書きたい場面だけ
大包平の節くれ立った指が私の口腔へと這入りこむ。反射的に腕を掴んで追い出そうとしたが、刀を振るためにある強靭な彼の腕の前には蟻の抵抗に等しかった。
「っう、ぐ」
大包平の指は私の口には大きすぎるようで、上顎を第二関節が狭そうに摩擦する。ぐちゅぐちゅと厭らしい水音を立て、情けなさで涙が滲んだ。我が物顔で口腔を蠕き陵辱する指を噛もうにも、限界まで開かされた顎はぴくりとも動かない。苦しそうに喘ぐ私を大包平は見下ろし、見たことのないような冷酷な顔付きで嗤った。
「……はっ、好い気味だ」
深爪気味の指先が喉奥を擽り、如何ともし難い嘔気に襲われる。
「ひぅっ、げっぇ、ごゥ」
ひゅうひゅうと喉が鳴り、声とも言えないような醜く濁った音を吐き出す。その時、不如意に喉が収縮した。彼は見逃さず、より深く指を突き立てる。そして、ついにその瞬間は訪れてしまった。
胃液は喉を焼き、消化されきらずどろりとした吐瀉物はぼとぼとと口から出て、大包平の手や膝を汚す。彼はさも心配しているとでもいうかのように反対の手で背中を優しくさするので、意に反して吐き続けてしまう。
胃の中身が何も無くなったのではないかと思うほど吐き出した頃、大包平は私のおとがいをそっと掬い上げた。胃液や涙、鼻水など色々な体液でぐちゃぐちゃに汚れた顔を彼は手拭いでそっと拭いさった。先程の暴虐と比べ、それがあまりにも優しかったので、少し惚けてしまう。拭いきって満足そうな顔をした彼は、「少し待て」と言い残すと足早に去っていく。
逃げ出してしまおうとしたが、長い嘔吐は私の体力をかなり奪っていたようで、立ち上がった瞬間脚がもつれて転けてしまった。なんとか起き上がったときには、怖い顔をした大包平が眼の前にいて。
彼が持っているミネラルウォーターのボトルが目に入る。どうやらこれを持ってくるために離れたようで、逃げ出すのは悪手だったかと臍を噛む。へらりと誤魔化すように笑ったが、そんなものでは彼の怒りはどうにもならなかった。
「なァ、主よ。俺は待てと言ったはずだが」
蟀谷を引き攣らせて大包平は言う。この場に満ち満ちた怒気と緊張感で、用意した言い訳は喉に張り付いてしまった。空気に耐えられず、私は床へと視線を逸らした。先程吐いた吐瀉物をぼんやり眺めていると、頭上から溜息一つ、それからボトルの開封音が聞こえた。
「こちらを向け」
端的に発された命令に逆らえず、おずおずと大包平の方を向く。口の開いたボトルを手渡し、飲めと顎でさされたので恐る恐る口をつける。胃液で傷付いた喉が癒やされるのが心地好く、気がつけば半分ほど飲み乾してしまった。大包平は私が人心地ついたのを確認すると、ペットボトルを回収し傍らへと置く。もう反抗する気も起きず、次はどうなるのかとただそれを見ていた。
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