テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
.ただひたすらに長いです
(何話か先に今後r18に入る予定があります)
.未婚設定
.🐮×🚴♂️
.若手という名のモブ(当て馬)がいます
翌日のスタジオ。そこには、ゲストとして呼ばれた初対面の若手実況者と、にこやかに談笑するガッチマンの姿があった。
牛沢は少し離れた場所で機材をいじりながら、その光景を「またか」という目で眺めている。
「……あ、本当ぉ?ていうか君、声がすごくいいね。俺、そういう落ち着いた声の人、好きなんだよー」
ガッチマンが、相手の目をじっと見つめて、あの「聖母スマイル」を向ける。
若手実況者は目に見えて顔を赤らめ、「えっ、あ、ありがとうございます……!」と、完全に落とされた顔をしていた。
「……またやってるよ、あの人」
牛沢の隣で、キヨが呆れたようにコーン茶をすする。
「ガッチさん、初対面の相手にもあれだもんなぁ。あの若手、絶対「俺、ガッチマンさんに気に入られた!?」って勘違いすんぜ。
あ、うっしーも昔、あれで勘違いした口?」
「……いやまあ否定はしないけど。
俺は、ガッチさんのあれは病気みたいなもんだって、もう割り切ってんだよ」
牛沢は冷たく言い放ったが、内心では穏やかではいられない。
自分に言ってくれた「パートナー」や「世界一の親友」という言葉。
もちろん、自分への信頼が他とは違うことは分かっている。
…けれど、初対面の相手にまで「好き」だの「特別」だのを連発する姿を見ると、昨夜の自分の葛藤が、ひどく安っぽいものに思えてきて虚しくなるのだ。
「あ、うっしー! こっち来てよ。この子、うっしーの大ファンなんだって!」
ガッチマンが、無邪気に牛沢を呼び寄せる。
牛沢がしぶしぶ近寄ると、ガッチマンは若手実況者の肩と牛沢の肩を、それぞれの手で抱き寄せた。
「俺さ、うっしーに似てる雰囲気の人、放っておけないんだよね。ほらこの子、うっしーに似てない?」
「いや…別に似てなくない?」
「似てるよー。俺の大切な友達と、期待の新人。二人とも、俺の『お気に入り』なんだから、仲良くしてね」
サラリと言ってのける。
友達と新人を、同じ「お気に入り」という枠で括り、同じ温度の笑顔で繋ごうとする。
若手実況者は「ガッチマンさんの特別になれた」と感激しているようだが、牛沢は心の中で(……この人、本当に、無自覚に人を殺すよな)と毒づいていた。
収録の合間、牛沢はガッチマンを廊下へ連れ出した。
「……ガッチさん。初対面の奴に『お気に入り』とか言うのやめなよ。結構勘違いされると思うからさ」
「え?だって、さっきの子は本当に良い子だったし、嘘じゃないよ?」
「そういう問題じゃねーって!あんたの『嘘じゃない』は、相手にとっては『自分だけが特別』に聞こえんの」
牛沢の叫びに、ガッチマンはポカンとして、それからいつものように「……うっしーは、本当に心配性だなぁ」と笑った。
「大丈夫だよ。別に勘違いされてもいいし…ていうかどうしたのうっしー? もしかしてヤキモチ?なになに、うっしーが1番だよ?w」
「――ッ、……はぁ、……ああーーーもう!! 戻るぞ!!」
牛沢は真っ赤になった顔を隠すように背を向け、スタジオへと逃げ帰った。
「ヤキモチ」なんて言葉を、その全方位タラシの口から聞かされる屈辱。
自分の負けを認めざるを得ない悔しさと、ふざけだとしても一番と言われて緩んでしまう自分への嫌悪感。
牛沢の幸せな地獄は、ガッチマンがこの世から愛想を無くさない限り、永遠に終わることはなさそうだった。
数日後。前回の若手実況者は、ガッチマンが「いつでもおいで」と軽く言ったのを真に受けて、TOP4の楽屋に再び姿を現した。
「ガッチマンさん!キヨさん、レトルトさん、牛沢さん、先日はありがとうございました!これ、良かったら皆さんで……」
若手は、ガッチマンの好物を完璧にリサーチした差し入れを手に、3人に軽く会釈すると、キラキラした瞳でガッチマンの隣を陣取った。ガッチマンは「おー、わざわざありがとね!」と、またあの無自覚な聖母スマイルを振り撒いている。
キヨとレトルトは、若手の男の魂胆をなんとなく察したのか目を合わせた。
「あの、ガッチマンさん、もし良ければ今度、個別に動画の相談に乗っていただけませんか? ガッチマンさんにだけは、僕の本音を聞いてほしくて……」
