「主、こんなところに居たのか」
柳眉を寄せて膝丸は言った。
あーあ、見つかっちゃった、なんてそっと胸の中で嘯く。
独りぼっちは寂しかったけれど、お化粧も剥がれて可愛くない顔を彼に見られるのは辛い。いつもの香だって身につけられていない。清く正しく美しい姿だけ、膝丸には見せたかった。
膝丸はうずくまっていた私をそっと抱え上げると、すたすたと歩き出す。
「…ああ、君が子供だったころを思い出すな」
言われて思い出した。そういえば8才程の時よく膝丸に抱っこをねだっていたなあ。お母さんの本丸で、私のお世話係として当てられたのが膝丸で。七つを超えて自分の本丸と自分の膝丸を持ってからも”膝丸”に対する甘え癖は治らなかった。
でもさ、私、もう大人なんだよ。成人を迎えてから何度秋波を送っても袖にし続けたのはあなたなのに、こんな時ばかり優しく扱ってくれるだなんて。子供扱いで終わらないよう、お化粧も仕事も振る舞いも一生懸命努力したのに、とうとう私に触れてくれすらしなくなったじゃない。
「君、――君。もっと、早く迎えに来てやれなくて、すまなかった―――」
膝丸の歩みは段々と遅くなり、ついには一歩も動かなくなってしまった。そのかんばせは悲哀に塗れていて。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が私の頬へと当たる。ねえ、泣かないでよ。あなたの顔が見れて私は嬉しいのよ。膝丸の笑顔が大好きだから、笑ってほしいの。
その涙を拭ってあげたくて目元へそっと伸ばした手は、しかし肌に触れることは叶わずするりと通り抜けてしまう。
膝丸は腐りかけた主の遺体を抱えて蹲り、いつまでもいつまでも泣いていた。
審神者の心臓が止まってから、およそ二日と半日のことであった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!