒不安定じゃない?」
「あ!?誰のせいだと思ってんの!? 」
牛沢は、握られたままの手を振り払うことすらできず、もう片方の手で乱暴に髪をかきむしる。
完敗だ。
この人の純粋に、俺の汚い欲望は一生勝てそうにない。 牛沢は、敗北感を噛み締めながら、どこまでも鈍感で、どこまでも優しい親友の顔を見つめ続けるしかなかった。
「はぁ……手強ぁ…」
夜道、牛沢は一人で歩きながら、ここ最近のことを思い出し熱を帯びた顔を、冷たい夜風に晒していた。
あの聖母のような、濁りのない友情の「好き」にどう対抗すればいいのか。こっちはドロドロとした独占欲で頭がいっぱいだというのに。
(……しばらく、距離を置こう。ガッチさんといると、自分がどんどん汚い奴に思えてくる……)
スマホの通知を切ったあとポケットに突っ込み、牛沢は誓った。 せめて一週間、いや三日、……いや、明日一日は連絡を絶って、この荒れ狂う心を鎮めるんだ。
だが、その誓いは、わずか一時間後に無残に散ることとなる。
帰宅し、シャワーを浴びてソファに沈み込んだ牛沢のスマホが、狂ったように震え始めた。
家に帰ってきて、つい癖で通知をつけていたらしい。
ガッチマン:うっしー、家着いた?
ガッチマン:怒ってる理由、俺なりに考えたんだけど…もしかして、さっきのデザート、一口食べたかった?
ガッチマン: [心配そうな猫のスタンプ]
ガッチマン:既読つかないね。寝ちゃった? 明日の収録、うっしーの好きなコーヒー買ってくから、機嫌直してよ。うっしーの機嫌が直んないと、俺の調子が世界一悪くなっちゃうし! 」
「……っ、あぁぁぁ……もう!!」
牛沢はソファの上で悶絶した。 距離を置こうなんていう決意を、ガッチマンは容赦のない信頼と心配の連投で軽々と粉砕してくる。
「世界一」なんて言葉を、そんなにホイホイと送ってこないでほしい。
(一時間……一時間しかもってねえ……)
牛沢は震える指で、結局スマホを手に取った。 既読をつけたら負けだ。返信したら、またあの底なしの善意に飲み込まれる。 分かっている。分かっているのに――。
牛沢: ごめん寝てただけ。ていうか怒ってないけど。でもコーヒーは頂いとく。
送信ボタンを押した瞬間、牛沢は自分のあまりのチョロさに絶望して天井を仰いだ。
数秒後に返ってきた『しょーがねーなー! おやすみ、また明日!』という通知を見て、牛沢は枕に顔を埋め、言葉にならない叫びを上げたのだった。