若手の露骨なアプローチ。その「自分だけは特別になりたい」という必死な空気感に、離れた席で台本を読んでいた牛沢の眉間には、深い皺が刻まれていく。
「おっいいよ、全然! 俺で良ければいつでも連絡して。…あ、なんなら今、LINE交換しとく?」
「――ッ!!」
牛沢の手の中で、台本がミシリと音を立てた。
ガッチマンは、相手の下心に全く気づいていない。ただ、純粋に後輩を可愛がっているつもりなのだ。
若手は勝ち誇ったような顔でスマホを取り出す。 牛沢はたまらず立ち上がり、二人の間に割って入った。
「……ガッチさん。収録始まるよ。あと、あんまり若手を惑わさない!」
「えー、惑わしてないよ。ねぇ?」
ガッチマンは若手に同意を求める。若手は「いえ、惑わされても本望です!」と、牛沢を挑発するかのような笑みを浮かべた。
いつもなら、どんな相手にタラシを働いても「最後には俺のところに戻ってくる」という謎の余裕があった。
けれど、この若手はガッチマンの天然と優しさを逆手に取って、一歩踏み込もうとしている。
収録中も、ガッチマンはいい所を見せようと奮闘する若手に、積極的に話を振り、フォローし、挙句の果てには「本当、この子さ、俺の若い頃に似てて可愛いんだよね〜」などと爆弾を投下しているのを眺めていることしか出来なかった。
収録後の廊下。若手がガッチマンに「また連絡しますね!」と熱烈な挨拶をして去っていった後、牛沢はガッチマンの腕を掴んで、押し黙る。
自分のとっさの行動に牛沢自身も驚いた。
「……わっ、うっしー!? 急にどうしたの?」
「………………」
牛沢は何も言わず、ガッチマンを壁に追い詰めた。 ガッチマンは驚いて目を丸くしているが、そこには恐怖はなく、ただ不思議そうな色があるだけだ。
「……あのさ。多分、なんだけど。あいつ、あんま信用していいタイプじゃないよ。相談とか乗るのもやめといたら」
「えぇ、そう?いい子そうだったけど…。別に若手の相談に乗るくらい……」
「相談じゃねーよ絶対。あの感じ、あいつ、ガッチさんのこと『男』として落とそうとしてるって」
口に出した瞬間、牛沢は自分が何を言っているのかに気づき、ハッとして口を閉ざした。
憶測で人を疑った挙句、男に恋されているのではという妄言をペラペラと。 やらかした。
「……はぁ? 何を言ってんの、うっしーは」
静寂の中、ガッチマンは本気で心外だと言わんばかりに目を丸くした。 牛沢の咄嗟の訴えを、彼は当然「うっしーの考えすぎ」という一言で片付けようとしている。
まだ何もされていないのだから当然だ。
「だってさ、俺だよー? もういい大人だし、てかおっさんだし。そんな俺のこと、好きになるような若い子なんているわけないじゃん。…うっしー、最近ドラマの見すぎじゃない?」
「………………」
勝手に疑うのは良くないと少し不機嫌そうな顔をするガッチマン。
この人は、自分がどれだけの人を狂わせ、どれだけの勘違いを量産してきたか、本当に分かっていない。その大人の余裕と隙のある優しさが、どれだけ危険な凶器になっているか。
「根拠もなく疑ってるのは申し訳ないけど…ガッチさんさ。それは自分の価値、低く見積もりすぎ」
「えー、謙遜じゃなくて事実だって。あの子だって、きっと『尊敬する大先輩』として慕ってくれてるだけだよ。…それより、お腹空かない? 飯行こう」
ガッチマンはケロリとした顔で牛沢の腕を引き、歩き出す。
その屈託のない笑顔を見ていると、これ以上何を言っても無駄なのだと、牛沢は悟らざるを得なかった。 言葉で分からせることは不可能だ。この人は、自分が誰かに心底惚れられ、追い詰められるその瞬間まで、自分の毒に気づかないのだろう。
翌日の収録現場。牛沢の表情は、一見するといつも通りの冷静な牛沢だった。が、その内面は、昨日から降り積もったモヤモヤで真っ黒に塗りつぶされている。
ピコン。
ガッチマンのスマホが、テーブルの上で短く震えた。 牛沢の視線が、鋭くその端末に突き刺さる。
(また、あいつだ)
ガッチマンは、撮影の合間に鼻歌交じりでスマホを手に取り、画面を見て「あはは、また送ってきたよ」と楽しそうに指を動かしている。
若手: ガッチマンさん! さっきのツイート、めちゃくちゃ可愛かったです! また今夜、少しだけ通話でお話聞かせてもらえませんか?
