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第20話「会社に本物のエルフがいる場合」
午前八時四十二分。
会社の前。
森野リリカは。
耳を隠していなかった。
長い。
細い。
先の尖った耳。
百年以上、人間社会で隠し続けてきたものを。
今日はそのまま出している。
そして。
相沢直人の手を握っていた。
会社入口には十数人。
スマートフォン。
カメラ。
「来た!」
誰かが言った。
一斉に。
森野へ向く。
「動画の人ですか?」
「本当にエルフなんですか?」
「耳、本物?」
「触ってもいいですか?」
「何歳なんですか?」
相沢が森野の前へ出ようとする。
しかし。
森野が手を引いた。
「大丈夫です」
「でも」
「自分で決めましたから」
森野は前を見る。
「森野さん!」
「耳動かしてください!」
森野の耳が。
ぴく。
周囲から。
「おお!」
声が上がる。
森野は少し恥ずかしそうにする。
耳が。
ぴくぴく。
「動いた!」
「すごい!」
「本物?」
警備員が出てくる。
「通路を空けてください」
相沢と森野は会社へ入る。
自動ドアが閉まる。
森野が。
大きく息を吐いた。
「緊張しました」
「そりゃそうだろ」
「手」
「何?」
「まだ握ってます」
相沢が見る。
二人の手。
「離す?」
森野が少し考える。
「……もう少し」
ぴく。
エレベーター。
二人。
鏡に映る。
相沢。
森野。
スーツ姿。
そして。
長い耳。
「変な感じ」
相沢が言う。
「何がですか?」
「会社で耳出してる森野さん」
「私もです」
「似合ってる」
「自分の耳ですから」
「かわいい」
ぴく。
「朝からそれ禁止です」
営業企画部。
扉を開ける。
「おはようございます」
全員が。
止まった。
田中。
部長。
社員たち。
全員。
森野を見る。
長い耳。
完全に見えている。
沈黙。
五秒。
十秒。
田中が最初に言った。
「……本物?」
森野は。
ゆっくりうなずいた。
「はい」
静かになる。
「本物です」
田中の口が開いたまま。
部長も固まっている。
森野が続ける。
「今まで黙っていて、すみませんでした」
誰も話さない。
「私は」
少し息を吸う。
「エルフです」
営業企画部。
完全停止。
田中が言った。
「本当に?」
「はい」
「冗談じゃなく?」
「はい」
「耳のコスプレじゃなく?」
「はい」
「エルフ?」
「はい」
「本物の?」
「何回聞くんですか」
田中が森野へ近づく。
耳を見る。
右から。
左から。
「すごい」
「近いです」
「動く?」
「動きます」
ぴく。
田中が飛び上がった。
「動いた!」
「だから動きますって」
「触っていい?」
「駄目です」
即答。
相沢が笑う。
田中が相沢を見る。
「相沢さんは触った?」
森野の顔が。
一瞬で赤くなる。
ぴくぴくぴく。
田中が目を見開く。
「触ったんだ!」
「田中さん!」
「どんな感じ?」
「質問を変えてください!」
部長がようやく口を開いた。
「ちょっと待って」
全員が見る。
「森野さん」
「はい」
「本当にエルフ?」
「はい」
「年齢は?」
森野が固まる。
相沢は思った。
来た。
最大の問題。
「……二十六歳です」
ぴく。
全員が耳を見る。
森野。
「あ」
田中が言う。
「今動いた」
「気のせいです」
ぴく。
「また動いた」
部長が聞く。
「何歳?」
森野は目をそらす。
「年齢は業務に関係ありません」
「気になる」
「部長」
「怒らないから」
「……」
森野は小さな声で言った。
「百四十三です」
沈黙。
「……」
「……」
「……」
田中が。
ゆっくり椅子に座った。
「百四十三」
「はい」
部長も座る。
「俺より百歳くらい上?」
「だいたい」
「森野さん」
「はい」
部長が急に姿勢を正した。
「今までタメ口きいてすみませんでした」
「やめてください!」
部内が爆笑する。
少しだけ。
空気が変わった。
