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今日は、壬氏からもらった簪を使って里帰りしている。
緑青館の三姫で礼をしたいと申し出たが、「結構だ」とあっさり断られてしまった。
(その方が気楽に過ごせるのに)
そう思ったのは壬氏ではなく、猫猫の方だ。
断られたとき、壬氏が少し不機嫌そうに見えたが、気のせいだろう。
それはさておき、今はやることがある。
梅梅と椿の花を摘みに行くのだ。
この椿は、緑青館に来る客に出すためのものだ。
椿を煎じて飲むとリラックス効果があって良いと言われている。
(飲み過ぎれば毒になるけど……)
籠の中を見ると、赤い椿ばかりが詰められていた。
いつもは白や桃色も混じっているのに。
「梅梅姉ちゃん。この赤い椿だけ摘んでいるのはどうして?」
気になって聞かずにはいられなかった。
猫猫は一度気になると、頭から離れなくなる性格だ。
「赤い椿の花言葉は『控えめな素晴らしさ』と『高潔な理性』なの。意味を込めてね」
落ち着いた声だったが、どこか寂しげだった。
猫猫はこれだけの梅梅の表情や喋り方、口にした言葉で特定の人物のことを言っているのだろうと分かった。
その人物は鳳仙だ。
梅梅は禿時代に仕えていてその頃からとても鳳仙を親しんでいた。
椿でいっぱいになった籠を抱えて緑青館へ戻る。
梅梅に声をかけようとしたが、言葉が出なかった。
そういう雰囲気ではなかったからだ。
無言のまま緑青館に着き、梅梅はそそくさと鳳仙のもとへ行った。
心配になり、猫猫も後を追う。
梅梅は慣れた手つきで椿を煎じ、湯呑みに注いだ。
「姉さん。少しだけでも飲んで」
その声は驚くほど優しかった。
鳳仙は最近、羅漢に身請けられて嬉しいのだろうが、体力的に限界を迎えてきているのだろう。
それを梅梅が気づいてやり手婆に客に出すものと言って椿の花を摘みに行ったのだろう。
鳳仙は飲み終えると、柔らかく微笑んだ。
その笑顔は梅梅が知っている笑顔だった。
それは鳳仙が身請けられたときに羅漢に向けていた笑みだった。
その笑顔を見て梅梅は泣き出してしまった。
猫猫は何もできず、静かに部屋を出た。
いつもの薬を調合する部屋へ行くと、壬氏が座っていた。
猫猫に気づくと、表情がぱっと明るくなる。
「ずいぶん遅かったな」
少し拗ねたような声で猫猫を呼んだ。
「すみません」
袖に手を入れて頭を下げ、乳鉢を回し始める。
壬氏がいないかのように。
「……俺をいないように扱うな!」
「つい、癖で……」
(最近、子供のような話し方をするな……疲れているのかもしれない)
猫猫はそう思い、先ほど摘んだ椿の花を煎じ始めた。
リラックス効果があるから良いと思ったのだ。
煎じた椿の花を陶器製の湯呑みに注ぎ壬氏の前に置いた。
「よければお飲みになってください」
猫猫は先に煎じたものを飲んで毒味をした。
目の前に置かれた湯呑みに壬氏は困惑していたが口にしていた。
うまかったのか、一瞬で飲み干していた。
猫猫は湯呑みに煎じたもの注いだ。
また壬氏は一瞬で飲み干していた。
今は馬の刻。眠気が襲う時間帯だ。
椿のリラックス効果もあり、壬氏は明らかに眠そうな様子だった。
「布団を用意しますので、休憩なさってください」
そう言った途端、壬氏は猫猫の膝に頭を乗せた。
「ここでいい」
動けなくなった猫猫はため息をつき、再び乳鉢を回し始めた。
ゴリゴリという音だけが静かな部屋に響いていた。