先程から何度も若手のあいつとやり取りをしているらしい。見てこれ、と笑顔でチャットを共有してくるガッチマンを恨めしそうに見つめる牛沢。
(おいちょっと待て、こいつと通話してんの?)
心の中では、ガッチマンのスマホを取り上げてやりたいほどの衝動が渦巻いている。
「俺だけを見てろ」と言いたい。「誰にでも優しくするな」と怒鳴りたい。
けれど、昨日「俺なんかのこと好きになる子はいない」と断言された手前、同じことを再び口を出すのは「自意識過剰なヤキモチ焼き、決めつけ野郎」に成り下がるようで、プライドが許さない。
「……ねぇ、うっしー。さっきから一言も喋ってないけど、どうかした?」
ガッチマンが、スマホを置いて心配そうに顔を覗き込んできた。 牛沢は、ピクリとも表情を変えず、淡々と台本に目を落とす。
「……別に。集中してるだけ。……ガッチさんこそ、若手からの連絡忙しそうだね」
「あ、やっぱり怒ってる? ごめんごめん、今のは後輩からの業務連絡みたいなもんだからさ」
(あれのどこが業務連絡なんですか?あほなの?)
牛沢は心の中で毒づき、返事の代わりに鼻を鳴らした。不機嫌を表情に出さないのは、彼なりの最後の抵抗だった。
だが、そのせいでガッチマンは「なんだ、集中してるだけか」と納得し、また無邪気にスマホを触り始める。
「あ、そうだうっしー。今夜、俺の家のパソコン見てくれない?なんかよくわかんないバグ出ちゃって。飯作るからさ!」
「…………行く」
即答だった。 どれだけ不機嫌でも、どれだけモヤモヤしても、ガッチマンからの誘いを拒否することだけは、牛沢にはできなかった。
(……結局、こうなる。……俺、マジでチョロいな……)
牛沢は、心の中での敗北宣言を飲み込みながら、隣で「助かる!」と喜ぶガッチマンの横顔を、苦々しく見つめるのだった。
その夜、牛沢はガッチマンの自宅で、並んでPCに向かい調整作業を行っていた。
部屋にはキーボードの操作する音だけが響き、時折、ガッチマンが「これのせいかな?」と尋ね、牛沢が「うーん」と短く返す。
心地よい沈黙の中作業を進めていく。
しかし、その静寂を切り裂いたのは、ガッチマンのスマホの着信音だった。
「あ、例の後輩だ。……ごめん、うっしー。手、離せないからスピーカーでいい?」
「……いいよ」
牛沢は画面から目を離さず、素っ気なく答えた。だが、内心では嫌な予感しかしていなかった。
ガッチマンが画面をスワイプし、スピーカーに切り替えると、若手実況者の弾んだ声が部屋に響き渡る。
『ガッチマンさん! お疲れ様です。今、お電話大丈夫でしたか?』
「おう、大丈夫だよ。PCいじってただけだから」
『良かった! 実は、さっき話した相談の続きなんですけど……。僕、ガッチマンさんの前だと、どうしても素直になれちゃうっていうか。他の人には言えないことも、ガッチマンさんになら聞いてほしいって思っちゃうんです』
……始まった。
牛沢はマウスを握る手に思わず力が入る。 「他の人には言えない」という言葉。それは、明らかに相談の域を超えた、個人的な好意のプレゼンテーションだ。
しかし、当のガッチマンは、PCを見ながら「へぇ、光栄だねぇ」と、のんびりした声で返している。
『本当に、ガッチマンさんの声を聞くだけで安心するんです。……ガッチマンさんって、誰か決まった人とかいないんですか? 僕、こんなに素敵な人が一人でいるなんて、信じられないんですけど』
「あはは、残念ながらフリーだよ。俺、私生活が地味だからさ」
『えっ! 本当ですか!? ……じゃあ、僕にもチャンス、ありますかね?』
若手の声が、一段と熱を帯びる。スピーカー越しでも分かる、あからさまなアプローチ。 牛沢は、隣で平然と「チャンスって、何の?」と聞き返しているガッチマンの横顔を、信じられない思いで見つめた。
(……おい!!今の言葉、どう聞いたって『付き合いたい』って意味だろ!!)