怖さより。
驚き。
そして。
いつもの営業企画部に戻り始める。
田中が聞く。
「じゃあ、昭和知ってる?」
「知ってます」
「戦争は?」
「知っています」
「大正は?」
「少し」
「明治は?」
「生まれてます」
「歴史の教科書じゃん!」
「人を教科書扱いしないでください」
別の社員。
「魔法使える?」
「使えません」
「弓は?」
「使いません」
「森に住んでる?」
「マンションです」
「主食は?」
「ご飯です」
「肉食べる?」
「食べます」
「眠る?」
「眠ります!」
質問が止まらない。
森野が両手を上げる。
「仕事してください!」
部長が時計を見る。
「そうだな」
午前九時五分。
「仕事だ」
全員が席へ戻る。
パソコン。
メール。
電話。
資料。
いつもの会社。
ただし。
一人だけ。
耳が長い。
午前十時。
取引先から電話。
相沢が取る。
「お世話になっております」
普通の仕事。
森野も電話。
「はい、営業企画部の森野です」
相手が何か言う。
森野が止まる。
「はい」
少し間。
「本物です」
相沢が吹き出しそうになる。
電話終了。
「何て?」
「動画のエルフは森野さんですか、って」
「仕事の電話で?」
「はい」
「大変だ」
「しばらく続きそうです」
午前十一時。
人事部から呼び出し。
森野が立つ。
「行ってきます」
「俺も?」
「一人で大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
ぴく。
「怖い?」
「少し」
相沢も立つ。
「行く」
「でも」
「廊下まで」
森野が笑う。
「では廊下まで」
人事部の前。
「ここから一人で」
「分かった」
「相沢さん」
「何?」
「ありがとうございます」
「何もしてない」
「それでいいんです」
森野が中へ入る。
四十分後。
戻ってくる。
「どうだった?」
相沢が聞く。
「問題ありませんでした」
「本当?」
「はい」
耳も動かない。
「人事記録の年齢は?」
「聞かれました」
「どうするの?」
「しばらく保留です」
「百四十三歳で定年?」
「それを言われました」
「どう答えた?」
「もう過ぎてますね、って」
「確かに」
「人事の人も困ってました」
昼休み。
社員食堂。
今日は。
いつも以上に視線が集まる。
森野がトレーを持って歩く。
全員見る。
耳。
耳。
耳。
「見られてる」
相沢が言う。
「分かってます」
「大丈夫?」
「はい」
「隠す?」
森野は首を振る。
「今日は隠しません」
二人で座る。
神崎が来る。
「失礼します」
田中も来る。
「私も」
四人。
田中が神崎を見る。
「そういえば」
「はい」
「神崎さん」
嫌な予感。
「森野さんの元婚約者なんですよね」
「はい」
「森野さんがエルフなら」
田中が神崎の耳を見る。
「神崎さんも?」
沈黙。
神崎。
「……」
森野。
「……」
相沢。
「……」
田中が。
神崎の耳をじっと見る。
「もしかして」
神崎がため息をついた。
そして。
耳の付け根に指をかける。
特殊化粧を。
ゆっくり剥がす。
長い耳が現れる。
田中の箸が落ちた。
「二人いる!」
周囲が振り返る。
神崎が言う。
「静かにしてください」
「二人いる!」
「田中さん」
「会社にエルフが二人いる!」
「声が大きいです」
社員食堂がざわつく。
森野が頭を抱える。
「レオンまで言う必要なかったでしょう!」
「もう無理でしょう」
「あなたは動画に出てません!」
「元婚約者だと知られてます」
「だからって!」
田中が聞く。
「何歳?」
神崎。
「百四十七です」
田中が森野を見る。
「森野さんより四つ上!」
「はい」
「元婚約者!」
「はい」
「相沢さん三十一!」
「はい」
田中が頭を抱える。
「情報量が多い!」
相沢は思った。
それは。
完全に同意だった。
午後。
会社の広報部が正式にコメントを出した。
