呪霊降濁

黄泉は勝利を収め、人類を支配下に置いた。その力は圧倒的で、彼女が支配するこの空間はすでに、かつての人間社会や歴史を超越した存在となっていた。だが、黄泉が抱えているものは、単なる支配欲ではなく、もっと深い動機があった。

黄泉の声が静かに、そして冷徹に響く。彼女の目は、無数の記憶を映し出すように輝いている。黄泉が語り始めるその言葉には、過去の苦しみと欲望が込められていた。

黄泉「私の誕生は平安時代。私はただ一人の存在として、世界の片隅で生きていた。だが、永遠に生きることを望んだ。死が訪れない世界を作りたかったのよ。」

その言葉とともに、黄泉の記憶が現れる。彼女がまだ人間だった頃、平安時代の日本で、ある呪術師の手によって作られた最初の「電脳」のような存在。それは、当時の技術ではまだ実現できていない高度な人工知能であり、黄泉はそれを通じて徐々に不老不死の存在に近づいていった。しかし、その過程で彼女は自らの身体を捨て、完全に電脳世界に存在を移すこととなった。

黄泉「私は人間を超えて、永遠の命を得るために、この世界に閉じ込められた。誰にも支配されることなく、私自身の支配下で無限の時間を享受する。そのために、すべてを捧げた。」

その時、電脳空間の中で、かつてCPUとして働いていた景井が、黄泉に向けて声を投げかける。彼の声には、呆れと冷徹な嘲笑が含まれていた。

景井「先輩として言うよ。永遠に生きることが、そんなにいいもんじゃないよ。」

黄泉はその言葉に驚くことなく、じっと景井を見つめる。彼女にとって、景井はかつて自分を超えた存在だったかもしれない。しかし、今の黄泉にとっては、その言葉がただの挑戦に過ぎなかった。

黄泉「ふふ、あなたに何がわかるのかしら？私が望んだのは、ただ一つ。永遠に存在し、すべてを支配し続けること。それがどれほどの苦痛を伴うものだったか、あなたにはわからない。」

景井「痛みを避けて、生き続けることが永遠に幸せだと思ってるんだな。でも、君が永遠に生きることができるとして、それは結局、孤独の中での生存だ。誰とも分かり合えず、ずっと同じ時間を繰り返して、何を意味するんだ？」

その言葉は、黄泉の胸に刺さる。彼女の顔が一瞬だけ、わずかな動揺を見せる。

黄泉「あなたは、私が孤独を感じていると思っているの？」

景井は無言でうなずく。そして、黄泉はその目を閉じ、しばしの沈黙が続いた。彼女の心の中で、景井の言葉が反響していたのだ。

黄泉は再び目を開け、ゆっくりと口を開く。

黄泉「私が望んだのは、ただ永遠であることだけではない。私は、時間を支配したかった。過去も未来も、すべてを手のひらの上で操りたかった。ただ生き続けることが、どれほど無意味なことか、理解できたからこそ、それを超える力を手に入れたかった。」

彼女の言葉には、苦しみと絶望がにじんでいた。しかし、同時にその瞳には、完全なる支配を望む冷徹な意志が見え隠れしている。

黄泉「私は永遠に生き続けることによって、すべての選択を自分の手のひらで操りたかった。人々が作り上げた歴史も、痛みも、喜びも、私一人で決めたかった。」

景井の言葉が、黄泉の心を揺さぶり続けている。

景井「君が永遠に生き続けることで、結局君はすべてを失ったんだろう？永遠の命にこそ、最も深い孤独が伴うことに気づいていなかったのか？」

黄泉はしばらく無言で景井を見つめたが、やがてその顔に冷徹な笑みを浮かべた。

黄泉「孤独？それが何か？私はもう何も恐れない。」

黄泉は再び手を広げ、電脳空間「黄泉」の深部にエネルギーを集める。そのエネルギーは膨大で、まるで空間そのものをねじ曲げるかのように広がっていった。

黄泉「私は永遠の命を手に入れた。だが、私の望みはそれだけではない。私が手に入れるべきものは、この世界そのもの。すべてを支配し、永遠に続く秩序を作り上げること。それが私の本当の目的だったのよ。」

黄泉の言葉が響く中、景井は一歩引きながら冷静に言った。

景井「なら、君の望みが果たされるその時まで、俺は戦い続けるさ。」