牛沢の脳内では警報が鳴り響いている。 だが、牛沢にはそれを止める権利がない。自分たちはただの友達だ。付き合っているわけでも、将来を約束したわけでもない。
「そんなにグイグイ行くのは失礼だろ」と注意するのも、「俺がいる前で色目使うな」と怒鳴るのも、すべて嫉妬という名の越権行為になってしまう。
『……もう、ガッチマンさんは鈍感ですね。今度、お礼に美味しいお店予約させてください。二人きりで、ゆっくりお話ししたいです』
「お、いいね。楽しみにしてるよ」
(「楽しみにしてるよ」じゃねぇんだよ……!!)
誰と食事に行こうが、誰に口説かれようが、本来は彼の自由だ。
もし、このままあの若手が強引にガッチマンの懐に入り込み、この「一番の隣」を奪っていったら?
牛沢は、目の前が怒りと焦りで真っ赤に染まっていくような錯覚に陥った。
電話が切れた後、部屋には再び静寂が訪れる。 ガッチマンは「最近の若い子は積極的だねぇ」と、他人事のように笑いながら作業を再開した。
「……ガッチさん」
「ん? なに、うっしー」
牛沢は、震えそうになる声を必死に抑え、モニターを見つめたまま問いかけた。
「……さっきの。本気で、ただの食事だと思ってんの?」
「え? 違うの?」
ガッチマンが、心底不思議そうにこちらを見つめる。その純粋な瞳を見て、牛沢は突き上げてくる衝動を、喉の奥で無理やり飲み込んだ。
「行くな」と言いたい。「そいつはあんたのことが好きなんだ」と教えてやりたい。
けれど、それを口にした瞬間に、自分もまた「あんたのことが好きだ」と、鏡合わせの告白をしてしまうことになる。
「…………いや。……なんでもない。……作業、進めるわ」
「そう? お腹空いたら言ってね」
ガッチマンは再び画面に向かい、キーボードを叩き始める。 牛沢は、心の中で荒れ狂う嵐を必死に押し殺しながら、隣にいる世界で一番近く、世界で一番遠い男の気配を感じていた。
つきあってもいないのに、奪われるのが怖い。 嫉妬する資格もないのに、独占したいと願ってしまう。
牛沢は、いつかガッチマンが自分のもとから去ってしまう日のことを想像し、冷え切った指先を強く握り締めるのだった。
数日後の収録スタジオ。ガッチマンが少し席を外した隙を狙って、キヨとレトルトに向かって牛沢は重い口を開いた。
いつもなら自分の内面を晒すような真似はしない。けれど、あの夜、スピーカー越しに聞いた若手の甘ったるい声と、それに無防備に応じるガッチマンの姿が、どうしても脳裏から離れなかったのだ。
「……なぁ。最近、ガッチさんの近くにいるあいつ、どう思う?」
「え? 何が? ああ、あの若手のこと?」
キヨがペットボトルのキャップを回しながら、ニヤニヤと食いついてきた。
「そう。……この前、ガッチさんの家で作業してたら電話かかってきてさ。スピーカーだったから会話全部聞こえてたんだけど……
あいつ、完全にガッチさんの事狙ってんだよ。二人きりで飯いこうーとか、ガッチさんがフリーなら俺にもチャンスがあるかーとか……」
「え、それガッチさんなんて返したの?」とレトルトが目を輝かせて身を乗り出す。
「……『楽しみにしてる』、だってよ」
牛沢が吐き捨てるように言うと、キヨが「ぎゃははは!」と盛大に机を叩いた。
「出たーー! ガッチマンの必殺天然タラシ! あの人、無意識に四方に釣り糸垂らしてんだよなぁ。タチわりぃー!」
「笑い事じゃねーよ。……あいつ、もし本当にあんなガツガツ来る奴に押し切られたらどうすんだよ。あんなに隙だらけなのに」