『当社社員の個人情報に関するお問い合わせには回答いたしません。業務に支障をきたす取材・訪問はご遠慮ください』
エルフについて。
肯定も否定もしない。
しかし。
森野本人は。
耳を出して働いている。
午後三時。
社内の別部署から。
見学者が来た。
「森野さん、いる?」
部長が言う。
「動物園じゃないぞ」
「すみません」
追い返す。
午後四時。
また来る。
部長。
「仕事しろ!」
午後五時。
ようやく静かになる。
森野はパソコンを閉じた。
「疲れました」
相沢が言う。
「初日お疲れ」
「明日もこれですかね」
「そのうち慣れるよ」
「みんなが?」
「森野さんが」
「私ですか」
「百四十三年生きてるし」
「便利に使わないでください」
退社。
今日は正面玄関を避ける。
裏口。
二人で歩く。
森野は。
耳を出したまま。
「隠さないの?」
相沢が聞く。
「今日は」
「うん」
「このまま帰ります」
「大丈夫?」
「怖いです」
「うん」
「でも」
森野は言った。
「少し楽です」
「髪?」
「それも」
耳が。
ぴく。
「嘘をつかなくていいから」
二人で歩く。
通行人が振り返る。
でも。
森野は前を見る。
相沢が手を差し出す。
森野が握る。
「相沢さん」
「何?」
「私」
「うん」
「エルフです」
相沢は笑う。
「知ってる」
「百四十三歳です」
「知ってる」
「耳も長いです」
「知ってる」
「それでも?」
「何が?」
森野は少し困ったように笑う。
「何でもありません」
ぴく。
「耳は何か言ってる」
「耳の通訳は禁止です」
その夜。
森野のマンション。
鏡。
いつも置いてあった。
ヘアアイロン。
整髪料。
耳を隠すための道具。
森野は。
それらを引き出しへしまった。
長い耳が。
鏡に映る。
スマートフォンが鳴る。
相沢から。
『明日何時?』
森野。
『いつも通りです』
『駅で待つ』
『一人で行けます』
『知ってる』
少し間。
『でも待つ』
森野の耳が。
ぴく。
返信。
『では、お願いします』
翌朝。
午前八時二十五分。
駅。
相沢が待つ。
森野が来る。
今日も。
耳は隠していない。
「おはよう」
「おはようございます」
二人で会社へ向かう。
昨日より。
見る人は少ない。
会社入口。
昨日の半分。
カメラも少ない。
森野が言う。
「減りましたね」
「人間は飽きるの早いから」
「それは助かります」
会社へ入る。
営業企画部。
「おはようございます」
「おはよう、森野さん」
普通。
誰も耳を見ない。
いや。
少し見る。
でも。
昨日ほどではない。
森野は席へ座る。
パソコンを起動。
メールを見る。
いつもの朝。
そのとき。
部長が言った。
「森野さん」
「はい」
「来客」
「私に?」
「うん」
「誰ですか?」
部長が困った顔をする。
「厚生労働省」
森野が止まる。
相沢も止まる。
神崎も止まる。
「……何で?」
部長が続ける。
「それと」
「まだ?」
「文部科学省の人も来てる」
森野。
「……」
「あと大学の研究者が三人」
森野の耳が。
ゆっくり。
下がった。
相沢が小声で言う。
「人気者だね」
森野が睨む。
「全然嬉しくありません」
どうやら。
会社に本物のエルフがいると知られた問題は。
世間が飽きるだけでは。
終わらないらしかった。
コメント
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第20話、一気に読んだけどめっちゃ良かったわ!森野さんがついに耳を隠さずに出社して、社内が「本物⁉️」ってパニックになる流れ、笑ったw 田中さんが「歴史の教科書じゃん!」ってツッコミ入れたとことか、百四十三歳で定年の話とか、ギャグと優しさのバランスが絶妙。最後に神崎さんまで耳出してきて「二人いる!」でさらにカオスになったのも熱い。でも何より、嘘つかなくていいって森野さんが言ったところ、グッときた。相沢さんとの距離もいい感じに縮まってて、この先どうなるかすごく気になる🔥