牛沢は苛立たしげに髪をかき上げる。その様子を見ていたレトルトが、ふとニヤケ面を消して、意地の悪い、けれど核心を突くような微笑を浮かべた。
「……ねぇ、うっしー。それ、なんでそんなにイライラしてんの? 相手が誰と飯行こうが、ガッチさんの自由じゃん」
「……、それは、……友達として、変な奴に捕まってほしくないだけだろ」
「へぇー。友達ねぇ。……でもさ、うっしー。うっしーが一番怖いのは、ガッチさんが『変な奴』に捕まることじゃなくて、『俺以外の誰か』の特別になっちゃうことなんじゃないの?」
レトルトの言葉に、牛沢は言葉を失った。 キヨも追い打ちをかけるように、牛沢の肩に腕を回して耳元で囁く。
「そうそう、告白したくないのに、ガッチさんが誰かのものになるのも嫌とか贅沢すぎしょ!
うっしー今、付き合ってもいないのに、もう『浮気された亭主』みたいな顔してるし? 嫌なら『行くな』って言えばいいじゃん。
あ、言えないのか。『ただの友達』だから」
「…………うっせ」
牛沢のトーンが、本気で温度を下げる。 そう、一番惨めなのはそこなのだ。 自分には、彼を縛る言葉がない。嫉妬を向ける大義名分がない。
「男同士」という、自分をガッチマンの近くに置いてくれた魔法の言葉が、今は自分を一歩も踏み込ませない檻になっている。
「……ガッチさんは、俺なんかのこと好きになる子はいないって、本気で思ってんだよ。あんなにタラシておいてさ。……ガッチさんが、俺たちの関係を『一番の親友』とか言って大事にすればするほど、俺は何も言えなくなる」
「難しいなぁ、うっしーの愛は!」とキヨが茶化しながらも、少しだけ同情の混じった目で牛沢を見た。
「でもさ、逆に言えばチャンスなんじゃねーの? その若手がガツガツ行ってガッチさんが困った時、さっと現れて『俺の好きな人に手出すな』って言っちゃえばいいんだよ。
すげぇ!そうなったらスーパーマンじゃん!よっスーパーマン」
「……それはお前のユーザーネームだろ💢」
牛沢は二人との会話を打ち切り、楽屋に戻った。
相談をしたら、結局自分が傲慢で臆病な片想いをしている事実を、再確認させられただけだった。
戻ってきたガッチマンが、「あれ、うっしー、なんか顔赤くない? 暖房強い?」と、また無邪気に顔を覗き込んでくる。 その無垢な瞳を見るたび、牛沢の心には、独占欲と、奪われる不安が交互に押し寄せるのだった。
「あ、そうだ。うっしー、来週の金曜なんだけどさ。例の後輩と飯行くことになったよ。……駅前の、あそこの居酒屋」
収録後の片付け中、ガッチマンがスマホのカレンダーを確認しながら、事も無げに告げた。 その瞬間、牛沢の動きが完全に止まった。
「……居酒屋?」
「そう。彼、お酒好きなんだって。おすすめの日本酒がある店があるから、そこに行きたいって言われてさ。俺もあそこ気になってたんだよね」
牛沢の脳内では、即座に最悪のシミュレーションが展開される。
「居酒屋」。それは、密閉された空間、適度な騒音、そして何より、理性を奪う酒が介在する場所だ。
ただの食事ならまだしも、二人きりで酒を飲む。しかも相手は、あのスピーカー越しに「チャンスはありますか」と宣戦布告してきた肉食系の若手だ。
(……居酒屋って、おい。酒飲ませてどうするつもりだよ。あいつ絶対ガッチさんの隙を狙ってるだろ。
……いや、でも男同士で居酒屋は普通か? …いやいや、普通じゃねぇ。そもそもあの若手の近寄り方は普通じゃないし。……あーーー、ガッチさん、酒入るとさらにガード緩くなるのに……)
牛沢の頭の中で、冷静な自分と、独占欲に狂いそうな自分がグルグルと激しく衝突する。
「危ねーだろ」と言いたい。けれど、そんなことを言えば「男同士で何を心配してるんだ」と笑われるのがオチだ。ガッチマンが誰と酒を飲もうが、自分には止める権利なんて1ミリもない。
「……うっしー? どうしたの、そんなに眉間に皺寄せて。…あ、もしかして、あそこの店、あんまり評判良くなかった?」
ガッチマンが、ドギマギしながら固まっている牛沢の顔を覗き込んできた。牛沢の不自然な挙動を、店のクオリティを心配しているのだと勘違いしたらしい。
「…………いや。店は、いいんじゃないの。……ただ、ガッチさん、そんなにガバガバ飲むなよ。……あいつ、絶対下心あるから」
「あはは! また言ってるよ。大丈夫だって、男同士だよ? 変なことなんて起きるわけないじゃん」
ガッチマンは、牛沢の必死の警告を、いつもの過保護な親友の冗談として受け流し、楽しそうに笑った。 その屈託のない笑顔が、今はひどく危うく見える。
牛沢があまりにも複雑で、今にも唸りだしそうな変な顔をしていたからだろう。ガッチマンは少しだけ考え込むような仕草をした後、ポンと手を打って、とんでもない提案を口にした。
「あ、わかった。うっしー、本当は自分もあそこ行きたかったんでしょ? ちょうど良かった、うっしーも一緒に来る?」
「…………は?」
「言っとくよ。あの子も、うっしーのこと尊敬してるって言ってたし、三人で飲んだ方が楽しいじゃん! うっしーが居てくれたら、俺も安心だしさ」
(……安心、……)
二人きりのデート(若手にとっては)をぶち壊す絶好のチャンスだ。 自分が行けば、若手の魔の手からガッチマンを守ることができる。物理的に。
……そして同時に、ガッチマンが自分を「頼れる親友」として全幅の信頼を置いているということを、若手の目の前で見せつける機会でもある。
「いいの?……行く。行きたい、絶対に」
「そんなに行きたかったのうっしー!wじゃあ決まり!三人で予約しとくね。…うっしーが来てくれるなら、飲みすぎても最悪ホテルまで運んでもらえるし、助かるなぁ、なんて」
ガッチマンは「解決!」と言わんばかりの晴れやかな顔で、若手にLINEを打ち始めた。 牛沢は、その背中を見つめながら、拳を強く握りしめた。
(……あいつ、今頃『なんで牛沢が来るんだよ』って歯噛みしめてんだろうな。ざまぁみろ。
って俺、もしかしてだいぶ性格悪いか..?)
嫉妬を隠して、友達として同席する。
牛沢は、来週の金曜日に訪れるであろう地獄の飲み会を想像し、深い、深い溜息をスタジオの隅で吐き出すのだった。
金曜日の夜。駅前の居酒屋の喧騒は、牛沢の心境を逆撫でするように騒がしかった。
通されたのは、四人掛けのボックス席。牛沢は当然のようにガッチマンの正面に座る。
若手は牛沢の動きなど最初から計算に入れていたらしい。彼はガッチマンが腰を下ろすと同時、迷いのない動きでその隣に滑り込んだ。
「ガッチマンさんの隣、失礼しちゃいますね」
あまりに自然な、それでいて強引なその領土侵犯に、牛沢の眉がピクリと跳ねた。
牛沢の目の前にはガッチマンがいるが、そのすぐ隣には、今にも肩が触れそうな距離で若手が陣取っている。
「よ〜し今日は飲むぞぉ」とガッチマンは相変わらず、その配置に潜む攻防に気づく様子もなく、メニューを開いて呑気に笑っている。
宴が始まると、若手の猛攻はさらに加速する。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!